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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
78/93

買い物は妥協か即決の二択①

 月曜の午前中は、先週と同じく検査ラッシュだった。

 午後からボンさんが来たのも同じだったけど、心理テストは特に問題なかったらしくて、コイバナ報告会で終わった。

 ようやく退院が決まった火曜の昼、約束の時間のちょっと前に、吹田(すいた)さんが迎えにきてくれた。

「荷造りはできているか」

「あ、はい。

 けっこう量あるんですけど……」

 追加で持ってきてもらったものや、看護師さんに買ってきてもらったものとかも合わせると、大きめの紙袋四つになっちゃった。

「大丈夫だ」

 吹田さんと一緒に来てた運転手さんが、先に荷物を運んでいってくれる。

「おまえも、もう出られるか」

「はい、だいじょぶです」

 今身につけてるのは、土曜にお母さんに持ってきてもらった服。

 シンプルな半袖ワンピースに薄い長袖カーディガンをはおって、歩きやすいパンプスとななめがけショルダーバッグを合わせてある。

 吹田さんは午前中は仕事だって言ってたから、スーツ姿の隣に並んでも大丈夫なよう、かわいいめじゃなくてちょっとフォーマルっぽいのにしたつもり。

 でも、お化粧はしてなくて色付きリップだけだし、看護師の人に『かわいい』って言われちゃったから、やっぱり大学生っぽく見えちゃうかなあ。



「……ちょっと子供っぽかったですか?」

 なんとなく気になって聞いてみると、吹田さんは優しく微笑む。

「どんな服装でも、おまえが愛らしいことは変わらない。

 だが、気になるなら、普段着として使えるものも贈らせてくれ」

「あ、それはまた今度でお願いします」

 これから買いにいくのは結婚式で着る服で、普段着には使えない。

 だからって買いたさなくてもいい。

 ほんともう、隙あらば貢ごうとしてくるんだから。

「そうか、では次の機会を狙おう」

 さらっと言った吹田さんは、そっと私の頭を撫でる。

「検査結果も全て問題なかったそうだが、体調は大丈夫か」

「はい」

「十日近くほぼこの部屋から出なかったのだから、自覚していなくても筋力が落ちて、疲れやすくなっているはずだ。

 買い物はまた後日でもできるから、調子が悪いと感じたらすぐに言ってくれ」

「わかりました。

 でも、部屋でできるストレッチとかしてたし、だいじょぶですよ」

 体調がおちついた金曜ぐらいから、看護師さんの指導で軽いストレッチや運動をしてたから、大丈夫なはず。

「そうか。

 だが、病み上がりというほどではないにしても、退院直後だということは忘れないでくれ」

「はぁい」

 ほんと、心配性なんだから。

 


 吹田さんに肩を抱かれて部屋を出ると、詰所の前で看護師さん達が待ってた。

 私の担当だった看護師さんが、小さい花束をさしだす。

「これ、退院祝いです。

 おめでとうございます、お幸せに」

「あ、ありがとうございます」

 一歩前に出て、花束を受け取る。

 毎食つきあってくれてる時にいろいろおしゃべりしたし、【同志】(なかま)の気安さから、吹田さんと結婚することも話したんだよね。

「お世話になりました、お元気で」

「はい、ミケさんもお元気で~」

 ひらひら手を振りあって、エレベーターに向かう。

 待ってる間に改めて花束を見ると、黄色とかオレンジとかの明るい色合いでまとめてあって、かわいらしかった。

「おまえは、そういう花も好きなのか」

「んー、そうですね。

 バラとかユリとかの、単品で大量のも迫力ありますけど。  

 こういう、ちっちゃくて明るい色合いの、いろんな種類のが入ってるほうが、なんか好きですね」

 名前はよく知らなくても、見てると楽しい気分になるよね。



「吹田さんは、好きな花はなんですか?」

「特にはないが、しいて言えば桜だな」

 吹田さんは、なぜか甘く微笑んで、私の耳元に顔を寄せる。

 ん?

「初めておまえと一緒に見た花だからな」

 甘い声で囁かれた言葉に、ふりしきる桜と、その下で初めてキスされたことも思いだす。

「~~~っ」

 もうもうもう……!

 不意打ちはやめてほしい……!

 思わず花束をぎゅうっと抱きしめそうになって、あわてて手の力を抜く。

 吹田さんの肩に、顔を隠すように押しつけた。

「……そういうのは、二人きりの時だけに、してください」

 なんとか声をしぼりだすと、吹田さんはくすっと笑った。

「そうだな。

 おまえのその恥じらう愛らしい顔は、誰にも見せたくない」

 だから、そういうのをやめてって言ってるのに……。

 いやでも、元から素でタラシ入る人だったから、これぐらい普通のつもりなのかな。

 言ってくれないのはさみしいって思ってたけど、言われすぎるのも大変だとは思わなかった……。


-----------------


 エレベーターで地下の駐車場まで降りると、もわっと蒸し暑い空気にびっくりした。

 地上よりはマシなはずだけど、地下だから風がなくて、こもっちゃうのかな。

 急いでハイヤーに乗りこむと、空調が効いてて、ほっとする。

「つらくないか」

「だいじょぶですけど、確かにちょっと、弱ってるかもしれません」

 ずっと温度湿度共に安定した部屋ですごしてたから、急激な温度変化に体がついていけないかも。

「何かおかしいと感じたら、すぐに言え」

「はい。

 ……吹田さん、暑くないんですか?」

 夏用の生地みたいだけど、スリーピーススーツって、暑そうだよね。

「慣れているからな。

 それに、直射日光を遮って空気の層を作れるから、ジャケットを着ているほうがマシな場合もある」

「なるほどー……」

 確かに、半袖は風が当たって涼しい時と、日差しが当たって痛い時と、両方あるもんね。

 冷房対策で長袖のカーディガンをはおってるけど、薄手のよりは日差しを遮れる程度の厚みがあるほうがいいのかも。



 雑談してる間に、車がいつものファミレスに着く。

 運転手さんは、私達が食事してる間に、私の家に荷物を届けてくれることになってる。

 私が帰る時に一緒に持ってけばいいって最初は言ったんだけど、これから買い物に行くから荷物が増えるし、車内に置きっぱなしだと暑くなるって言われた。

 確かに、ノーパソとかは高温になると困るから、結局お願いすることにした。

「すみません、母には連絡してあるので、よろしくお願いします」

 車を降りる前に言うと、運転手のオジサマは優しく微笑んでうなずいてくれる。

「お任せください。

 そのお花も、一緒にお運びしたほうがよろしいですか?」

「あ、そうですね、お願いします」

 暑いから、すぐしおれちゃいそうだもんね。

「かしこまりました」

 膝にのせてた花束をさしだすと、丁寧な手つきで受けとってくれた。

 そういえば、いつの間にか、いつも同じ人になったなあ。



「どうした」

 店に上がるエレベーターを待ちながら車を見送ってると、吹田さんが聞いてくる。

「んー、運転手さん、最近同じ人だなあって思って。

 何人かでローテーションしてるって、言ってませんでした?」

「……ああ。

 顔見知りのほうが、何かあった時も話しやすいだろう」

「それはまあ、そうなんですけど。

 じゃあ、偶然じゃなくて、いつもあの運転手さんなんですか?」

「おまえと会う日はな」

 つまり、私と会う日は、あの運転手さんを指名してるってこと?

