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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
71/93

予算とスケジュールは余裕を持って④

 ゆっくり優しく背中を撫でられてるうちに、パニクってた気持ちが少しずつおちついていく。

 だけど、頭はまだ動いてない。

 一週間も仕事を休んでごろごろしてたせいか、普段から良いわけじゃない頭の働きが、よけいにぶってる気がする。

 そもそも、結婚について何を考えなきゃいけないかも、よくわからない。

 うん、これはもう、自分で考えても無理だね。

吹田(すいた)さん」

「なんだ」

「自分で考えてもわかんないんで、結婚に関する計画立ててくれませんか。

 妥協できないとこは、別途相談しますから。

 私の最低条件は、警察の仕事とオタ活を続けられることです」

 背中を撫でてた手が止まる。

「いくつか確認していいか」

「なんですか?」

「実家を出て俺と同居することは、同意してくれるのか」

「はい」

「結婚式と披露宴に希望はあるか」

「したいと思いませんけど、吹田さんがしたいなら、してもいいです。

 できれば、あんまりお金かけない感じで」

「……わかった。

 しばらく考える時間をくれ」

「どうぞー」



 吹田さんは腕をといて、また私の肩を抱く。

 あいてるほうの手で眼鏡を取ってテーブルに置くと、ソファの背もたれに深く体を預ける。

 背もたれに軽く肘を乗せるようにして手を上げて目元を覆って、そのまま動かなくなった。

 そういえば、前にもこんな感じのポーズで考えてたなあ。

 集中モードなのかな。

 邪魔しないように、そっともたれて目を閉じて、吹田さんのぬくもりにひたる。

 しばらくして、吹田さんが動いたのを感じて目を開けた。

「まとまりました?」

「ああ」

 吹田さんは、またゆっくり私の頭を撫でる。

「一項目ずつ確認していくから、『はい』か『いいえ』か『保留』か、任意の内容で答えてくれ」

「わかりました」

 まとめて言われてもたぶんおぼえてられないから、こういう気遣いは助かるなあ。

 前に、私は吹田さん達ほど記憶力良くないって言ったの、ちゃんとおぼえてくれてるんだね。



「まず、入籍は、九月九日のおまえの誕生日に行う」

「……はい」

 誕生日とかの記念日合わせの入籍は友達もやってたし、半月ぐらい余裕あるし、まあいいかな。

「仕事は、俺が十月に刑事部から異動になるから、おまえはそのまま続けられるよう刑事部長に頼んでおく。

 主計(かずえ)課長代理に口添えを頼めば、大丈夫だろう」

「はい」

 ケイコ先生に頼るのは申し訳ないけど、人事の実質トップだから、なんとかしてもらえるかな。

「新居は、警視庁の近くで、セキュリティのしっかりした賃貸マンションを選ぶ。

 間取りは3LDKで、お互いの個室と共用寝室にして、おまえの趣味の時間と空間を保証する」

「はい」

 自分の部屋がもらえるのは、ありがたいな。

 コレクションの置き場的な意味でも、オタ活に没頭できるって意味でも助かる。

「同居開始は、物件探しとリフォームに時間がかかるだろうから、最短で年末、遅くとも三月末までにはできるようにする」

「はい」

 警視庁近辺って、賃貸マンションが少ないらしいし、その中で吹田さんの安全基準をクリアする物件はもっと少なそうだから、探すのに時間かかるのはしょうがないかな。



「家事は、真白(ましろ)の妹の朱音(あかね)に引き続き頼む。

 俺は帰宅が遅くなることが多いだろうから、おまえが在宅中は、基本的に俺が帰るまで朱音に共にいてもらう。

