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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
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買い物は妥協か即決の二択④

「では、改めて聞き取りを」

 カラスさんが言いかけたところで、ドアをノックする高い音が響いた。 

 え、誰っ!?

 びくっとした私をなだめるように手の甲を撫でてから、カラスさんが立ちあがって、ドアのほうを向く。

「はい、どなたですか」

吹田(すいた)だ。

 十分経ったが、まだ終わらないのか」

 ちょっといらついた感じの吹田さんの声が、ドア越しに聞こえる。

 あー、これは心配性が暴走しかかってる雰囲気。

 このまま放置したら、危ないかも。

 振り向いたカラスさんに、こくんとうなずくと、カラスさんもうなずく。

「少々お待ちください、今開けます」

 靴を履いたカラスさんがドアに近づいて、鍵を開ける。

 あ、気づいてなかったけど、鍵かけてたんだ。

 まあ、仕切りのカーテンがあるとはいえ、着替え中に開けられたら困るもんね。

 ドアが開くと、中をのぞきこんだ吹田さんは、椅子に座ってる私を見て眉をひそめた。

 カラスさんを押しのけるようにして、中に入ってくる。



「具合が悪いのか」

 靴を脱いであがってきた吹田さんは、私の横に立って、おでこに手を当ててくる。

「あ、いえ、話をするために座ってただけで、具合が悪いわけじゃないです」

「……そうか」

 吹田さんはちらっと背後を振り向いて、壁にかけられた服を見る。

「試着もしていないようだが、何か問題があったのか」

「あー、問題というか……」

 うーん、今までずっと一式で三十万以内にこだわってたのに、いまさら『高いのにしてください』って、言いにくいなあ……。

 視線をさまよわせた先にいたカラスさんが、笑顔でうなずいた。

「わたくしから、御所(ごせ)様に提案をさせていただいておりました」

「何をだ」

 吹田さんにじろっとにらまれても、カラスさんは動じずに続ける。

「結婚式は一生に一度のことで、写真も長く残りますから、ご予算よりも場にふさわしいことを重視なさったほうがよろしいのではないかと、申し上げました。

 御所様は納得してくださいましたので、改めてご要望を伺おうとしていたところでございます」

「……そうなのか」

 吹田さんの問いかけに、こくんとうなずく。

「……はい。

 あの、だいぶ高くなっちゃうかもしれませんけど、いいですか……?」

「もちろんだ。

 おまえが気に入ったなら、金額は気にしなくていいし、何着でもかまわない」

 吹田さんは甘い笑みで言って、優しく私の頭を撫でる。

 なんか、嬉しそう。

 今まで『なかなか課金させてくれない』って文句言ってたぐらいだもんね……。



「……ありがとうございます。

 それと、買ったものを朱音(あかね)さんに預けてもいいですか?

 私だと、正しい手入れ方法とか保管のしかたとか、全然わからないし、持ってるのが恐いので……」

「わかった、俺から朱音に話しておく。

 ああ、朱音に送らせたスーツの写真をおまえに転送したから、確認してくれ」

「あ、はい」

 よかった、カラスさんの提案通りにいけた。

 これで、『持ってるだけで恐い』状況は回避できる。

 ほっとして、横の机に置いたバッグからスマホを取りだす。

 画像を開くと、トルソーに着せたオフホワイトのスーツに、ワイシャツやネクタイや靴も合わせてあった。

 ……トルソーが家にあるの不思議だけど、和裁やってるからなのかな。

「うん、きてます」

 写真で見ても、普段使いのスーツよりさらに高級感漂ってるのがわかる。

 そうだよね、結婚式用なんだから、普段使いのよりもっとお高いやつだよね。

 一式で三十万以内にこだわってたら、確実に見劣りしてたから、気づかせてくれたカラスさんに感謝だね。

 あ、三十万以内で思いだした。



「あの、カラス……マ、さん」

 いけない、吹田さんがいるから、ちゃんと名字を呼ばないと。

「はい、なんでしょうか」

 変な呼び方になっちゃったけど、カラスさんは笑顔で応じてくれる。

「すみません、言い忘れてたんですけど。

 結婚式用の服だけじゃなくて、吹田さんちに挨拶に行く時の服もほしいんです。

 えーと、一泊二日の予定なので二着で、条件はさっきのと同じ感じで、選んでもらえますか。

 予算はお任せですけど、結婚式用よりはひかえめな感じで」

 すっかり忘れてたけど、そっちも選ばないといけないんだった。

「かしこまりました。

 確か、吹田様のご実家は純和風建築とのことでしたね」

「そうです」

「でしたら、正座してもシワになりにくい素材で、フレアスカートかマーメイドスカートのほうがよいかもしれませんね」

「あー、そうですね……」

 あんまり長いと正座する時に邪魔だし、シワになるもんね。

「では、まずは結婚式用のお召し物を選んでまいります。

 さきほどのソファに戻られますか?

