予算とスケジュールは余裕を持って①
吹田さんは、笑顔のままふんわり私を抱きしめる。
「ありがとう。
俺を選んでくれたことを後悔させないように、俺の全てをかけておまえを愛し守ると誓う」
「…………ありがとうございます」
まるでシロさんを見てる時の宝塚さんみたいな、愛情があふれまくった甘いまなざしと声。
まじめキャラって、攻略すると溺愛してくるのが多いけど、これはちょっと、いきすぎじゃない?
キャラ崩壊レベルじゃない!?
嬉しいけど、それ以上に恥ずかしくて、どう反応したらいいかわからない。
……まともに頭動いてないから、今何を考えたってムダだね。
開き直って、吹田さんのぬくもりにひたってると、急に眠くなってきた。
「眠いのか?」
「……はい……」
優しい問いかけにぼんやりうなずいて、あわてて首を横に振る。
「ちょっとだけ……でも、だいじょぶです」
ようやく吹田さんが会いにきてくれたんだから、寝ちゃったらもったいない。
「無理しなくていい。
さっきはゆっくり眠れなかったようだから、もう一度昼寝しろ」
吹田さんが腕をといたから、思わずぎゅっと抱きつく。
「昼寝は、吹田さんが帰ってから、します。
今は、一緒にいたいです」
なんとか言葉にすると、なだめるように頭を撫でられた。
「むしろ、俺がいる間に眠ってほしい。
そうすれば、また恐い夢を見たとしても、俺が起こしてやれる」
「ぁ……」
一瞬びくっとしたけど、フラッシュバックは起きなかった。
……確かに、吹田さんがいてくれるほうがいいかな。
さっきも、吹田さんが抱きしめて『大丈夫』って言ってくれたら、安心できたし。
「……じゃあ、三十分だけ、寝ます。
三十分たったら、起こしてください」
ちょっと眠れば、すっきりするはず。
「わかった。
なら、ベッドを戻すぞ」
「はい……」
ベッドが平らになったから、ゆっくり横になると、肩まで布団をかけられる。
そのまま寝ちゃいそうになったけど、なんとか目を開けて、また椅子に座った吹田さんに手を伸ばした。
「寝るまででいいから、手を握っててくれませんか?」
「ああ」
やわらかく手を握ってくれて、ほっとする。
「三十分で、起こしてくださいね」
「ちゃんと起こすから、ゆっくり眠れ」
握った手はそのままに、もう片方の手で優しく頭を撫でられる。
「はい……おやすみなさい……」
「おやすみ」
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「美景。三十分経ったぞ」
優しい声がする。
「起きられるか。
眠いなら、もう少し眠っていてもいいぞ」
優しい手つきで頭を撫でられる。
眠い、けど、起きなきゃ……。
「無理に起こさなくてもいいでしょう」
「三十分で起こすという約束ですから」
そう、起こしてって私が言ったんだから……ん!?
今の声、誰!?
ぼんやりしてた意識が、急激に覚醒する。
あわてて起きあがろうとしたけど、吹田さんに肩を押さえて止められた。
「おちつけ」
「ミケちゃん、私よ~」
ゆったり言いながら吹田さんの隣に並んだのは、ボンさんだった。
え、なんで?
「ボンさん、帰ったんじゃ……」
「ミケちゃんのことが気になったから、残ってたの」
そういえば、吹田さんはボンさんに呼びつけられたって、言ってたっけ。
「起きあがれるか」
「はい……」
手をついてゆっくり体を起こすと、吹田さんが手伝ってくれた。
私の顔をのぞきこんで、優しく微笑む。
「顔色が少し良くなったな。
よく眠れたか」
「はい……夢も見なかったです」
「そうか、良かった」
髪を梳くように撫でて整えてくれて、なんだかくすぐったい気分になる。
「うおっほん」
ボンさんがおおげさな咳ばらいをして、からかうように言う。
「私のこと、忘れないでほしいわ~」
そうだった、ボンさんもいたんだった。
「すみません……」
ボンさんはにっこり笑って手を伸ばして、頭を撫でてくれた。
「あら、責めてるわけじゃないのよ~。
ミケちゃんが元気になってよかったわ。
でも、ほんとにもう平気なの?」
「あ、はい、吹田さんが『大丈夫』って言ってくれたから、もう大丈夫です」
「そう……」
うなずいたボンさんは、吹田さんをちらっと見る。
「たったそれだけで良かったのにねえ。
土曜の夜に来てくれてたら、PTSDを発症することもなかったでしょうにねえ」
