表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
55/93

好きな人がいるからがんばれる②(オマケ付き)

 途中でトイレに寄って、鏡で全身をチェックする。

 目元が腫れちゃってるのは、どうしようもないから、このままいこう。

 セキュリティゲートの前で、深呼吸。

 前にここを通った時は、シロさんと一緒だったから、シロさんが手続きして通してくれた。

 一人で通るのは初めてだから、緊張する。

 ゲートの横に貼りだしてあるリストで、吹田(すいた)さんの部屋の番号を確認。

 行き先の部屋と通話して、開錠してもらわないと通れない仕組みだけど、シロさんと宝塚さんが打ち合わせ済みみたいだから、大丈夫のはず。

 もう一度深呼吸してから、ちょっとふるえる手で、インターフォンで吹田さんの執務室の番号を押す。

〔はい、吹田理事官の執務室です〕

 すぐにシロさんの声が聞こえた。

「あの、刑事部の、御所(ごせ)です。

 紫野(しの)さんに、お届け物です」

〔わかりました、お通りください〕

 予想通り、シロさんはスムーズに答えてくれて、ゲートが開錠された電子音がピピッと鳴る。

 よかった、うまくいった。



 ゆっくり歩いて、吹田さんの執務室のドアの前で、また大きく深呼吸。

 インターフォンを押すと、すぐにシロさんが顔を出す。

 私を見て、ちょっと驚いたようなカオしたけど、すぐにドアを大きく開けてくれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 そおっと入ると、執務机にいた吹田さんは私を見て、やっぱりちょっと驚いたようなカオしたけど、すぐ手元のノーパソに視線を落とした。

 無視されたような気がして、体がこわばる。

 ううん、ここでくじけちゃダメだ。

 ちゃんと謝らなきゃ。



 ドアを閉めたシロさんが、優しいカオで言う。

「資料をいただけますか」

「あ、はい、これです」

 宝塚さんから預った封筒を渡すと、シロさんは中から数枚の紙を取りだした。

 ささっと目を通して、小さくうなずく。

「ありがとうございます」

 丁寧な手つきで紙を封筒に戻すと、それを自分の机に置きにいく。

 かわりに小さな手提げバッグを持った。

「お先に休憩をいただきます。

 その後寄るところがありますので、三十分後に戻ります」

「…………ああ」

 私の横に戻ってきたシロさんは、そっと微笑んで会釈して、出ていった。

 話をしやすいように、二人きりにしてくれたのかな。

 シロさんて、ほんとにフォロー上手だよね。

 吹田さんも、シロさんぐらいわかりやすいと、助かるのに。

 でももしかして、吹田さんがああだから、シロさんはこうなったのかな。



 ドアが静かに閉まると、部屋の中に沈黙が落ちる。

 吹田さんは、ノーパソを見たままで、何も言わない。

 拒絶されてる気がしたけど、ほんとに拒絶するなら、ソッコーで追いだされたはず。

 だから、大丈夫。

 目を閉じて、ぎゅっと拳を握って、深呼吸。

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 よしっ。

 気合を入れて、目を開ける。

「吹田さん」

「……なんだ」

 吹田さんは言いながら、ノーパソを閉じる。

 強い視線を向けられて、ひるみそうになったけど、なんとかこらえた。

「ゆうべは、やつあたりしちゃって、すみませんでした」

 姿勢を正して、深く頭を下げる。

 しばらくそのままでいて、ゆっくり頭を上げる。

 吹田さんは、表情を変えないまま、じっと私を見てた。

「私、あの……」

 言いたいことがありすぎて、言葉にできない。

 でも、言葉じゃ伝わらない気がする。

 こういう時は、行動あるのみ。



 覚悟を決めて、ゆっくり歩きだす。

 大きな執務机を回りこんで、吹田さんの横に立つ。

 吹田さんは、じいっと私の動きを見てたけど、動こうとはしなかった。

 見上げられて、内心びくつきながらも、手を伸ばした。

 いつもは許可もらってから抱きついてるけど、今はなんとなく勢いで動いたほうがいい気がした。

 横から抱きつくようにして、吹田さんの肩に頬を押しつける。

 吹田さんは、ぴくっと肩を揺らしたけど、ふりはらわれはしなかった。

 ほっとして、さらにしっかり抱きつく。

 スーツの布地越しに、吹田さんの体温が伝わってくる。

 目を閉じると、かすかに鼓動が聞こえた。

 それに、すごく安心した。

 好きな人が、生きてる。

 それだけのことが、本当はすごく貴重なことなんだって、実感できた。



「……何がしたいんだ」

 とまどってるような声が聞こえて、くすっと笑う。

「チャージ、してます」

 うん、元気、出てきた。

 しばらくそうしてて、ゆっくり目を開ける。

 腕をといて体を起こすと、吹田さんはまたまっすぐ私を見上げてくる。

 視線を受けとめて、にっこり笑った。

「やる気チャージ、完了です。

 ありがとうございました」

 ぺこっと頭を下げて、ドアのほうを向く。

 やるべきことは、たくさんある。

 まずはデータベースで情報を集めて、それから現地の【同志】(なかま)に連絡して協力を頼んで。



 考えながら一歩目を踏みだそうとしたところで、おなかに腕が回された。

 そのまま引き寄せられて、吹田さんの膝にぽすんと座らされる。

「えっ?」

 もう一方の腕もおなかに回って、背後からしっかり抱きしめられた。

 え、なんで?

