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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
54/93

好きな人がいるからがんばれる①

 その電話がかかってきたのは、吹田(すいた)さんの電話を待ちながら、ノーパソでオンラインゲームのデイリーイベントをこなしてた時だった。

「吹田さん、にしては、早いよね」

 約束の時間までは、後十五分はある。

 とりあえずスマホを取って画面を見て、首をかしげる。

「ユカ……?」

 高校からの友達だけど、結婚して引越してからは、時々メッセージのやりとりするぐらいだったのに。

 いきなり電話してくるなんて、どうしたんだろ。

 考えながらも、通話ボタンを押す。

「はいミケです。

 ユカ久しぶり~どうしたの?」

〔どうしたの、じゃないわよ!

 アッコが死んだって、どうして教えてくれなかったの!?〕

 久しぶりに聞いた声は、焦ってるような怒ってるような、責めるような響きだった。

 だけど、声よりも内容にびっくりする。

「何、それ……アッコが……?

 なんの冗談……?」

〔こんな悪趣味な冗談なんて言わないよ!

 ……ミケ、知らなかったの?〕

「知らない……だって、でも、なんで……?」

〔しばらく前から、千葉県内で爆発騒ぎがあったでしょ。

 最初はゴミ箱が燃える程度だったけど、だんだん規模が大きくなってきて、昨日ついに死者が出たって。

 それがアッコだって……さっき、母さんから、電話きて……。

 うちの母さんとアッコのお母さん、仲良かったから、連絡きたんだって〕

「そんな……」

 そのニュース自体は、私も知ってた。

 ついに死者が出たってネットニュースも、夕方に読んだ気がする。

 だけど、被害者の名前は、おぼえてない。



〔ミケ、警察で働いてるんでしょ?

 なんでわからなかったの?〕

 責める口調に、びくっとする。

「……ごめん、管轄違うし……まさか、アッコだなんて、思わなくて……」

〔……そっか、そうだよね、千葉だもんね、ごめん……〕

「ううん……」

 あわててノーパソでニュースを検索する。

 スーパーのゴミ箱に爆弾が仕掛けられてて、買い物客が十数人巻きこまれて重軽傷を負った。

 ゴミ箱の一番近くにいた母子は連れは、二十六歳の母親は即死で、五歳の娘も搬送先の病院で数時間後に亡くなった。

 知らない誰かのニュースだったはずのそれが、身近な人だとわかったとたん、ぞくっと背筋がふるえる。

〔ミケ、ミケ、聞こえてる?〕

 何度も名前を呼ばれて、びくっとしてスマホを握りなおす。

「あ、うん、ごめん、何?」

〔お通夜、明後日の夜なんだって。

 行けそう?〕

「……行く、よ」

〔あたしも、子供を実家に預けられたら行くわ。

 時間と場所は、後でメッセージで送るね〕

「うん……」

〔……じゃあ、またね〕

「……うん、またね……」

 通話を終えて、スマホを机に置いても、動けなかった。



 アッコは、高一で同じクラスになって、本の好みが似てたから、仲良くなって、ユカとか数人と一緒に、本の貸し借りとか、よくやってた。

 お互いの家に泊まりにいって、朝までおしゃべりしたりもした。

 大学は違っちゃったけど、メッセージのやりとりは続けてたし、年に数回は会ってた。

 アッコは二年生の時にカレシとデキ婚で中退しちゃって、千葉のカレシの実家で同居することになって、引越してからは、時々メッセージのやりとりしてたぐらいだった。

 スマホを取って、アッコからの最後のメッセージを探す。

 今年の正月の、子供と一緒に映る写真のアッコは、幸せそうに笑ってた。

 何年も会ってないけど、ずっとなかよしの友達で。

 そのうちまた会えると思ってた。

 なのに、どうして。

「どう、して……?」

 つぶやいたとたん、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。

 止まらない。

「……っ」

 どうして。

 なんで。

 なんで……!?



