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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
59/93

ムダを減らしすぎると効率が悪くなる④(オマケ付き)

 ふんわり抱きしめなおされて、肩に頬をすりよせる。

「質問してもいいですか?」

「ああ。なんだ」

「ハイヤーの運転手さんに、この部屋まで私を送るようにって言ったのは、さっき言ってた不審者対策なんですか?」

「そうだ」

「……いくら吹田(すいた)さんちの使用人さんだからって、業務外のこと頼んじゃダメですよ。

 下っ端は、上にムチャ言われても断れなくて、苦労するんですから。

 あ、私、前に送ってもらった時に、頼みこんでハイヤーの写真撮らせてもらったんですよ。

 そのぶんも合わせて、特別ボーナスあげてくださいね」

 耳元に、笑ったような吐息がかかる。

「わかった」

「お願いしますー」

 よかった、これであのオジサマにちょっとは恩返しできる。



「それと、あの内緒話、『一応許可をもらってる』って言ってましたけど、誰にですか?」

「…………主計(かずえ)課長代理だ」

「えっ!?」

 思わずがばっと体を起こして、吹田さんの顔をのぞきこむ。

「なんでケイコ先生が!?

 まさか、ケイコ先生も狙われて……!?」

「おちつけ」

 吹田さんは、なだめるように言いながら私の頭を撫でる。

「主計課長代理はキャリアではないし、狙われていないそうだ。

 部長達の仲を取り持ってもらうために協力を依頼したら、見返りとして、不審者の事件と昇進についての話を、おまえにするよう言われた」

 ……ん?

「ケイコ先生が吹田さんに協力する見返りが、私に話すこと、なんですか?」

「そうだ」

 うなずいた吹田さんは、苦いカオになる。

「おまえの同僚から、おまえの様子がおかしいことが伝わっていたらしい。

 黙っていては不安にさせるだけだから、秘密だと約束させたうえで話してあげてほしい、と。

 ……相変わらず、おまえのことを気に入っているようだ」

 ケイコ先生が、そんなに私を……!?



美景(みひろ)

「……あ」

 強めに呼ばれて、トんでた意識が戻ってくる。

 吹田さんはため息をついて、私の頬を撫でた。

「おまえも、相変わらずの崇拝ぶりだな」

 呆れたように言われて、強くうなずく。

「もちろんです!

 ケイコ先生は、ずっと私の神様ですから!」

「……そうか」

「はい!

 ……ケイコ先生が手伝ってくださるなら、不審者の捜査も進展するでしょうか」

 人事の実質トップで、警視総監でさえ頭が上がらないって言われてるぐらいなら、部長達もケイコ先生の言いなり、なのかな。

「するだろうな。

 今夜早速会食をセッティングすると言っていたから、明日から刑事部主導で捜査が始まるはずだ。

 ……宝塚に手伝わせる予定だから、近いうちに容疑者を絞りこめるだろう」

「あー……」

 シロさんも狙われたって聞いたら、スパダリの宝塚さんは全力で取り組むだろうから、すぐに解決だね。

 あ、そういえば。



「宝塚さんと外国語でずっと言いあいしてましたけど、あれって何を言ってたんですか?」

「…………」

 吹田さんは渋いカオになって黙りこむ。

「……言いたくないなら、いいですよ」

 気にはなるけど、どうしても知りたいってわけじゃないし。

「…………言いたくないわけではない」

 めちゃくちゃ言いたくなさそうなカオで言いながら、吹田さんは目を伏せる。

「……どれだけ深い気持ちがあっても、伝わっていなければ、ないのと同じだ。

 伝える方法は言葉以外にもあるのに、伝える努力をしないなら、……その程度の想いでしかないのなら、いっそさっさと別れてやれ、などと言われた。

 ……自分が真白(ましろ)とうまくいってるからといって、上から目線で言いやがって……」

 おぼっちゃまだから、普段の言葉遣いはきれいなのに、たまに乱れるよね。

 それぐらいムカついてるってことなのかな。

「それもあるかもしれませんけど、友達として心配してくれてるんだと思いますよ」

「…………」

 吹田さんはじっと私を見つめる。

 なんだろ。



「俺からも質問していいか」

「いいですよ、なんですか?」

「……宝塚が電話を切ってから、俺達が行くまでの間、何をしていた」

「え? 

 おしゃべりしてただけですよ?」

 私の答えに、吹田さんはなぜか眉間にシワを寄せる。

「……あんな至近距離でか」

 距離?

「……あー、確かに、最後のほうは、内緒話の距離でしたね」

 そういえば、なんでだろ。

「……宝塚も俺も、見えなくても気配で相手がわかる。

 あいつは、俺が近くまで来ていると気づいていながら、わざとおまえとの距離を詰めた。

 あんな至近距離で、何を話していたんだ」

「何って、えーと」

 ……アレを自分で言うの、なんかちょっと、恥ずかしいかも。

 迷ってると、吹田さんの眉間のシワが増えた。

「俺には言えないような内容なのか」

 険しい声とまなざしに、苦笑する。



「言えますけど、ちょっと恥ずかしいんです」

「……どういう意味だ」

「えっとですね」

 こほんと咳払いして、覚悟を決める。

「『吹田は、ミケちゃんが好きだよ。言葉にして伝えてなくても、間違いなく好きだよ。仕事中にわざわざ会いにくるぐらいにね』って、言われたんです」

 吹田さんは、目を見開いて私を見つめる。

「自分で言うと、なんか自惚(うぬぼ)れてるみたいでしょ?

