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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
68/93

予算とスケジュールは余裕を持って①

 吹田(すいた)さんは、笑顔のままふんわり私を抱きしめる。

「ありがとう。

 俺を選んでくれたことを後悔させないように、俺の全てをかけておまえを愛し守ると誓う」

「…………ありがとうございます」

 まるでシロさんを見てる時の宝塚さんみたいな、愛情があふれまくった甘いまなざしと声。

 まじめキャラって、攻略すると溺愛してくるのが多いけど、これはちょっと、いきすぎじゃない?

 キャラ崩壊レベルじゃない!?

 嬉しいけど、それ以上に恥ずかしくて、どう反応したらいいかわからない。

 ……まともに頭動いてないから、今何を考えたってムダだね。

 開き直って、吹田さんのぬくもりにひたってると、急に眠くなってきた。



「眠いのか?」

「……はい……」

 優しい問いかけにぼんやりうなずいて、あわてて首を横に振る。

「ちょっとだけ……でも、だいじょぶです」

 ようやく吹田さんが会いにきてくれたんだから、寝ちゃったらもったいない。

「無理しなくていい。

 さっきはゆっくり眠れなかったようだから、もう一度昼寝しろ」

 吹田さんが腕をといたから、思わずぎゅっと抱きつく。

「昼寝は、吹田さんが帰ってから、します。

 今は、一緒にいたいです」

 なんとか言葉にすると、なだめるように頭を撫でられた。



「むしろ、俺がいる間に眠ってほしい。

 そうすれば、また恐い夢を見たとしても、俺が起こしてやれる」

「ぁ……」

 一瞬びくっとしたけど、フラッシュバックは起きなかった。

 ……確かに、吹田さんがいてくれるほうがいいかな。

 さっきも、吹田さんが抱きしめて『大丈夫』って言ってくれたら、安心できたし。

「……じゃあ、三十分だけ、寝ます。

 三十分たったら、起こしてください」

 ちょっと眠れば、すっきりするはず。

「わかった。

 なら、ベッドを戻すぞ」

「はい……」

 ベッドが平らになったから、ゆっくり横になると、肩まで布団をかけられる。

 そのまま寝ちゃいそうになったけど、なんとか目を開けて、また椅子に座った吹田さんに手を伸ばした。

「寝るまででいいから、手を握っててくれませんか?」

「ああ」

 やわらかく手を握ってくれて、ほっとする。

「三十分で、起こしてくださいね」

「ちゃんと起こすから、ゆっくり眠れ」

 握った手はそのままに、もう片方の手で優しく頭を撫でられる。

「はい……おやすみなさい……」

「おやすみ」


-----------------


美景(みひろ)。三十分経ったぞ」

 優しい声がする。

「起きられるか。

 眠いなら、もう少し眠っていてもいいぞ」

 優しい手つきで頭を撫でられる。

 眠い、けど、起きなきゃ……。

「無理に起こさなくてもいいでしょう」

「三十分で起こすという約束ですから」

 そう、起こしてって私が言ったんだから……ん!?

 今の声、誰!?

 ぼんやりしてた意識が、急激に覚醒する。

 あわてて起きあがろうとしたけど、吹田さんに肩を押さえて止められた。

「おちつけ」

「ミケちゃん、私よ~」

 ゆったり言いながら吹田さんの隣に並んだのは、ボンさんだった。

 え、なんで?

「ボンさん、帰ったんじゃ……」

「ミケちゃんのことが気になったから、残ってたの」

 そういえば、吹田さんはボンさんに呼びつけられたって、言ってたっけ。

     


「起きあがれるか」

「はい……」

 手をついてゆっくり体を起こすと、吹田さんが手伝ってくれた。

 私の顔をのぞきこんで、優しく微笑む。

「顔色が少し良くなったな。

 よく眠れたか」

「はい……夢も見なかったです」

「そうか、良かった」

 髪を梳くように撫でて整えてくれて、なんだかくすぐったい気分になる。

「うおっほん」

 ボンさんがおおげさな咳ばらいをして、からかうように言う。

「私のこと、忘れないでほしいわ~」

 そうだった、ボンさんもいたんだった。

「すみません……」

 ボンさんはにっこり笑って手を伸ばして、頭を撫でてくれた。

「あら、責めてるわけじゃないのよ~。

 ミケちゃんが元気になってよかったわ。

 でも、ほんとにもう平気なの?」

「あ、はい、吹田さんが『大丈夫』って言ってくれたから、もう大丈夫です」

「そう……」

 うなずいたボンさんは、吹田さんをちらっと見る。



「たったそれだけで良かったのにねえ。

 土曜の夜に来てくれてたら、PTSDを発症することもなかったでしょうにねえ」

 なんだかイヤミっぽい言い方と目線を受けとめて、吹田さんは淡々と返す。

「責任が私にあることは重々理解しています。

 今後一生かけて償っていきます」

「一生……?」

「はい。

 さきほど正式に結婚の申し込みをして、承諾を得ました」

「……ミケちゃん、ほんとなの?」

 ボンさんの問いかけに、びくっとしながらうなずく。

「はい……」

「……そう」

 ボンさんは考えこむカオで、ゆっくりうなずく。

「その影響で精神的には安定し、フラッシュバックもおさまったようですが、寝不足による肉体的疲労はまだ残っているようです。

 経過観察は慎重にお願いします」

「……ええ、わかりました」

 また淡々と言った吹田さんに、ボンさんも同じようなカオで答える。

 私を見た吹田さんは、とたんにやわらかいカオになった。



「俺はそろそろ戻らなければならないが、大丈夫か」

「え、……はい、だいじょぶです。

 私のせいで長時間サボらせるの申し訳ないですし、シロさんが大変でしょうから、もう戻ってください」

 そうだった、まだ仕事中の時間なんだった。

 吹田さんがいつごろ来たのか、はっきりとはわからないけど、私が最初の昼寝をした後なら、もう二時間ぐらい経ってるはず。

『呼びつけられた』って言ってたから、残ってる仕事を調整する余裕もなかっただろうし。

 シワ寄せは全部シロさんにいってるだろうから、二人ともに申し訳なさすぎる。

「わかった」

 吹田さんはそっと私の手を握ってひきよせて、手の甲にキスする。

「仕事が終わったら、また来る」

「…………はい」

 何度も来てもらうのは申し訳ないけど、会えるのは嬉しい。

 仕事が終わってからなら、いいよね。

 私の手をそっと放した吹田さんは、すっと真顔になってボンさんを見る。

 切り替え早いなあ。

「私は戻りますが、もしまた美景(みひろ)がフラッシュバックを起こした場合は、すぐに呼んでください」

「わかりました、さっさとお戻りください」

 ボンさんは、にっこり笑いながらも、なんだかトゲがある口調で言う。

 こんなボンさん、珍しいっていうか、初めてかも。

 なんでだろ。

「……失礼します」

 吹田さんは気にしなかったのか、淡々と言った後、私を見て甘く微笑む。

 椅子から立ちあがりながら、優しい手つきで私の頬を撫でた。

「また後でな」

「……はい」


-----------------


 吹田さんが出ていくと、ボンさんはおおげさなしぐさでため息をついた。

「まったく、もう!」

「……どうしたんですか?」

「ん~~、ミケちゃんの友達としてのいらつきと、カウンセラーとしての無力感がごちゃまぜなのよ~」

 ベッドの端に座ったボンさんは、横からぎゅっと私を抱きしめる。

「ミケちゃんがあんなに苦しんでたのに、連絡を無視してた吹田さんにいらつくの。

 でも、恋人が抱きしめて『大丈夫』って言うだけで癒せるなら、カウンセラーなんて必要ないわよねって、おちこんじゃうのよ~」

 ぎゅうぎゅう抱きしめながら言われて、ようやく納得した。

 それで、なんかトゲがある口調だったんだ。

「ボンさんがおかしいって気づいてくれて、吹田さんを呼んでくれたから、なんとかなったんですよ。

 それと、友達として怒ってくれて、ありがとうございます」

 私からも抱きつき返すと、ボンさんはくすっと笑う。



「当然じゃない、友達だもの~。

 でも、友達だから、話してくれるわよね~?」

 腕をゆるめたボンさんは、コイバナを期待するワクテカしたカオで言う。

「なんだかさっきの吹田さん、おかしくなかった?

 やたら甘い顔に声に言葉だったし。

 正直キャラ崩壊レベルだったけど、私には今までと同じ感じだったし。

 プロポーズしたって言ってたけど、なんでそうなったの?」

「あー……」

 ボンさんから見ても、溺愛モードの吹田さんはキャラ崩壊レベルなんだね。

「私も、曖昧なとこあるんですけど……」

「じゃあ、ゆっくり聞かせてちょうだい」

「はぁい」



 私がお手洗いにいってる間に、ボンさんが紅茶を淹れてくれた。

 応接セットに向かいあって座って、紅茶を飲みながら順に話す。

 記憶が曖昧なところもあったけど、思い返しながら話すことで、ちょっと整理できた気がする。

「なるほどねえ……」

 聞き終わったボンさんは、しみじみうなずく。

「ずいぶん急展開だけど、ほんとにいいの?

