表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
60/93

オタクの常識は一般人の非常識①

 八月はじめ、都内某所でとある資産家が殺害された。

 政治家に多額の献金をしてて、いろいろヤバいこともやってて、かなり黒寄りのグレーな人物だったから、怨恨の疑いが濃厚。

 つながりがあった複数の政治家から、自分達に飛び火しないうちに犯人を逮捕しろと、警視総監に圧力がかかった。

 で、警視総監から刑事部長に、刑事部長から吹田(すいた)さんに、捜査指揮の命令がきて、一課全体で三百人以上いる捜査員さんの半数近くがこの事件に割りふられた。

 本来は一課長が指揮するはずなんだけど、今の刑事部長と一課長は仲が悪いから、一課長を飛ばして吹田さんに話がきた。

 吹田さんの秋の昇進と異動にそなえて、手柄を立てさせて箔をつけるみたいな意味もあるらしい。 

 吹田さんとシロさんは、警視庁に泊まりこみ状態でがんばってるけど、進展はいまいちだった。

 人数が多いから、誰に何をさせるかを考えるだけでも大変らしい。

 宝塚さんは、この事件の前に起きた暴力団幹部連続殺人事件の担当で、組織犯罪対策課との合同捜査に当たってるから、頼りにできない。

 吹田さんにとって大事な事件だから、お手伝いしたくていろいろ調べてみたけど、役に立ちそうな情報はなかった。

 今の時期、【同志】(なかま)達はコ〇ケ直前の追いこみ中で忙しいから、いつもより情報提供が少なくなる。

 私にできることは、少しでも吹田さんの心配を減らすために、毎日メッセージを送ってビデオ通話で話すことぐらいだった。


-----------------


 事件発生から十日以上経っても、容疑者はまだ絞りこめてない。

 被害者宅と付近の防犯カメラから、深夜に訪ねてきた男の犯行っぽいってとこまではわかってるけど、その男の身元の割り出しに難航してる。

 コ〇ケ直前で、万単位の人が東京に集まりだしてるから、駅や空港やホテルのチェックが追いつかないらしい。

 せめてコ〇ケが終わって人が減ってからじゃないと、潜伏先の割り出しも大変そうだけど、上から毎日のようにせっつかれてるから、終わるまで待ってとも言えなくて、吹田さんは苦労してるらしい。

