同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑤
「どうした、体調が悪いのか」
「あー、いえ、なんか、気が抜けちゃっただけです……」
ぐんにゃりもたれかかってた体を起こして、改めて抱きつく。
「そうか」
吹田さんはほっとしたような声で言って、私の手をやわらかく握りなおした。
ほんと、心配性だよね。
手の向きを変えて指をからめるようにして握ると、しっかり握り返してくれる。
うん、やっぱり、こうやってふれあってるだけで、幸せ。
吹田さんもそう思ってくれてるなら、しなくても、いいのかな。
……ほんとに?
「……さっき、一生できなくてもかまわないって、言ってましたけど。
ほんとに、いいんですか……?」
「ああ」
「……でも、あの、…………跡取りの子供とか、必要なんじゃ……」
偉い人は子作りも義務の一つ、っていうのも定番ネタだよね。
「俺は跡継ぎではないし、警察の仕事は世襲制ではないから、跡取りは必要ない。
……性行為は、恋人や夫婦間ではするのが当然だと認識されることが多いが、本来は生殖行為だ。
子供を望んでおらず、お互いに納得しているなら、しなくてもかまわない。
行為に伴う危険を考えれば、むしろしないほうがいい」
学校の先生みたいな静かな言葉に、首をかしげる。
「危険……?」
って、何が……?
「感染症や望まぬ妊娠など、女性のほうが負担が大きい。
おまえは心理的抵抗が大きいようだから、なおさら無理してする必要はない」
うん……?
……あ、『恥ずかしくて無理!』をきれいに言うと、『心理的抵抗』なんだ。
頭がいい人はボキャブラリー豊富だね。
「おまえは、子供が欲しいのか?」
「んー……友達の赤ちゃんを見せてもらうと、カワイイなーって思うんですけど、自分も欲しいなーとは、思ったことないですね。
私自身がまだオコサマで、親に世話してもらってる立場だから、もしできたとしても、面倒みきれないでしょうし。
ぶっちゃけ、自分が親になるとこなんて、想像できないです」
「そうか。
婚前契約書にも書いたが、おまえが子供を望まないなら、それでもいい。
望むなら、子育てに必要な環境を用意するし、世話をする者も何人でも雇う」
そういえば、【育児について】とかいう項目もあったっけ。
「……吹田さんは、どうなんですか?
跡取りとかじゃなくても、子供欲しいですか……?」
「いや、俺も自分の子供が欲しいと思ったことはない。
おまえを愛するまでは、結婚自体する気がなかったしな」
「あー、そういえば、私もそうでしたね……」
なのに、来週には結婚するんだから、不思議だね。
「お互い子供を望まないなら、二人だけの時間を大切にして生きていこう」
吹田さんは甘い声で言いながら、私の手の甲を優しく撫でる。
「……はい」
「ありがとう。
正直に言えば、おまえを独占できるという意味では、子供はいないほうが嬉しい」
……ん?
「物や二次元の存在なら我慢するが、生身の相手では、たとえ自分の子供でも嫉妬してしまいそうだ」
指先でそっと薬指の指輪を撫でられる。
ええー?
なんか、溺愛通りこして、ヤンデレ入ってない?
というか、今の言い方だと……。
「……もしかして、指輪に嫉妬してたんですか?」
「ああ」
あっさり認められて、かえって混乱する。
指輪に?
なんで?
「物に嫉妬するって、意味わかんないです」
吹田さんは気まずそうに小さく咳払いする。
「……おまえからすれば、そうだろうな。
だが、俺には見せないような恍惚とした表情で指輪を見つめて、『一目惚れ』だと言われたら、つい嫉妬してしまった」
どんなカオしてたかはわからないけど、うっとりは、してたかな。
「どんな物でも、おまえに意識を向けられているというだけで、嫉妬してしまう。
……意味が少し違うかもしれないが、俺は同担拒否派だ。
おまえを独り占めしたい」
「……あー……」
『嫉妬』って言われるといまいちわからなかったけど、『同担拒否派』だとなんか納得できちゃった。
ほんと、オタク用語ってすごいね。
「……幼い頃から感情を抑え本音を隠して生きてきたのに、おまえが関わるとうまくいかない。
特に今は浮かれているが、入籍したらもう少しおちつけると思う。
なるべくおまえには見せないようにするから、許してほしい」
「はあ……」
確かに、言われなきゃわからなかったから、隠してくれてたんだろうけど。
……あれ、もしかして、さっき『抱きつくなら枕じゃなく俺にしてくれ』って言われたのも、そうだった?
うーん……。
「隠すよりは、言ってほしいです。
めんどくさいなって思うかもしれないけど、言われないままだと気づけなくて、くり返しちゃいそうなので。
夫婦になって、これから長い間一緒にすごすんだから、隠しごとはなるべく少なくしたほうが、お互い楽だと思います」
まあ私はだいたいぺろっと言っちゃうし、隠そうとしたらバレて追及されて、隠しとおせたことはないけどね。
「……そうか」
吹田さんはそのまましばらく黙ってたけど、ゆっくり言う。
「美景」
「はい」
「そっちを向いてもいいか。
顔を見て話したい」
「あー……、はい」
「ありがとう」
腕をといて体を離すと、吹田さんは私のほうを向いて、胡坐をかいて座りなおした。
手の平をさしだされたから、手を重ねると、両手で包むようにやわらかく握られる。
「追加で頼みたいことが二つある」
「なんですか?」
「一つめは、今まで以上に身の回りに気をつけて、隙を見せないようにしてほしい。
俺と結婚することで、俺を目的におまえに近づく者が増えるはずだ。
俺に取り入りたい者だけでなく、俺と敵対する者も多いだろうから、なにげない会話から言質を取って、なんらかの要求をされる可能性もある。
だから、出来る限り隙を見せないように気をつけてほしい」
「……はい」
これは前から言われてるから、気をつけてるつもりだけど、もっと気をつけないといけないんだね。
「二つめは、一つめと重なるところもあるが、近づいてくる者の中で、初対面から馴れ馴れしい男には特に注意してほしい。
おまえは男との適切な距離感がまだつかめていないし、無自覚な言動が多いから、相手が勘違いして暴走する可能性もある。
くれぐれも隙を見せないように、二人きりにならないように、気をつけてくれ」
「……はあ」
これも前から言われてるけど、いまいち自覚できてないんだよね……。
「あの、『無自覚な言動』って、どんなことなのか、具体例を教えてもらえませんか?
