大事なことは言葉にして伝えよう②
「では、私はここで失礼します」
「あ、はい、お疲れ様でしたー」
息子さんは、会釈してさっさと出ていった。
私が警察関係者だってことは聞いてるはずだから、関わったら面倒そうって察して、逃げたのかな。
だけど、吹田さん、どうしてあんなに機嫌悪そうだったんだろ。
とりあえず、ロビーの隅のカフェラウンジで紅茶を頼む。
ソファに座ってちょっとずつ飲みながら、例の事件について思い返してみる。
容疑者は、やっぱりマキコさんにもらったリストの一人だった。
中堅の暴力団員で、傷害の前科あり。
凶器に残ってた指紋がデータベースと一致しなかったのは、大阪府警のミスで、別人の指紋で登録されてたから。
摘発を逃れた数人は、事前に情報を得てたらしいから、登録ミス自体も内通者のしわざじゃないかって疑われてる。
コ〇ケが無事に終わって人が減ったから、潜伏してそうなホテルや民泊施設をしらみつぶしに探してるって、一昨日の電話で吹田さんに聞いた。
指揮で忙しいはずの吹田さんが、わざわざ来てるってことは、容疑者がこのホテルに潜伏してるのかな。
ここはレストランだけじゃなく全体的にお高いから、暴力団員が潜伏するには向いてないと思うんだけど……。
いや、だからこそ、今まで見つからなかったのかな。
でも、ほんとに捕り物なら、民間人は避難させるはず。
それに、機嫌悪そうだったのは、なんでだろ。
うーん……。
ぐるぐる考えてると、バッグの中でスマホがふるえて着信を知らせる。
取りだして確認すると、マキコさんからだった。
ここに来る前のタクシーの中で、伯母さんの話を聞き流しながら振袖の写真を送ったから、返事かな。
≪振袖似合ってるよ~
お見合いモドキはもう終わった?
相手の人、イケメンだった?
ネタになりそうな面白いことがあったなら、教えてねw≫
「…………」
しばらく画面を見つめて考えてから、返信する。
≪ネタになりそうなことは、何もなかったです
相手の人は、イケメンってほどじゃなかったけど、マジメそうな人でした
でも、食事の後、すぐ帰っちゃいました
ランチ会の場所はホテルの和風懐石のお店で、けっこう美味しかったです
伯母さん達の昔話が長くてついていけないので、ロビーに避難したら、なぜか吹田さんとシロさん他が来ました
吹田さん、なんだか怒ってたみたいでした
どうしてでしょう……≫
≪お見合いしてる現場見られたの?≫
≪会ってたのはホテルの中のレストランですけど、相手の人はさっさと帰りたがってたんで、私も一緒に店を出たんです
吹田さんと会ったのは、一階のロビーでその人と別れる直前です
仕事だって言ってたから、ジャマしたとでも思われたんでしょうか≫
≪うーん……
ミケちゃんが『ネタにする』ってはりきってたから、言いそびれてたけど
お見合いって本来結婚が前提の行事だから、ミケちゃんとつきあってる吹田さんが知ったら、いい気分しないと思うよ
怒ってもしかたないんじゃないかな≫
≪でも、伯母さんに頼みこまれてお見合いモドキのランチ会に行くって、前から話してあるんです
今日だって、今からランチ会ですって、振袖の写真も送ったのに≫
≪聞いてたとしても、実際に男の人と一緒にいるとこ見たら、やっぱり気になるんじゃない?
とりあえず、きちんと話しあったほうがいいと思うよ≫
≪わかりました、そうしてみます……≫
そういえば、なんか前に似たようなことを言われたような……。
…………そうだ、先月の、別れたほうがいいのかなって思って、二日間連絡しなくて、吹田さんの機嫌が悪くなった時。
ミーティングルームで宝塚さんと話してたら、吹田さん達がやってきて。
『友達だとわかってる俺でもミケちゃんに近づく男を許せないぐらい、こいつはミケちゃんが好きなんだよ』って、宝塚さんに言われたんだった。
それってつまり、ヤキモチ、なのかな。
もしかして、その日の夜のごはんデートで、吹田さんが来る前に宝塚さんと何を話してたのかをしつこく聞かれたのも……?
握ってたスマホがふいに振動して、びくっとする。
あわてて画面を見ると、伯母さんからの電話だった。
周囲を見回して、口元に手を当てて小声で話す。
「はい、ミケです」
〔ずいぶん遅いけど、今どこにいるの?〕
「あー、あの、一階のロビーにいます。
息子さんは、用事があるとかで帰られました」
〔あらそうなの?
しかたないわねえ、じゃあ戻ってきてようだい〕
「わかりましたー」
とりあえず考えるのは後にして、お店に戻ろう。
お会計を済ませて、エレベーターに向かう。
うーん、着物ってやっぱり歩きにくい。
ゆっくり歩いて、吹き抜けでつながる二階への階段の手前まできた時、上のほうで悲鳴とどなり声と乱暴な靴音が聞こえた。
「どけやっ!」
「待てえっ!」
え、何っ!?
びくっとして見上げると、紫色のシャツと短パンのオジサンと、ダークスーツのオジサンの集団が、幅の広い階段を駆けおりてくる。
その背後、階段の一番上に吹田さんがいた。
えっ!?
思わず一歩踏みだすと、私を見た吹田さんが顔色を変えて叫ぶ。
「来るな、逃げろ!!」
「!?」
険しい声に、しかも初めて聞く吹田さんのどなり声に、体だけじゃなく心まですくんで、思わずぎゅっと目を閉じた。
なん、で…………え、『逃げろ』……?