 なんとかお手伝いできたらいいんだけど、私にはなんにもできないんだよねえ。

 ため息をつきながら、事件の捜査資料を見返す。

 もう何十回も読んだから、ほぼ内容をおぼえちゃった。

 現場は被害者宅の応接間、第一発見者は住込の家政婦、死因は頭部への打撲、凶器は現場にあった大理石の灰皿、容疑者の指紋は残ってたけど前科なしで特定できず。

 現場にある物を使い、指紋を拭きとってないことから、単純な強盗事件にも見える。

 でも、被害者が来客の予定があるって家政婦にお茶を用意しておくよう頼んでたし、現場にあった高価な物が何もなくなってないから、顔見知りによる可能性が高い。

 家政婦さんは定時の夜九時で離れにある自分の部屋に帰ってて、来客の顔は見てない。

 今までにも秘密の客が時々夜にやってきてて、顔を合わせないよう言われてたから、不審に思わなかったらしい。

 ため息をつきながら資料をめくってって、ふと最後のページの写真に目がとまった。

 現場写真の一枚が、やけに気になった。

 正確には、その隅に映ってる小さな仏像。

 顔に近づけて見つめても、白黒だし、小さいし、よくわかんない。

 でも、気になる。



「ミケちゃん、どしたの?」

「あ」

 隣の席のマイさんに不思議そうに言われて、あわてて資料をデスクに置く。

「これ、なんか気になったんですけど、ちゃんと見えなくて、よけい気になっちゃって」

「ん? ああ、例の事件の現場写真ね。

 何が気になるの?」

「何かわかんないんですけど、この仏像が気になるんです」

 こーいうの、なんかすごくモヤモヤしちゃうんだよね。

「…………あれ、コレ、もしかして私持ってるかも」

「えっ!?」

 思わず大声を出しちゃって、あわてて手で口を覆う。

「すみません、でも、あの、どうしてですか?」

「私が担当してる班の人が、現場の遺留品について当たるよう言われてて、鑑識から借りてきたのよ。

 で、めぼしいものを持ってった残りを私が保管っていうか、押しつけられたの」

 マイさんは言いながら脇机の一番下の引き出しを鍵で開ける。

「えーっと……、あ、やっぱりあった、コレよね」

 デスクに置かれたのは、透明なチャック袋に入れられた、高さ二十センチぐらいの仏像だった。

「あ、そうです、コレです、さわっていいですか?」

「いいんじゃない、どうぞー」

「ありがとうございます!」

 手渡された像を両手で握って、まじまじ観察する。

 陶器っぽく見えたけど、軽いから、プラスチックかも。

 気になったのは、手に握られたモノ。



「やっぱり」

「何が?」

「ほら、この仏像が持ってるの。

 こっち側は三鈷杵(さんこしょ)なのに、反対側は五鈷杵(ごこしょ)なんですよ」

 仏像をさしだして、袋の上から指先でつつきながら言うと、じいっと見たマイさんは小さくうなずく。

「ほんとだ。

 これって左右対称が基本なのに、左右違うのは変だよね。

 にしても、三銛杵って、懐かしいなー。

 ミケちゃんは、何で見たの?

 ちなみに私は、孔〇王よ」

「私は、や〇きたです。

 中学時代の友達のお母さんが大好きで、コミックス全巻そろえてたのを友達が受け継いでたから、読ませてもらいました」

 中二病だったわけじゃないけど、こういうイカニモなアイテムが、すごくかっこよく思えたよねえ。

「や〇きたは私も好きよ。

 けどこれ、なんでかしら、確かに気になるわね」

「ですよねえ」

 あ、そーだ。

「仏像に詳しい人がいるんで、聞いてみますね」

 大阪府警のマキコさんは、仏像とかも好きで、休日はよくお寺巡りしてるらしい。 

 関西はお寺とか神社とか多いから嬉しいって、前に言ってた。

 だから、私よりもっと詳しいこと知ってるはず。

 ノーパソでチャット画面を開く。


  

ミケ:こんにちはー。今だいじょぶですか?

マキコ:だいじょぶよー。なあに?

ミケ:あの、ちょっと見てもらいたい物があるんですけど

マキコ:楽しいもの?w

ミケ:楽しいかどうかは微妙ですけどw

今送りますね

マキコ:うん



 スマホで仏像全体の写真と、三鈷杵部分のアップの写真を撮って、マキコさんに送る。



ミケ:その写真の、手に持ってるやつ、片側は三鈷杵なのに、反対側は五鈷杵なんですよ

マキコ:ああ、ほんとだ

ミケ:私は左右対称のしか知らないんですけど、そうじゃないのもあったりするんですか?

マキコ:本来はありえないね。けどこれ……もしかして……

ミケ:なんですか?

マキコ:ちょっと心当たりあるから、調べてみるね

わかったら連絡するよ

ミケ:はいーお願いします~



マキコ:お待たせ~わかったよ

ミケ:なんでした?

マキコ:えっとね、まずこの像は、新薬師寺の十二神将の一人の、ビギャラって像のレプリカなの

漢字は、変換面倒だから、省略ねw

ビギャラは、一般にはビカラって名前のほうが知られてるかな

寺によって違ったりするけど、新薬師寺のだと、三銛杵を持ってて、子年の守護をしてる

ミケ:へえー

マキコ:でも新薬師寺のも、三銛杵は左右対称

なのに、間違えて贋作作っちゃったおバカさんがいるのw

ミケ:誰ですかw

マキコ:関西系の暴力団でね、資金稼ぎに仏像作って、コレクターに売りつけてたんだけど、十日ほど前に摘発された

ただ、何人かが摘発を逃れて行方くらましてて、しかも仏像の在庫をいくつか持ちだしたみたいなんだ

たぶん今までに取引があったコレクターに売りつけて、逃走資金にしようとしたんじゃないかって言われてたんだけど

なんでミケちゃんがコレ持ってるの?