 手で口元を覆ってこらえてると、握ったままだったスマホが着信を知らせて、びくっとする。

「あ……」

 吹田さんだ。

 あわてて袖で目元を拭って、深呼吸してから、通話ボタンを押す。

「……はい、ミケです」

〔……どうした、何があった〕

 いつも通り言ったつもりだったのに、すぐ気づかれた。 

 気遣う声に、また涙がこぼれる。

「アッコ、が……」

〔誰のことだ〕

「……高校の、友達です……」

〔友達が、どうした〕

「……千葉の、連続爆弾事件の、初の死者が、アッコと娘さんだったって、友達から、電話が……」

〔……そうか〕

 静かなあいづちに、涙が止まらなくなる。

「どうして……アッコが……っ」



 私が泣いてる間、吹田さんはずうっと黙ってた。

 泣き疲れてぼんやりした頃に、声がした。

美景(みひろ)

「……はい……」

〔友人が死んで、悲しいのはわかる。

 だがおまえは、悲しむだけなのか〕

 静かだけど、なんとなく責める口調だった。

「……え……?」

〔おまえは、泣くことしかしないのか〕

「……っ」

 心の奥底で、何かがはじける。

「そりゃ、吹田さんにとっては知らない人で、死んだってなんとも思わないんでしょうけど、私には大切な友達で……っ」

 叫びかけて、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 ダメだ。

 やつあたり、しちゃダメ。

 吹田さんは、関係ないんだから。

「ごめんなさい……っ」

 なんとか言葉をしぼりだして、通話終了ボタンを押す。

 スマホを机に置いて、ベッドに倒れこむ。

 枕元のテディベアを抱きしめて、声をあげて泣いた。


-----------------


 翌朝、体調も気分も最悪だった。

 ゆうべは泣き疲れてそのまま寝ちゃったから、目が腫れてるし。

 気持ちはどんよりおちこんだままだし。

 お母さんに驚かれたけど、アッコのことおぼえてたから、慰めてくれた。

 ほんとは休みたかったけど、今日は午後に大きな会議があって、朝イチで資料を準備しなきゃいけないから、休めない。

 目元冷やしてから出勤したけど、腫れは残ってたから、マイさんにも追及された。

 吹田さんとケンカしたのって聞かれて、苦しかった。

 あいてる会議室で資料のホッチキス綴じしながら、理由を話すと、やっぱり慰めてくれた。

 それでも気分は晴れなかったけど、予定の時間内に資料をしあげられて、ほっとした。

 


 自席に戻って、溜まってたメールを機械的にさばいていく。

 一通り片づけて、ほっと息をついた時、横に誰かが立った。

御所(ごせ)ちゃん、ちょっといい?」

「……宝塚さん」

 見上げると、宝塚さんは手に持ってたA4サイズの封筒を軽く振って、にこっと笑う。

「ごめん、ちょっと頼みたいことがあるんだ。

 一時間ぐらい、時間もらえるかな」

「え、と」

 職場では、電話の時よりちょっとチャラい感じの話し方で、名字呼びのまま。

 器用だよねえ。

「ミーティングルーム空いてるか、見てくれる?」

「あ、はい、ちょっと待ってくださいね」

 会議室の予約システムを急いでたちあげて、確認する。

「……第二ミーティングルーム、空いてますね。

 今から一時間でいいですか?」

「うん、お願い」

「はい……取れました」

「ありがとー。

 じゃ、いこっか」

「……はい」



 宝塚さんと一緒に、第二ミーティングルームに向かう。

 パーテーションで区切っただけじゃない、ちゃんとした部屋で、壁も厚いから、内緒話をするには向いてる。

 でも十人ぐらいは入れる大きさだから、二人だと広すぎてちょっとおちつかない。

 大きい長方形のテーブルの左右に椅子が並んでるけど、どう座ればいいかな。

 迷ってる間に、宝塚さんは一番奥の椅子を引いて座って、持ってた封筒をテーブルの上に置く。

 椅子を回転させて私のほうを見て、手前の椅子の背をぽんとたたいた。

「ここ、座って」

「……はい」

 言われた通りに座って、宝塚さんに体を向ける。

 持ってきてたメモ帳とシャーペンを机に置いて、一応メモを取る用意をする。 

「……あの、頼みたいことって、なんですか……?」

 おそるおそる言うと、宝塚さんは苦笑する。



「ゆうべ吹田と何があったのか、教えてほしいんだ」

「え……?」

 なんで、宝塚さんがそんなこと。

 ……あ、もしかして。

「……シロさんから、何か、聞いたんですか……?」

「うん。

 朝から吹田の機嫌が悪いんだって」

 やっぱり。

「君達がモメると、シロが苦労するから、早めに仲直りしてほしい。

 ……それとは別に、そんな泣き腫らした顔見たら、友達として心配だから。

 何があったか、教えてくれないかな」

「…………」

 うつむいて、ぎゅっと両手を握りあわせる。

「……昨日、私の友達が、死んだって、連絡あったんです。

 千葉の、連続爆弾事件の、初の死者だったって……。

 それで、泣いちゃってたら、吹田さんから、電話があって、……『おまえは、泣くことしかしないのか』って、言われて……。

 私、ショックで、やつあたりしそうになって、途中で電話切っちