買い物は妥協か即決の二択⑤
それからは、怒涛の展開だった。
インナー担当の人に、採寸されて、好みを聞き取りされて、付け方のレクチャーを受けた。
胸が小さいのはブラのサイズが合ってないせいって言われて、ちょっとショックだった。
持ってこられたブラは、私が持ってるのより一サイズ上だったのに、教えてもらった手順で付けたらぴったりだった。
しかもワイヤーが入ってないのにきれいな丸みで、締めつけ感もなくて、適当に選んだセール品とは全然違った。
セットのショーツも、おなかまで包みこむ感じであったかいのに、くいこむ感じはなくて、なのにお尻のラインがきれいに見えて、感激した。
正しいサイズのインナーを着たうえで試着するべき、っていうカラスさんの意見は正しかった。
靴担当の人に、やわらかい粘土みたいなのに足を乗せてサイズと形を測定されて、今の靴はサイズが合ってないって言われた。
渡された茶色のヒール低めのパンプスは、形はしっかりしてるのに足にフィットして、すごく楽だった。
私が希望した濃いめの桜色のものは、在庫はないけど某メーカーのカタログに載ってたから、数日中に取り寄せてくれるらしい。
バッグ担当の人は、私が持ってたバッグをチェックして、靴と似た色の茶色のやわらかい布製で、小さめだけどポケット多めで持ちやすいのを持ってきた。
バッグもやっぱり濃いめの桜色のものは在庫がなくて、取り寄せになった。
ジュエリー担当の人は、ほんのりピンクがかった大粒のアコヤ真珠で、イヤリング、ペンダント、ネックレス、バレッタのセットを持ってきた。
大きさは同じだけど、イヤリングとペンダントとバレッタは一粒ずつで、ネックレスは連なってる。
華やかにしたい時はイヤリングとネックレス、ひかえめにしたい時はペンダントだけ、とかって使い分けするといいってアドバイスされた。
バレッタは布の花の中心に真珠があって、つけるついでにささっと髪に何か塗られて整えられたら、すごくツヤツヤできれいにまとまってた。
メイク担当の人には、顔のうぶ毛を電動シェーバーで剃られて、眉を整えられて、きっちりしてるのに薄化粧に見えるすごいテクでお化粧された。
ついでに爪もきれいに整えて磨かれた。
マニキュアは苦手だから断ったけど、何も塗ってなくても輝いてた。
最後に、服担当のカラスさんが持ってきた服を着た。
まず、インナーとして、長いキャミソールみたいなスリップっていうのを着る。
吹田さんち訪問用の二着は、フレンチスリーブのワンピースとジャケットのセットで、結婚式用よりちょっとフォーマル寄りな雰囲気で、アイボリーと淡いピンクだった。
試着してみると、着心地とか肌ざわりとかが普段着てる服とは段違いだったけど、その後に着た結婚式用のは、さらに次元が違った。
オフホワイトのやわらかい生地のワンピースで、生地の光沢も着心地も肌ざわりもすごくよくて、しかも軽い。
動くとやわらかく揺れて、ワンピースなのにドレスみたいで、高級品ってすごいって感激してたら、これでもまだ安いほうだって言われた。
ほんとの高級品はオートクチュール、つまりフルオーダーメイドで、もっと体にぴったり合うらしい。
これはオートクチュールを既製品のサイズに落としこんだものだけど、私はほぼ標準体型だから、お直しなしで着れるらしくて、ありがたい。
なるべく時間かけずに進めたつもりだったけど、結局一時間以上かかっちゃった。
でも、鏡の前に立って見ると、自分でもびっくりするぐらいのビフォーアフターになってた。
「……なんか、いろいろ盛りすぎじゃないですか?
