予算とスケジュールは余裕を持って⑤
「ちなみに、その予算の内訳はどんな感じですか」
「披露宴で七百万、それ以外に百万ずつだ」
うーん、私の想定だと、せいぜいその半額が限度かなあ。
「吹田さんの立場があるのもわかってるし、愛してるからいいものをって考えてくれるのも嬉しいですけど、ほどほどにしてください。
あんまり豪華にされると、分不相応な気がして、おちつかないっていうか、気後れしちゃうっていうか、疲れそうなので。
そういうのが積み重なっていったら、きっといつか、一緒にいるのがつらくなっちゃいます」
吹田さんは軽く目を見開いて私を見つめる。
ゆっくり伸びてきた手が、頬を包むようにふれた。
「……すまない。
おまえに精神的負担をかけてまで、俺の基準を押しつけたいわけではないんだ」
せつないまなざしに苦笑する。
「いえ、私のほうこそ、ごめんなさい。
世間一般的な女性なら、豪華にしてもらえるほうが喜ぶと思います。
でも、私は自分が欲しいものにだけお金をつぎこむオタクなんで、それ以外にお金をかけることに、抵抗を感じちゃうんです。
しかもそれが自分のお金じゃないと、よけい気になっちゃうんです」
おごりなら気にしないっていう人もいるみたいだけど、私は気になっちゃうんだよね。
「謝らなくていい。
おまえのことをわかったつもりでいて、まだまだ及ばなかったようだ。
すまない」
そっと頬を撫でる手に、自分の手を重ねる。
「いえ、今までは、ちゃんとわかって、合わせてくれてましたよ。
合わせられないとこは、お互いが妥協できるラインを交渉してきたじゃないですか。
だから、今回のことも一緒に考えてください」
「……そうだな。
だが、母や姉が出席する場では、しかも祝いの席では、あまり質素にすると俺が怒られる。
おまえが妥協できるラインに合わせるのは、難しいかもしれない」
「えー……」
吹田さんが『怒られる』って気にするんだ。
実家のことは気にしなくていいって言ってたのに。
マザコンじゃないと思うけど、当主だから、なのかな。
うーん……。
「吹田さんにとって、お母様やお姉様って、どんな存在なんですか?」
吹田さんはなぜか苦いカオになる。
「一言でいえば、かなわない存在、だな」
「えっ!?」
私から見たら、ドン引きするぐらい優秀な吹田さんが!?
「個別の能力、例えば記憶力や分析力や判断力などでは、俺が勝っているだろう。
だが、母と姉は人間的な魅力、いわゆるカリスマ性が強く、自然と従ってしまう雰囲気がある。
おかげで様々な分野の専門家が配下に集うから、どんなことでもうまくいく。
吹田家の始祖は同様の魅力がある女性で、それが代々受け継がれているから、女性が当主を続けてこられたらしい」
「あー……」
カリスマスキル持ちなんだ。
しかも血統によるスキル継承がずっと続いてるって、すごいね。
「子供の頃から、家族ではなく上位の存在として見てきたから、家族の情のようなものはないが、畏怖の念は抱いている。
自分より上だと素直に認められる存在が身近にいたおかげで、自分の能力を過信して思い上がらずにすんだから、そういう意味では感謝している」
苦いカオのまま語ってた吹田さんが、まなざしをやわらかくする。
「宝塚に初めて会った時、能力では今一歩及ばないが、母や姉のようなカリスマ性はないから、努力次第では追いつけるかもしれないと思った。
あいつに対する対抗意識がいまだに消えないのは、そのせいかもしれない」
宝塚さんの能力は認めてるのになんかツンデレになるのって、そんな理由だったんだ。
確かに宝塚さんはハイスペだけど、カリスマ性はないかなあ。
やろうと思えば、ジゴロだって教祖だってできそうだけど。
…………あれ、なんかコワイこと思いついちゃった。
「どうした」
