初対面での挨拶は丁寧に元気よく③
「えーと、じゃあ、細かいとこの確認なんだけど。
お父さん、結婚式の九日当日、昼までには戻ってこれる?」
強引に話を変えると、瞬きして私を見たお父さんは考えこむ。
「……当日だと、事故などで運休もありえるから、金曜の夜に戻ってこれるようにするよ」
慎重派のお父さんらしい答えに、くすっと笑ってうなずく。
「わかった。
そうだ、お父さん、お母さんも、結婚式用の礼服って持ってる?」
昨日は新調したほうがいいんだろうと思ったけど、期間が短いし、最近買ったのがあれば使い回しでもいいかもしれない。
「去年八王子のお義姉さんとこのマコちゃんが結婚した時に、買ったのがあるけど」
「あー、そうだった」
ダンナさんがいいとこの人だから、こっち側の親戚が見すぼらしい恰好だと見下される、私が選んであげるから、とか言われて、伯母さんとお母さんと三人で服を買いにいったんだよね。
でも、伯母さんが勧める服は、全部ハデというかケバい感じで、その中からなんとか我慢して着れるレベルの服を選ぶのが大変だった。
……そういえば、高いイコール派手ってイメージも、マコちゃんの披露宴のせいかも。
会場の飾りも親族の衣装もドハデで、目が疲れるレベルだった。
ハデ好きな伯母さんは喜んでたけど、ダンナさんのおうちって、なんか成金ぽかったなあ……。
「支度に関しては、こちらをお使いください」
吹田さんが、足下に置いてたビジネスバッグから布包みを取りだす。
包みを開いて、立派な祝儀袋をお父さんの前に置いた。
あ、あの布、昨日いろいろ調べた時に出てきた、袱紗ってやつかな。
「支度金としてお納めください。
返礼は不要ですし、余った分はご自由になさってください」
「えっ」
驚いたお父さんは、おろおろと私達の顔を順に見て、おそるおそる手を伸ばす。
重そうな祝儀袋を持ちあげて、変なカオになった。
「……不調法は承知ですが、中を拝見してよろしいですか」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
お父さんは膝に祝儀袋をのせて、慎重な手つきで開いていく。
中書きの金額を見て、目を見開いた。
「三百万……」
「えっ」
横からのぞきこんだお母さんも、驚いた声をあげる。
私も驚いたもん、二人も驚くよねー。
「……あの、これは、披露宴の費用などの先渡し、でしょうか」
しばらく黙ってたお父さんが、困ったようなカオで言う。
「いえ、結婚に関する費用は、全て私が負担いたします。
それは、支度金として御所家の皆様でお使いください」
「いや、それにしては、金額が……」
あー、これは説明しないと無理っぽいな。
「吹田さん、私から説明していいですか」
こそっと言うと、私を見た吹田さんは小さくうなずく。
「……ああ。頼む」
「はいー。
あのね、お父さん」
「ん、ああ、何かな」
「吹田さんが来る前に説明したけど、吹田さん自身も吹田さんちも、すごいお金持ちだから、基準が違うの。
結婚関連の予算は、結婚式、指輪、新婚旅行が各百万、披露宴が七百万で、合計一千万なんだって」
「いっせんまん……」
お父さんが、間延びした声で言う。
うん、気持ちはわかる。
「それでも、吹田さんの実家の基準で考えたら、だいぶひかえめに考えてくれたみたい。
跡継ぎのお姉様が結婚した時は、色打掛が一千万で指輪が五百万だったんだって」
「それは、また……。
……だがその、それはあくまでも実家の話なんだろう?」
「そうだけど、吹田さん自身も、実家の支援受けてるとかじゃなくて、自分で稼いでるお金持ちだから」
あれ、株って自分で稼いでることになるのかな。
……まあ、細かいことはいっか。
「あー、そうだ、例えばコレ」
言いながら、吹田さんのスーツの肩あたりを撫でる。
うん、相変わらずいい手触り。