「……あの」

 振り向こうとしたけど、無理だった。

 今まで、横から抱きついたり、正面から抱きしめられたりしたことはあったけど、背後からは初めてかも。

 顔が見えないし、意味もわかんないし、動けないし。

 なんなんだろ。

「俺にもチャージさせてくれ」

 耳元で、弱い声が囁く。

「え……」

 今の、聞き間違いじゃ、ないよね。

「……………………」

 視線を下げると、胸の下で交差した腕が見えた。

 苦しくはないけど、逃げられないぐらいの強さ。

 抱きしめられてるのに、なぜか、すがられてる気がした。

「…………はい」

 体の力を抜くと、ふんわり抱きしめなおされた。

 吹田さんも、さっきの私と同じように感じてくれてるのかな。

 だとしたら、嬉しい。



「吹田さん」

「……なんだ」

「私、自分にもできることが、自分にしかできないことが、あるんだって、気づけました。

 だから、がんばりますね」

「……おまえにできることは、たかがしれている。

 一人で突っ走るなよ」

 言葉は冷たいけど、声は真剣な響きだった。

 えーっと、ツンデレ的な翻訳だと。

 一人ではできないこともあるから、ムチャするな、ってことかな。

 ツンデレ翻訳アプリがほしいなあ。

「じゃあ、何かあったら、吹田さんに相談しますね」

「……ああ」

「それと、吹田さんのことも、仲介なしでも理解できるように、がんばります」

 吹田さんは、なぜか小さく舌打ちする。

「宝塚め、よけいなことを……」

 いらだたしげな声に、くすっと笑う。

「そんなふうに、一言でわかりあえるぐらいの仲に、なりたいです」

「……俺とあいつは、仲がいいわけではない」

「それでもわかりあえるなら、なかよしよりすごいですよ」

「……………………」

 吹田さんは、不機嫌そうな吐息をもらして黙りこむ。

 友達になったのに、まだなかよしじゃないって言い張るんだ。

 ほんと、宝塚さんがからむと、ツンデレだなあ。

 くすくす笑って、吹田さんの腕を撫でるようにしてたどる。

「『好きな人がいるからがんばれる』ってこと、吹田さんを好きになってから、理解できた気がします。

 私の元気の元は、吹田さんなんです。

 また元気なくなったら、チャージさせてくださいね」

 吹田さんの手の甲に手を重ねると、向きを変えて、指をからめるようにして握ってくれた。

「……ああ」

 それからシロさんが戻ってくるまで、ずっとそのままでいた。

 


 現地の【同志】(なかま)が集めてくれた情報を、宝塚さんがプロファイリングで分析して容疑者像を絞りこんでくれて、その情報を吹田さんが捜査本部に連絡してくれて。

 一週間後、連続爆破事件の容疑者が逮捕された。


-----------------


オマケ1 休憩から戻ってきた真白と吹田の会話


「ただいま戻りました」

「ああ。

 ……仕組んだのは、宝塚か」

「いえ、私がお願いしました。

 吹田さんが気落ちなさっていたので、宝塚さんにミケさんの様子を聞いたんです。

 ミケさんが泣き腫らした顔をなさっているとのことでしたので、直接お話をしていただくほうがよいと思い、宝塚さんに協力してもらいました。

 お咎めはどうぞ私に」

「咎めはしない。

 俺達を気遣ってくれたことは、わかっている。

 ……心配をかけて、すまなかった」

「いえ。

 私は、ミケさんが若様のお心を揺らすほどの存在になったことを、嬉しく思います。

 どうかミケさんを大切になさってあげてください」

「……その呼び方は、実家以外ではするなと言っただろう」

「申し訳ありません」

「仕事に戻れ」

「はい」



オマケ2 宝塚と吹田の電話


「頼みがある」

〔いいよ、何?〕

美景(みひろ)が、千葉の連続爆破犯について情報を集めている。

 千葉県警の知りあいに様子を聞いたが、捜査本部はいまだに容疑者を絞りこめていないようだから、方向性が間違っている可能性が高い。

 情報がある程度そろったら、プロファイリングで手伝ってやってくれ」

〔……ミケちゃんに頼まれたら、手伝うつもりだったけど。

 わざわざ自分の【借り】にする形で、頼むのはなぜだ?〕

「……単なる自己満足だ」

〔おまえの気の回し方は、なんかズレてるよな。

 普段はミケちゃんが恥ずかしがるぐらいタラシこんで、甘やかしてるくせに、なんで一番優しくしてやるべき時に突き放すんだ〕

「……甘やかすだけでは、成長しないだろう」

〔それは部下の育て方で、恋人への接し方じゃない〕

「…………」

〔ミケちゃんを鍛えたいんだとしても、まずは本人の意志を確認するべきだろ。

 その気がない相手を強引に育てようとするのは、パワハラだぞ〕

「……………………」

〔ミケちゃんには『吹田はツンデレだから』でごまかしといたが、いつまでもごまかされてくれると思うなよ。

 おまえは色々(こじ)らせすぎだってことを自覚して、もう少し素直になれ。

 でないと、そのうちフラれるぞ〕

「…………美景(みひろ)は、そう簡単に心変わりする性格ではない」

〔そうだな。

 だけど、ゆうべのことはかなり堪えたみたいだぞ。

 友達の理不尽な死がつらかったのはわかるけど、半分はおまえのせいだろう。

 おまえがもう少し優しくしてやってたら、あそこまで泣かずに済んだはずだ〕

「…………」

〔ミケちゃんは芯が強いから、俺がちょっとアドバイスしたら立ち直れたけど、場合によっては心が折れるかもしれない。

 育った環境のせいで、おまえが本音を言えないのも、弱みを隠したがるのもわかる。

 だけど、本当にミケちゃんを大切にしたいなら、もう少し接し方を考えろ〕

「…………ああ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