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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
69/93

予算とスケジュールは余裕を持って②

 ボンさんが帰った後、また眠る。

 夕食を持ってきた看護師さんに起こされた。

 応接セットに移動して、看護師さんとおしゃべりしながらゆっくり食べる。

 食べてる途中で独特の感触があって、食後にトイレに行ったら、やっぱり始まってた。

 必要なものは看護師さんに頼んで買ってきてもらってたし、念の為って薬ももらったけど、今はまだいいかな。

 でも、だるい。

 もう寝ちゃいたいけど、食べた直後だしなあ。

 看護師さんにもう一度操作方法を教えてもらったから、自分でベッドを起こして、背もたれにしてよりかかる。

 眠気覚ましにスマホをいじってたら、吹田(すいた)さんからメッセージがきた。

≪仕事が終わったから、今から行ってもかまわないか

真白(ましろ)が同行したいと言っている≫

「え?」

 シロさんが? なんでだろ。

 でもまあ、別にイヤじゃないし。

≪はい。一緒でもいいです。待ってます≫

≪ありがとう。二十分ほどで着く≫



 ぼんやり待ってると、ちょうど二十分ぐらいでインターフォンが鳴る。

「はい、どなたですか」

〔シロです。吹田さんも一緒です〕

「はいどうぞー」

 開錠すると、シロさんがドアを開けて横にどいて、吹田さんが先に入ってくる。

 こういう動作がすごく自然なの、長年のつきあいって感じだよね。

 感心してると、近づいてきた吹田さんはちょっと眉をひそめる。

「少し顔色が悪いな」

「え、そうですか?

 あの後も寝たんですけど……」

 ベッドの横に立った吹田さんは、軽く膝をかがめて耳元で囁く。

「体調不良の時期なのか」

「…………はい」

 そうだった、吹田さんには、いつも気づかれちゃうんだった。

 つきあい始めた頃は、やっぱり恥ずかしくてごまかそうとしたけど、電話でも声だけで元気がないって追及されて、結局話すハメになった。

 それからは開き直って、正直に答えるようにしてる。

「痛みやだるさはあるか」

「いえ、いつもぐらいなんで、だいじょぶです」

「そうか」

 優しく頭を撫でられて、ほっとする。



「調子が悪い時にすまないが、真白が、おまえに謝罪したいことがあるらしい」

「え……?」

 なんだろ。

「真白」

「はい」

 枕元の椅子に座った吹田さんが呼ぶと、背後で黙ってひかえてたシロさんが、おずおずとベッドに近寄ってきた。

「昨日お見舞いに来た際に、ミケさんがPTSDを発症していると気づいていたら、危険な状態になる前に対処ができたはずです。

 申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げられて、あわててぱたぱた手を振る。

「いえいえ、シロさんのせいじゃないですから。

 私自身だけじゃなくて、担当の看護師さんや先生だって、気づいてなかったんですし。

 だから、気にしないでください」

 ゆっくり頭を上げたシロさんは、悲しそうなカオで言う。

「被害者の心理的ケアについて一通り学んだから、友達として頼ってほしい、などと言っておきながら、なんの役にも立てませんでした。

 浅はかで傲慢な自分が情けないです……」

 ん?