 だから、言うのためらっちゃったんですよー」

 恥ずかしいのをごまかすために、わざと軽い口調で言うと、吹田さんは気まずそうなカオになって目をそらす。

 だけどすぐに私を見た。

「無理に言わせて悪かった。

 だが、宝塚のその言葉は事実だから、自惚れてかまわない」

「えっ」

 事実、なんだ。

 じゃあ、ほんとは、ほんとに、私のこと好きなの?

 ……自分では言えなくても、誰かの言葉を肯定するのは、アリなんだね。

 だったら。



「吹田さん」

「……なんだ」

「私は、吹田さんが好きです。

 吹田さんは、私が好きですか?」

 まっすぐ見つめて言うと、吹田さんはびっくりしたようなカオになる。

 だけどすぐに、甘く微笑んだ。

「……ああ」

「言えなくてもいいから、私が聞いた時は、答えてくれますか?」

「ああ」

「じゃあ、吹田さんは私を好きなんだって、自惚れておきますね。

 あとはー、言えないぶん、態度で示してくれると嬉しいです」

 にっこり笑って言うと、吹田さんはかすかに笑う。

「わかった」

 吹田さんは片手で眼鏡を取ると、テーブルの端に置いた。

 体の向きを変えて少し動いて、私を横からふんわり抱きしめる。

「おまえのその前向きさに、俺はいつも救われている。

 ありがとう」

 耳元で囁く声の甘さに、恥ずかしくなるのをこらえて、吹田さんの肩に頬を押しつけた。

「どういたしましてー」

 タラシモードは、やっぱりまだ慣れないなあ。

 あー、きっとまた耳まで赤くなってる。



 頭を撫でた手が頬を包むように添えられて、ゆっくり上向かされる。

 おでこに、こめかみに、頬に、優しいキスが降りそそぐ。

 嬉しいけど恥ずかしくて、ぎゅっと目を閉じると、笑ったような吐息が耳元にかかった。

 そっと唇に何かがふれる。

 あ……。

 二回目だから、キスされたって、さすがにわかった。

 春のおでかけデートで桜の下で初めてキスされた時は、いつの間にか終わっちゃってた。

 私があんまりにも恥ずかしがったせいか、それ以降は唇にはされなかったけど。

 やっぱり恥ずかしぃ~~~!

 ジタバタ暴れたくなるのをこらえるために、吹田さんの肩に頬を押しつけて、ぎゅうぎゅう抱きつく。

『態度で示して』は、言わなくてもよかったかも。

 これ以上続けられたら耐えられないから、話を変えよう。

 えーっと。



「……『五分待ってくれ』って言ってましたけど、あれって、何を考えてたんですか?」

 顔を伏せたまま聞くと、耳元に小さなため息が落ちる。

「……おまえにフラれずにすむ方法だ」

「え」

「不審者を排除するまでは、今までのようにおまえと会うわけにはいかない。

 だが、おまえを守るために距離を取って、そのせいでフラれては本末転倒だ。

 かといって、部長達の仲を取り持つ手段が俺にはないから、主計課長代理に協力を願うことにした。

 ……借りを増やしたくなかったから、他の手段がないかあらゆる方向から検討したが、主計課長代理を頼るのが一番迅速かつ効率的だという結論に達した」

 吹田さんは、なんとなくイヤそうな声で語る。

 今まで手伝ってって言われなかったのは、借りを増やしたくなかったからなんだ。

 最初はデータベースを使わせてほしいって言ってたのに、いつの間に方針転換したんだろ。



美景(みひろ)

「はい」

 顔を上げると、吹田さんは真剣なまなざしで私を見てた。

「昼にも言ったが、俺はおまえと別れたいとは思っていない。

 おまえは……今は、どう思っている」

「……あー、そうですねえ」

 別れたほうがいいんだろうなって気持ちは、今も同じ。

 むしろ、昼間より強くなったかも。

 だけど。

「……吹田さんは、これからもどんどん出世していって、どんどん忙しくなって。

 それでも私の相手をしてほしいって思うのは、ワガママなんだろうなって、わかってるんです。

 身分差恋愛ものでよくある、『本当に彼を愛しているなら、身を引きなさい』ってやつですよね。

 だけど」

 吹田さんが何か言いかけるのを遮って、にっこり笑う。

「吹田さんが私を好きな間は、恋人でいたいです。

 でないと、私を好きすぎる吹田さんは、私のことが気になってイライラしちゃって、仕事に集中できないでしょうから」

 自惚れていいなら、これぐらい言っても、いいよね。

 じっと私を見つめた吹田さんは、優しく微笑んだ。

「その通りだ。

 だから、これからも恋人として、俺のそばにいてくれ」

「はい」


-----------------


 抱きついたまま、今後について相談した。

 メッセージは、回数も文字数も制限なしで送る。

 デートは、容疑者逮捕までなし。

 電話もなしで、って言ったけど、吹田さんに反対された。

 私と話すと息抜きになる、電話なしだとかえってストレスが溜まる、五分でいいから相手をしてほしい、とかって、せつせつと訴えられた。

 間接的にだけど好きって伝えられたことで、何かふっ切れたらしい。

 相談の結果、一日おきに二十分じゃなくて、毎日五分の、ビデオ通話になった。

 顔が見れるのは嬉しいし、吹田さんも安心するらしい。

 スマホで手軽にビデオ通話ができる時代でよかった。

 


