買い物は妥協か即決の二択②
なんとか私の顔色がおちついてから、料理を注文する。
いつもはディナーメニューだから、ランチメニューはちょっと新鮮かも。
でも、これから服を買いにいくんだし、ちょっとひかえめにしとこう。
のんびり話しながら食べて、食後の飲み物が来ると、吹田さんが言った。
「相談したいことがあるんだが、いいか」
「はい、なんですか?」
「まず、おまえは今週仕事は休むんだな」
「……はい。
私は明日から出勤するつもりだったんですけど、ボンさん、カウンセラーの人に、結婚式の準備もあるだろうし、体を慣らすためにも、休みにしときなさいって言われました。
ケイコ先生からも電話もらって、『ゆっくり休みなさいね』って、言われたので……」
ボンさんだけならともかく、ケイコ先生に言われたら、逆らえない。
「そうか。
……実は、実家に結婚すると伝えたら、結婚式までに婚約者を連れて挨拶に来いと、母に言われた」
えっ!?
「お母様から、ですか?」
「……ああ」
吹田さんは渋いカオでうなずいて、コーヒーを一口飲む。
「おまえは退院したところだし、日程が厳しいから、結婚式の日に顔合わせにしてくれと言ったんだが、とにかく連れて来いと言われてな……。
おまえが嫌なら断るが、どうする」
「うーん……」
イヤなわけじゃないんだけど、呼ばれた理由は気になるかなあ。
「……お母様は、反対なさってる雰囲気でした?」
「いや、結婚すると伝えたら、『おめでとう』とあっさり返されたから、反対はしていないようだ。
どうやら、おまえに会いたいらしい」
「え、どうしてですか?」
「おそらく、子供の頃から結婚する気がなかった俺が、急に結婚すると言いだしたから、相手を見極めたいのだろう」
「あー……もしかして、騙されてるとか、疑われてます?」
「それはない。
俺が騙されていたとしても、母は気にしない」
きっぱり言われると、かえって恐いなあ。
うーん…………まあ、いっか。
「一度は挨拶に行こうと思ってましたし、いいですよ。
ただ、いつ行けばいいですか?
確か、お母様もお姉様も経営者だから、忙しいんですよね?」
「ああ。
来れるなら、九月二日の土曜日にしろと言われた。
午後に分家の者を集めて会議をする予定があるから、それに合わせろということらしい。
おまえの家からなら車で一時間半ほどだから、早朝に出発すれば充分間に合う。
……ただ、母にそう言われた後、姉から電話があって、ゆっくり話がしたいから前日の金曜から来いと言われた」
「えー……」
お母様の次は、お姉様かあ……。
「優先順位としては、次期当主の姉より現当主の母のほうが上だ。
姉の言葉は無視してもいいが……おまえは、どうしたい?」
「んー…………あ、そもそも、吹田さんは二日間お休み取れるんですか?」
私一人で前日入りは、さすがにしたくないかな。
「問題ない。
例の事件に当たっている間は、ほとんど休みを取っていなかったから、休めと人事課から言われている」
「でも、今日も半休取って、同じ週に二日も休みって、大丈夫なんですか?」
「ああ。
例の事件の後始末は、昨日までに全て終わらせた。
結婚の準備で忙しいだろうから、今週の残り全て休んでもかまわないと言われたほどだ」
吹田さんは、さっきより渋いカオで言う。
ん?
「……もしかして、それ、ケイコ先生に言われたんですか?」
「……ああ。
だから、休んでも問題ない」
うーん、もしかして、私が休みだから、吹田さんも休んで一緒に準備をすればいいって、気遣いなのかな。
ケイコ先生直々の指示なら、偉い人も文句言えないだろうし。
「じゃあ、金曜からでお願いします」
吹田さんはなんとなくほっとしたようなカオでうなずく。
「わかった。
……無理を言ってすまない」
「別に、吹田さんだけの話じゃなくて、私も当事者なんだから、気にしないでください」
「ありがとう。
だが、日程が急なのは、こちらの都合だ。
詫びにもならないが、実家に行く時の訪問着をプレゼントさせてほしい」
「いやそれは、……あー……うーん……」
反射的に断ろうとして、ちょっと悩む。
挨拶に行くってなると、やっぱりそれなりのかっこじゃないとダメだよね。
私が持ってる服だと…………うん、無理。
そもそも服にお金かけてなかったから、一番高い服でも一万円以下だし。
かといって、次の週の結婚式の時にも会うなら、同じ服の使い回しはできないし。
しょうがない、かな。
「……一式で三十万以内でなら」
しぶしぶ言うと、吹田さんは嬉しそうに微笑んでうなずく。
「わかっている。
おまえの好みに合う服を選んでくれ」
「……はい」
-----------------
私の家に荷物を置いて戻ってきてたハイヤーに乗って、百貨店に移動した。
初めて来たけど、私がよく行くようなショッピングセンターとか商業ビルとは違って、いかにもお高い雰囲気で、ちょっと緊張する。
