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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
64/93

大事なことは言葉にして伝えよう③

 目を開けると、白い天井が見えた。

「知らない天井だ……」

 って、一度言ってみたかったんだよね。

「ミケちゃん!」

 涙目のお母さんが顔をのぞきこんできて、ぎゅうっと抱きしめられた。

「どしたの……?」

 ぼんやり言うと、お母さんは泣き笑いのカオになる。

「あんまり心配かけないでちょうだい。

 警察の仕事では無事なくせに、休みの日に出かけた先で事件に巻きこまれて、ケガするなんて……」

「……あ!」

 ようやく全部思いだして、がばっと起きあがる。

吹田(すいた)さん、どうなったの!?」

 たぶん、殴られて気絶しちゃったんだよね。

 あの後、どうなったんだろ。

 男の言う通りに、土下座しちゃったのかな。

「ねえ、吹田さんは、あの後どうしたの!?」

「ちょっと、ミケちゃん、おちついて。

 先生呼ぶから、ね?」

 お母さんはなだめるように私の肩を撫でてから、壁のボタンを押した。

「すみません、娘が目を覚ましました」

 お母さんが話してる間に、部屋を見回す。

 広くてきれいな個室で、二人掛けのソファの応接セットまである。

 パジャマみたいなのに着替えさせられてて、頭にぐるっと包帯を巻かれてた。

 外を見ると夕焼けの色合いだから、あれから数時間経ってるのかな。

 私が病院にいるってことは、容疑者は捕まったんだろうけど、吹田さんはあの後どうしたんだろう。

 


 お母さんを問いつめたかったけど、すぐにオバサマのお医者さんと若い女性の看護師がやってきて、あちこち診察された。

「大丈夫そうですね。

 明日は日曜で技師が足りないので、明後日の月曜に改めて各種検査をしましょう。

 明日は一日ゆっくりすごしてください。

 ただし、頭痛がしたり痛みが強くなったりなどの異変を感じたら、すぐナースコールをしてくださいね」

「わかりました」

「ありがとうございます」

 お母さんがほっとしたように言って、深々と頭を下げて先生を見送る。

「よかったわね」

 ベッドの横に戻ってきたお母さんの腕をつかむ。

「ねえ、お願い教えて。

 私が気絶しちゃった後、どうなったの?」

「どうって、お母さんもよく知らないわよ。

 お義姉(ねえ)さんから、ミケちゃんが店に戻ってこないし電話に出ないって、電話がかかってきて、心配してたの。

 そしたら、事件にまきこまれてケガして病院に運ばれたって連絡が来て、あわてて飛んできたんだもの。

 ……ほんとに……たいしたことなくてよかった……」

 涙ぐみながら、またぎゅっと抱きしめられる。

「……心配かけてごめんね」

 心配かけて申し訳ないって思うけど、ぶっちゃけそれどころじゃない。

「ねえ、私のスマホ、どこ?」

「バッグは着物と一緒に預かってるけど、病院内では禁止でしょ?」

「あ……」

 そういやそうだった。

 せめてマイさんか誰かに連絡できたら、状況わかるかと思ったのに。

 だけど、やっぱり気になる。

 誰か、事情知ってる人、見舞いにきてくれないかな。



「ミケちゃん、ほら、おとなしく寝てなさい」

 なだめるように肩を撫でられた時、軽いノックの音がした。

 すぐにスライド式のドアがちょっとだけ開いて、看護師さんが顔を出す。

「お客様ですよー」

 すぐにひっこんだ看護師さんにかわって入ってきたのは、花束を抱えたケイコ先生だった。

 えっ!?

 ケイコ先生が、わざわざ!?

「突然申し訳ありません。

 私は警視庁警務部人事課の者で、主計(かずえ)と申します。

 人事を代表して、美景(みひろ)さんのお見舞いにまいりました。

 こちら、お見舞いのお花です」

「あらまあ、わざわざすみません」

 お母さんがあわてて近づいて、さしだされた花束を受け取る。

「美景さんと、お話させていただけますか?」

「ええと……」

「お願い、入ってもらって!」

 ナイスタイミング!

 ケイコ先生なら、なんでも知ってるはず。

 お母さんの背中に向かって叫ぶと、びっくりしたみたいに振り向いてから、うなずいた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」