 翌日から、吹田さんが言った通り刑事部主導で捜査が始まった。

 吹田さん達が裏で仕切って、宝塚さんが全力で捜査に当たったから、三日で容疑者が特定され、五日後には逮捕された。

 逮捕翌日にはごはんデートに誘われて、恥ずかしくなるぐらいイチャイチャして甘やかしてくれたけど、私が満足しても吹田さんがなかなか離してくれなかった。

 自分で言ったことだけど、吹田さんは私を好きすぎだよね。



☆☆☆☆☆☆☆

 


オマケ ミケを家まで送った帰りのハイヤー内での会話


「吹田様、少しよろしいでしょうか」

「なんだ」

「私は護衛としての教育も受けておりますので、その観点から申し上げますと、あのお嬢様をお守りするには、遠方からの護衛では不充分だと思われます」

「……どういう意味だ」

「素直なお方のようですから、あらかじめ危険なことについて説明しておけば、注意に従ってくださると思います。

 ですが、興味があることに集中すると、注意事項を忘れて行動してしまわれるようですので、遠方からでは対応しきれません」

「……根拠は何だ」

「初めてお嬢様をご自宅までお送りした際に、車の写真を撮らせてほしいと頼まれました。

 運転手という立場上、運転席に座ったまま見守っておりましたが、外に出て写真を撮っておられる合間に、横を通る車や自転車に気づかず接触しそうになったことが三回もあり、肝を冷やしました。

 ですから、いわば幼い子供のように、常に隣にいて手を握って見守るほうがよいと思われます」

「俺は、幼い頃にそんな扱いを受けたおぼえはないぞ」

「それは、吹田様が注意事項を守って行動してくださるような、理性的なお子様だったからでしょう。

 私は分家のお子様の護衛を何度かしたことがございますが、やってはいけないと申し上げたことばかりなさるような、困ったお子様もおられました」

「…………」

「あのお嬢様はそういうタイプではないようですが、興味を惹かれたことに集中してしまわれるようです。

 ですから、遠くから私どもが護衛するよりは、隣で吹田様が見守られたほうが確実だと思います」



「……美景(みひろ)が、おまえに護衛を頼んだことに文句を言っていた。

 実家の使用人だからといって業務外の仕事をさせるな、下っ端は上にムチャを言われても断れなくて苦労する、以前写真を撮らせてもらったぶんも合わせて、特別ボーナスをあげてやってくれ、だそうだ。

 報奨金を出すつもりだが、他に何か欲しいものがあるなら言え」

「心優しいお嬢様ですね。

 私はむしろ吹田様に頼っていただけたことを、光栄に思っております。

 ……欲しいものはございませんが、お願いを二つしてもよろしいでしょうか」

「言ってみろ」

「一つ目は、お嬢様をお乗せする際は、出来る限り私をご指名いただけますでしょうか。

 護衛を兼ねることになった時に、見知らぬ者よりは顔見知りの私のほうが、お嬢様も安心して指示に従ってくださるでしょう」

「……いいだろう」

「ありがとうございます。

 二つ目は、お嬢様を大切にしてさしあげてください」

「……どういう意味だ」



「若様が十歳の時のあの事件は、若様だけの責任ではございません。

 若様の世話係が内通者となっていたのに気づかなかったこと、警備体制の情報が洩れていたこと、敷地内への侵入者を見落としたこと、救出の対応が後手に回ったこと。

 いずれも、当時本家で働いていた我々使用人全員の責任でございます。

 なのに若様はあの日からずっと、おひとりで罪を背負われたかのように険しい顔をなさるようになりました」

「…………」

「こちらに出てきて、運転手を務めさせていただくようになって二年経ちましたが、若様が変わらず険しいお顔をなさっておられたことに、忸怩(じくじ)たる思いでございました。

 ですが、あのお嬢様といらっしゃる時だけは、若様はとても優しい顔をなさっておいでです。

 私が申し上げるのは僭越だと承知しておりますが、どうか若様ご自身のために、お嬢様を大切にしてさしあげてください」

「…………その呼び方は、実家以外ではやめろ」

「申し訳ございません、吹田様」

「……家を出た俺に、変わらず尽くしてくれるおまえ達の忠心には、感謝している。

 そのことに気づかせてくれたのも、美景(みひろ)だ。

 大切にしたいと、思っている」

「ありがとうございます。

 私も、微力ながらお手伝いさせていただきます」

「……ああ」

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