ムダを減らしすぎると効率が悪くなる①
【二人の記念日は、つきあいだして一ヶ月目、三ヶ月目、一年目が一般的。
ステキなデートで記念日を盛りあげよう!】
「あれ……?」
おでかけデートの参考にしようとノーパソでネット記事を読んでて、首をかしげる。
そういえば、吹田さんとつきあいだして、三ヶ月すぎてるかも。
告白したのがホワイトデーの直前で、今は七月はじめだから、うん、すぎてる。
三ヶ月の記念日デート、しそこねちゃったな。
でも一ヶ月の時も気づかなかったし。
一年目の記念日は、忘れないようにしよう。
「三ヶ月……?」
それとは別に、何かがひっかかった。
三ヶ月目って、何か、なかったっけ。
なんだったっけ。
うーん、思いだせない。
ぐるぐる考えながら机のまわりを見回してて、透明マットの下の紙に目がとまる。
「あ」
ラミネートしてある紙を、マットの下からひっぱりだす。
つきあう時に吹田さんと決めた回数ルールを、メッセージからコピペして印刷したもの。
注意事項に、【三ヶ月経ったら内容を見直す】ってあった。
あー、これだ!
そうだった、すっかり忘れてた。
早速今夜の電話でお願いしてみよう。
「三ヶ月すぎてたので、回数制限の見直しをお願いします!」
挨拶を終えたとたんに言うと、吹田さんはしばらく黙る。
〔……まず、おまえの希望を聞かせてくれ〕
「えっと、メッセージは回数制限なし、電話の時間は三十分に延長、デートの時間は倍にしてほしいです」
細かく聞かれるのは予想してたから、考えてあった希望を伝える。
〔……メッセージは、回数制限なしに変更でかまわない。
他二つは無理だ〕
「えー、じゃあどれぐらいならいいですか」
これも一応予想通り。
私の希望と吹田さんの希望をすり合わせて、妥協できるラインを探そう。
〔今のままが限界だな〕
と思ったけど、交渉できる幅がなかった。
「ええー……」
なんで?
〔……理由はまだ言えないが、そろそろ忙しくなる予定だから、増やす余裕はない〕
「えっ」
今でも充分忙しいのに、今以上にってこと?
でも、そろそろってわかってるってことは、期間限定なのかな。
「忙しいのって、いつまでですか?」
〔具体的には言えないが、秋頃が一番忙しいだろう。
無駄にできる時間は、一分たりとてない〕
そこまで忙しいって、何があるんだろ。
でも『理由はまだ言えない』ってことは、聞いちゃいけないんだよね。
それより気になるのは。
「……もしかして、デートもあんまりできなくなりそうですか?」
〔……そうだな〕
やっぱり……。
〔……すまない〕
「あー、いえ、忙しいってわかってたうえで、つきあってもらったんですし。
気にしないでください」
〔……ああ〕
電話を終えて、ため息をつく。
わかってたことだけど、さみしいな。
でも、減らされる可能性もあったのに、現状維持にしてもらえただけ、マシだよね。
メッセージは、回数制限なしにしてもらえたし。
スマホを取って、早速メッセージ画面を開く。
昼に送ったメッセージに、ふと目がとまった。
「…………」
お昼に食べた日替わり定食はミックスフライで、使われてた魚について調べてたらいろいろ面白いことがわかって、語りまくった。
スクロール二回分て、改めて見ると、長いよね。
吹田さんはすごく心配性で、私が全然気にしない小さなことでさえ気にして、知りたがる。
なのに、私は興味があること以外はすぐ忘れちゃうから、忘れないうちにメッセージで送ってほしいって言われた。
だからどんどん長文になっていって、最近は一回で千文字超えが普通になってた。
当然、読むのに数分かかってたはず。
コレって、吹田さんにムダな時間を使わせてたことに、なるのかな。
でも、現状維持ってことは、私のために使う時間は、ムダだとは思ってないって、ことだよね。
最初は『日常的に相手をしてやる余裕はない』とか言われたのに、二日に一度の電話は毎回十時ぴったりにかかってくるし、毎週のようにごはんデートしてる。
『つきあうと決めたからには恋人として扱う』って言葉通りに、心配して優しくして甘やかしてくれて。
たまに小難しい言い方されたり、この間みたいに翻訳がいる言葉に誤解しちゃったこともあるけど、普段は優しい言葉をいっぱい……。
「……あれ?」
ちょっと待って。
思わず立ちあがって、また椅子に座りなおす。
今まで、吹田さんにたくさんの言葉をもらった。
面白い、とか。
得難い存在だ、とか。
好ましく思う、とか。
大切にしたい、とか。
かわいい、とか。
だけど。
好きって言われたことは。
一度も、ない……?