 実家でおまえの母親がしていた役割を、朱音がするイメージだ」

「…………はい」

 家にひとりきりってあんまり経験ないから、誰かにいてもらえるのは助かる。

 でも、朱音さんのほうは、どうなんだろうなあ。

 話はシロさんや吹田さんからいろいろ聞いてるけど、まだ会ったことないんだよね。

 シロさんと同じように吹田さんが大好きな人みたいだから、なかよくなれるかな。

「何か気になるのか」

「えっと、朱音さんにまだ会ったことないので、なかよくなれるかなと思って。

 その計画って、朱音さんのオッケーもらってるんですか?」

「まだ話していないが、大丈夫だろう。

 真白からおまえの話を聞いて、『結婚後はお二人ともの世話をさせてほしい』とか、『着物を仕立てさせてほしい』とか、かなり早い時期から言われていたからな」

 そうだった、吹田さんのお世話をしたくて、都会に住みたいっていう建前でがんばってたんだっけ。

「じゃあだいじょぶ、ですかねえ」

「ああ」 

 私が家事をやるって言うほうが恨まれそうだし、腕前は比べものにならないだろうから、お任せしたほうがよさそう。



「続けるぞ。

 結婚式は、人前式スタイルで身内だけで行う」

「はい」

 それならシンプルにできるし、楽かも。

「結婚式を行う時期は、入籍に合わせるか、披露宴に合わせるか、任意の時期か、どれがいい」

「……うーん……披露宴も身内とごく親しい人だけでいけますか?」

 最近出た友達の結婚式は、レストランを借りきった会費制で、式と披露宴と二次会をまとめてやってた。

 あれは、出席するほうも楽でよかった。

「いや、披露宴は俺の立場上、上司を招いて盛大に行わなければならない。

 それは了承してほしい」

「…………わかりました」

 キャリアだし、出世頭だし、実家がお金持ちってことも知られてるから、しかたないかな。

「じゃあ、披露宴は、すぐにはできませんよね」

「そうだな。

 準備に時間がかかるから、来年三月を想定している」

 どうせ呼ぶなら、式と披露宴一緒のほうが、出席するほうは楽だろうけど。

 式に呼ぶ身内って、うちは両親だけだよね。

「吹田さんが式に呼ぼうと考えてる身内って、どれぐらいですか?」

「母や姉は都合がつくかわからないから、最小は父一人だけ、最大で両親と姉の三人だ」

「そうですか……」

 吹田さんは、入籍も同居も早いほうがいい。

 私は、気持ちの準備の時間が多少はほしい。

 全部まとめてやっちゃうなら、来年三月がいいだろうけど、準備も一度にやらなきゃいけないのは、大変そう。

 やっぱり結婚ってめんどくさいなあ……。



「入籍も式も披露宴も新居探しも、全て俺が計画して手配する。

 おまえは今のように希望を言ってくれるだけでいい」

 めんどくさいって思ったことを察したのか、吹田さんが甘い声で言いながら、こめかみにそっとキスしてくる。

「……これから忙しくなって、デートもあんまりできなくなるって、言ってませんでした?

 なのに、全部自分で手配してたら、寝る時間もなくなっちゃいますよ?」

 めんどくさいのはイヤだけど、吹田さんに負担かけたいわけじゃない。

「忙しくなるのは事実だが、寝る時間がなくなるほどではない。

 ……今回の事件を無事解決できたおかげで、昇進に対する風当たりを大幅に緩和できたから、根回しの手間がかなり減らせそうだ。

 容疑者の情報を提供してくれたおまえのおかげだから、その時間をおまえとの結婚の準備に使うのは、当然のことだ。

 だから、心配しないでくれ」

 当然、なのかな。

 なんか丸めこまれてる気がするけど……。

「……吹田さんひとりでやるんじゃなくて、シロさんとか朱音さんとか宝塚さんとか、手伝ってもらえそうな人にヘルプ頼んで、手分けしてやってくれますか?

