同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い③
気持ちを切り替えるために、お手洗いを借りる。
ついでに洗面所の鏡でチェックしてみたけど、化粧はほとんど崩れてなかった。
そういう特殊加工をしてくれたとは聞いてたけど、吹田さんのシャツには何もついてなかったし、ほんとプロの技ってすごい。
ふと左を見ると、奥に大型のドラム型洗濯機があった。
朱音さんが言ってた、乾燥までしてくれる洗濯機ってコレかな。
去年うちの洗濯機の調子が悪くなって買い替えた時に、乾燥機能付きにするか、お母さんと二人で一週間ぐらい悩んだけど、お高いから結局やめたんだよね。
でも楽になるなら、乾燥機能付きにすればよかったかなあ。
洗濯機のフタをすりすり撫でてて、横が壁じゃなくて引き戸になってることに気づく。
あれ?
思わず右側を見直したけど、お風呂のドアはあっちにある。
じゃあここはなんだろ。
クローゼットかな?
気になるけど、勝手に見たらダメだよね。
「どうした」
吹田さんが顔をのぞかせて、隅にいる私を見て早足で近づいてきた。
「具合が悪いのか」
「あ、いえ、ここ何かなーって気になっただけです」
引き戸を指さしながら言うと、私の横に立った吹田さんは、ほっとしたようなカオになる。
「ああ、ウォークインクローゼットだ。
見てもかまわないぞ」
「ありがとうございます」
そっと引き戸を開けると、三畳はありそうな小部屋だった。
一歩踏みこんだとたん、ぱっと天井のライトがつく。
人感センサー付きなんだ、すごい。
でも荷物を抱えてライトつけるのは大変だから、便利でいいよね。
部屋の中央まで進んで、ぐるっと見回す。
まんなかが通路で、片側にカバーがかかったスーツがずらっと並んでて、もう片側は引き出し式の収納棚で、きちんと片付けられてた。
改めて見ると、吹田さんてけっこう衣装持ちだよね。
でも、セレブ的にはこれぐらい普通なのかな。
海外セレブとか、衣装部屋がいくつもあるらしいし。
感心しながら見て回ってて、向かい側も引き戸になってることに気づく。
えーっと、位置的にここはリビングの入口あたりだから、この先は。
「その先は俺の部屋だ。
入ってもいいぞ」
聞く前に、背後にいた吹田さんが答えてくれる。
じゃあ、吹田さんの部屋とここと洗面所、つながってるんだ。
それでシャワーも早かったのかな。
「ありがとうございます」
そおっと引き戸を開けてみる。
一歩入っても部屋は薄暗いけど、背後からの灯りでぼんやり見えた。
あれ?
あ、そっか、こっちはさすがに人感センサーじゃないんだ。
私の背後を通った吹田さんが左手にあるドアのほうに行って、壁のスイッチでライトをつけてくれる。
「あ、ありがとうございます」
明るくなった部屋を改めて見回す。
八畳ぐらいのカーペット敷きの部屋で、中央に大きなベッド、その向こう側の壁際にデスクと、扉がついた収納棚が二つ。
家具はそれだけで、ちょっと殺風景にも見えたけど、吹田さんらしいかも。
そっか、横に大きなクローゼットがあるから、部屋の中に収納がなくて、すっきりして見えるんだ。
一通り見回してから、ドアの前にいる吹田さんを見る。
「見ちゃいけないものとか、さわっちゃいけないもの、ありますか?」
まじめだから、機密書類とかを持ち帰ったりはしてないだろうけど、微妙なものはありそうな気がする。
「デスクのものは、引き出し含めさわらないでくれ。
棚は、ガラス戸以外のところは開けないでくれ。
他は自由にしてかまわない」
「わかりました」
うん、やっぱり確認してよかった。
ベッドの足下を回って、棚に近づく。
四段に区切られたうち、上から二段目だけがガラス戸で飾り棚みたいになってて、他は木の扉がついてた。
ガラス戸のところをのぞきこんでみると、見たことあるクマのぬいぐるみが並んでた。
「あ、これ……」
吹田さんとなかよくなるきっかけになった、服のハギレで作られたぬいぐるみ。
一緒に選んだクマ達が、きちんと並べられてた。
ちゃんと飾ってくれてたんだ、嬉しいな。
「このクマのぬいぐるみシリーズ、好きだったのに、販売終了になっちゃって残念ですよね」
「そうだな」
リサイクルショップの店長のカノジョさんが、売り物にならない服のきれいな部分で作ってたぬいぐるみ。
カノジョさんが趣味で作ってたから、もともと数は多くなかったけど、四月にカノジョさんの仕事が忙しくなって、販売がストップしてた。
しかも忙しくて会えないことに店長さんが文句を言って、ケンカになって、結局別れちゃったから、そのまま販売終了になってしまった。
