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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
57/93

ムダを減らしすぎると効率が悪くなる②

 スマホとハンカチをポケットに戻した宝塚さんは、にこっと笑う。

「だけど、抱きつくのはナシね。

 俺はシロを愛してるし、俺の身も心も全部シロに捧げてるから、たとえ友達のミケちゃんでも、ハグはできない」

「…………そうでした。

 それでこそ、スパダリですよね」

 ここで『友達だから』ってうなずくようなら、スパダリじゃないよね。

「うん、だから、ハグのかわりにアドバイス。

 まず、吹田(すいた)は本音を口に出すのが苦手、というより忌避感があるみたいだ。

 これは、育った環境のせいだと思う。

 常に本音を隠して、隙を見せないようにしろって、教育されたみたいだから。

 ……隙を見せたせいで友達の側近を死なせちゃったから、トラウマになったんだろうね」

「あー……」

 そりゃ、トラウマになるよね……。



「それと、ミケちゃんは吹田を心配性だとか優しいとか言うけど、それはミケちゃん限定の態度だよ。

 大学時代の吹田は、シロにだけはある程度気遣いしてたけど、それでも心配性じゃなかったし、世話焼きでもなかった」

「それは、シロさんが私よりしっかりしてて、心配する必要がなかったからでしょう?

 私と比べるのは、シロさんに失礼ですよ」

「そうかな」

「そうですよ」

 大きくうなずくと、宝塚さんは苦笑する。



「そっか。

 じゃあ、もうひとつ」

 吹田さんは手を伸ばすと、私が座る椅子の背もたれをつかんだ。

 ゆっくり前かがみになって、おでこをつけるようにして私の顔をのぞきこむ。

「吹田は、ミケちゃんが好きだよ。

 言葉にして伝えてなくても、間違いなく好きだよ」

「……そうですか?」

 友達の宝塚さんには、そう見えるのかな。

「うん。

 仕事中に、わざわざ会いにくるぐらいにね」

「え……?」

 どういう意味……?



 問いかけるより早く、背後のドアが勢いよく開いた。

 びくっとして振り向くと、険しいカオをした吹田さんが入ってくる。

 え、なんで!?

 びっくりしてる間に、吹田さんは大股に歩いて近寄ってきた。

「離れろ」

 険しい声で言いながら、宝塚さんの肩を押すように手を伸ばす。

 その手を、宝塚さんは椅子を後ろに滑らせて避けた。

 私を見た宝塚さんは、優しいカオになる。

「ミケちゃんとモメるたびに機嫌悪くなるぐらい、友達だとわかってる俺でも、ミケちゃんに近づく男を許せないぐらい、こいつはミケちゃんが好きなんだよ」

「え……?」

 思わず見上げると、吹田さんはなんだか怒ったようなカオになった。

 私の視線をさけるように、宝塚さんに近寄って背中を向けて、早口で何か言う。

 知らない言葉だった。

 英語でも、フランス語でもなさそう。

 宝塚さんも、同じ響きの言葉で言い返す。 

 ヨーロッパ系っぽいけど、なんで急に?



