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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
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買い物は妥協か即決の二択⑥

「では、ご案内いたします」

 カラスさんの案内で、違うフロアのジュエリー売場に向かう。

 さっき真珠のジュエリーを持ってきた店員さんに、だいたいの希望を伝えてあったから、ついたらすぐ売場の奥の個室に通された。

 吹田(すいた)さんと並んでソファに座ると、いくつかの指輪がきちんと並べられた黒いベルベットのトレイが、私の前に置かれる。 

「こちら、先程御所(ごせ)様に伺った要望を元に選ばせていただきました」

 私の希望は、なるべく邪魔にならなくて、宝石は小さめ、少なめ、地味め。

 店員さんにそう言ったら、『それはずっとつける結婚指輪の基準で、婚約指輪はもう少し華やかなものを選びましょう』って言われた。

 でも指輪をつけてて気にならないかの確認だから、あんまり大きくてひっかかりそうなものじゃ意味がない。

 そう主張したら、宝石がちょっと大きめになってもいいならって言われて、それで妥協した。

 正直、そんなのがあるかわからなかったけど、何種類かあるみたいで、ほっとする。

 並べられたものを順に見ていって、トレイの右上で目が留まった。



「御所様は、金属アレルギーではないものの、ジュエリーは苦手と伺いましたので、指輪の素材はアレルギーの出にくいチタン製です。

 次に、宝石は御所様の誕生石のブルーサファイアで、あまり邪魔にならないデザインのものを選びました」

「……はい」

 うなずきながらも、説明はほとんど頭を素通りしてた。

 一番右上の指輪から、目が離せない。

 全体は細いけど、宝石がついてるとこだけ少し太く厚くなってて、複雑にカットされた小さめのサファイアが嵌めこまれてる。

 サファイアは濃いめの色合いが多いけど、これはちょっと淡い雰囲気で、きれいだった。

 その両脇にサファイアの半分ぐらいのダイヤモンドが埋めこまれてて、きらきらしてた。



「それが気に入ったのか」

 私の視線が固定されてることに気づいたのか、吹田さんが体を寄せて聞いてくる。 

「……はい」

「では、どうぞお手に取ってご覧くださいませ」

 店員さんに笑顔で言われて、ためらいながら手を伸ばす。

 そっとつまんで、目の前にかざしてみる。

 ひねって角度を変えて見てみても、やっぱりきれい。

「サイズは先程測らせていただいたので、左手薬指に合うものを選んでお持ちしましたが、念の為そっと入れてみてください。

 途中でひっかかったら、無理に押しこまずに、いったん抜いてくださいませ」

「……はい」

 右手で持って、おそるおそる左手薬指に通してみる。

 関節でひっかかるかと思ったけど、するんと根元まで通った。



「わあ……」

 指輪をするのはたぶん初めてなのに、なんだかなじむ感じがする。

「小さいが輝きは強いし、おまえの細い指にはよく似合っている。

 それにするか?」

 吹田さんに甘い笑みで言われて、ぎゅっと左手を握ってうなずく。

「はい」

 なんだろ、この推しに沼った瞬間と同じ感覚。

 ああ私はここでアナタと出会う運命だったのねって、叫びたくなる。

 ぬいぐるみでも、ここまで強くほしいって感じたことなかったのに。

「お気に召すものが見つかってよかったです。

 結婚指輪も選ばれますか?」

「……あー……」

 今はこのコのことだけ考えていたい。

 というか、このコだけでいい。



「あの、これを結婚指輪にしちゃ、ダメですか?」

 吹田さんと店員さんを交互に見ながら聞いてみる。

「おまえが気に入ったのなら、それでもかまわない」

「デザインとしては問題ないと思われますが、吹田様の分をどうなさいますか?」

 吹田さんと店員さんが、順に答えてくれる。

 そっか、サファイアなのは私の誕生石だからだもんね。

「えっと、吹田さんは一月生まれだから、誕生石は……」

 なんだっけ?

「ガーネットでございますね」

 すぐに店員さんが答えてくれる。

「ガーネットって、赤いのでしたよね」

 宝石にはあんまり興味がなくて、有名どころの色と名前がなんとなくわかるぐらいの知識しかないから、赤い以外の感想が出てこない。

「赤が一般的ですが、それ以外の色もございますよ。

 オレンジ、イエロー、グリーン、青緑、紫などもございます」

 そうなんだ、知らなかった。



「ただ、ご注意いただきたいのは、サファイアもガーネットもダイヤモンドほど強くない宝石ですので、長期間使用が前提の結婚指輪には、あまり向いておりません」

 そっか、ダイヤって高いしハデだから人気なんだと思ってたけど、物理的に強いって意味で実用性もあるんだ。

 指輪つけるの初めてだから、どう扱えばいいかよくわからないし、うっかり壊しちゃうのはイヤだ。

 でも、このコがいい。

 このコをずっとつけていたい。

 どうしたらいいんだろ……。

 困って吹田さんを見ると、吹田さんは軽く目を見開いて、それから優しく微笑む。

「そんなにその指輪が気に入ったのか」

「はい……」

「だったら、やはりそれは婚約指輪にして、おまえが好きな時に付けるようにすればいい。

 結婚指輪は、後日改めて長期使用に耐えうるものを選ぼう」

「……いいんですか?」

「もちろんだ」

 吹田さんは優しいカオのままうなずいてくれる。

「ありがとう、ございます……!」

 思わず抱きつきたくなったけど、店員さんが目の前にいるから、なんとか我慢して、吹田さんの手をぎゅっと握る。

 吹田さんは優しく握り返してくれた。



「この指輪を購入する。

 このまま付けていってもかまわないか」

「もちろんでございます。

 鑑定書と箱は後程、他の物と一緒にお届けいたします」

「わかった。

 結婚指輪は後日購入の予定だが、サイズ変更が必要な場合、どれぐらいかかる」

「最短で二週間ほどですので、結婚式のご予定が九月九日ですと、本日お選びいただいても間に合いません。

 ただ、御所様は、サイズ変更なしで十号の指輪がちょうど合うようです。

 吹田様も同様であれば、お選びいただいた当日にお渡しできます。

 吹田様の指のサイズを測らせていただいてよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

「かしこまりました、ではこちらの……」

 隣でかわされる会話を聞き流しながら、指輪を見つめる。

 こんなに気に入るなんて、自分でも意外だけど、きっと呼ばれたんだね。

 私がこのコを選んだんじゃなく、このコが私を選んだんだ。

 出会えてよかった。



美景(みひろ)

 耳元で名前を呼ばれて、びくっとする。

「はいっ」

 あわてて顔を上げると、吹田さんは苦笑してた。

「その指輪に刻印できるらしいが、どうする」

「あー……」

 確か、名前とか、日付とか、メッセージとか、入れられるんだよね。

 刻印のおかげで失くした指輪が戻ってきた、みたいなネット記事を読んだことある。

 入れておいたほうがいいんだろうけど。

「……期間って、どれぐらいかかりますか?」

「最短でも二週間はいただくことになります」

「二週間……」

 店員さんの答えに、左手の指輪を覆うように右手を重ねる。

 やっと出会えたのに、二週間も引き離されるなんて、無理っていうか、イヤだ。



「おちつけ、別に今すぐでなくていいんだ」

 肩を抱いて身体を寄せてきた吹田さんが、耳元で言う。

「婚約期間が短いから、その間はずっと持っていればいい。

 結婚後、おちついてから預ければいいし、刻印を入れなくてもかまわない。

 いずれゆっくり相談しよう」

「……はい」

 肩を撫でながらなだめるように言われて、ちょっと気持ちがおちつく。

 よかった、今すぐ決めなくてもいいんだ。

「じゃあ、あの、そのうちおちついてから、改めて考えますね」

「かしこまりました。

 刻印の依頼は常時お受けしておりますので、お決まりになりましたらお声がけくださいませ」

 店員さんが優しい笑顔で答えてくれる。

 確か自己紹介の時に宝石オタクって言ってたし、私がこのコに一目惚れしたことわかってくれてるんだね。

「はい、ありがとうございます」


-----------------

 

 その後は、またカラスさんの案内で最初のサロンに戻った。

 吹田さんが支払い手続きをしてる間、私はずっと指輪を見てた。

 どの角度から見ても、きれい。

 ずっと見てても飽きないなんて、すごいな。

美景(みひろ)

 耳元で呼ばれて、びくっとする。

「はいっ」

 あわてて顔を上げると、ソファの向かいにオジサマが立ってて、完璧な営業スマイルを浮かべてた。

 えーと、最初に出迎えてくれたオジサマかな。

 私の肩を軽く抱き寄せた吹田さんが言う。

「今日は世話になった。

 今後彼女が一人で来店することもあるだろうが、俺の妻としてふさわしい扱いをしてほしい。

 支払いは全て俺に回してくれ」

「かしこまりました」

 オジサマは深々と頭を下げると、私を見て笑みを深める。

「今後ご来店の際は、わたくしにご一報いただければ、専属として対応させていただきます。

 連絡先はこちらに」

「いや、彼女の担当はそちらの女性に頼みたい」

 オジサマが名刺をさしだそうとしたところで、吹田さんがそれを遮る。

 視線を向けられて、オジサマの背後にいたカラスさんがにっこり微笑んだ。



「かしこまりました。

 今後とも誠心誠意務めさせていただきます」

「ああ。

 名刺をくれ」

 吹田さんが空いてるほうの手をさしだすと、近づいてきたカラスさんがうやうやしいしぐさで両手で名刺を渡した。

 名刺を胸ポケットに入れた吹田さんは、内ポケットから小さな白い包みを取りだして、それをカラスさんにさしだす。

「今日の礼だ。

 彼女が今日世話になった者全員で分けてくれ。

 これからもよろしく頼む」

「ありがとうございます、皆で頂戴いたします」

 カラスさんは、白い包みを両手でうやうやしく受け取る。

 ん? ……あ、チップか。

 そうだよね、すごくお世話になったもんね。

 【同志】(なかま)のおかげで無事買い物ができたんだから、それぐらい当然だった。

 こういうとこに気が回るの、さすがセレブだね。

  