なんだかイヤミっぽい言い方と目線を受けとめて、吹田さんは淡々と返す。
「責任が私にあることは重々理解しています。
今後一生かけて償っていきます」
「一生……?」
「はい。
さきほど正式に結婚の申し込みをして、承諾を得ました」
「……ミケちゃん、ほんとなの?」
ボンさんの問いかけに、びくっとしながらうなずく。
「はい……」
「……そう」
ボンさんは考えこむカオで、ゆっくりうなずく。
「その影響で精神的には安定し、フラッシュバックもおさまったようですが、寝不足による肉体的疲労はまだ残っているようです。
経過観察は慎重にお願いします」
「……ええ、わかりました」
また淡々と言った吹田さんに、ボンさんも同じようなカオで答える。
私を見た吹田さんは、とたんにやわらかいカオになった。
「俺はそろそろ戻らなければならないが、大丈夫か」
「え、……はい、だいじょぶです。
私のせいで長時間サボらせるの申し訳ないですし、シロさんが大変でしょうから、もう戻ってください」
そうだった、まだ仕事中の時間なんだった。
吹田さんがいつごろ来たのか、はっきりとはわからないけど、私が最初の昼寝をした後なら、もう二時間ぐらい経ってるはず。
『呼びつけられた』って言ってたから、残ってる仕事を調整する余裕もなかっただろうし。
シワ寄せは全部シロさんにいってるだろうから、二人ともに申し訳なさすぎる。
「わかった」
吹田さんはそっと私の手を握ってひきよせて、手の甲にキスする。
「仕事が終わったら、また来る」
「…………はい」
何度も来てもらうのは申し訳ないけど、会えるのは嬉しい。
仕事が終わってからなら、いいよね。
私の手をそっと放した吹田さんは、すっと真顔になってボンさんを見る。
切り替え早いなあ。
「私は戻りますが、もしまた美景がフラッシュバックを起こした場合は、すぐに呼んでください」
「わかりました、さっさとお戻りください」
ボンさんは、にっこり笑いながらも、なんだかトゲがある口調で言う。
こんなボンさん、珍しいっていうか、初めてかも。
なんでだろ。
「……失礼します」
吹田さんは気にしなかったのか、淡々と言った後、私を見て甘く微笑む。
椅子から立ちあがりながら、優しい手つきで私の頬を撫でた。
「また後でな」
「……はい」
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吹田さんが出ていくと、ボンさんはおおげさなしぐさでため息をついた。
「まったく、もう!」
「……どうしたんですか?」
「ん~~、ミケちゃんの友達としてのいらつきと、カウンセラーとしての無力感がごちゃまぜなのよ~」
ベッドの端に座ったボンさんは、横からぎゅっと私を抱きしめる。
「ミケちゃんがあんなに苦しんでたのに、連絡を無視してた吹田さんにいらつくの。
でも、恋人が抱きしめて『大丈夫』って言うだけで癒せるなら、カウンセラーなんて必要ないわよねって、おちこんじゃうのよ~」
ぎゅうぎゅう抱きしめながら言われて、ようやく納得した。
それで、なんかトゲがある口調だったんだ。
「ボンさんがおかしいって気づいてくれて、吹田さんを呼んでくれたから、なんとかなったんですよ。
それと、友達として怒ってくれて、ありがとうございます」
私からも抱きつき返すと、ボンさんはくすっと笑う。
「当然じゃない、友達だもの~。
でも、友達だから、話してくれるわよね~?」
腕をゆるめたボンさんは、コイバナを期待するワクテカしたカオで言う。
「なんだかさっきの吹田さん、おかしくなかった?
やたら甘い顔に声に言葉だったし。
正直キャラ崩壊レベルだったけど、私には今までと同じ感じだったし。
プロポーズしたって言ってたけど、なんでそうなったの?」
「あー……」
ボンさんから見ても、溺愛モードの吹田さんはキャラ崩壊レベルなんだね。
「私も、曖昧なとこあるんですけど……」
「じゃあ、ゆっくり聞かせてちょうだい」
「はぁい」
私がお手洗いにいってる間に、ボンさんが紅茶を淹れてくれた。
応接セットに向かいあって座って、紅茶を飲みながら順に話す。
記憶が曖昧なところもあったけど、思い返しながら話すことで、ちょっと整理できた気がする。
「なるほどねえ……」
聞き終わったボンさんは、しみじみうなずく。
「ずいぶん急展開だけど、ほんとにいいの?