「ミケさん」

「えっ」

 静かな声にびくっとして振り向くと、いつの間にかシロさんが横にいた。

 あー、でも、吹田さんがいたらシロさんもいるのは、当然だった。

 吹田さんが開けたドアをきちんと閉めてくれたのも、シロさんなんだろうな。

 シロさんは、椅子に座る私の横で膝つくようにしてしゃがんで、静かに言う。

「宝塚さんと吹田さんは、話をする際にその内容を知られたくない相手がいる時は、ああやって外国語で会話なさるんです」

「……はあ……」

 そういえば、二人とも語学堪能なんだっけ。

 でも、知られたくない内容って、なんだろ。

「シロさんは、二人がしゃべってる内容わかりますか?」

 小声でこそっと聞いてみると、シロさんは困ったようなカオになって、同じように小声で答える。

「……すみません、不勉強なもので、わかりません。

 ですが、内容は察しがつきます」

「え?」

「おそらく、吹田さんが『よけいな口出しをするな』とおっしゃって、宝塚さんが『だったらもう少し優しくしてやれ』とおっしゃってるんだと思います」

 とたんに、吹田さんと宝塚さんが同時にこっちを見た。

「黙っていろ」

「当たり」

 やっぱり同時に言われて、シロさんは宝塚さんに微笑んでから、吹田さんを見て小さく頭を下げる。

「すみません」

 二人はしばらくにらみあって、またわからない言葉で話しだす。



「シロさんの声……聞こえてたの……?」

 二人とも、言いあいに熱中してて、こっちで小声で話してることなんか、聞こえてなさそうだったのに。

「お二人は、見る、聞く、考える、動くを同時に複数こなせるような、優秀な方々ですから。

 二人で話をしながら、こちらの話を聞きとるなど、簡単です」

「……はあ……」

 わかってるつもりだったけど、二人とも、どんだけすごいんだろ。

 ……やっぱり、私じゃ全然つりあってないよね。

「……ミケさん」

「え、あ、はい」

 そっと呼ばれて、あわてて視線を向けると、シロさんは申し訳なさそうなカオで私を見てた。

「お詫びしたいことがあります」

「え、なんですか?」

「この部屋でのミケさんと宝塚さんの会話を、吹田さんと私も聞いていました」

 うん?

 どうやって?

「……吹田さんの様子がおかしかったので、ミケさんの様子を宝塚さんに聞いてみたら、いつも通りのようだと言われて……。

 ミケさんの本心を聞けるように、宝塚さんのスマホを通話状態のままポケットに入れていただいて、私のスマホをスピーカー状態にして、吹田さんと共に聞いていました。

 盗聴のようなことをしてしまい、申し訳ありません」

 まじめな口調で言って、シロさんは深く頭を下げる。

 えー、スマホって、ポケットの中でも会話が聞こえるんだ。

 ちょっと恐いなあ。

 でも、今回のも、私達への気遣いだよね。

「気にしないでください、心配かけた私が悪いんで。

 ただ、さっきも言ったように、今回は私とモメたわけじゃないんで、吹田さんの機嫌が悪い理由は、直接聞いてもらったほうがいいと思うんですけど……。

 あれ、でも、お二人は、どうしてここに来たんですか?」

 会話を聞いてたんなら、わざわざ来る必要ないよね?



「それは……その」

 シロさんは迷うようなカオで、まだ言いあいしてる二人にちらっと視線を向ける。

「……宝塚さんが、『慰めてあげるよ』とおっしゃった後で、通話が切れたんです。

 それで、吹田さんがこちらに……」

「……あー」

 あの時、宝塚さんがスマホを出したのは、残り時間の確認だと思ってたけど。

 通話を切ってたんだ。

 でも、なんでだろ。

「…………」

 いまだに私の知らない言葉で言いあいしてる二人を見る。

 さっき宝塚さんは、『こいつはミケちゃんが好きなんだよ』って言ったけど。

 吹田さんは、部屋に入ってきた時からずっと、私を見ない。

 宝塚さんに文句を言いにきただけで、私に会いにきてくれたわけじゃ、ないんだ。

 そうだよね。

 もしまだ恋人扱いしてくれるつもりがあるなら、一昨日のメッセージに、何か言ってきたはず。

 言ってこないってことは、吹田さんもそれでいいって思ったってことだよね。

「……ミケさん」

 気遣うようなシロさんの声に、くすっと笑う。

「だいじょぶです」

 ああ、でも。

 会いにいくことすら難しいから、諦めてたけど。

 せっかく会えたんだから、最後に言いたいこと、言っちゃおうかな。

 深呼吸してから、小さな声で言う。



「吹田さん大好き」



 ぴたっと、吹田さんが黙る。

 ほんとに聞こえてるんだ。

 宝塚さんがからかうような調子で何か言うと、吹田さんは何か言い返したけど。

「吹田さんが私を好きじゃなくても、私は吹田さんが好き」

 私が言うと、またぴたっと黙った。

「…………あの、ミケさん」

 困ったようなカオしてるシロさんに、にっこり笑う。

「ひとりごとです。

 直接言ってるわけじゃないけど、聞こえちゃうのは、しかたないですよね」

「……はあ……」

 ますます困ったようなカオになったシロさんから、黙ったままの吹田さんの背中に視線を移す。

「三ヶ月以上つきあっても、好きになってもらえなかったなら、私ではダメだったってことですよね。

 吹田さんの、貴重な時間と体力と気力を使ってもらう価値は、私にはないんだって、よくわかったから。

 もう、いいです。

 今までありが」

「黙れ」

 険しい声にびくっとして、言いかけた言葉がとぎれる。



「おまえら、出ていけ」

 吹田さんが追いはらうように手を振って言うと、宝塚さんがわからない言葉で何か言った。

 吹田さんが、やっぱりわからない言葉で言い返すと、宝塚さんは軽く肩をすくめた。

 テーブルの反対側に回って、ドアに向かって歩きだす。

「シロ、おいで」

「……はい」

 シロさんは、心配そうなカオしてたけど、宝塚さんに呼ばれて、小さく頭を下げて歩いていく。

 ドアを開けようとした宝塚さんは、振り向いて私を見て、からかうようなカオで言う。

「ミケちゃん、最後のアドバイス。

『今だけでいいから慰めてください』って、一般的には誘い文句だから。

 他の男には言っちゃダメだよ」

「え……はい」

 そうなの?

