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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
88/93

同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑤

「どうした、体調が悪いのか」

「あー、いえ、なんか、気が抜けちゃっただけです……」

 ぐんにゃりもたれかかってた体を起こして、改めて抱きつく。

「そうか」

 吹田(すいた)さんはほっとしたような声で言って、私の手をやわらかく握りなおした。

 ほんと、心配性だよね。

 手の向きを変えて指をからめるようにして握ると、しっかり握り返してくれる。

 うん、やっぱり、こうやってふれあってるだけで、幸せ。

 吹田さんもそう思ってくれてるなら、しなくても、いいのかな。

 ……ほんとに?



「……さっき、一生できなくてもかまわないって、言ってましたけど。

 ほんとに、いいんですか……?」

「ああ」

「……でも、あの、…………跡取りの子供とか、必要なんじゃ……」

 偉い人は子作りも義務の一つ、っていうのも定番ネタだよね。

「俺は跡継ぎではないし、警察の仕事は世襲制ではないから、跡取りは必要ない。

 ……性行為は、恋人や夫婦間ではするのが当然だと認識されることが多いが、本来は生殖行為だ。

 子供を望んでおらず、お互いに納得しているなら、しなくてもかまわない。

 行為に伴う危険を考えれば、むしろしないほうがいい」

 学校の先生みたいな静かな言葉に、首をかしげる。

「危険……?」

 って、何が……?

「感染症や望まぬ妊娠など、女性のほうが負担が大きい。

 おまえは心理的抵抗が大きいようだから、なおさら無理してする必要はない」

 うん……?

 ……あ、『恥ずかしくて無理!』をきれいに言うと、『心理的抵抗』なんだ。

 頭がいい人はボキャブラリー豊富だね。



「おまえは、子供が欲しいのか?」

「んー……友達の赤ちゃんを見せてもらうと、カワイイなーって思うんですけど、自分も欲しいなーとは、思ったことないですね。

 私自身がまだオコサマで、親に世話してもらってる立場だから、もしできたとしても、面倒みきれないでしょうし。

 ぶっちゃけ、自分が親になるとこなんて、想像できないです」

「そうか。

 婚前契約書にも書いたが、おまえが子供を望まないなら、それでもいい。

 望むなら、子育てに必要な環境を用意するし、世話をする者も何人でも雇う」

 そういえば、【育児について】とかいう項目もあったっけ。

「……吹田さんは、どうなんですか?

 跡取りとかじゃなくても、子供欲しいですか……?」

「いや、俺も自分の子供が欲しいと思ったことはない。

 おまえを愛するまでは、結婚自体する気がなかったしな」

「あー、そういえば、私もそうでしたね……」

 なのに、来週には結婚するんだから、不思議だね。



「お互い子供を望まないなら、二人だけの時間を大切にして生きていこう」

 吹田さんは甘い声で言いながら、私の手の甲を優しく撫でる。

「……はい」

「ありがとう。

 正直に言えば、おまえを独占できるという意味では、子供はいないほうが嬉しい」

 ……ん?

「物や二次元の存在なら我慢するが、生身の相手では、たとえ自分の子供でも嫉妬してしまいそうだ」

 指先でそっと薬指の指輪を撫でられる。

 ええー?

 なんか、溺愛通りこして、ヤンデレ入ってない?

 というか、今の言い方だと……。

「……もしかして、指輪に嫉妬してたんですか?」 

「ああ」

 あっさり認められて、かえって混乱する。

 指輪に?

 なんで?