吹田さんの奥さんって、いろんな意味で苦労するんじゃないかしら」
「あー、まあ、私もそう思いますけど、でも、やっぱり好きだから、ずっと一緒にいられる、一番手っ取り早い方法かなって」
「そうねえ、そうなんだけど……」
ボンさんは言葉をとぎらせて、急に渋いカオになった。
なんだろ。
「ミケちゃんが正気に戻ったのも、吹田さんが言えなかった本心を言えるようになったのも、一言で言うと【愛の奇跡】よね~。
しかもプロポーズされて、ある意味ハッピーエンド、なんだけど。
ミケちゃんのつらさを思うと、納得いかない感じなのよ~」
これは、カウンセラーじゃなくて、友達としての意見かな。
「んー、確かにつらかったですけど、ほぼ自覚してなかったですし、もう済んだことなんで。
それより……」
言いかけて、ちょっと迷う。
どうしよう、先に吹田さんに確認したほうがいいのかな。
「なあに?」
ボンさんの問いかけに、さらに迷ったけど、思いきって言葉にする。
「私より、吹田さんのほうが、深刻なPTSDだと思うんです」
ボンさんはゆっくり瞬きしてから、私を見つめる。
「どうしてそう思うのか、詳しく話してくれる?」
静かな声に促されて、こくんとうなずく。
「……つきあい始めた頃に、シロさんに聞いたんですけど。
吹田さんが十歳の時に、身代金目当てで誘拐されそうになったそうです。
吹田さんのお世話係で友達だった同い年の男の子が、身代わりになって、……殺されたそうです」
シロさんから聞いたことを全部話すのはさすがにまずそうだから、必要そうなところだけ選んで話す。
「その人の遺言が、『誰かを守れる強い男になってください』だったから、吹田さんは警察に入ってトップをめざして、国民全体を守れるようになりたいって考えたんだそうです。
そして実際に警察に入って、順調に出世していってますけど、……いまだに、自分のせいで友達を死なせてしまったって、後悔してるみたいです。
『トラウマになってるんだろうね』って、宝塚さんが言ってました。
すごい心配性なのも、安全を気にするのも、本音が言えないのも、そのせいらしくて……。
今回、ずっと連絡をくれなかったのも、私が殴られて気絶したのを見て、トラウマを刺激されたからみたいです。
二十年以上抱えてるトラウマって、かなり深刻だと思うんですけど、治療できるでしょうか」
「う~~ん……」
黙って聞いてたボンさんは、うなるような声をもらす。
「治療は難しいかしらねえ」
「やっぱり、難しいですか?」
「そうねえ、一番の問題は、本人に治療する気があるかどうか、だから。
今までの面談でも心理テストでも、そんな深刻なトラウマがあるとはわからなかったから、たぶん意図的に隠してたんでしょうね。
つまり、治療する気がないってことだから、治療しましょうって言っても拒否されるでしょうねえ」
「そうですか……」
優秀すぎる人だから、面談でも心理テストでもごまかせちゃったんだろうな。
私を見たボンさんは、にっこり笑う。
「でも、もしかしたら、ミケちゃんからお願いしたら、いけるかもしれないわねえ」
「え、私ですか?」
「そうよ~。
ミケちゃんが『心配だから治療してください』って涙目でお願いしたら、あっさりうなずいてくれるかもしれないわねえ」
「えー、吹田さんに泣き落としが通じるとは思えませんけど」
「そうねえ、他の女性なら無理でしょうけど、ミケちゃんならイケそうな気がするわねえ」
「うーん、そもそも私、そんな器用に泣けないんで、泣き落としなんてできませんよ」
涙なんて自由自在、っていう友達もいるけど、私には無理。
「そうねえ、じゃあとりあえず、今のをそのまま話してみたら?
それで、吹田さんがどう反応するかで、今後の対応を考えましょ」
ボンさんは、なぜか楽しそうに言う。
なんでだろ。
「そうですね……そうしてみます」
「私は、吹田さんよりミケちゃんのほうが心配よ~。
さっきはぐっすり眠れたらしいけど、まだちょっと顔色が悪いわよ。
頭痛がするとか、だるいとか、自覚できてる症状はある?」
「あー……」
心配そうに言われて、正直に言うかどうか、しばらく迷う。
吹田さんには言いづらいけど、ボンさんなら、いいかな。
「……実は、もうすぐ貧血の時期に入りそうなんで、ちょっとだるいです。
予想としては、今日ぐらいからなんですけど……」
「あら、そうなの。
始まる前って、ホルモンバランスの影響で、どうしても調子悪くなるものねえ。
もしかしたら、PTSDを発症しちゃったのも、その影響でいつもより情緒不安定だったからかもしれないわねえ」
「あー、そうですね……」
この時期って、なんとなくネガティブになっちゃうもんね。
「吹田さんが来てくれたことで、今は恐怖心も不安もおちついてるみたいね。
後は、ゆっくり眠ったら、たぶん心身共に安定すると思うわ。
でも、退院は、体調がおちついてから、来週にしたほうがいいかもしれないわねえ」
「え、でも、ケガ自体はもうたいしたことないのに」
ここ、たぶんすごく高いお部屋だから、そんなに長い間入院するのは申し訳ないっていうか、おちつかない。
「そうねえ、体の不調は回復がわかりやすいけど、心の不調は見えないぶん判断が難しいでしょう?
もし退院して、自宅で一人の時にフラッシュバックが起きたりしたら、危険だし。
だから、入院したまま様子を見て、体調が安定したら改めて確認して、心のほうも問題なかったら退院って、したほうがいいと思うの」
ボンさんはなだめるように言う。
確かに、貧血の時期は心身共に弱るから、心理テストを受けても正確な判断ができないかもしれない。
「わかりました……」
「よかったわ。
主治医には私から話しておくから、ミケちゃんはゆっくり眠って体を休めてね」
「はい……」