ミケ:先月末の、とある殺人事件の現場にあったやつなんです

マキコ:あー、S氏が指揮してるっていう例の事件の?

ミケ:そうです

マキコ:そうすると、摘発を逃れて東京にいった奴が、逃走資金を稼ぐために売りつけにいって、断られて逆ギレして殺した、ってとこかな

ミケ:わー、今まで全然進展してなかったのに、一気に解決ですね!

マキコさんすごいです!

マキコ:喜ぶのはまだ早いわよ~

今のままじゃ、推測の範囲を出てないもの

ミケ:そっか、そうですねえ…………あ

マキコ:なに?

ミケ:その、仏像作ってた暴力団から押収した資料の中に、顧客リストみたいなの、ありませんでした?

それに被害者の名前があれば、バッチリなんですけど

マキコ:あ、なるほど。ミケちゃん冴えてる~w

調べてみるね

ミケ:お願いします~



マキコ:お待たせ~

顧客は百人ぐらいいたんだけど、基本地元の関西人相手だったから、住所が関東なのは全部で八人しかいなかった

リストをメール添付で送ったよ

ミケ:ありがとうございます!

今開いて見てます~

マキコ:被害者の名前、あった?

ミケ:……ないですねー

推理はずれだったみたいですw

マキコ:あれ~? いい線いってたと思うんだけどなー

ミケ:……でも、ちょっと待ってくださいね……もっかい見直します

なんか、見たことある名前があったような……

マキコ:どしたの?

ミケ:あ、やっぱり

リストの三番目のヒト、被害者んちの住込の家政婦さんで、第一発見者です

マキコ:お、やった! きっと家政婦に代理で買わせてたんだね

ミケ:みたいですね

マキコ:じゃあ、摘発逃れた奴らのリスト送るね

その中の誰かが、犯人だ

ミケ:はいーありがとうございます~



 うわー、まさかこんなことで容疑者を特定できるなんて、びっくり。

 オタクの知識もたまには役に立つなあ。

 これで吹田さんが楽になるといいんだけど。

 急いで情報をまとめて、レプリカ像の写真とマキコさんからもらったリストを添付して、吹田さんとシロさんに送る。

 五分ほどして、シロさんから返信がきた。

≪レプリカ像の現物を持って、至急吹田さんの執務室に来てもらえますでしょうか≫

 あ、そういえばコレ、ほんとは私がさわったりしちゃいけないやつだったんじゃ……。

 もしかして、怒られちゃうかな。

 でも、外に持ちだしたわけじゃないし、大丈夫……だよね。

≪わかりました、持っていきます≫

 急いでシロさんに返信して、隣のマイさんに伝える。

「現物持ってきてって言われたんで、持ってってきます」

「わかった。

 私が預かってて、ミケちゃんに渡したってこと、言っていいからね。

 それと、むき出しだと目立ちそうだから、コレ使って」

「ありがとうございます」

 マイさん、優しいなあ。

 渡された布製のエコバッグにレプリカ像を入れて、ぐるぐる包む。

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃーい」


-----------------

 

 レプリカ像を抱えて、吹田さんの執務室に向かう。

 セキュリティゲートで部屋番号を押して呼び出すと、すぐシロさんが出た。

〔はい、吹田理事官の執務室です〕

「捜査一課の御所(ごせ)です。

 ご依頼の品をお持ちしました」

〔ありがとうございます、お通りください〕

 キャリアが集まる場所だから警備が厳重で、ゲート周辺は監視カメラがあって音声データも記録されるから、誰に見られても聞かれても大丈夫なようにしろって、前に来た時に吹田さんに注意された。

 でも、普段普通にしゃべってる友達とまじめな声でやりとりするの、なんだか小芝居やってるみたいで、笑いそうになる。

 笑いをこらえてまじめなカオを作りながら、ゲートを通る。 

 半分ほど進んだところで、ちょっと先の部屋から誰か出てきた。

 うわ、河内(かわち)警視正だ。

 前の前の一課長で、ノンキャリ叩き上げで警視正までなった人。

 でもキャリア組とソリが合わなくてモメてばかりで、今は適当な役職で定年までの飼い殺し状態。

 本人もそれをわかってるからか、いつでも機嫌が悪い。

 しかも、大柄、強面、声が大きい、口調が荒い、すぐ手が出る、私が一番苦手なタイプ。

 あー、イヤなとこで会っちゃった。

 ゲート通っちゃったら、廊下で会った時みたいに違う方向に逃げられない。

 しょうがない、隅っこでじっとしとこう。



 壁際に寄って頭を下げて、河内警視正が通りすぎるのを待つ。

 ずかずか歩いてきた河内警視正は、私の横でぴたっと足を止めた。

 え、なんで?

「おいおまえ、顔見せろ」

 横柄な命令口調に、びくっとする。

「早くしろ!」

「っ」

 大声出されるだけで恐い。

 でも言う通りにしないと、たぶんもっとどなられる。

 しかたなくそろそろ顔を上げる。

 じろじろ私を見た河内警視正は、不機嫌そうに言う。

「見ない顔だな。

 どこの者だ。ここで何をしてる」

「捜査一課の、事務担当の者です。

 吹田理事官に、お届け物です」

 なんとか答えたとたん、河内警視正はさらに目つきが悪くなった。

「吹田だと?」

 なぜか吐き捨てるように言って、一歩近づいてくる。



「見せろ」

「えっ」

 手を伸ばされて、あわてて一歩下がろうとしたけど、背後は壁だった。

 かばうように、レプリカ像を両手で抱きしめる。

「あの、これは、吹田さんに」

「俺が先に確認してやる」

 なんで!?

 この人全然関係ないのに!?

「見せろと言ってるんだ!」

「っ」

 どなりつけられて、体がすくむ。

 なんで目の前にいるのにそんな大声出すの!?

 恐いよ!?

「さっさと見せろ!」

 また伸びてきた手に、袋の端をつかまれた。

 そのまま取られそうになって、あわてて両手で握りしめる。

「ダメです、これは、吹田さんに……っ」

「事務員の分際で、俺に逆らうな!!」

 雷のようなどなり声とともに、手が振り上げられる。

「!」

 殴られる……!



 思わずぎゅっと目を閉じて、体を硬くしたけど、予想したような痛みはなかった。

「な、誰だ、離せっ!」

 かわりに聞こえた声に、おそるおそる目を開ける。

「ぁ……」

 河内警視正の背後に吹田さんがいて、振り上げられた手をつかんでた。

 私を見て視線を鋭くして、河内警視正の腕をつかんだまま私を背にかばうように回りこむ。

「吹田!?

 きさまっ、警視の分際で警視正の俺にこんなことをして、ただで済むと思ってるのかっ!」

「暴力をふるおうとしている者を止めるのに、階級は関係ありません。

 むしろ警視正でありながら、女性に暴力を振るおうとしているご自分を恥じてください」

「暴力じゃねえ、その生意気な事務員を指導してやってるだけだ」

「『指導』という言葉で暴力行為がごまかされた時代は、もう終わりました。

 人権尊重委員会の規定第三章を熟読することをお勧めします」

「若造が、俺に指図するなっ!」

「ならば、年長者らしく若者の模範となるべく振る舞ってください」

「……ちっ!」

 大きく舌打ちした河内警視正は、ドスドス荒い足音を立てながら去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