まず連れていかれたのは、かなり上のほうの階の、株主専用サロンっていうところだった。
「お待ちしておりました、吹田様。
ようこそいらっしゃいませ」
「ああ」
かなり偉い人っぽいオジサマや店員のお姉様方に、ずらっと並んでお出迎えされて、一斉に頭を下げられる。
うーん、こういうの、何回されても慣れないなあ。
ちょっとびくっとしちゃったのが伝わったのか、吹田さんが肩を抱いてた手でそっと撫でてくれる。
「それほどの人数はいらない。
まずは、婦人服の担当一人だけでいい」
「かしこまりました」
吹田さんがそっけなく言うと、オジサマはまた深々と頭を下げる。
顔を上げて店員さん達にうなずくと、オジサマの横にいた一人を残して、他の人達はささっと下がっていった。
さすが有名百貨店、店員さんも動きが洗練されてるね。
オジサマに中の個室に案内されて、ふかふかのソファに吹田さんと並んで座る。
この部屋付きの店員さんらしき人に飲み物の好みを聞かれて、ちょっと迷った。
さっき飲んだとこだけど、頼まないのもたぶん失礼なんだよねえ。
迷った末に、氷少なめのアイスレモンティーを頼む。
吹田さんは、氷少なめのアイスコーヒーだった。
「本日は婦人服をお求めとのことでしたが、お連れ様がお召しになるものでしょうか」
「そうだ。
俺の婚約者で、近いうちに入籍する」
「それは、おめでとうございます」
オジサマがにこやかな笑みで言うから、ぺこっと頭を下げる。
前にこういう時の礼儀作法みたいなのを教わった時に、吹田さんが紹介しない相手とは話をしなくていいって言われたけど、なんか失礼な気がしちゃって、ドキドキしちゃう。
「わたくし、当店の個人外商部の」
「挨拶はいい。
詳しくは担当者と話すから、他の者は下がってくれ」
吹田さんにすっぱり遮られても、オジサマは笑顔を崩さずにうなずく。
「かしこまりました。
では、こちらの烏丸が承りますので、なんなりとお申しつけください」
オジサマが背後にいた店員さんを手の平で示して紹介する。
「ああ」
「では、わたくしは失礼いたします」
丁寧に礼をしたオジサマと、部屋の隅にひかえてた店員さんが部屋を出ていって、ほっと息をつく。
吹田さんはまじめだから、普段は人の話を途中で遮ったりしないけど、ああいう挨拶されると私が緊張するって気づいて、さっさと話を切りあげてくれてるっぽい。
こういうのにも、慣れなきゃいけないんだろうけど……。
……まあ、少しずつがんばろう。
「改めてご挨拶させていただきます。
個人外商部の烏丸と申します」
一人残った店員さんが、一歩前に出てきれいなお辞儀をする。
三十代半ばぐらいの、優しい雰囲気のお姉様だから、話しやすそう。
顔を上げた烏丸さんは、私を見てにっこり笑った。
……あれ。
もしかして。
さりげなく手元を見ると、おなかの前できれいにそろえられた指が、かすかに動く。
右手ひとさし指で左手ひとさし指の爪に軽くさわって、次は逆にさわって、最後に右手ひとさし指で左手ひとさし指の爪を隠すように上に乗せる。
やっぱり。
ほっとして、膝の上の手で同じ動きを返した。
「御所です、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げると、烏丸さんももう一度頭を下げて微笑む。
「よろしくお願いいたします。
本日は、誠心誠意務めさせていただきます。
では、早速本題に入らせていただいてよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
答えてから、吹田さんを見る。
「あの、私が話していいですか?」
「……少し待て」
「はい」
うなずくと、吹田さんが烏丸さんを見る。
「先程も言ったように、彼女は俺の婚約者であり、近いうちに妻になる。
その立場にふさわしい扱いをしてくれ」
「かしこまりました」
「今日買いたいものは、彼女の服と婚約指輪だ。
ただ、彼女は体調が本調子ではないから、出来る限り短時間で済むよう配慮してくれ」
「承知いたしました」
「支払いは全て俺がする。
彼女が気に入ったものは全て購入するから、取りおいてくれ。
彼女は慎ましいから、高いものを遠慮しようとするが、かまわず一番似合うものを選んでやってほしい」
「そのようにいたします」
「俺からは以上だ。
よろしく頼む」
「了解いたしました」
わー、すごい、同じような返事なのに、全部違う言葉で返してる。
ボキャブラリー多いなあ。
こっそり感心してると、吹田さんが私を見てふわっと微笑む。
「後はおまえの好きなようにしろ」
「ありがとうございます」
うーん、さりげなく高いものを勧めるように言われちゃったから、がんばって値段交渉しないと。
「えーと、話しにくいので、向かいに座ってもらっていいですか?」
ソファに座った姿勢で、立ってる烏丸さんのほうを向いてると、首が疲れてくるんだよね。
「かしこまりました、失礼いたします」
