初対面での挨拶は丁寧に元気よく②
「ありがとうございます。
では説明します。
まず、来月九日の美景さんの誕生日に、入籍と結婚式と食事会をします。
会場はレストランを貸切り、出席者は身内のみです。
新居が決まるまでは、お互い現在の住まいでの暮らしを続けます。
私の仕事の都合上、新居は警視庁の近くの賃貸マンションで検討していますが、現時点では希望条件に合う物件がない為、同居開始は早くても年末、遅ければ来年春になる予定です。
披露宴は来年三月に、ホテルの会場にて行います。
招待客は親族、友人、同僚などで、お互いに三十名程度を想定しています。
披露宴の後、国内で数泊の新婚旅行に行く予定です。
スケジュールは以上です。
質問があればどうぞ」
何も見ないですらすら語った吹田さんは、マジエリートって感じでカッコイイ。
でも、お父さんとお母さんはぽかんとしてた。
まあそうなるよねー。
しばらく黙ってた二人は、また顔を見合わせる。
「……なぜ、入籍が一番最初なんですか?」
お父さんが、疑問を持って当然のことを質問する。
「先程も申し上げましたが、一日も早く美景さんと夫婦になりたいからです」
吹田さんが淡々と答えると、お父さんはむっとしたカオになる。
「だとしても、あまりにも非常識でしょう。
来年春に披露宴をするなら、入籍もその時にすればいいでしょう」
吹田さんのエリートすぎる雰囲気に流されるかと思ったけど、お父さん意外と鋭いツッこみだね。
こっそり感心してると、吹田さんがちらっと私を見た。
「おっしゃる通りですが、半年も待てません」
「な……」
きっぱりした拒絶に、お父さんは呆然とする。
「今回美景さんが入院したことで、恋人という立場は家族には遠く及ばないと痛感しました。
夫という立場なら、美景さんを守る正当な権利と資格を得られます。
ですから、一日も早く入籍したいのです」
「だからって……」
「わかります」
さらに言いかけたお父さんの言葉を遮るように、お母さんが言った。
うん?
「……どういう意味かな」
またむっとしたカオになったお父さんを見て、お母さんが苦笑する。
「あなた、おぼえてないの?
私達が結婚したきっかけは、あなたが現場でケガして入院してた時に、私がお見舞いに行ったことだったでしょ」
「……あ」
え、そうなんだ。
「そんな話、初めて聞いたよ。
その前からつきあってたの?」
「いいえ、その頃はまだ私の片思い、というか、自覚してなかったの」
うん? どういうこと?
「さっき吹田さんがおっしゃったように、恋人は家族には遠く及ばないけど、単なる職場の同僚じゃあもっと遠かったのよ。
でも、お父さんが辺鄙な現場近くの病院に入院してたせいで、車の免許を持ってないご家族はお見舞いに行けなくて、一人で困ってるらしいって人づてに聞いて、私ならいつだって駆けつけるのにって思って、恋心を自覚したの。
それで、思いきってお見舞いに行ったのよ。
その時のお父さんの驚いたカオ、今でもおぼえてるわ」
くすくす笑うお母さんに、お父さんは照れてるみたいな困ってるみたいな気まずいみたいな、微妙なカオで目をそらす。
「……同期入社とはいえ、部署は違ったし、顔見知り程度だった女性が、いきなり訪ねてきたら、驚くのは当然だろう」
「そうね、でも私も驚いたわ。
いつもきちんと身づくろいして、爽やかな印象だったあなたが、髪も髭も伸ばしっぱなしのボサボサでやつれて、よれよれのパジャマを着て、まるで別人みたいだった」
「……しかたないだろう、右腕を骨折してたし、顎の骨も痛めてたから、ろくに食事も洗濯もできなかったんだ」
お父さんが言い訳みたいにボソボソ言うと、お母さんは大きくうなずく。
「ええ、そんなあなたを見て、私が奥さんだったらお世話してあげられるのにって、すごく悔しかったわ。
それから、週末になると車で片道三時間かけて通って、病院近くのホテルに泊まって、世話したわよね」
「……ああ。
土日の二日間はつきっきりで食べさせてくれて、平日は作ってきてくれた左手でも食べやすい日持ちするオカズで食いつないで、洗濯したり体を拭いたりリハビリの手伝いもしてくれて、おかげで体力が戻って回復が早くなった。
感謝してたから、退院した時にプロポーズしたんだ」
「ええー、そこまでして尽くしてもらってたのに、プロポーズは退院してからだったの?
というか、恋人期間ナシで、いきなりプロポーズだったの?」
私のツッこみに、お父さんはよけい気まずそうなカオになる。
「……退院して、日常に戻ったら、元の関係に戻ってしまいそうだったから、あせってしまったんだ」
「うーん……。
お母さんは、最初にお見舞いに行った時に、告白しなかったの?」
「自分から言うのは、恥ずかしかったのよ」
ほんのり頬を染めたお母さんが、恥ずかしそうに目をそらす。
わー、お母さんのこんなカオ、初めて見た。
「でも、毎週通って、まるで奥さんがやってるようなこと、してたんだよね?