店長さんが店用ツ〇ッターでえんえん愚痴ってたから、一部始終を知ってるけど、あれは店長さんが悪いと思う。
……でも、気をつけないと、私も同じことやっちゃいそうだよね。
吹田さんはこれからどんどん出世して、どんどん忙しくなっていくはずだから、一緒にいられる時間はどんどん減っていくはず。
それでも、奥さんなら、会ってもらうための交渉も遠慮もいらないから、そういう意味では結婚することになってよかった。
ぬいぐるみから視線を流して、部屋の中央にあるベッドを見る。
「このベッドって、ダブルサイズですか?」
「ああ」
振り向いて聞くと、ドアに背中を預けるようにもたれてる吹田さんがうなずく。
「私、ダブルベッドって初めて見ました。
乗ってみていいですか?」
「……ああ」
「ありがとうございます、失礼しまーす」
ホテルみたいにぴしっとベッドメイキングされてるのは、朱音さんががんばってるのかな。
スリッパを脱いで、乱さないようにそっと上がる。
「わー、ひろーい」
膝立ちでまんなかまで進んで、ぽすっと倒れこむ。
両手を広げても、端に手が届かない。
私のベッドはシングルだから、この広さは感動しちゃう。
ゴロゴロ転がりたくなったけど、なんとか我慢した。
体を起こしてぺたんと座ると、硬いようでやわらかい適度な弾力がある。
よくテレビCMやってる高級マットレスかな。
ということは、枕もかな。
ずりずり動いて、枕の前にぺたんと座る。
ぽふっとたたいてみると、ちょっと硬めだけど、しっかりした感触だった。
抱きしめてにぎにぎしてみる。
うーん、これ、材質なんだろ。
「美景」
「はい?」
振り向くと、ゆっくり歩いてきた吹田さんがベッドの枕元に私のほうを向いて座った。
「おまえに頼みが二つある」
「なんですか?」
枕を抱いたまま吹田さんのほうに体を向けると、吹田さんは小さく咳払いする。
「一つめは、結婚式の夜、二人だけですごしたい」
「え、夜は食事会じゃなかったですか?」
確か、夕方から結婚式をして、そのまま夕食、だったよね?
あれ、昼に変更になるって言ってたっけ?
「……夕食という意味ではない。
共に眠って朝を迎えたい」
朝……?
「……あ、ここにお泊まりってことですか?」
「ここでもホテルでも、おまえの望む場所でかまわない。
同居できるのはだいぶ先になるが、せめて夫婦になった最初の夜は共にいたいんだ」
「はあ、かまいません……けど……」
曖昧にうなずきかけて、ようやく気づく。
最初の夜って。
つまり。
初夜、だよね。
「~~~っ!!」
思いついた単語に、顔どころか全身熱くなった。
思わず枕をぎゅうっと抱きしめて、顔を埋める。
そうだった、つい友達のとこに泊まるのと同じように考えちゃったけど、夫婦なんだから、そういうことも、するんだよね。
何をするかぐらいは知ってるし、夫婦になったからには当然なんだろうけど、でも……っ。
「おまえが嫌がることはしないし、無理強いもしないと約束する。
言葉通り、共に眠るだけでもいい。
だから、俺と二人だけですごしてほしい」
まじめな口調で甘い声で言われて、よけい恥ずかしくなる。
枕に顔を埋めたまま、小さくうなずいた。
「……はい」
「ありがとう」
「……二つめは、なんですか……?」
恥ずかしいのをごまかしたくて、うつむいたまま聞く。
「二つめは、結婚以降同居できるまで、おまえの都合がつく時は、週末にここに泊まりにきてほしい」
「え……?」
ちょっとだけ顔を上げると、吹田さんは優しいまなざしで私を見てた。
「新居が決まっていないのと、お義父さんの要請もあるから、来年三月までは別居せざるを得ないが、出来る限り共にすごす時間を作りたい。
だから、金曜の夜か土曜の夜に、ここに泊まりにきてほしい。
俺が翌日休みなら昼まで、仕事でも朝までは共にすごしたい」
それは、私も嬉しいかな。
「……はい」
こくんとうなずくと、吹田さんはほっとしたように微笑む。
「ありがとう」
「いえ、あの、私も嬉しいので……」
嬉しいけど、恥ずかしいのは別なんだよね……。
まだ頬がほてってる気がするから、顔を上げられない。
ぎゅうっと枕を抱きしめると、吹田さんは苦笑する。
「何かに抱きつきたいなら、俺にしてくれ」
「え」
スリッパを脱いでベッドに上がってきた吹田さんが、私の横に脚を伸ばすようにして座った。
眼鏡を取ってヘッドボードの上に置き、チノパンの後ろポケットに入れてたスマホもその横に置く。
ふんわり抱き寄せられて、肩に頬を押しつける。
確かに、吹田さんのほうがいいかな。
枕を横に置いて、体の向きを変えて、吹田さんに正面から抱きつく。
ふにっと、いつもと違う感触がした。
……あれ?
