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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
62/93

大事なことは言葉にして伝えよう①

 お盆休み最終日の午後、自分の部屋で【同志】(なかま)やフォロワーさんのコ〇ケレポートを順に読んでると、机の隅の子機が鳴った。

 お母さん、普段用事がある時はスマホでメッセージ送ってくるのに、なんだろ。

 画面を見ながら手を伸ばして、充電台から子機を取りあげる。

「なーに?」

〔八王子のお義姉(ねえ)さんがいらしてるんだけど、ミケちゃんに話があるんですって。

 ちょっとおりてきてくれない?〕

「八王子の伯母さん?

 久しぶりだね」

 そういえば、しばらく前にチャイム鳴ってたっけ。

 八王子に住んでる伯母さんは、お父さんのお姉さんで、話好きで詮索好き。

 私が警視庁に入って以来、顔見るたびに警察の裏話聞かせてよってしつこくて、ちょっと苦手。

 でも、単身赴任先から帰省してたお父さんは、昨日の夜のうちに戻っちゃったから、お母さんひとりで相手するのはつらいよね。

「わかったー」

 しかたない、ちょっとだけ顔出して、すぐ戻ろう。



 リビングにおりてくと、相変わらずよくわからないセンスの服とゴテゴテしたアクセサリーで着飾った伯母さんが、愛想よく笑ってソファから立ちあがる。

「まーミケちゃん、しばらく会わないうちにずいぶんきれいになって。

 もうすっかりオトナのお嬢さんねえ」

「……お久しぶりです……」

 なんとか笑顔作ったけど、ちょっとひきつってたかも。

 お世辞って、あからさますぎると、嬉しいよりうっとーしいなあ。

 でも伯母さんは気にせずにニコニコ笑いながら、私の腕をつかんで隣に座らせる。

「あのね、私今日はミケちゃんに折り入ってお願いがあるのよ」

 やっぱり……。

 いいかげん諦めてくれないかなあ。

「……仕事のことは、たとえ家族にでも話しちゃいけない、守秘義務っていうのがあるので、申し訳ないんですけど」

 一応は遠慮がちに言うと、伯母さんはなぜか嬉しそうに笑う。

「ほんと、ミケちゃんはマジメねえ。

 ちょうどいいわあ」

「……はい?」

 何がどう『ちょうどいい』んだろ。



「実はねえ、私こないだ高校の同窓会に行ってきたのよ。

 なつかしいお友達と久しぶりに会えて楽しかったんだけど、お友達の一人が、息子さんのことをとっても心配してらしてね。

 都庁にお勤めで、毎日遅くまで仕事してるのに、何をしてるのか、どうして忙しいのかは、全然話してくれないんですって。

 『家族なのに、どうして何も言ってくれないのかしら』っておちこんでたから、『私の姪は警察で働いてるけど、やっぱりなんにも話してくれないわよ』って言って慰めたの。

 そしたらなんか、話がもりあがっちゃってね。

 ミケちゃんを紹介してほしいって頼まれたの」

「……は?」

 何がどうもりあがったら、そんな話になるの?