 入ってきたケイコ先生は、ベッドの横に立って優しく微笑む。

「こんにちは。

 元気そうでよかったわ」

「ありがとうございます。

 あの、教えてほしいことがあるんです」

 すがるように言うと、ケイコ先生は小さくうなずく。

「わかってるわ。

 でもちょっとだけ待っていてね」

 優しいけどきっぱりした口調で言われて、びくっとする。

「はい……」

 もう一度うなずいたケイコ先生は、隣に立つお母さんを振り向く。

「申し訳ありませんが、十五分ほど二人きりにしていただけますでしょうか。

 事件のことを美景(みひろ)さんに詳しく説明してさしあげたいのですが、守秘義務がありますので、お母様といえどお聞かせするわけにはいかないのです」

「え……」

「お母さん、お願い」

 お母さんは困ったようなカオで私とケイコ先生を見比べてたけど、諦めたようにうなずいた。

「わかりました。

 よろしくお願いします」

「ありがとうございます」



 花束を持ったお母さんが出ていくと、ケイコ先生は枕元の椅子に座る。

「さて、何から説明しようかしら」

「吹田さんのこと、教えてください。

 あの後、どうしたんですか?」

 ケイコ先生は静かに言う。

「あなたが気絶した直後、一気に接近して容疑者を蹴り倒して、倒れたあなたを受けとめたそうよ。

 容疑者は、右上腕骨と肋骨三本を骨折の重傷で、この警察病院に収容されたわ」

「……じゃあ、あの男の言う通り、土下座とかはしてないんですね?」

「ええ」

 はっきりうなずいてくれて、心の底からほっとする。

「よかった……」

 体の力が抜けたとたん、こめかみがズキっと痛んだ。

「いた……」

 思わず手で押さえると、包帯の下の、ぶあついガーゼの感触が指先に伝わる。

「痛むの?

 先生を呼びましょうか?」

「あ、いえ、それほどじゃないです。

 さっき診察してもらって、だいじょぶだって言われましたし……」

 包帯の上から指先でそっと撫でると、ちょっと痛みがマシになった気がした。

 


「ナイフの柄の先が尖ったデザインだったせいで、こめかみを殴られた時に、えぐるような傷がついたんですって。

 もしかしたら傷跡が残るかもしれないと、医師が言っていたそうよ」

 殴られただけにしては、やけに痛むと思ったら、傷がついてたからなんだ。

「警察病院では無理だけれど、知りあいに美容整形の医師がいるから、よかったら紹介してあげるわ」

 いたわるような声で言われて、しばらく考えてから首を横に振った。

「普通にしてたら髪で隠れる位置だし、いいです」

「そう、わかったわ。

 でも必要になったら、いつでも言ってね」

「ありがとうございます。

 ……あの、ついでに質問してもいいですか?」

「いいわよ、何かしら」



「あの男って、例の事件の容疑者だったんですよね?