目を開けるより早く喉元が苦しくなって、またびくっとする。
え、何っ!?
おそるおそる目を開けると、紫色と銀色が目の前をちらついた。
「それ以上近づいたら、この女ぁ殺すぞ!」
頭上から聞こえる男のどなり声。
目の前に突きつけられたナイフ。
絞めつけられて苦しい喉元。
既視感がよぎって、ようやく理解する。
私、人質に、されたんだ。
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「来んな、下がれや、この女がどうなってもええんか!」
私の目の前でナイフをちらつかせながら、男が叫ぶ。
たぶん、最初に階段おりてきた紫色のシャツの人。
関西弁だし、吹田さん達に追われてたってことは、例の事件の容疑者だよね。
だから、『来るな』って言われたのかな。
きらわれたわけじゃ、ないんだ。
ちょっとだけほっとした。
だけど、前に人質にされた時は、相手が日本人じゃなかったから、吹田さんに指示されて蹴とばして隙を作れたけど、今は無理。
そのうえ、着物だからまともに動けないし。
どうしよう。
「ええかげん観念せえ!」
「もう逃げられへんぞ!」
「おとなしくお縄につけや!」
ヤクザにしか見えない強面のオジサンが三人、私の真正面にやってきて、今にも飛びかかりそうな勢いで叫んだ。
声が大きいし、関西弁だからよけい迫力があって、めちゃくちゃ恐い。
私を捕まえてる男に言ってるってわかってても、びくびくしてしまう。
恐いよぅ……。
大阪府警の刑事さんのはずだけど、ぶっちゃけヤクザとの違いがわからない。
情報が洩れて摘発から逃げられたうえに、指紋の登録ミスで特定が遅くなったせいで、上からかなり怒られたらしくて、名誉挽回のために上京してきたらしい。
熱意はすごいけど、指示に従ってくれなくて扱いに困るって、一昨日の電話で吹田さんが言ってたの、納得な感じ。
「人質がいる、無駄に刺激するな、下がれ」
オジサン達の横に現れた吹田さんが、鋭い声で言う。
何か言いかけたオジサン達は、とたんに青くなって、数歩下がった。
オジサン達にかわって前に出た吹田さんが、静かに言う。
「逃げ場はない、凶器を捨てて投降しろ」
周囲はぐるっと刑事さん達に囲まれてるし、その後ろにロビーにいた人達が集まって、さらに人垣を作ってる。
確かに逃げられそうにない。
だけど、私を捕まえてる男は、ナイフを私の目の前にかざして叫ぶ。
「じゃかあしい!
もっと下がれやぁ!」
「…………」
吹田さんが手を軽く振ると、背後のシロさんが周囲の人に何か言って、みんなが一メートルほど下がった。
ひとり残った吹田さんは、私を見つめたまま言う。
「人質が必要なら、私がなる。
だからその女性を離せ」
「けっ、てめえみたいな若造、人質にしたって……あん?
若造のくせに、えらい態度デカイな。
てめえがトップなんか?」
「そうだ」
「へっ、キャリア官僚ってやつか。
俺はな、てめえみたいな若造がでぇっきらいなんや。
ちょっとばかし頭がええからって、弱いもんを踏みつけにしやがって、偉そうにすんなや」
吐き捨てるような言葉に、恐さも忘れてむっとする。
確かに、吹田さんは頭いいけど、それ以上に努力して、がんばってる。
こんな奴に文句言われるようなことは、絶対してない。
「そうや、ええこと思いついたわ」
男の声が、ふいに楽しそうになる。
「ホンマにてめえがこの女のかわりに人質になるっちゅうんやったら、そこで土下座してみぃ」
「!?」
思わず見上げると、男はニヤニヤ笑ってた。
「『このバカでチビなボクチンを人質にしてください』っちゅうて、じべたに頭こすりつけてお願いしてみろや。
そしたら、この女と交換したってもええで」
そんな、こと、吹田さんがするわけないでしょ!
思わず吹田さんを見ると、まともに目が合った。
深い、静かなまなざしだった。
「言う通りにすれば、本当にその女性を解放するんだな」
「てめえにできるんやったらな。
プライド高ぇエリートさんよぉ」
男が勝ち誇ったように言う。
「…………」
吹田さんは静かなカオのまま、ゆっくりした動きで腰を落としていく。
「……ダメー!」
我慢できずに叫ぶと、吹田さんは床に膝をつきかけた姿勢で止まった。
「そんなこと、しちゃダメ!」
こんなに見てる人がいるのに。
吹田さんは、プライド高いだけじゃないんだから。
ちゃんと実力があって、それ以上に努力もしてる、すごい人なんだから。
私のせいで、そのプライド傷つけるようなことなんて、絶対、させられない!
「なんやジブン、やかましいわ、黙っとれ」
「ぅっ」
首を抱えこんだ腕に力を込められて、顎があがる。
喉を圧迫されて、息がしづらい。
苦しいけど、それ以上に、悔しかった。
私のせいで、吹田さんを困らせるなんて、イヤなのに。
男をにらみあげて、突然気づく。
体は動かせないけど、首は、口は、動かせる。
だったら。
思いっきり口を開いて、男の腕に噛みついた。
「イテっ、何しやがるっ!」
「っ!」
右のこめかみにガツンと衝撃がきて、目の前が真っ暗になった。
関西弁が適当なのはご容赦くださいm(__)m