椅子から立ちあがって、ふらふら歩いて、ベッドにうつぶせに倒れこむ。
目を閉じて最初から思い返してみても、好きって言われたことは、やっぱりなかった。
もし言われたら、嬉しくて絶対忘れないだろうし。
シロさんとか、他の人にも言いまくったはず。
なのに、思いだせないってことは、やっぱり言われてないんだ。
「…………」
ため息をつきながら、あおむけになる。
おうちデートしてもらえないのは、好感度が足りないからだって、わかってた。
ゆっくり少しずつ、がんばるつもりだった。
最近はほぼ毎週会ってくれるし、恥ずかしくなるような甘い言葉も言ってくれるから、ちょっとは好感度上がってると思ってた。
だけど、三ヶ月つきあっても、好きって言ってもらえない程度だったんだ……。
もともと、吹田さんは私を好きだったわけじゃない。
好ましく思っていた、みたいなことは言われたけど、その程度。
私がお願いしたから、とりあえずつきあってくれただけ。
それでもいいって、思ってたけど。
ちょっとずつ好きになってもらえればいいって、思ってたけど。
負担になってるってわかってて、相手してほしいなんて、言えない。
好きだからこそ、言えない。
「…………うん」
気合を入れて、がばっと起きあがる。
ずっと握ったままだったスマホを手早く操作して、吹田さんにメッセージを送った。
≪私のせいで時間をムダにさせてすみません
私からは、もう何も望みません
吹田さんの気が向いた時は、連絡ください
おやすみなさい≫
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次の日、いつもなら三回欠かさず送ってたメッセージを、一回も送らなかった。
友達が死んだって聞いてモメた翌朝に送らなかったことがあったけど、一日中送らなかったのは、つきあいだしてから初めてだ。
吹田さんからは、何も連絡なかった。
もともと誤字脱字の指摘か、質問がある時しか返信がなかったから、私が送らなかったら、何も返ってこなくて当然。
少しさみしかったけど、吹田さんとつきあう前はそれが普通だったんだから、その頃に戻るだけだと思えば、我慢できた。
その次の日も、朝も昼もメッセージを送らなかった。
おかげで、昼休みが長く感じるなあ。
今夜は電話の日だけど、たぶんかかってこないだろうな。
そしたら、諦めがつくかな。
あー、ダメだ、よけいなこと考えちゃダメ。
気持ちを切り替えて、仕事をさくさく片付けたら、ヒマになってしまった。
三時の休憩までまだ時間あるけど、飲み物でも買いにいこうかな。
「御所ちゃん、ちょっといい?」
ぼんやり考えてたところにかかった声に、あわてて振り向く。
「はいっ」
机の横に立ってたのは、宝塚さんだった。
私を見て、にこっと笑う。
「頼みたいことがあるんだけど、一時間ぐらいいいかな」
「あ、はい、かまいませんけど……」
「ありがとー。
じゃあ、ミーティングルームの予約取ってくれる?」
あれ、なんか前にもこんなことあったような。
「……ちょっと、待ってくださいね」
とまどいながらも、急いで予約システムを開いて、空きを確認する。
「……第三ミーティングルームが空いてますね。
一時間でいいですか?」
「うん」
自分の名前で予約を入れる。
デスクの上のメモ帳とシャーペンを持って、立ちあがった。
「じゃあ、行きましょう」
第三ミーティングルームは、楕円形のテーブルの左右に椅子が三脚ずつあるだけの、小さな部屋。
宝塚さんは一番奥の椅子に座って、手前の椅子の背をぽんとたたく。
「ここ座って」
「……はい」
思いだした。
前に、友達が死んだことで吹田さんとモメた時、こうやって宝塚さんにミーティングルームに呼びだされて、話をしたんだった。
だけど、今回はモメたわけじゃないのに。
不思議に思いながらも、言われた通り椅子に座って、向かいあう。
「えーっと、なんですか?」
「……シロから聞いたんだけど、昨日の朝から吹田の機嫌が悪いらしい。
でも、ミケちゃんは、そうでもなさそうだよね」
え、なんで吹田さん機嫌悪いんだろ。
「えっと、まあ、そうですね。
だから、私がらみじゃないと思いますよ」
「でも、吹田がそこまでロコツに感情あらわすのって、ミケちゃんがらみの時だけなんだよね。
よかったら、一昨日に吹田と何があったか、教えてくれないかな」
「うーん……」
昨日の朝からってことは、やっぱり私のせいなの?