 あのホテルに潜伏してたんですか?」

「ええ。

 摘発から逃れる際に組の金を持ち出していたらしくて、上京直後からあのホテルに泊まって、部屋に引きこもっていたんですって。

 人目につかないような民泊やビジネスホテルから探していたから、見つけだすのに時間がかかったらしいわ。

 確実に捕らえるために、吹田くんが現場に出向いて指揮を取っていたんだけど、功を焦った大阪府警の刑事達が、包囲完了前に勝手に部屋に突入してしまったの。

 なのに容疑者を逃がしてしまったうえに、あなたが人質に取られてしまった。

 何重もの不手際と命令無視で、あの三人は全員降格と謹慎処分になるでしょうね」

「……それって、指揮してた吹田さんの責任問題になっちゃうんですか?」

 あのオジサン達がどうなろうと気にならないけど、そのせいで吹田さんが悪く言われちゃうのはイヤだ。



「そういうことを言いそうな年寄りが何人かいるけど、黙らせておくから大丈夫よ。

 容疑者がなぜ資産家を撲殺したのかは不明だけれど、物的証拠がそろっているから、実行犯に間違いない。

 人質にされてケガをしたあなたは警察関係者だから、こういう言い方は良くないんだけど、民間人にケガをさせた場合よりは問題にならない。

 大阪府警の刑事達の不手際は、大阪府警の上司の責任。

 ホテルで野次馬が何人か撮影していたけど、吹田くんの指示でデータを削除させたから、SNSで情報が出回ることはない。

 もちろん私達もきっちり報道規制しているから、あなた達の関係がマスコミに洩れることもない。

 吹田くんの経歴に傷はつかないわ」

 ケイコ先生はにっこり笑う。

「……ありがとうございます」

 ケイコ先生が断言してくれるなら、大丈夫だね。

「他にも質問はあるかしら」

「えーっと、とりあえずは大丈夫です」

「そう。

 仕事のほうは、ケガの療養で長期休業にしてあるから、ゆっくり休んでね」

「だいじょぶです。

 そんなに痛まないし、退院したらすぐ復帰します」

「そう、頼もしいわね。

 でも、退院の許可が出るまでは、安静にしていてね。

 頭のケガは、後で問題になることもあるから」

「はい、ありがとうございます」


-----------------


 ケイコ先生が帰ってからしばらくして、お母さんが部屋に戻ってきた。

 花を活けた花瓶を応接セットのテーブルに置くと、びっくりしたような困ってるような、複雑そうなカオで近づいてくる。

「どしたの?」

 枕元の椅子に座ると、お母さんはちょっと間を置いてから言う。

「さっき、吹田さんって男性に会ったわ」

「えっ」

 お見舞いに来てくれたのかな。

「ミケちゃんが気にしてた『吹田さん』て、あの方なの?」

「あー、うん、たぶんそう。

 高そうなスーツ着てて、黒髪オールバック銀縁眼鏡の、ちょっと小柄なんだけど迫力ある感じの人だった?」

「そうね、そんな感じだったわ」

「じゃあ、間違いないと思う」

「そう……。

 お若いわりに威厳があったけど、どういうご縁の方なの?」

「えっと……」

 吹田さんとつきあってること、お母さんにまだ言ってないんだよね。

 前にボンさんにアドバイスもらったように、警察関係者以外にも話せるエピソードが増えてからって思ってたのと、なんだか恥ずかしかったのもあって、言いそびれてた。

 どう説明するか迷うなあ……。

「…………職場の、けっこう偉い人。

 いわゆるキャリア官僚ってやつ。

 このケガ、とある事件の容疑者に人質にされたせいなんだけど、その容疑者を捕まえる指揮をしてたのが、吹田さんなの」

「ああ、それで……」

 結局プライベートのつながりは抜きにして言うと、お母さんは納得したように小さくうなずく。



「『娘さんにケガをさせてしまって申し訳ありません』って、何度も頭を下げてくださったの」

「そんな、吹田さんのせいじゃないのに」

「そうなの?

『無傷で助けられなかったのは、自分の不手際です』って、言ってらしたわよ。

 それにね……」

「……何?」

 お母さんは、なぜかためらってから、ゆっくり言う。

「『娘さんを傷物にした責任を取らせてください』って……」

「え?」

 どういう意味?

 きょとんとした私を見て、お母さんはため息をついた。

「古い言い回しだけど、ケガをさせた責任を取って結婚します、ってことよ」

「……ええええ!?」

 なんで、そんな話になるの!?



「……え、あ、それで、吹田さんは?」

「仕事が残ってるからって、話が終わったらすぐ帰られたわ。

『近いうちに正式に挨拶にうかがいます』っておっしゃってたけど……。

 ……ミケちゃんは、どうしたいの?」

「どうって言われても……わかんないよ……」

 なんでそんな話になるの?

 しかも、なんで私じゃなくて、お母さんに言うの?

 意味わかんない。

「そうよねえ……」

 お母さんも、また困ったようなカオになってうなずく。

「……とりあえず、今度来てくれたら、直接話をするから。

 それまで、保留にしといて」

「わかったわ」



 夕食を持ってきてくれた看護師さんに、スマホを使っていいか聞いてみると、外科だし医療機器は使ってないから問題ないって、あっさりオッケーをくれた。

 看護師さんは【同志】(なかま)だって自己紹介してくれて、食べてる間にいろいろ教えてくれた。

 ここは警察病院の、幹部用個室だった。

 私のケガの程度なら、本来は一般病棟の四人部屋だけど、吹田さんの指示でこの部屋になったらしい。

 ケガ自体は小さいけど、頭は後から問題が出ることがあるから、精密検査が必要。

 容疑者に噛みついたせいで、感染症の可能性があるから、各種血液検査も必要。

 検査結果が出そろって問題なしって判断されるまで、数日間入院になる。

 先生の許可が出るまでは、部屋から出ちゃいけない。

 個室内にユニットバスもトイレもあるし、ネットは無料でつながるし、テレビは見放題に加えてア〇プラも入ってるから、のんびりすごしてほしい。

 ほしいものがあれば、言ってくれれば下の売店か近所の店で買ってくる。

 説明を聞いてびっくりしたけど、この個室に入る偉い人向けの対応が普段からそうなってるらしい。

 購入費用はもちろん入院費と一緒に請求されるけど、私の入院に関しては全額吹田さんに請求するようにって、ケイコ先生から指示があったらしい。

 医療従事者は激務に疲れて二次元に癒しを求めるオタクが多いから、この病院にも【同志】(なかま)がいっぱいいて、そんなムチャも通るんだって。

 吹田さんとの話を聞きたい人や、見舞いにくるケイコ先生に会いたい人が複数いて、私の担当決めは壮絶な戦いだったって笑顔で言われて、返事に困った。



 看護師さんが食器を下げていった後、お母さんが帰る前に渡してもらったバッグからスマホを取りだす。

 電源を入れると、マイさんとかマキコさんとか、いろんな人から心配するメッセージがきてた。

 嬉しかったけど、返事は後回しだ。

 まずは吹田さんにメッセージを送る。

≪母から、吹田さんが訪ねてきたっていう話を聞きました

直接話したいので、電話ください

個室だしスマホの使用許可もらったので、何時でもかまいませんから、お願いします≫



 すぐにかかってくるとは思ってなかったけど、みんなに返信しながら待ってても、消灯時間になっても、いつもの電話の時間になっても。

 吹田さんからは、何の連絡もなかった。

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