 それともここでお待ちいただけますか?」

「えっと……」

 目の前の吹田さんを見上げると、吹田さんが答える。

「ここで待たせてくれ」

「かしこまりました。

 では、しばらく失礼いたします」

 カラスさんはきちんと礼をすると、壁にかけてた服を取って静かに出ていった。



「本当に、体調は問題ないのか」

 私の横に膝をついた吹田さんが、少し下から顔をのぞきこんでくる。

「はい、だいじょぶです。

 ……あの、なんかブレブレで、すみません」

「気にするな。

 最初から、おまえが気に入るものなら、いくらでもかまわないと言っていただろう」

 吹田さんは嬉しそうに言いながら、私の手を握る。

 ありがたいんだけど、不思議だな。

「……なんでそんなに貢ぎたがるんですか?」

 吹田さん、お金にものを言わせるような、成金キャラじゃないと思ってたんだけど。

「『オタクにとって課金は愛情表現の一種』だと、おまえが言っていただろう」

「それはそうなんですけど……お金持ちって、ケチだからお金が貯まるって聞いたことあるんで、金遣い荒いのが不思議で……」

「俺の家は始まりが商家だからか、【金は稼いだ以上に使え】【好きなものには惜しみなく金を使え】という家訓がある。

 だが、今までは自分自身と真白(ましろ)にしか使い道がなかったから、愛するおまえの為に使えるのが嬉しいんだ」

 言葉通り嬉しそうに言いながら、吹田さんは握った手を持ちあげて、私の手の甲にキスする。

「へえー……」

 稼いだ以上に使っても、さらに貯まっていくんだ。

 さすがお金持ち。

 いや、さすがカリスマスキル持ち、なのかな。

 まわりがせっせと稼いで貢いでくれるんだろうな。

 ……あれ?



「シロさんにも使ってたんですか?」

「ああ。

 真白の仕事用のスーツは、この百貨店の中の店で仕立てたもので、小物も含め費用は全て俺が支払っている。

 俺の部下でなければ必要ないものだから、俺が支払うのは当然のことだ」

 まあ確かに、吹田さんの部下じゃなかったら、もっと安いのでいいもんね。

 友達が大事にしてもらってるのは嬉しい。

「朱音さんにはないんですか?」

 なんとなく思いついて聞くと、吹田さんは渋いカオになる。

 なんで?

「……着物は自分で仕立てているし、物は受け取らないから、家政婦としての給与を多めに支払っている」

「あー……」

 なんかポリシーがあるのかな。

 シロさんと同じく吹田さんに絶対服従な感じなのかと最初は思ってたけど、意外とアグレッシブな感じみたいだし、後で会えるのが楽しみ。

「……まあ、現金で渡しておけば、本人が好きなものに使えるし、いいんじゃないですか」

「……そうだな」

 吹田さんは、仕切り直しのように小さく咳払いする。



「そういうわけだから、遠慮なく使ってくれ。

 気に入ったものがあれば、全部買えばいい」

 甘い笑みで言われて、思わず唇をとがらせる。

「それはちょっと、甘やかしすぎですよ。

 そもそも、今日は入院費払ってもらってますし」

 ……そういえば、入院費がいくらなのか何回聞いても教えてくれなかったけど、たぶん百万近くになってるはず。

「入院費の支払いって、カードだったんですよね?