自分ではいまだによくわからないんです」
「…………」
吹田さんはじっと私を見つめて、小さくため息をつく。
片手を伸ばして、横にあった枕を取って私の膝に乗せた。
「なんですか?」
「必要になるだろうから、先に渡しておく」
「はあ……」
どういう意味だろ。
首をかしげながら、なんとなく片手で枕を抱きしめる。
「今日ここに来てからの具体例を、いくつかあげる」
吹田さんは静かな口調で淡々と言う。
え、今日ここだけで、いくつもあるの?
「まず、シャワーをして着替えてきた俺を見て言ったことの中で、『セクシー』や『濡れてるから気持ちいい』という言葉は、性行為を連想させる」
「え」
そうなの?
いやまあ、セクシーはそっち系の言葉かもしれないけど……。
「この部屋に来て言った、『ベッドに乗っていいですか』も同様だ」
「あー……」
それは、そう、かも?
「男が見ている前でベッドに寝そべったり、裾がめくれて太腿が見えるような動きをするのは、誘っているのに近い行動だ」
「ええー……」
普通に動いてたつもりだったけど、裾めくれてたんだ。
「その後、胸を押しつけるように抱きついてきたのは、直接的な誘いだ」
「……あ」
そういえば、【当ててんのよ】って、そもそもわざと胸を押しつけることだった。
つまり、自分から、吹田さんを、誘ったことになるんだ。
「~~~っ」
顔も体も瞬間的に熱くなって、枕を両手でぎゅうぎゅう抱きしめてうつむく。
え、ダメじゃん! なんでそんなことしてんの!?
それじゃあ、いつもよりキスが長かったのも、首筋にキスされたのも、当然じゃない!
でも別に誘ったつもりじゃなかったんだもん……!
だけど【当ててんのよ】の意味は知ってたでしょ!
知ってたよ、いつもの私だと胸が足りなくてできないから、できるサイズの人すごいなーって思ってて、だからついやっちゃったんだよ。
つい、じゃないでしょ! 私のバカ!
脳内セルフツッこみが止まらなくて、ジタバタ暴れたくなったけど、枕を抱きしめてなんとかこらえた。
あー、こうなるってわかってたから、枕を渡してくれたんだ。
さすが吹田さん、気遣いがすごいね。
…………うん、現実逃避してないで、おちつこう。
枕を抱く腕をゆるめて、ゆっくり息を吐いた。
「おちついたか」
静かな声に、びくっとする。
「……もうちょっと、時間ください……」
ツッこみはおちついたけど、まだ頬がほてってる気がして、顔を上げられない。
「わかった。
飲み物を持ってくるから、楽にしていてくれ」
「……はい」
うつむいたまま答えると、吹田さんはゆっくり動いてベッドから降りる。
ドアが開いて、閉まる音を背後で聞く。
そこが我慢の限界だった。
「……あああああ、恥ずかしー!」
枕を抱いたままベッドに倒れこんで、足をジタバタさせる。
もーもーもー、私のバカ……!
しばらく暴れたら、ちょっと発散できた。
ため息をつきながら体を起こして、ふと視線を流す。
「……あー」
ワンピースの裾がめくれて、太腿が半分ぐらい見えてた。
やわらかい生地ですべりがいいから、すぐめくれちゃうんだ。
これは確かに、着て慣れておかないと、わからないことかも。
裾を広げて脚を隠すよう座りなおして、また枕を抱える。
今日は恥ずかしいことがいっぱいあったけど、さっきのが一番だったかも。
しかも自業自得……うぅ……。
枕を抱えたままぼんやりしてると、ノックの音がした。
「はい……?」
ドアを開けて入ってきた吹田さんは、私の目の前まできて軽く眉をひそめた。
「眠いのか?」
「あー……ちょっと……」
恥ずかしすぎて急激にテンション上がったり下がったりしたから、ちょっと疲れちゃったかも。
「なら、ここで少し眠れ」
「え……でも……」
「話は後でもできる。
夕食は、真白が少し遅れているから、十九時からの予定だ。
今は十七時半だから、一時間ほど眠るといい」
優しい声で言いながら優しく頭を撫でられると、瞼が重くなってくる。
「水を飲んでおけ」
「はい……」
フタを開けてさしだされたペットボトルを受け取って、何口か飲む。
「もういいか?」
「はい、ありがとうございます……」
「ああ」
ペットボトルを返すと、吹田さんはきちんとフタをしてヘッドボードに置いた。
「もう少し向こうにいってくれ」
「はい……」
膝立ちでもそもそ動くと、吹田さんはベッドカバーとタオルケットを半分ほどめくる。
「こっちに戻ってきて、横向きに寝ろ」
「はい……」
言われるままに動いて、抱えてた枕を置いて横たわると、吹田さんが髪を留めてたバレッタをはずしてくれる。
タオルケットを肩までかけられると、もう目を開けていられない。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
優しい声に促されて、すとんと眠りに落ちた。