烏丸さんは向かいのソファに座ると、ななめがけしてた小さめの雑誌ぐらいの革ケースを膝に乗せた。
開くとタブレットで、手早く操作してメモ画面っぽいのを開く。
「早速ですが、本日お求めの商品についてお伺いいたします。
どのようなシーンでお召しになるものか、お決まりですか」
「あ、はい。
えっと、来週の土曜に、レストランを貸切って、身内だけで結婚式と顔合わせの食事会をするので、その時に着る服です。
披露宴は後日やって、ウェディングドレスはその時着る予定なので、シンプルでいいんですけど、やっぱり白系統の服がいいです。
あ、でも」
そういえば、確認してなかった。
「吹田さんは、何色の服を着る予定ですか?」
「俺もオフホワイトのスーツの予定だ」
「そうですか。
じゃあやっぱり白で、それと、食事会も兼ねてるので、あんまり飾りがなくて動きやすい感じの、膝下丈ぐらいのワンピースで、露出少なめのがいいです」
えーと、とりあえず思いつく条件はこれぐらいかな。
「あ、それと、服に合わせた靴とかの小物も、お願いします。
それで、一式合わせて三十万以内にしてください」
烏丸さんは小さくうなずきながらメモ画面で入力してたけど、私が話し終わると画面を見つめてしばらく黙る。
「今の季節ですと、袖なしのものが主流ですが、露出少なめのご要望ですので、上着かショールをはおるのはいかがでしょうか」
「あー、そうですね、ショールだと、食べてる時にどっかにひっかけちゃいそうなんで、上着がいいです」
「かしこまりました。
それと、合わせる小物ですが、やはりジュエリーがあるほうが映えますが、お好みではないんでしたね?」
「はい……でも、素材によっては、短時間なら付けていられると思います」
「では、肌にふれても違和感が少ないものにいたしましょう。
靴やバッグも、白系統の色でそろえたほうがよろしいですか?」
「あー……そうですねえ……」
ウェディングドレスじゃないんだし、全部白縛りにする必要はないかな。
違う色が入ったほうが、全体が締まるって言うし……。
うーん…………あ、そうだ。
「あの、濃いめの桜色のものがあれば、それでお願いします。
なかったら、服に合いそうなものでいいです」
「濃いめの桜色……」
つぶやいた烏丸さんは、ぱぱっとタブレットを操作する。
「例えば、こちらのような色合いでしょうか」
さしだされた画面に表示されてるのは、【オオヤマザクラ】の画像検索結果。
……うん、バレバレだね。
でも、吹田さんが、初めて私と一緒に見たからって理由で、桜が好きって、言ってたし。
一緒に桜を見たのは、私にとっても大事な思い出だし。
結婚式とか披露宴って、テーマカラーを決めてコーディネートするといいって、前に調べた時に読んだし。
ちょっと恥ずかしいけど、いいよね。
「そうですね、こんな感じの色で」
画像の中から、あの日見た桜となるべく近い色のものを選んで指さすと、烏丸さんはにっこり笑ってうなずく。
「かしこまりました。
では、今伺った内容で、売場から商品を選んでまいります。
こちらにお持ちすることもできますが、試着室は店舗のほうが広く、内部に椅子がありますので、お疲れの際には座って休憩していただけます。
どちらになさいますか?」
「あー……」
返事に困って、吹田さんを見る。
「吹田さんは、どっちがいいですか?」
「おまえのしたいようにしていいが、椅子があるほうが安心だな」
「ですよねー……。
じゃあ、あの、お店のほうに用意してもらって、見にいってもいいですか」
「かしこまりました。
では準備いたしますので、しばらくこちらでお待ちくださいませ」
「はい、お願いします」
「……あの店員は、知り合いなのか」
烏丸さんが出ていってしばらくして、吹田さんが聞いてくる。
あ、やっぱりバレてた。
「会ったのは初めてですけど、【同志】なんです」
「……どこで見分けたんだ」
不審そうに聞かれて、首をかしげる。
え、見たらわかったんだけど。
うーん、直感みたいなものだから、説明が難しいなあ。
「……挨拶された時に、そうかなって思ったら、そうでした」
「…………」
吹田さんはなぜか眉間にシワを寄せて、しばらく黙りこむ。
なんだろ。
「……何か、指先で合図を出していたな。
あれか」
え、あれ気づいてたんだ。
すごい。
まあ、あれは最終確認用だけど。
「そうです。
人前ですぐ名乗れない時用の、合図です」
ケイコ先生のサイトで、オタクどうしの挨拶とかマナーの講座のページにのってたんだよね。
前に雑談中にボンさんに聞いたら、『古のオタクは日陰者だったから、こっそり合図して同志を確かめあってたのよ』って教えてくれた。
私は今の時代のオタクでよかった。
「…………そうか」
吹田さんは、何か諦めたようなカオでうなずいて、苦笑する。
「おまえ達の一派がどこまで広がっているのか、時々恐ろしくなるが……。
おまえが緊張しないで話せるなら、【同志】でよかったな」
「はい」