「息子さん、今年三十歳だけど、恋人いないんですって。

 同じ公務員なら、仕事の苦労とかわかってあげられるでしょう?」

「いえ、公務員っていっても、警察と役所ではだいぶ違うんですけど……」

「細かいことはいいじゃないの!」

 あーダメだ、話が通じない、っていうか、聞く気ない。

「ね、ミケちゃん、一度だけでいいの。

 会ってくれるだけでいいから。

 私の顔を立ててくれないかしら」

「でもお義姉さん、ミケはお見合いなんて……」

 向かいに座ってたお母さんが遠慮がちに言うと、伯母さんはおおげさな動きでぱたぱた手を振る。

「やあねえ、そんな真剣に考えなくてもいいのよ。

 私達と一緒にお食事するだけのことよ。

 そうすれば、私もお友達に義理が立つわ。

 ね、いいでしょ?」

 口調は軽いけど、腕はしっかりつかまれたまま。

 断ったら、私よりお母さんが、イヤミ言われそうだなあ。

 伯母さんのイヤミ、回りくどくてしつこいんだよねえ……。

「……ほんとに、食事だけでいいんですね?」

 伯母さんは満面の笑みで何度もうなずく。

「もちろんよ。

 ありがとうミケちゃん!」



 上機嫌な伯母さんが帰った後、お母さんが心配そうに言う。

「ミケちゃん、いいの?」

「ほんとのお見合いならともかく、食事だけならいいよ。

 たぶん、相手の人も、お母さんに無理やり連れてこられるんだろうし。

 それで伯母さんたちの気がすんで、ついでに美味しいもの食べられるなら、ラッキーじゃない」

 伯母さん見栄っ張りだから、きっと料亭とか高いお店のはず。

「ミケちゃんがいいなら、かまわないけど」 

 お母さんは、呆れたように苦笑する。

「うん、だいじょぶだって」

 それに、お見合いって、どんなのか一度体験してみたい。

 ほんとのお見合いならさすがに断ったけど、お見合いモドキなら、いいよね。

 何かのネタにできるかもしれないし。

「ふふ、楽しみー」


-----------------


 お見合いモドキの日は、数日後の土曜日に決まった。

 私や相手の気が変わる前に、急いでやっちゃいたいらしい。

 当日の朝、タクシーでやってきた八王子の伯母さんは、着物姿で大荷物を抱えてた。

 何かと思ったら、私用の振袖一式だった。

 娘の成人式に作ったものを、わざわざ持ってきてた。

 服については何も言われなかったから、友達の結婚式用に買ったベージュのワンピースとボレロでいいかと思ってたのに。

 『お見合いモドキなら洋服でいいんじゃないんですか』って抵抗したら、『予約したのは和食の店だから』っていうよくわからない理屈で押しきられた。

 意外にも着付けのお免状を持ってた伯母さんは、着物なのにてきぱき動いて、私に着付けしていく。

 着物なんて、成人式の時にレンタルで着た以来かも。

 あちこち締めつけられて、苦しかったし暑かったけど、ネタのためって内心でくりかえして我慢する。

 お母さんのアドバイスで、あちこちに保冷剤を入れたら、暑いのがちょっとマシになった。 



 タクシーで伯母さんと向かったのは、新宿の近くのけっこう立派なホテル。

 和食の店じゃなかったのって思ったら、ホテルの最上階の和風懐石店だった。

 まぎらわしいなあ。

 相談してあったのか、伯母さんのお友達も着物だったけど、息子さんは無難に黒のスーツだった。

 だったら私も洋服でよかったよね……。

 息子さんは、伯母さんの話通り、いかにもマジメそうな雰囲気の人だった。

 でも、無理やり連れてこられてうんざりしてるのがまるわかりで、黙って食べてた。

 私はなんとか愛想笑いを浮かべてたけど、伯母さんとお友達のおばさんは高校時代の話ばっかりしてて話題についていけないから、やっぱり黙って食べた。

 そもそも、相手の息子さんも私も、お互い紹介すらされてないから、名前もわからない。

 伯母さん達は、なんのためのランチ会か完全に忘れてるっぽい。

 呆れながらも、料理は美味しかったから、ゆっくり味わって食べた。

 


 デザートが終わると、息子さんがちらっと腕時計を見る。

「すみませんが、私はこれで失礼します」

「あらまだいいじゃないの。

 せっかく来てもらったんだから、もっとおしゃべりしなさいよ」

「そうよ、二人とも全然話してなかったじゃないの」

「私達に遠慮なんてしなくていいのよ」

「そうそう、このホテルは庭がきれいだって評判なのよ。

 二人で見にいってらっしゃい。

 私達はここでお茶してるから」

 母親と伯母さんの二人がかりでたたみかけられて、息子さんはうんざりしたようなカオになる。

 この暑さの中で、庭を見にいく気にはなれないけど、ここから逃げたいかも。

「あの、一緒に庭を見にいってもらえませんか?」

 おそるおそる言うと、息子さんは渋いカオになったけど、しぶしぶうなずく。

「……はい」

「ありがとうございます。

 あの、じゃあ、ちょっといってきますね」

「あらあ、いいわねえ、いってらっしゃい」

「そうね~ごゆっくり~」

 上機嫌の二人に送られて、お店を出た。



「このまま帰られたらどうですか?

 私は、ロビーでちょっと休憩してから戻りますから。

 伯母さん達には、適当に言っておきます」

 息子さんが何か言いかけるのを遮るように、早口で言う。

 今いるレストランフロアは最上階だから、外に出るにはいったん一階のロビーに降りないといけない。

 だったらもう、そのまま逃げちゃえばいいよね。

 息子さんはちょっと驚いたようなカオしてから、小さく頭を下げた。

「ありがとうございます、助かります」

「いいえー、私も伯母さん達のおしゃべりを聞かされるのつらかったんで、出る口実になってよかったです」

 あたりさわりない会話をしながら、エレベーターで一緒に一階まで降りた。

   


「じゃあここで……あれ?」

 フロントの手前で別れの挨拶をしようとした時、横手からホテルのスタッフらしき人に案内された十数人のダークスーツの集団が歩いてくる。

 その先頭に、吹田(すいた)さんがいた。

 えっ、なんで!? 

 吹田さんも私に気づいたのか、目を見開く。

 背後のシロさんに何か言って、足早に近づいてきた。

「なぜここにいる」

 険しいカオで尋問口調で言われて、びくっとする。

「あの、今日のランチ会、このホテルだったので」

 伯母さんに頼まれてお友達親子とランチにいくことは、その日のメッセージで伝えたし、昨日の夜にも伝えたし、ここに来る前に振袖を着た写真も送った。

 なのに、なんで怒ってるっぽいんだろ。

 そもそも。

「吹田さんこそ、なんでここに……?」

「……仕事だ」

 いや、シロさん以外にもいっぱいいたから、仕事なのはわかってるけど。

 でも、まわりに人がいっぱいいるのに、具体的なことは言えないか。

「吹田さん、エレベーターが来ました」

「ああ」

 シロさんの声に、吹田さんは私の背後をちらっと見てから、早足でエレベーター前で待ってた集団に戻っていった。

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