 私も、手伝えることがあるなら、やりますから」

「ああ。約束する」

 吹田さんはふわっと笑って、私の頬を優しく撫でる。

 んー、やっぱり丸めこまれた気がするけど、まあいっか。 

 ……あれ。



「すみません、何の話をしてたんでしたっけ」

 話がそれちゃうと、すぐわかんなくなっちゃう。

「結婚式を行う時期だ。

 入籍に合わせて九月か、披露宴に合わせて来年三月か、それ以外の希望の時期か、どれがいい」

「そうでした、ありがとうございます。

 えーっと……」

 好きな時期って、決め方が難しいからナシとして。

 早いか、遅いか……。

「…………じゃあ、私の誕生日に結婚式と入籍がいいです。

 婚姻届を書くだけだと、結婚したって実感できない気がするから、式とセットにしたいです。

 あ、でも、先に入籍して後から同居や披露宴って、年配の人にはウケが悪いでしょうか」

 吹田さんは優秀すぎて敵が多いから、ツッこまれる要素はなるべくなくしたい。

「皮肉を言いそうな年寄りは何人か思いつくが、刑事部長の指示という大義名分があるから問題ない」

 吹田さんは甘い笑顔で言って、優しく私の頭を撫でる。

 言葉とカオが合ってないような……。

「……なんか、嬉しそうですね?」

「ああ。

 おまえが早めの入籍に同意してくれたことが嬉しい」

 言葉通り嬉しそうに言いながら、頬にキスしてくる。

 …………これぐらいで動揺しちゃダメ、平常心平常心。

 

 

「……続き、お願いします」

 なんとか気持ちを静めて言うと、吹田さんはまた優しく私の頭を撫でる。

「わかった。

 披露宴は、来年三月に、実家が経営しているホテルで行う」

「はい」

 前に教えてもらった時に調べたら、けっこう立派なホテルだったけど、まあしかたないよね。

「招待客は、親族、友人、職場関係で、人数は会場を確保しないとはっきり決められないが、お互いに三十人程度で想定している」

「はい」

 まあそれぐらいだよね。

 でも。

「吹田さんちって古くから続く名家だから、親戚だけでも数十人いるんじゃないんですか?」

「確かに人数は多いが、披露宴に招待したいほど親しくしていた者はほとんどいないから、気にするな」

 あー、まあ、確かにうちも、親戚全員と仲がいいわけじゃないもんね。

「わかりました」



「結婚指輪は、おまえがアクセサリーを好まないと知ってはいるが、俺と結婚していると他の者に示す為に、できれば身につけてほしい。

 もしどうしても慣れないようなら、外してかまわない」

「……はい」

 指輪って、そういえば試したことほとんどないかも。

 お母さんは、慣れたら気にならなくなるけど、そのぶん傷だらけになるわよって、言ってたっけ。

「結婚指輪を購入する店は、おまえの希望があればそちらを優先する。

 ないなら、俺が選んだ店にする」

「……希望はないのでお任せしますけど、できれば、庶民向けの店でお願いします。

 高いっていうだけで、つけるの恐くなるので」

「わかった」

 吹田さんは笑い含みの声で言って、やわらかく私の髪を撫でる。

「新婚旅行は、時期や行き先に希望はあるか」

「特にはないです」

「なら、披露宴後に数日の予定で、行き先は国内で考えておく」

「はい」

 そういえば、最近泊まりがけの旅行って行ってないかも。

 大学生の頃は、イベントの遠征や聖地巡礼で全国各地に行ったなあ。

「とりあえずは以上だ。

 細かい点は、具体的に検討してから改めて確認させてほしい」

「わかりました……」

 最低限の項目でも、こんなにあるんだ。

 やっぱり大変だなあ。

 ……ん?

 何か、忘れてるような…………あ。



「……費用は、おいくらぐらいで考えてますか?」

「もちろん全額俺が出す。

 おまえには一切負担をかけない」

 さらっと言った吹田さんを、軽くにらむ。

 ここは、私自身のために、ごかまされるわけにはいかない。

「具体的に、いくらぐらいで考えてるか、教えてください」

 じいっと見つめて返事を待ってると、吹田さんは小さくため息をついて答える。

「一千万程度だ。

 結婚式、指輪、披露宴、旅行の合計だから、一つずつはそう高いものにはならない」

「いや、充分高いです」

 うーん、金銭感覚が違うのはわかってたけど、折り合いが難しいなあ。

「おまえがおごられることを気にするのはわかっているが、俺の立場上、あまり質素にはできない。

 それに、俺がどれだけおまえを愛しているか、周囲にわかりやすく示す為にも、豪勢にしたいんだ」

「~~っ」

 甘いまなざしと甘い声に流されそうになって、なんとかこらえる。

 ここで妥協したら、後でつらくなるって、わかってるんだから。

 がんばれ、私。

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