 …………あー、そういえば、春の事件の時に、そんなようなこと言われたっけ。

 でも、ほんとにシロさんのせいじゃないのに。



「それぐらいにしておけ。

 悪いのは俺で、おまえではない。 

 過剰な謝罪は、かえって美景(みひろ)の負担になる」

 吹田さんの言葉に、シロさんははっとしたように瞬きして、私を見る。

「そうですね、だからもう気にしないでください」

「…………はい」

 シロさんはまだ何か言いたそうだったけど、それを隠すようにゆっくりうなずく。

「お邪魔して申し訳ありませんでした。

 私は外で待っておりますので、お二人で話をなさってください」

「ああ」

 シロさんはもう一度深々と頭を下げてから、部屋を出ていった。



「シロさん、なんであんなにおちこんでるんですか?」

「おまえを助けてやれなかったと、後悔しているようだ」

「そんなの、シロさんのせいじゃないのに……」

 まじめだなあ。

 うーん、私はほんとに気にしてないんだけど……。

「……私が何か言うより、恋人の宝塚さんに任せたほうがいいでしょうか。

 あ、宝塚さんて、もう東京に戻ってきたんでしたっけ」

「ああ。昨日容疑者を護送して戻ってきた」

 宝塚さんが配属された暴力団幹部連続殺人事件は、容疑者の特定は早かったけど、あちこち逃げ回ってて、身柄の確保に手間取ってた。

 さらに、コ〇ケ終了直後の人混みにまぎれて、生まれ故郷の東北に逃げていったらしい。

 捜査員さん達のほとんどが現地に乗りこんで、地元署の協力も得て人海戦術で探してた。

 宝塚さんは頭脳労働のほうが向いてるんだけど、後は逮捕だけとなったら、他の捜査員さん達と一緒にひたすら足で稼ぐしかなかったらしい。

 無事逮捕して戻ってこれたみたいで、よかった。

「じゃあ、後でメッセージ送って、シロさんのフォローを頼んどきますね」

「そうだな」

 シロさんはそれでいいとして。



「吹田さんも、ですからね」

「何がだ」

「過剰な謝罪は、かえって私の負担になるって、さっき言ったじゃないですか。

 そう思ってるなら、吹田さんも、もう謝ったり、おちこんだり、しないでくださいね」

 まっすぐ見つめて言うと、吹田さんは苦しげなカオをして目を伏せる。

「だが、おまえが人質になったことも、その後の対応のまずさも、俺のミスだ」

「違います。

 悪いのはあの容疑者と、ついでに大阪府警の人で、吹田さんじゃないです。

 あ、そういえば、大阪府警の人達って、まだこっちにいるんですか?」

「……ああ。

 さっさと帰れと言ったが、せめて一度だけでも容疑者の取り調べをしたいと主張して、まだ残っている」

「あー……」

 やっぱり、そうなんだ。

 うーん……。



「それが、どうした」

「……夕方、大阪府警のマキコさんからメッセージがきたんですけど。

 三人とも、摘発された暴力団の内通者だったらしいんです」

 吹田さんのまなざしが鋭くなる。

「裏付けは取れているのか」

「摘発で逮捕された下っ端が、取り調べ中に自供したそうです。

 三人とも、最初は牽制と情報収集のために、暴力団が運営するキャバクラとかに出入りしてたけど、だんだん接待漬けにされて、酒と女とギャンブルに溺れていったらしいです。

 今回上京したのも、容疑者を逃がすためみたいです。

 今、【同志】(なかま)が全力をあげて証拠集めしてくれてるんで、数日中にはっきりしそうです」

 私への気遣いと身内の不始末への怒りで、マキコさんがキレちゃったらしい。

『伝説の、()()()のマキコさんが見れて嬉しいです』って、大阪府警の【同志】(なかま)からメッセージがきてた。

 いろんな意味でツッこんだらヤバそうだから、スルーしたけど。

 吹田さんはしばらく考えこむ。 

「……わかった。

 俺にも逐次情報をもらえるよう、頼んでおいてくれないか」

「いいですよー」

「ありがとう。

 かわりに、あの三人の身柄確保はこちらで手配しておく。

 入院中の容疑者にも、見張りをつける」

「あー、そうですね、お願いします。

 マキコさんに、そう伝えときますね」

 容疑者を逃がそうとしてたぐらいだから、自分達もヤバくなったら逃げそうだよね。

「頼む」

 吹田さんは優しいカオになって、私の頭を優しく撫でる。



「体調が悪い時に、仕事の手伝いをさせてすまない。

 おちつくまで見舞いはひかえるが、メッセージは送ってかまわないか」

「あー……はい」

 会いたいけど、この時期は今までも電話断ってたし、だるい時に無理しないほうがいいかな。

 おちついたら、また来てくれるだろうし。

 あ、でも。