 ……護衛もできる人みたいだったし、非常時対応なのかな。

「ちゃんとお休みはあるんですよね?」

「他の日はローテーションを組んでいるから、大丈夫だ」

 それならいいけど。


 

「あの運転手さんの名前、聞いたら教えてもらえますか?」

 タクシーみたいに名札がないから、いまだに名前知らないんだよね。

 ようやく来たエレベーターに乗りながら言うと、吹田さんがなぜかじっと見つめてくる。

「……知りたいのか」

「はい」

「なぜだ」

「今まで何度もお世話になりましたし、これからも会う機会多そうなので」

「…………」

 吹田さんが黙ってる間に、エレベーターが二階に着く。

 降りて店に入ると、すぐ店長さんが出迎えてくれた。

 いつもの部屋に案内されて、店長さんが出ていっても、吹田さんは私の肩を抱いたままだった。



「……どうかしました?」

 返事のかわりに、ふんわり抱きしめられる。

 なんだろ。

美景(みひろ)

「はい」

「愛している」

「え」

 腕をゆるめた吹田さんは、私の頬を包むように手を添える。

 そっと上向かされると、おでこにキスされた。

 反射的に目を閉じると、こめかみに、頬に、優しいキスが降ってくる。

 少し間を置いてから、唇がそっと重なる。

 いったん離れて、だけどすぐまた重なって、そのまま続く。

 今までは、いつも一瞬だけだったのに。

 なんで。

 ……あれ。

 これって。

 息継ぎ。

 できない。

 


「……ん……っ」

 あ、なんか、くらくらしてきた。

 ヤバい、酸欠……。

 思わずぎゅっと吹田さんのスーツを握りしめると、ようやく唇が解放された。

「っ、は……」

 吹田さんにすがったまま、せわしなく深呼吸をくり返す。

 あー、前に誰かが言ってたけど、キスで酸欠になるって、こういう感じなのかな。

 ようやく呼吸がおちついたけど、体に力が入らない。

 吹田さんが支えてくれてなかったら、床に座りこんでたかも。

「……すまない、苦しかったか」

 吹田さんが心配そうな声で言いながら、背中を撫でてくれる。

「…………ちょっと。

 息継ぎ、できなくて……」

「……そうか」

 なんとか答えると、吹田さんは苦笑いを浮かべながら、堀りゴタツ式のテーブルを囲む台に私を座らせてくれた。

 隣に座って肩を抱いてくれたから、ぐったりもたれかかる。


    

美景(みひろ)

「はい……」

「キスしている時は、息を止めるのではなく、鼻で呼吸してくれ」

 吹田さんは子供に言い聞かせるように、優しい声で言う。

「……それは、わかってるんですけど……、そんな余裕、ないんです……」 

 嬉しいのと、恥ずかしいのがゴッチャになって、受けとめるのがせいいっぱい。

 どうやって呼吸するか考える余裕なんて、全然ない。

「……そうか」

 吹田さんは困ったように言って、そっと私の頭を撫でる。

「……初めての時、しばらく固まっていたことに比べれば、慣れたほうか」

「……あー、まあ、そうですね……」

 確かに、あの時はキスされたって理解した瞬間に固まっちゃったから、それに比べたら慣れた、かな……?

「初心者のおまえに合わせると言ったのだから、おまえが意識しなくても息継ぎできるようにすべきだったな。

 悪かった」

 まじめな声でそんなこと言われても、どう返事したらいいんだろ。

『これからはそうしてください』だと、もっとしてほしいってねだってるみたいだし。

『もう少しひかえめにしてください』だと、イヤがってるみたいだし。

 してほしいわけじゃないけど、イヤなわけでもなくて。

 あー、まだ頭まともに動いてないかも。



「これからは気をつける。

 だから……また、してもいいか?」

 とろけそうに甘いのに、色っぽさも感じるような艶のある声で囁かれて、視線を上げると、吹田さんは声と同じようなまなざしで私を見てた。

「~~~っ」

 オールバック銀縁眼鏡で、いかにもエリートな雰囲気のままなのに、そんなの、反則……っ!

 ジタバタ暴れて叫びたくなるのを、吹田さんにぎゅうぎゅう抱きついてこらえる。 

 あーもー、私は初心者なんだから!

『気をつける』って言ってくれるなら、溺愛モードももうちょっと気をつけてほしい……!

 内心の叫びをなんとか抑えて、こくんとうなずく。

「…………はい」

「ありがとう」

 嬉しそうな声で言って、そっとこめかみにキスされた。

 だから、そういうとこだってば……。

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