「物に嫉妬するって、意味わかんないです」

 吹田さんは気まずそうに小さく咳払いする。

「……おまえからすれば、そうだろうな。

 だが、俺には見せないような恍惚とした表情で指輪を見つめて、『一目惚れ』だと言われたら、つい嫉妬してしまった」

 どんなカオしてたかはわからないけど、うっとりは、してたかな。

「どんな物でも、おまえに意識を向けられているというだけで、嫉妬してしまう。

 ……意味が少し違うかもしれないが、俺は同担拒否派だ。

 おまえを独り占めしたい」

「……あー……」

 『嫉妬』って言われるといまいちわからなかったけど、『同担拒否派』だとなんか納得できちゃった。

 ほんと、オタク用語ってすごいね。

「……幼い頃から感情を抑え本音を隠して生きてきたのに、おまえが関わるとうまくいかない。

 特に今は浮かれているが、入籍したらもう少しおちつけると思う。

 なるべくおまえには見せないようにするから、許してほしい」

「はあ……」

 確かに、言われなきゃわからなかったから、隠してくれてたんだろうけど。

 ……あれ、もしかして、さっき『抱きつくなら枕じゃなく俺にしてくれ』って言われたのも、そうだった?

 うーん……。



「隠すよりは、言ってほしいです。

 めんどくさいなって思うかもしれないけど、言われないままだと気づけなくて、くり返しちゃいそうなので。

 夫婦になって、これから長い間一緒にすごすんだから、隠しごとはなるべく少なくしたほうが、お互い楽だと思います」

 まあ私はだいたいぺろっと言っちゃうし、隠そうとしたらバレて追及されて、隠しとおせたことはないけどね。

「……そうか」

 吹田さんはそのまましばらく黙ってたけど、ゆっくり言う。

美景(みひろ)

「はい」

「そっちを向いてもいいか。

 顔を見て話したい」

「あー……、はい」

「ありがとう」

 腕をといて体を離すと、吹田さんは私のほうを向いて、胡坐をかいて座りなおした。

 手の平をさしだされたから、手を重ねると、両手で包むようにやわらかく握られる。



「追加で頼みたいことが二つある」

「なんですか?」

「一つめは、今まで以上に身の回りに気をつけて、隙を見せないようにしてほしい。

 俺と結婚することで、俺を目的におまえに近づく者が増えるはずだ。

 俺に取り入りたい者だけでなく、俺と敵対する者も多いだろうから、なにげない会話から言質を取って、なんらかの要求をされる可能性もある。

 だから、出来る限り隙を見せないように気をつけてほしい」

「……はい」

 これは前から言われてるから、気をつけてるつもりだけど、もっと気をつけないといけないんだね。



「二つめは、一つめと重なるところもあるが、近づいてくる者の中で、初対面から馴れ馴れしい男には特に注意してほしい。

 おまえは男との適切な距離感がまだつかめていないし、無自覚な言動が多いから、相手が勘違いして暴走する可能性もある。

 くれぐれも隙を見せないように、二人きりにならないように、気をつけてくれ」 

「……はあ」

 これも前から言われてるけど、いまいち自覚できてないんだよね……。

「あの、『無自覚な言動』って、どんなことなのか、具体例を教えてもらえませんか?

 自分ではいまだによくわからないんです」

「…………」

 吹田さんはじっと私を見つめて、小さくため息をつく。

 片手を伸ばして、横にあった枕を取って私の膝に乗せた。

「なんですか?」

「必要になるだろうから、先に渡しておく」

「はあ……」

 どういう意味だろ。

 首をかしげながら、なんとなく片手で枕を抱きしめる。



「今日ここに来てからの具体例を、いくつかあげる」

 吹田さんは静かな口調で淡々と言う。 

 え、今日ここだけで、いくつもあるの?

「まず、シャワーをして着替えてきた俺を見て言ったことの中で、『セクシー』や『濡れてるから気持ちいい』という言葉は、性行為を連想させる」

「え」

 そうなの?

 いやまあ、セクシーはそっち系の言葉かもしれないけど……。

「この部屋に来て言った、『ベッドに乗っていいですか』も同様だ」

「あー……」

 それは、そう、かも?