-----------------


「ほんとに、ありがとうございました。

 おかげでいいものに出会えました」

 サロンを出てエレベーターを待ちながら、改めてカラスさんにお礼を言う。

「どういたしまして」

 カラスさんは営業スマイルじゃない笑顔で答えてくれる。

「あ、さっきの名刺、ちょっと貸してもらえますか」

「え、はい」

 吹田さんから受け取った名刺を渡すと、カラスさんは裏にささっと何か書きつける。

「来店の際は、こちらの個人外商部の代表番号に、前日までに連絡くださいね。

 私が休みの場合もありますし、準備の都合もありますので。

 裏に個人的な連絡先を書いておいたので、何か聞きたいこととか、気になったことがあった時は、遠慮なくメッセージをください」

「わかりました」

 個人的な連絡先があると、ちょっと気になることとかが聞きやすくて、助かる。

 あ、そうだ。



「あの、実は私だけじゃなくて、私の両親の結婚式用の服もいるんです。

 選ぶの、手伝ってもらえないでしょうか」

 ようやく来たエレベーターに乗りながら、こそっと聞いてみる。

 お母さん達には、吹田さんの服に合うレベルなんてわからないだろうから、手伝ってもらえるとありがたい。

「喜んでお手伝いさせていただきますよ。

 ご来店の際は、ミケさんもご一緒にお願いしますね。

 ご一緒なら、特別対応にできますから」

「え、っと」

 それって、吹田さんの権利にタダ乗りみたいな感じだけど、いいのかな。

 私の肩を抱いてる吹田さんをちらっと見ると、小さくうなずいてくれる。

「かまわない。

 おまえの両親も、義理とはいえ俺の家族になるのだから、俺の身内として扱ってくれ」

「かしこまりました」

 え、ほんとにいいの?



「大丈夫ですよ、ミケさん」

 私がとまどってるのに気づいたのか、カラスさんが笑顔で言う。

「吹田様は株主ですけど、実質はオーナーのご家族ですから、特別扱いは当然なんです。

 その吹田様が『身内として扱ってくれ』っていうミケさん達も、当然特別扱いです。

 むしろ特別扱いしないと、上から怒られます」

 あ、そうか、そうだった。

 じゃあ、大丈夫かな。

「……ありがとうございます。

 あ、でも、両親の分の支払いは、自分達でしますから」

 一人に百万かかったとしても、吹田さんからもらった三百万の支度金があるから、問題ない。

 カラスさんはちらっと吹田さんを見てからうなずく。

「わかりました。

 なるべくお得で良いものを選ばせてもらいますね」

「お願いします」

 地下フロアにエレベーターがついて、ちょっと歩くと外に出る自動ドアの前に着く。

 地下だけど、やっぱり空調の効いてない外は暑そう……。

 ためらってると、吹田さんがスマホを取り出して何か操作する。



「ハイヤーにここに来るよう伝えたから、それまで待つぞ」

「あ、はい」

 よかった、それなら外にいる時間を短くできる。

 吹田さんは私の肩を抱いたまま、カラスさんを見る。

「一つ聞いてもいいか」

「はい、なんでしょうか」

「あの男は、個人外商部の副部長だったはずだが、なぜ呼んでいないのに来たんだ」

「部長が先月末から家庭の事情で休職しておりまして、繰り上がりを狙う副部長は、上顧客に顔つなぎをしようと必死になっているようです。

 本日も、本来なら担当になったわたくしのみで対応させていただく予定でしたが、副部長が『上司として挨拶する』と言って、強引に付いてまいりました。

 わたくしの顧客にも、副部長にまとわりつかれて不快な思いをされた方が何人もいらっしゃいまして、正直困っております」

 カラスさんが、ほんとに困ってるようなカオで言う。

「……そうか。

 俺から母に話しておく」

「恐れ入ります、お願いいたします」

 あれ、なんかコワイ話になってるような……。

 ……でも、あの勢いでまとわりつかれるのは確かにイヤだし、かといって私一人の時なら吹田さんみたいにすっぱり断れないだろうし。

 対処してもらえるほうが助かるかな。

 さすがに、いきなりクビにはならないだろうし、偉い人に注意されたらやめる、よね。

 うん、そう思っておこう。

 自分を納得させた時、自動ドアの向こうに見慣れたハイヤーがやってきた。



「見送りはここまででいい。

 荷物を渡してくれ」

「かしこまりました」

「あ」

 自分で持ちます、って言う前に、カラスさんから吹田さんに荷物が渡される。

 おでかけデートの時も、いつも吹田さんが荷物持ってくれたけど、やっぱりまだ慣れないなあ。

「行くぞ」

「はい。

 じゃあ、失礼します」

 ぺこっと頭を下げると、カラスさんは笑顔できれいな礼をしてくれた。

「ご利用ありがとうございました。

 またのお越しを心よりお待ちしております。

 お気をつけてお帰りくださいませ」

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