「……宝塚さんにはカリスマ性がないからって、今言ってましたけど。
それっぽい雰囲気を身につけることは、できると思うんです。
だから、宝塚さんが吹田さんのお母様達に会って、興味持って学習したら、大変なことになりそうだなって……」
今でもハイスペすぎて充分人間離れしてるのに、カリスマスキルまで身につけちゃったら、ほんとにヤバい存在になっちゃう……。
「…………そうだな」
吹田さんにも私が感じてるコワさが伝わったのか、渋いカオになる。
「ま、まあでも、シロさんがいるから、だいじょぶだと思います。
不特定多数の人に崇拝されるより、シロさん一人に愛されたいでしょうから」
うん、宝塚さんがシロさんにベタ惚れなスパダリで、よかった。
「確かに、真白が嫌がりそうなことはしないだろうな」
「ですよねー」
そういうことにしとこう。
コワイ気持ちをまぎらわせたくて、吹田さんに抱きついて肩に頬をすりよせると、優しく頭を撫でてくれる。
うん、ちょっとおちついた。
……あれ、何の話をしてたんだっけ。
…………あ、そうだった、費用の話だった。
「お母様やお姉様が出席するから質素にできないって、言ってましたけど。
いつも使う和食系ファミレスって、お母様が気に入って買ったんですよね?
あのお店を使うのが気にならないなら、多少お安い雰囲気でも大丈夫じゃないんですか?」
吹田さん基準では質素でも、私基準では豪華だし。
「あの店は、いわば普段使いのものだから、気にしないのだろうな」
私にはお高めな店が、普段使いなんだ……。
「大学進学で家を出る時に、母に『自由に生きてかまわないが、家の品位を落とすことは許さない』と言われた。
言動だけでなく、身につける物や使用する店まで、全てのことにおいて、吹田家の一員として恥ずかしくない振る舞いを求められている。
よって、晴れの場であるはずの結婚披露宴を質素にしたら、間違いなく怒られる」
「あー……」
吹田さんがいつもブランド物を着てるのは、おぼっちゃまだからだと思ってたけど、お母様から言われてたからなんだ。
社長が安物の服着てたら、経営大丈夫かなって社員が不安になる、っていう感じなのかな。
確かに、社長の息子が地味婚したら、心配になるよね。
「……でも、吹田さん基準の豪華だと、私がつらくなりそうです……」
「…………そうか」
「できれば、もうちょっと妥協してもらえると助かるんですけど……」
なんとか擦り合わせできないかなあ……。
何か、例えにできそうなもの……。
あ、そうだ。
「いつもごはんデートする店を基準にして、説明してみますね。
最初の頃の、個室がある小料理屋さんは、吹田さんにとっては普通、んー、上中下でランク付けしたほうがわかりやすいかな、中ぐらいって感じですよね」
「……ああ」
「私にとって、あの店は特上で、一年に一度ぐらいならなんとかいけるかも、ぐらい敷居が高いところなんです。
で、最近いつも行く和食系ファミレス。
吹田さんにとっては下でしょうけど、私にとっては上で、たまの贅沢って感じです。
上ならまだ受け入れられますけど、特上だと緊張しちゃうんです。
でも、結婚式や披露宴は、ちょっと無理してでも豪華にするイベントだってことも、わかってます。
だから、私にとっての特特上、吹田さんにとっての上ぐらいのランクで、考えてほしいんです。
……伝わりますか?」
もう少しわかりやすい例えが考えられればいいんだけど、とっさにだとこれぐらいがせいいっぱい。
「ああ。
俺の実家の基準を特特上として、上程度になるように考えればいいのか」
吹田さんがまじめなカオで言ってくれたから、ほっとする。
「そんな感じです。
……ちなみに、吹田さんちの結婚に関する費用って、どれぐらいなんですか?」