 難しいなあ。

「吹田、この部屋の予約時間は後三十分残ってるけど、ミケちゃんはこの後も仕事だってこと、忘れるなよ」

 日本語で言ったってことは、私にもわかるようにかな。

「うるさい、さっさと出ていけ」

 吹田さんが不機嫌そうに言うと、宝塚さんはくすっと笑って出ていく。

「……この後のスケジュールを調整しておきます」

 シロさんが優しいカオで言って、会釈して出ていった。



-----------------


 ドアが閉まると、吹田さんは宝塚さんが座ってた椅子に、私に背中を向けるようにして座った。

美景(みひろ)

 そのまま呼ばれて、びくっとする。

「……はい」

「おまえは、俺と別れたいのか」

 声は静かだったけど、シンプルかつストレートな言葉で、振り向かないままの問いかけは、冷たく感じた。

 ぎゅっと手を握りあわせて、深呼吸してから答える。

「別れたい、わけじゃないです。

 でも、別れたほうが、いいんだろうなって、思いました」

「…………そうか」

 しばらく沈黙が続く。

「考えたいことがある。

 十分、いや、五分でいいから、待っていてくれ」

「え…………はい」

「すまない」

 吹田さんは眼鏡をはずしてテーブルに置くと、肘掛けに頬杖をついた手で目元を覆った。

 そのまま黙りこんで、動かなくなる。

 どうしてだろ。

 私と違って頭がいい吹田さんは、どんな時でも悩まずに、スパッと答えを出せると思ってたのに。

 さっきから、意味わかんないことばっかり。

 でも、たぶん個人的に会えるのはコレが最後だろうから、ずっとおぼえておけるように、吹田さんを見ていよう。

 


 しばらくして、吹田さんは深く息を吐いた。

 ゆっくり手をおろして眼鏡をかけると、椅子を回転させて私のほうを向く。

「すまない、待たせた」

「いえ……」

 声もまなざしも静かで、いつもの吹田さんだった。

「まず、誤解を解いておきたいことがある。

 俺はおまえと別れたいとは思っていない」

「…………えっ?」

 突然前提をひっくり返されて、ぽかんとする。

 なんで?

 いや、でも、……え!?

「今夜、何か用事があるか」

「……え、あ、いえ……」

「話の続きは、仕事が終わってから、いつもの店でしよう。

 仕事中に職場で話すことではない」

「はい……」

「後でメッセージで詳細を送るから、確認して返信してくれ」

「はい……」

 びっくりしすぎて頭が動いてなくて、うなずくことしかできずにいると、吹田さんはまた小さくため息をついて立ちあがる。

 静かに歩いてきて横に立たれて、ぼんやり見上げると、そっと頭を撫でられた。

「俺は、おまえのために使う時間を、無駄だと思ったことは一度もない。

 そう思うぐらいなら、そもそもつきあいはしない。

 それだけは、理解しておいてくれ」

「…………はい」

 こくんとうなずくと、吹田さんは目元をやわらかくする。



「俺は執務室に戻る。

 おまえも、ここの使用時間が終わるまでには、職場に戻れ」

「……はい」

 こくんとうなずくと、もう一度頭を撫でられる。

「……後でな」

「……はい……」

 そのまま出ていった吹田さんを、ぼんやり見送る。

 ……えーっと。

 何がどうなってるんだろ。

 コレが最後だと思ったのに。

 そうじゃなくて。

 吹田さんは別れる気がなくて。

 私との時間をムダだと思ってなくて。

 ……つまり?

 ……………………わかんない。



 カーディガンのポケットで、スマホがふるえてメッセージの着信を知らせる。

 びくっとして、あわてて取り出す。

「宝塚さん……?」

≪後五分でそこの使用時間終わりだから、戻っておいで≫

「え、あ」

 時計を確認すると、確かにぎりぎりの時間だった。

 あわてて立ちあがると、またスマホが着信を知らせる。

≪いつもの店に予約を入れた

仕事が終わったら、いつもの場所でハイヤーに乗って移動してくれ

俺が行けるのは十九時近くになるから、先に食事をして待っていてほしい

出る前にもう一度連絡する≫

「…………」

 ≪わかりました≫とだけ返信して、メモ帳とシャーペンを持って急いで部屋を出た。

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