 そのうえここでいっぱい散財しちゃったら、限度超えちゃいませんか?」

「限度額の設定がないものだから、問題ない」

「わー……」

 うーん、すごいお金持ちだってわかってるつもりでも、こういうとこで違う世界の人なんだなって感じちゃう。

 格差婚がうまくいかないって、こういうちょっとしたことの積み重ねがつらくなっていくんだろうな。



「どうした」

「んー、吹田さんと私、ほんとに住んでる世界が違うんだなって、実感してました」

 正直に答えると、吹田さんは不安そうなカオになった。

「でも」

 吹田さんが何か言いかけるのを遮って、にっこり笑う。

「今までは、あんまりそういうこと言わずに、私に合わせようとしてくれてたのは、ちゃんとわかってます。

 今は、私ともうすぐ結婚できるのが嬉しくて、浮かれちゃってるってことも」

「…………」

 吹田さんは気まずそうなカオになって、目をそらした。

「……すまない。

 浮かれている自覚はあるし、これでも抑えているつもりなんだ」

「わかってますよー」

 くすくす笑いながら、握られたままの手をきゅっと握り返す。

「私を大好きすぎて暴走しちゃってるって、わかってるから、大丈夫です」

「……ありがとう」


-----------------


 しばらくしてカラスさんが戻ってきた。

「お待たせいたしました。

 ご試着の前に、まず全身の詳細な採寸をさせていただいてよろしいでしょうか」

「え、どうしてですか?」

 さっきは採寸の話なんて出なかったのに。

「先程は、御所様のご希望が『一式で三十万以内』とのことでしたから、インナーは含めずに選んでおりました。

 ですが、予算上限なしでかまわないということですので、まずは採寸をして、正しいサイズのインナーをご試着いただきます。

 そのうえでトップスを合わせたほうが、より美しいシルエットのものを選んでいただけます」

「はあ……」

 インナーって、下着ってことだよね。

 もしかして、胸が小さいのをいいことにカップ付きインナーで楽してること、見抜かれてるのかな。

 締めつけが強いのとかワイヤー入りとか苦手だし、夏は汗でかゆくなるから、ついゆるいのを選んじゃってる。

 そのへん話したら、ちゃんと合うのを選んでもらえるかなあ。

「えーと、烏丸さんが採寸してくれるんですか?」

「いえ、外にインナー売場のベテランの者を呼んであります。

 やはり各売場の担当者のほうが詳しい情報を持っておりますので、あちこちに声をかけてまいりました。

 全員わたくしがよく知る女性ですので、ご安心ください」

 あー、この言い方だと、全員【同志】(なかま)かな。

 それなら、気楽でいいけど。



「正確な採寸には時間がかかります。

 吹田様は、申し訳ございませんが外のソファでお待ちくださいませ」

 カラスさんが、笑顔だけど逆らえない感じの迫力を込めて言う。

 あー、インナーの採寸ってことは裸にならないといけないよね。

 結婚するとはいえ、吹田さんの前で裸になるのは、恥ずかしすぎて無理。

「……時間はどれぐらいかかる」

 吹田さんは、なんとなく不機嫌そうなカオで言う。

「詳細な採寸、御所様のご要望の聞き取り、商品の選択、それぞれをご試着いただいて確認、という手順になりますので、一時間はかかるかと思われます」

「長すぎる。

 最初に言ったように、彼女は体調が本調子ではないから、もっと早く済ませてくれ」

「ですが、インナーは直接体にふれるものですから、きちんと合うものを選ばなければ、体に悪影響が出ることもございます。

 それに、結婚式という晴れの場でお召しになるものですから、全体のバランスも考えて組み合わせていかなければなりません。

 時間を優先して、半端なことはできません」

 わーすごい、二人の視線に火花が散ってる感じ。

 カラスさん、見た目は優しそうなお姉様なのに、意外と気が強いね。

 それとも、プロ意識なのかな。

 おっと、感心してる場合じゃなかった。

「吹田さん」

「……なんだ」

「なるべく早く終わるようにしてもらいますから、最初の部屋で待っててくれませんか?」

 吹田さんはものすごくイヤそうなカオになったけど、小さくうなずいた。

「…………わかった」

「ありがとうございます」

「そのかわり、疲れたらすぐ休め」

「わかりました」

 うなずくと、吹田さんは優しく頭を撫でてくれる。

 すぐまじめなカオになって、カラスさんを見た。



「絶対に彼女を一人にせず、様子を見守ってくれ。

 疲れているようなら、本人が大丈夫だと言っても休ませてくれ。

 違う店舗に行くにしても、化粧室に行く時も、必ず誰か付き添うようにしてくれ。

 何かあったら、すぐに俺に連絡してほしい」

 吹田さんは内ポケットから出した名刺入れから一枚抜いて、カラスさんにさしだした。

「かしこまりました」

 カラスさんはそれを両手でうやうやしく受け取る。

「試着が終わって吹田様にご覧いただける状態になりましたら、ご連絡いたします。

 それまでは、一時間を超えてもサロンでお待ちくださいませ」

 きっちり釘をさすカラスさん、強いなあ。

「…………わかった」

 渋いカオでうなずいた吹田さんは、私の顔をのぞきこんで、また優しく頭を撫でてくれる。

「絶対に無理するなよ」

「はぁい」

 ほんと、心配性だなあ。

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