吹田さんにも伝わったのか、ぴくっと体がこわばったのがわかった。
あ、そっか。
今の私、いつもより胸があるんだった。
これが【当ててんのよ】なんだ……!
感動して、ちょっと腕をゆるめてから、改めてしっかり抱きつく。
わー、こんな風に感じるものなんだ。
おもしろーい。
「……あまり煽らないでくれ」
吹田さんがぼそっと言う。
「はい?」
あれ、『煽る』って、こういうシチュだとどういう意味だっけ。
きょとんとして顔を上げると、頬に手を添えられる。
ゆっくり顔が近づいてきた。
あ……。
反射的に目を閉じると、唇にそっとキスされた。
昼のことを思いだして、ちょっとびくっとしたけど、すぐ離れた。
ちょっと間を置いて、またキス。
私が一回か二回呼吸するぐらいの間をあけながら、何度もくり返される。
息継ぎできるように気をつけてくれてるのはわかるし、ちゃんと呼吸できてるのに、だんだん頭がぼーっとしてきた。
体の力が抜けてもたれかかると、吹田さんがしっかり抱きしめて支えてくれる。
何も考えられなくなって、ただ優しいキスを受けとめる。
どれぐらい続いてたのか、ようやく唇が離れて、少しだけ腕がゆるめられる。
ほっと息をついた時、首筋に濡れたものがふれた。
「ぅひゃっ!?」
え、なに今の、なに……!?
あんまりにもびっくりして、わけがわからなくて、心臓がバクバクする。
「……美景」
「っ!」
びくっとして振り向くと、吹田さんが困ったようなカオで私を見てた。
あれ、抱きしめられてたはずだけど、私、びっくりしすぎて、つきとばしちゃった……?
「……ごめんなさい、あの……」
「すまない、俺が悪かった、おちついてくれ」
吹田さんはなだめるように言いながら、ゆっくり手を伸ばしてくる。
びくっとして体を引くと、ぴたっと手が止まった。
「あ……」
あれ、私、なんで今、逃げたの……?
いつも、恐いことがあっても、吹田さんが抱きしめてくれたら、おちつけたのに。
私、吹田さんが……恐い……?
「美景」
静かだけど強い声が、私を呼ぶ。
ゆっくり手をおろした吹田さんは、私を見て優しい声で言う。
「俺は動かないから、おちつけ」
「……あの、わたし……」
「大丈夫だから、おちついてくれ」
くり返し言われて、ちょっとだけ冷静になった。
座りなおすと、脚に枕が当たる。
枕をひっぱりよせて、両手でぎゅうっと抱きしめてうつむく。
しばらくそうしてると、少しずつ気持ちがおちついてきた。
吹田さんは、言葉通り動かないまま、黙って見守ってくれてるのを感じる。
大きく息を吐いて、それでもまだ顔は上げられなくて、枕をゆるく抱きしめなおした。
「……ごめんなさい」
「いや、さっきのは俺が悪い。
恐がらせてすまなかった」
吹田さんが優しい声で言う。
「……恐かった、わけじゃ、ないんです。
ただ……びっくりして……」
「そうか。
驚かせて悪かった」
あくまでも優しい声で言われると、よけい申し訳なくなる。
さっきのって、たぶん、首筋にキスされただけ、だよね。
気を抜いた瞬間だったのと、想定外の場所だったから、びっくりしちゃったけど、でも、そこまで驚くようなことじゃなかった。
初夜なら、もっといろんなこと、されるんだろうし。
「…………っ」
いや、やっぱり驚いちゃって、無理かも。
想像しただけで、恥ずかしくなる。
唇へのキスですら、まだ慣れないのに。
他の場所へのキスなんて、ぜっったい無理、耐えられない。
……あれ?
これじゃあ私、初夜なんて無理じゃない?