「私がこの部屋になったのって、吹田さんの指示だって聞いたんですけど」

「ああ」

「退院、来週になりそうなんです。

 この部屋、便利ですけど、高すぎておちつかないんで、一般病棟に移ってもいいですか?」

 ケガ自体はもう絆創膏で済む程度だし、PTSDもおさまったみたいだし。

「できれば、入院中はこの部屋を使ってほしい」

 吹田さんはせつないカオで言いながら、私の右手をそっと取って両手で包みこむ。

「一般病棟では、たとえ面会謝絶の札を掲げていても、この部屋のようにドアに鍵を掛けられるわけではないから、誰でも出入り自由で、安全とは言えない。

 精神的負担をかけたくはないが、この部屋で我慢してくれ」

 あー、コレは、心配性モード暴走中のカオだ。

 吹田さんは、基本命令口調で自分の意見を通すけど、私のワガママはなんだかんだで聞いてくれる。

 でも、安全がからんだ時は、こんな風に懇願される。

 それも十歳の時のトラウマのせいなら、やっぱり治療したほうがいいと思うけど、今のぼんやりした頭じゃ、ちゃんと話せそうにない。

 元気になってからにしよう。

「…………わかりました」

 こくんとうなずくと、吹田さんはほっとしたように目元をやわらかくした。

「ありがとう」

 握ったままの手の甲にそっとキスされて、くすぐったい気分になる。



「体調が悪い時に長居をしてすまなかった。

 ゆっくり休んでくれ。

 もしまた夢を見たら、何時でもかまわないから電話してくれ」

「はい」

 もう大丈夫だと思うけど、そう言ってもらえるのは嬉しい。

「これは、お守りがわりだ」

「え?」

 吹田さんは足下に置いてた紙袋から取りだしたものを私の手元に置く。

 初めてのおでかけデートで、おそろいで買ったテディボーイだ。

「……ん?」

 何か気になって、そっと抱えて顔に近づけてみる。

 あ、やっぱり。

 吹田さんがいつもつけてる、シトラスの香りがする。

「カウンセラーから、俺の香水もおまえが安心する要素の一つだと聞いた。

 現物や香りがあれば、夢ではないと実感できるだろう。

 香りが薄れたら、これで軽く噴きかけてくれ」

 言いながら、アトマイザーの小さいボトルを渡される。

「ありがとうございます」

 昼間はどこまでが夢でどこから現実なのかわからなくなって混乱したから、助かる。

 こういう細かい気配りしてくれるとこ、やっぱり好き。

 椅子から立ちあがった吹田さんは、私の頭を優しく撫でる。

「では、またな」

「……はい」

 甘い声で囁いて、そっと頬にキスされて、ジタバタしたくなるのをなんとかこらえた。

 普段のタラシモードでもまだ恥ずかしいのに、溺愛モードに慣れるには、時間かかりそう……。

 


 気持ちを切り替えてさっさと寝る用意をして、ベッドに入った。

 テディボーイを抱きしめて、シトラスの香りを吸いこむ。

 吹田さんはここにはいないけど、寄り添ってくれてるって感じられる。

 嬉しいな。

「おやすみなさい」

 そっとテディボーイに囁いて、目を閉じた。 


-----------------


 起きたらもう朝だった。

 枕元のスマホで時間を確認すると、六時前。

 久しぶりにいっぱい寝たなあ。

 とりあえずトイレに行って、ペットボトルのお水を飲んでから、スマホを確認すると、ゆうべ吹田さんからメッセージがきてた。

≪結婚について、相談したいことがある

詳しくはおまえが退院してからでかまわないが、これだけはおぼえておいてほしい


刑事部長に『傷物にした責任を取って結婚する』という建前を使ったから、人前ではそういう態度を取ることもあるが、本心は違う

おまえを愛しているから、責任を取りたいし、結婚したいんだ

俺達の結婚を快く思わない誰かが何か言ってきたとしても、俺を信じてほしい≫

「あー……」

 吹田さんて、セレブだしエリートだし、本来は超優良物件なんだよね。

 今までは、性格がキツイのと、シロさんが恋人だと思われてたから、アプローチしてくるヒトはいなかったらしいけど、相手が私なら勝てそうって思うヒト、絶対いそう。

 そういうヒトの相手するの、面倒そうだけど、どういう方向で攻めてくるかは、ちょっと興味あるかも。

 まあ、とりあえずは返事しとこう。

≪おはようございます

ゆうべは夢も見ないでぐっすり眠れました

お守りのテディボーイのおかげです。ありがとうございます

吹田さんの本心はちゃんとわかってるし信じてるから、だいじょぶですよ≫

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