自分で再現できそうにないんですけど」
胸もだけど、お化粧も、ハーフアップにしてる髪型も、同じようで見栄えが全然違う。
プロってすごいな。
「よくお似合いですよー」
「そうそう、あざとくなりすぎずかわいくなりすぎず、いい感じです」
「でも、もうちょっと攻めてもよかったんじゃない?」
「いや、今までかわいい路線だったんだから、それを踏襲すべきよ」
片付けをしてた人達が、私のまわりでワイワイ話す。
予想通り全員【同志】で、気を遣わずに話せたのはよかったけど、相手も遠慮なく話しかけてきたし、人数が多いからよけい大変だった。
最初に全員に自己紹介してもらったけど、ぶっちゃけおぼえてないし、誰と何を話したのかも、ほとんど記憶に残ってない。
広い試着室は、大人数で同時に作業してたら狭いぐらいで、この広さが必要なんだって納得した。
「化粧やヘアメイクは、慣れたら自分でもできるようになりますよ。
結婚式当日は、ご来店いただければまた私達でお手伝いしますから」
私の背後で何かチェックしてたカラスさんが、にっこり笑って言う。
「……そうですね、お願いします」
この技術を二週間で身につけるのは無理だね。
素直にプロに頼ろう。
……いやでも、結婚式当日は、もう少しひかえめな仕上がりにしてもらおう。
途中から、みんな【不自然にならない範囲でどこまで盛れるか】に熱中してたもんね……。
ブラは、さらに一サイズ上がって、生まれて初めて胸の谷間ができた。
お化粧も、何を使ったかわからないぐらいいろいろされたのに、見た目は薄めで、しかも特殊なスプレーでさわっても落ちないような加工をしてくれた。
商品と店員さんの技術力に、感動とドン引きの気持ちを同時に味わうことになった。
「お任せください。
じゃあ、そろそろ吹田様に連絡しましょうか?」
「あー、そうですね、お願いします」
「はい」
カラスさんが吹田さんに電話してる間に、改めて鏡を見る。
総額でいくらになったのかは恐くて聞いてないけど、あの写真のスーツを着た吹田さんの隣に立っても見劣りしない程度には仕上がってる、かな。
「私達はいったん失礼しますね」
「あ、皆さんありがとうございましたー」
「いいえー」
袋とか箱とかを持った人達が、ぞろぞろ出ていって、私とカラスさんだけになる。
でもすぐにドアをノックする音がした。
さっきと同じ音ってことは、吹田さんもう来たの?
早くない?
「一時間すぎたあたりで、外のソファで待ってたみたいですよ」
カラスさんが小声で教えてくれる。
「サロンで待っててって、言ったのに……」
「それだけミケさんが大好きなんですよ。
お招きしますね」
「あ、はい」
小声でやりとりして、カラスさんがドアを開けにいく。
すぐに入ってきた吹田さんは、私を見て足を止めた。
「……あの、どうですか……?」
おそるおそる聞くと、ゆっくり瞬きした吹田さんは、ふわっと微笑む。
「よく似合っている。
普段のおまえは素朴でかわいいが、着飾ると美しくなるんだな」
「え……」
童顔なせいでコドモ扱いされて『かわいい』はよく言われるけど、『美しい』なんて、初めて言われたかも。
靴を脱いで近づいてきた吹田さんは、私の二歩手前に立って、まじまじ見つめてくる。
「……あんまり、見ないでください」
なんだか恥ずかしくなって、うつむいて小さな声で言う。
「すまない。
いつまででも見ていたいが、それではおまえの負担になってしまうな」
吹田さんは甘い声で言って、カラスさんを振り向く。
「彼女が今身につけているものと、他に選んだものも全て購入する。
精算方法はいつも通りで、まとめて俺の自宅に送ってくれ」
「かしこまりました、お買い上げありがとうございます」
すっと姿勢を正したカラスさんは、営業スマイルを浮かべてきれいな礼をする。
「それと、家の者にバランスを確認したいと頼まれたから、写真を撮ってくれ」
「あ、私のスマホでもお願いします」
「承知いたしました」
「なら、おまえのスマホで撮ったものを俺に送ってくれ」
「わかりました」
私のスマホをカラスさんに渡して、私一人で、吹田さんと並んで立って、私が椅子に座って吹田さんが横に立って、といろんなパターンで写真を撮ってもらう。
「いかがでしょうか」
椅子に座って、返してもらったスマホで写真を確認する。
どれもきれいに撮れてた。
「ばっちりです、ありがとうございます」
カラスさんはレイヤーさんだけあって、撮影も上手だね。
「これと、この写真を俺のスマホに送ってくれ」
「はい」
横に立って私のスマホをのぞきこんでた吹田さんに、私一人のと二人で並んでる写真を指さされたから、うなずいて手早く送信する。
吹田さんは自分のスマホを取り出して確認して、小さくうなずいた。
「思ったより時間がかかったな。
疲れていないか」
吹田さんが、気遣うようにそっと頭を撫でてくる。
「んー、ちょっとは。
でもだいじょぶです」
「そうか。
次は指輪を見にいく予定だが、服はそのままでいいか?」
「あー、汚したら恐いんで、元の服に着替えます。
すみません、もうちょっと待っててもらえますか」
「……いや、どうせなら選んだ服を着ていくといい。
あれが、週末に着る分か?」
壁にかかってた服を視線で示されて、小さくうなずく。
「そうですけど、でも汚したくないのはあっちも一緒なので……」
「店内ではそう汚れることはないし、汚したとしても三日あればクリーニングできる。
身体になじませる為にも、事前にしばらく着てすごしたほうがいい。
もし合わない部分があったら、今日なら選びなおせる」
うーん……?