「総額は知らないが、姉の披露宴の際は、色打掛が一千万、結婚指輪は二人分で五百万だったと聞いている」
「うわー……」
なんとなく気になって聞いてみたけど、予想よりはるか上だった。
でも、次期当主様なら、それぐらいが当然なのかな。
……着物や指輪だけでその金額なら、全部で一千万って、かなりひかえめに考えてくれてたんだ。
それでも私には高いんだけど、うーん……。
「俺が妥協できるラインでまず見積書を作成しておまえに見せるから、妥協できないようなら、ランクを落として再検討する、というのはどうだ」
吹田さんの提案に、しばらく考えてからうなずく。
「そうですね、それなら考えやすいかも。
でも、そうすると、お母様に怒られちゃいそうですけど、いいんですか?」
「かまわない」
吹田さんはきっぱり言って、そっと私の頬を撫でる。
「俺が優先すべきなのは、母ではなくおまえだった。
結婚を周知する為の行事とはいえ、おまえが楽しめないようでは意味がない。
母が気になるなら、招待しなければいい。
安全面だけは妥協できないが、それ以外は出来る限りおまえの要望に合わせる」
「……ありがとうございます」
頬を包む手にすりすりすると、吹田さんは優しく微笑む。
「おまえを愛しているからこそ、俺に出来ることはどんなことでもしたいと思う。
だが、俺の願望を押しつけたいわけではないから、おまえの意に添わない場合は、さっきのようにはっきり言ってくれ。
それでおまえを嫌うことは絶対にないと約束する」
「…………はい」
だだ漏れの甘さをなんとか耐えて、こくんとうなずく。
金銭感覚の差より、この甘さに慣れるほうが、大変かも……。
あー、ダメだ、だんだん恥ずかしくなってきた。
なんか違うこと考えよう。
えーっと。
豪華すぎるのはつらいけど、お母様とモメたいわけでもない。
お母様が納得してくれる程度に、ほどほどに豪華でほどほどに地味なら……あれ?
…………あ、あー、そっか!
私の『豪華』のイメージって、いわゆる成金の、キンキラキンな感じなんだ!
だから、高いイコール派手で、無理って、思っちゃったんだ。
「どうした」
「あー、えっと、私のイメージだと『豪華』ってハデハデな感じなんですけど、たぶん吹田さんが考えてる『豪華』って、そうじゃないですよね」
「言葉で説明するのは難しいが、派手ではないな」
やっぱり。
私もハデハデとしか言えないけど、もっといい伝え方ないかな。
……あ。
「ちょっと待っててくださいね」
「ああ」
ベッドの枕元に置いてたスマホを取ってきて、また吹田さんの横に座る。
えーっと、【結婚式 派手】で検索っと……。
出てきた画像のいくつかを、吹田さんに体を寄せて見せる。
「私、高いイコール派手って思っちゃってて、こういうのをイメージしてたから、豪華なのは無理って、思ってたんです。
でも、吹田さんが考えてるのって、こういうのじゃないですよね?」
「……そうだな」
写真を見た吹田さんは、苦笑しながらうなずく。
だよねー。
さっきの例えに使った、個室がある小料理屋さんは、家具も器も全部が一級品って感じで、料理もすごく美味しかったけど、ハデなわけじゃなかった。
ほんとに高いものって、一見地味なんだよね。
だとしたら。
「……お客様を呼ぶ披露宴は、吹田さんの基準に合わせてもらって。
それ以外の、身内だけの結婚式と、私達だけの指輪と旅行は、私の基準寄りにしてもらえますか。
見積書じゃなくてイメージ画像で、どんな感じになるか教えてください」
金額を聞くと高いって思っちゃうから、知らないほうが判断しやすい気がする。
「わかった」
「ありがとうございます」
よかった、なんとか交渉成立だね。
スマホをテーブルに置いて、ぎゅっと抱きつくと、吹田さんがふんわり抱きしめてくれた。