「男が見ている前でベッドに寝そべったり、裾がめくれて太腿が見えるような動きをするのは、誘っているのに近い行動だ」

「ええー……」

 普通に動いてたつもりだったけど、裾めくれてたんだ。

「その後、胸を押しつけるように抱きついてきたのは、直接的な誘いだ」

「……あ」

 そういえば、【当ててんのよ】って、そもそもわざと胸を押しつけることだった。

 


 つまり、自分から、吹田さんを、誘ったことになるんだ。



「~~~っ」

 顔も体も瞬間的に熱くなって、枕を両手でぎゅうぎゅう抱きしめてうつむく。

 え、ダメじゃん! なんでそんなことしてんの!?

 それじゃあ、いつもよりキスが長かったのも、首筋にキスされたのも、当然じゃない!

 でも別に誘ったつもりじゃなかったんだもん……!

 だけど【当ててんのよ】の意味は知ってたでしょ!

 知ってたよ、いつもの私だと胸が足りなくてできないから、できるサイズの人すごいなーって思ってて、だからついやっちゃったんだよ。

 つい、じゃないでしょ! 私のバカ!

 脳内セルフツッこみが止まらなくて、ジタバタ暴れたくなったけど、枕を抱きしめてなんとかこらえた。

 あー、こうなるってわかってたから、枕を渡してくれたんだ。

 さすが吹田さん、気遣いがすごいね。

 …………うん、現実逃避してないで、おちつこう。

 枕を抱く腕をゆるめて、ゆっくり息を吐いた。

 


「おちついたか」

 静かな声に、びくっとする。

「……もうちょっと、時間ください……」

 ツッこみはおちついたけど、まだ頬がほてってる気がして、顔を上げられない。

「わかった。

 飲み物を持ってくるから、楽にしていてくれ」

「……はい」

 うつむいたまま答えると、吹田さんはゆっくり動いてベッドから降りる。

 ドアが開いて、閉まる音を背後で聞く。

 そこが我慢の限界だった。

「……あああああ、恥ずかしー!」

 枕を抱いたままベッドに倒れこんで、足をジタバタさせる。

 もーもーもー、私のバカ……!

 しばらく暴れたら、ちょっと発散できた。

 ため息をつきながら体を起こして、ふと視線を流す。

「……あー」  

 ワンピースの裾がめくれて、太腿が半分ぐらい見えてた。

 やわらかい生地ですべりがいいから、すぐめくれちゃうんだ。

 これは確かに、着て慣れておかないと、わからないことかも。

 裾を広げて脚を隠すよう座りなおして、また枕を抱える。

 今日は恥ずかしいことがいっぱいあったけど、さっきのが一番だったかも。

 しかも自業自得……うぅ……。



 枕を抱えたままぼんやりしてると、ノックの音がした。

「はい……?」

 ドアを開けて入ってきた吹田さんは、私の目の前まできて軽く眉をひそめた。

「眠いのか?」

「あー……ちょっと……」

 恥ずかしすぎて急激にテンション上がったり下がったりしたから、ちょっと疲れちゃったかも。

「なら、ここで少し眠れ」

「え……でも……」

「話は後でもできる。

 夕食は、真白が少し遅れているから、十九時からの予定だ。

 今は十七時半だから、一時間ほど眠るといい」

 優しい声で言いながら優しく頭を撫でられると、瞼が重くなってくる。

「水を飲んでおけ」

「はい……」

 フタを開けてさしだされたペットボトルを受け取って、何口か飲む。

「もういいか?」

「はい、ありがとうございます……」

「ああ」

 ペットボトルを返すと、吹田さんはきちんとフタをしてヘッドボードに置いた。



「もう少し向こうにいってくれ」

「はい……」

 膝立ちでもそもそ動くと、吹田さんはベッドカバーとタオルケットを半分ほどめくる。

「こっちに戻ってきて、横向きに寝ろ」

「はい……」

 言われるままに動いて、抱えてた枕を置いて横たわると、吹田さんが髪を留めてたバレッタをはずしてくれる。

 タオルケットを肩までかけられると、もう目を開けていられない。

「おやすみ」

「おやすみなさい……」

 優しい声に促されて、すとんと眠りに落ちた。  

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