 吹田さんの奥さんって、いろんな意味で苦労するんじゃないかしら」

「あー、まあ、私もそう思いますけど、でも、やっぱり好きだから、ずっと一緒にいられる、一番手っ取り早い方法かなって」

「そうねえ、そうなんだけど……」

 ボンさんは言葉をとぎらせて、急に渋いカオになった。

 なんだろ。

「ミケちゃんが正気に戻ったのも、吹田さんが言えなかった本心を言えるようになったのも、一言で言うと【愛の奇跡】よね~。

 しかもプロポーズされて、ある意味ハッピーエンド、なんだけど。

 ミケちゃんのつらさを思うと、納得いかない感じなのよ~」

 これは、カウンセラーじゃなくて、友達としての意見かな。

「んー、確かにつらかったですけど、ほぼ自覚してなかったですし、もう済んだことなんで。

 それより……」

 言いかけて、ちょっと迷う。

 どうしよう、先に吹田さんに確認したほうがいいのかな。



「なあに?」

 ボンさんの問いかけに、さらに迷ったけど、思いきって言葉にする。

「私より、吹田さんのほうが、深刻なPTSDだと思うんです」

 ボンさんはゆっくり瞬きしてから、私を見つめる。

「どうしてそう思うのか、詳しく話してくれる?」

 静かな声に促されて、こくんとうなずく。

「……つきあい始めた頃に、シロさんに聞いたんですけど。

 吹田さんが十歳の時に、身代金目当てで誘拐されそうになったそうです。

 吹田さんのお世話係で友達だった同い年の男の子が、身代わりになって、……殺されたそうです」

 シロさんから聞いたことを全部話すのはさすがにまずそうだから、必要そうなところだけ選んで話す。

「その人の遺言が、『誰かを守れる強い男になってください』だったから、吹田さんは警察に入ってトップをめざして、国民全体を守れるようになりたいって考えたんだそうです。

 そして実際に警察に入って、順調に出世していってますけど、……いまだに、自分のせいで友達を死なせてしまったって、後悔してるみたいです。

『トラウマになってるんだろうね』って、宝塚さんが言ってました。

 すごい心配性なのも、安全を気にするのも、本音が言えないのも、そのせいらしくて……。

 今回、ずっと連絡をくれなかったのも、私が殴られて気絶したのを見て、トラウマを刺激されたからみたいです。

 二十年以上抱えてるトラウマって、かなり深刻だと思うんですけど、治療できるでしょうか」

「う~~ん……」

 黙って聞いてたボンさんは、うなるような声をもらす。



「治療は難しいかしらねえ」

「やっぱり、難しいですか?」

「そうねえ、一番の問題は、本人に治療する気があるかどうか、だから。

 今までの面談でも心理テストでも、そんな深刻なトラウマがあるとはわからなかったから、たぶん意図的に隠してたんでしょうね。

 つまり、治療する気がないってことだから、治療しましょうって言っても拒否されるでしょうねえ」

「そうですか……」

 優秀すぎる人だから、面談でも心理テストでもごまかせちゃったんだろうな。

 私を見たボンさんは、にっこり笑う。

「でも、もしかしたら、ミケちゃんからお願いしたら、いけるかもしれないわねえ」

「え、私ですか?」

「そうよ~。

 ミケちゃんが『心配だから治療してください』って涙目でお願いしたら、あっさりうなずいてくれるかもしれないわねえ」

「えー、吹田さんに泣き落としが通じるとは思えませんけど」

「そうねえ、他の女性なら無理でしょうけど、ミケちゃんならイケそうな気がするわねえ」

「うーん、そもそも私、そんな器用に泣けないんで、泣き落としなんてできませんよ」

 涙なんて自由自在、っていう友達もいるけど、私には無理。

「そうねえ、じゃあとりあえず、今のをそのまま話してみたら?

 それで、吹田さんがどう反応するかで、今後の対応を考えましょ」

 ボンさんは、なぜか楽しそうに言う。

 なんでだろ。

「そうですね……そうしてみます」 



「私は、吹田さんよりミケちゃんのほうが心配よ~。

 さっきはぐっすり眠れたらしいけど、まだちょっと顔色が悪いわよ。

 頭痛がするとか、だるいとか、自覚できてる症状はある?」

「あー……」

 心配そうに言われて、正直に言うかどうか、しばらく迷う。

 吹田さんには言いづらいけど、ボンさんなら、いいかな。

「……実は、もうすぐ貧血の時期に入りそうなんで、ちょっとだるいです。

 予想としては、今日ぐらいからなんですけど……」

「あら、そうなの。

 始まる前って、ホルモンバランスの影響で、どうしても調子悪くなるものねえ。

 もしかしたら、PTSDを発症しちゃったのも、その影響でいつもより情緒不安定だったからかもしれないわねえ」

「あー、そうですね……」

 この時期って、なんとなくネガティブになっちゃうもんね。

「吹田さんが来てくれたことで、今は恐怖心も不安もおちついてるみたいね。

 後は、ゆっくり眠ったら、たぶん心身共に安定すると思うわ。

 でも、退院は、体調がおちついてから、来週にしたほうがいいかもしれないわねえ」

「え、でも、ケガ自体はもうたいしたことないのに」

 ここ、たぶんすごく高いお部屋だから、そんなに長い間入院するのは申し訳ないっていうか、おちつかない。



「そうねえ、体の不調は回復がわかりやすいけど、心の不調は見えないぶん判断が難しいでしょう?

 もし退院して、自宅で一人の時にフラッシュバックが起きたりしたら、危険だし。

 だから、入院したまま様子を見て、体調が安定したら改めて確認して、心のほうも問題なかったら退院って、したほうがいいと思うの」

 ボンさんはなだめるように言う。

 確かに、貧血の時期は心身共に弱るから、心理テストを受けても正確な判断ができないかもしれない。

「わかりました……」

「よかったわ。

 主治医には私から話しておくから、ミケちゃんはゆっくり眠って体を休めてね」

「はい……」

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