「オーダーメイドのスーツで、新規に作れば百万だけど、型紙を再利用してるから、安くなって五十万ぐらい、って言ってた。
挨拶の為に改まった格好してきたわけじゃなくて、仕事用の普段使いのスーツが、その値段なんだよ。
吹田さんは、それが当然の生活をしてる人なの」
「……当然というわけではない。
あまり値段を強調しないでくれ」
吹田さんが、なんとなく渋いカオで言う。
「すみません、でも、私達には『高そう』ってことぐらいしかわからないから、ちゃんと値段を伝えたほうが、わかりやすいんです。
庶民基準だと、オーダーメイドの高いスーツって言われたって、想像するのはせいぜい十万ぐらいなので。
ね、お母さん」
視線を向けると、お母さんはこくんとうなずく。
「そうね、お父さんのスーツは、二着で五万円ぐらいのお店で買ってるもの。
数年前に、セミオーダーメイドとかいうやり方でスーツを新調したけど、確か三万円ぐらいだったから、はっきり値段で教えてもらわないと、誤解しちゃうわね」
「だよねー。
私達がそのレベルに合わせるのは無理だけど、あんまり見劣りしない程度には調えたほうがいいだろうから、そのお金、受け取ってほしい」
「……………………そうだな」
渋いカオで考えこんでたお父さんは、だいぶ間を置いてからうなずく。
「ミケが恥ずかしい思いをしないでいいように、使わせていただこう」
よかった。
あ、ついでに言っとこう。
「ありがとー。
でも、高いのとハデなのは別だからね」
「ん?」
「ほら、八王子のマコちゃんの披露宴、ドハデだったでしょ」
「……ああ」
「ダンナさんがいいとこの人だって聞いてたし、新郎側の親族がみんなドハデなかっこしてたから、お金かけたらかけただけハデになるんだと思ってたけど。
ほんとにいいものって、ハデなわけじゃないんだよね。
だから、披露宴の予算が七百万だからって、ドハデでキンキラキンにはならないから、礼服を選ぶ時は気をつけてね」
マコちゃんの時と同じ基準で考えたら、ラメ入り生地とかのドハデにしなきゃいけないイメージになっちゃう。
お父さんとお母さんは、私より多く結婚式に出てるだろうから、私と同じような勘違いはしてないと思うけど、念のために伝えておいたほうがいいよね。
「ああ……なるほど。
そうだな、気をつけるよ」
あの披露宴を思いだしたのか、お父さんが苦笑しながらうなずく。
「うん、よろしく」
よし、これで不幸な事故はさけられる。
「すみません、終わりました。
えっと、吹田さんから説明したいこと、まだありますか?」
「いや、俺からはもうない。
そちらから、他に質問はありますか」
視線を向けられて、お父さんとお母さんは顔を見合わせる。
「……すぐには思いつかないわね」
「そうだな……」
情報量が多いうえにインパクト強くて、頭パンクしそうだよね。
わかるわかる。
「そうですか。
では、後日何かありましたら、美景さんを通じてご連絡ください」
「わかりました」
ゆっくりうなずいたお父さんは、膝に抱えたままだったご祝儀袋をテーブルに置いた。
「吹田さん。
ミケを、よろしくお願いします」
お父さんはまじめなカオで言って、深々と頭を下げる。
横でお母さんも同じように頭を下げた。
「はい。
必ず幸せにします」
きっぱり言った吹田さんは、ちらっと私を見てから、またお父さんを見る。
「義理とはいえ親子になるので、遠慮なく言わせていただきますが。
名前は、個人をあらわす大切なものです。
ましてご自分達でつけられた名前なら、『みひろ』と、正しく呼んであげるべきでしょう」
あー、つきあう前に『ミケって呼んでください』って言った時に、同じようなこと言われたっけ。
なんか、懐かしいなあ。
お父さんは、びっくりしたみたいなカオしてから、苦笑した。
「……そうですね、すみません。
これからは、気をつけますよ」