「……つきあう時に決めた回数制限のルール、三ヶ月経ったら見直すって、なってたんですよ。
だから、一昨日の夜の電話で、もうちょっと電話やデートの時間増やしてもらえませんかって、お願いしたんです。
そしたら、これから忙しくなるから無理、ムダにできる時間はないって、言われたんです。
それで、電話の後でいろいろ考えてたら、私、吹田さんに好きって言ってもらったことが一度もないって、気づいたんです」
「……一度も?」
宝塚さんの不思議そうな問いかけに、こくんとうなずく。
「一度も。
三ヶ月以上つきあっても、一度も言ってもらえてないってことは、ほんとに好きになってもらうのは無理だったんだなーって、思って。
『つきあうと決めたからには恋人として扱う』って言われて、実際恋人扱いしてもらってましたけど、好きじゃない私のために時間をムダにさせるの、申し訳ないので。
私のために時間をムダにさせてすみません、私からはもう何も望みませんって、メッセージ送ったんです。
それから一度も連絡してませんし、吹田さんからも何も連絡きてません。
今日は電話の日ですけど、たぶんかかってこないと思います。
……私のせいでムダにしてた時間が減ったから、吹田さんはむしろ喜んでるはずです。
だから、機嫌が悪いのは、私のせいじゃないと思います」
「……そっか」
ゆっくりうなずいた宝塚さんは、じっと私を見つめる。
「ミケちゃんは、それで平気なの?」
気遣うような声に、苦笑する。
「平気とは、言いきれませんけど、まあ、大丈夫です。
……二次元の推しへの愛って、基本的に一方通行だから、応えてもらえないことには慣れてるんです。
会えなくなっても、吹田さんを好きなのは変わらないので」
途中で推しが死んじゃっても、作品が完結して供給がなくなっちゃっても、好きなのは変わらないのが、オタクだもん。
フラれても、好きでいたって、いいよね。
「…………」
黙って私を見てた宝塚さんは、ポケットを探って、きちんとアイロンを当てられたハンカチを取りだした。
ゆっくり手を伸ばして、ハンカチを私の目元に当てる。
「なんですか……?」
「泣かないで。
ミケちゃんを泣かせたってシロに知られたら、俺が怒られちゃうから」
「……私、泣いてないですよ?」
「自覚はないかもしれないけど、ミケちゃんの心は泣いてるよ」
宝塚さんは、子供に言い聞かせるみたいな、優しい声とまなざしで言う。
そういえば、ハニトラ疑惑の時に、吹田さんにも同じようなこと言われたなあ。
思わずくすっと笑う。
「前に、吹田さんにも同じようなこと言われたんです。
女の涙なんて見慣れてるんじゃないんですかって返したら、『他の女ならどうでもいいが、おまえは特別だ』って。
……つきあってもいないのに、さらっとそんなこと言えちゃうって、知ってたのに。
素でタラシ入る人だって、わかってたのに。
あんまりにも優しかったから、好きじゃなくてもそれぐらいできるんだって、気づかなかったんです……」
うつむくと、ころんと雫がこぼれ落ちて、目元に当てられたままのハンカチに吸いこまれていく。
あれ、私、ほんとに泣いてたんだ。
そっかあ……。
「宝塚さん」
「なに?」
「抱きついてもいいですか」
顔を上げると、宝塚さんは困ったようなカオで私を見た。
「シロさんには、後で謝りますから。
今だけでいいから、慰めてください」
ほんとは女性の友達がいいけど、今目の前には宝塚さんしかいないし。
友達だから、いいよね。
「…………」
宝塚さんはハンカチをテーブルに置いて、今度はポケットからスマホを出して、画面をちらっと見る。
「この部屋の使用時間、残り四十五分。
その間だけでいいなら、慰めてあげるよ」
「ありがとうございます」