試着したから大丈夫のはずだけど、これは暗に『あっちも着てみせて』って言われてる……?
「そうですね、せっかくですからお召しになりませんか。
指輪を選ぶ際も、今の雰囲気に合わせたほうがわかりやすいでしょう」
「……はあ」
カラスさんまで笑顔で勧めてくるから、やっぱり元の服じゃなくて、あっちを着たほうがいいのかな。
「……わかりました。
あ、でも、この真珠のジュエリーは、はずしていいですか」
コレがどれぐらいのお値段かは聞いてないけど、前にボンさんが『真珠って高いのは百万以上よ』って言ってたから、うっかり落としたり傷つけたりしちゃうのが恐い。
「かしこまりました、担当者が外で待機しておりますから、呼びますね。
吹田様は、もうしばらく外でお待ちくださいませ」
「わかった、外のソファで待っている」
カラスさんが迫力ある笑顔で言うと、吹田さんはすぐうなずいた。
自分で着替えを勧めたからかな。
「すみません」
吹田さんが出ていくと、カラスさんが呼んだ各担当の人が戻ってきて、私を囲んで一斉に作業する。
はずしたりつけたり脱がせたり着せたり、それぞれが作業してるのにぶつかることなく連携してて、すごい。
感心してる間に、吹田さんち訪問用のアイボリーのワンピースに着替え終わってた。
他の人が片付けをしてる横で、インナー担当の四十代半ばのお姉様が大きめの袋をさしだしてくる。
「これをどうぞ。
当座の分として、最初のと同じサイズのブラとショーツが、五セット入ってます」
表面がコーティングされた厚紙製で、ブランドロゴっぽいのが箔押しされてて、高級感があるけど、袋の口がきちんと留められる作りだから中は見えない。
袋ひとつでも、こんなに違うんだなあ。
「カップ付きインナーは、寝る時か体調が悪い時だけにしてくださいね。
体を甘やかすと、だんだんシルエットが崩れてきますよ。
二十代の頃は若さでなんとかなりますけど、三十超えると張りがなくなって、重力の影響を受けるようになります。
今日から対策と予防を始めましょうね」
「は、はい」
すごい実感のこもった口調で言われると、うなずくしかない。
「そのうち時間のある時にまた来てください。
改めてインナー売場で色々紹介しますから、じっくり選びましょうね。
あ、元々着てた分も、ここに入れてあります」
「ありがとうございます、お願いします」
ぺこっと頭を下げると、お姉様はからかうような笑みになる。
「吹田さんて、けっこう嫉妬深い印象だったんですけど、ほんとにそうみたいですねえ」
「え?」
「ブラを替えて胸の谷間ができてるでしょ?
ミケさんの元の服はけっこう襟ぐり広めで、胸の谷間が見えちゃうから、この服を着るように勧めたんでしょうね。
自分は見たいけど他の男には見せたくない、男の複雑な心理ですよね」
「……はあ」
この服はスクエアネックで襟ぐり狭めだから、見下ろしても胸の谷間はわからない。
元の服は、カップ付きインナーの上に重ね着する前提のキャミワンピだったから、確かにちょっと襟ぐり広めだった。
吹田さんは紳士だから、胸の谷間なんて見てなかったと思うけど。
……でも、こっちの服を勧められた理由が他に思いつかないから、そうなのかなあ。
「うん、大丈夫そうですね」
他の人達が出ていった後、いろんな角度から私をチェックしてたカラスさんが、満足そうにうなずいて言う。
「ミケさんの元のバッグとパンプスは、こちらの袋に入れました。
そのインナーの袋も一緒に入れて、私が持ちますね。
吹田様がいらいらしてそうですから、そろそろいきましょう」
「あ、はい」
カラスさんが荷物を持ってくれたから、私は中身を移し替えた新しいバッグを持って、新しいパンプスを履く。
前のパンプスも試着したうえで選んで、今まで足が痛くなったことなかったけど、新しいパンプスはフィット感がすごくて、新品だってことを忘れそう。
高級品って、高いからいいものなんじゃなくて、いいものだから高いってこと、よくわかるなあ。
試着室を出ると、すぐに吹田さんが近寄ってきた。
「お待たせしました」
「いや。
その服もよく似合っている」
優しく微笑んだ吹田さんは、膝をかがめて私の顔をのぞきこむ。
「本当に疲れていないか?
どこかでしばらく休憩するか?」
「んー、だいじょぶです。
試着中も、だいたいは座ってましたし、途中でお水飲ませてもらったりしましたし。
吹田さんこそ、待ってばかりで疲れてませんか?」
「大丈夫だ。
おまえが問題ないなら、指輪を選びにいこう」
「はい」