同僚って立場のままで、そこまでしたお母さんもだけど、それを受け入れてたくせに何も言ってなくて、なのにいきなりプロポーズしたお父さんも、なんかズレてるよね。
さっき吹田さんのこと非常識だって言ってたけど、お父さんもたいがい非常識だよ」
「う……」
お父さんはうめき声をあげて、胸元を押さえた。
「それぐらいにしておけ。
どちらが非常識かを比べても意味がない」
ずっと黙ってた吹田さんが、なだめるように言いながら私の頭を撫でた。
「それに、非常識さでならおまえも相当だぞ」
「えー、どのへんがですか」
思わず唇をとがらせると、吹田さんはからかうようなカオになる。
「無自覚に思わせぶりな言動をしたり、相手の好意に気づかないあたりは、おまえも同じだ。
それに、俺を好きだと自覚した翌日に、拳を握って気合を入れて、つきあってくれと告白してきただろう」
「あー……」
そういえばそうだった。
「だって、恥ずかしかったから、気合入れないと言えなかったんです」
「そうか」
くすっと笑った吹田さんは、今度は頬を撫でる。
「そういうわけですから、吹田さんが一日でも早く結婚したいというお気持ちは、私には理解できます」
突然元の話に戻してきたお母さんが、私を見て微笑む。
「ミケちゃんも、吹田さんと同じように思うのね?」
「……うん。
吹田さんに何かあった時に、一番に駆けつけられる権利と資格がほしいの」
「そう。
じゃあ、私はさっきのスケジュールに賛成するわ。
あなたも、いいわよね?」
お母さんに話を振られて、お父さんはしぶしぶうなずく。
「ああ…………いや」
うん? どっち?
変な返事をしたお父さんは、しばらく視線をさまよわせてたけど、ぐっと拳を握って吹田さんを見た。
「同居開始は、早ければ年末と言ってましたが、来年春の、披露宴の後にしてもらえませんか」
「え、なんで?」
「理由をお聞かせください」
続けて言った私達を順に見て、お父さんはなぜか苦笑する。
「ミケから聞いていると思いますが、私は建設会社に勤めていて、高速道路を造っています。
ミケが子供の頃からずっと単身赴任で、共にすごせた時間は、親子とは言えないほど短いものです。
だから、ミケが家を出る前に、せめて数ヶ月でもいいので、一緒に暮らさせてください」
「ん? その間、仕事はどうするの?
そんなに長い間休めるの?」
「私が関わる部分は、そろそろ片付くんだ。
……実は、会社の業績が思わしくないようで、五十歳以上の社員を対象に、早期希望退職制度の案内がきてたんだ。
その制度と残っている有休を利用すれば、冬になる前には戻ってこれる。
……このまま嫁に出してしまっては、何も思い出が残らないからね。
せめて数ヶ月だけでも、家族としてすごして、思い出作りをさせてほしいんだ」
「あー……」
そういう事情なら、いい、のかなあ。
確かに、お父さんとの思い出ってほとんどない。
ぶっちゃけ、いまさら思い出作りって言われても困る。
でも、家を出ちゃったら、なおさら思い出なんて作れないし……。
迷いながら吹田さんを見ると、吹田さんも私を見てた。
「おまえのしたいようにしていい」
優しい声で言われて、さらに迷ったけど、こくんとうなずく。
「じゃあ、同居開始は、新婚旅行から帰ってきてからにしてください」
「わかった」
「あ、でも、期間が延びたからって、いっそ好みに合うマンションを建てよう、とか言わないでくださいね」
なんとなく思いついたことを言っておく。
吹田さんだと、本気で言いかねないところがコワいんだよね……。
「駄目なのか」
まじめなカオで聞かれて、内心ドン引きしながらも、しっかりうなずいた。
「ダメです。
それに、今から建て始めたら、さすがに半年では完成しないでしょう?
そんなに待ちたくないです」
マンションの工期ってどれぐらいか知らないけど、最寄り駅近くのマンションとかだと、更地になってから完成まで一年ぐらいはかかってた気がする。
吹田さんは考えるカオになって、ゆっくりうなずく。
「工事を急がせることはできるが、手抜きをされては意味がないしな。
なら、建設途中の物件を狙うことにする」
「ええー……」
なんか、よけいなこと言っちゃった?
ちらっと向かいを見ると、お父さんとお母さんも、どう反応していいかわからない感じの困ったカオになってた。
…………聞かなかったことにしたいけど、ここで逃げたらほんとにマンションごと買われちゃう。
がんばれ、私。
「それなら、中古物件をがっつりリフォームしたほうが、確実じゃないですか?」
新築物件を買うより、中古をリフォームのほうが、まだ安くすむ……はず。
「中古物件でもいいのか?」
「家ならともかく、賃貸マンションなら新築にはこだわりませんよ。
というか私、マンションで暮らしたことないので、良し悪しもわかりませんし。
でも、春には確実に一緒に暮らせるように、お願いしますね」
「わかった」
吹田さんは優しいカオで微笑んで、私の頭を撫でる。
よし、なんとかがんばった。




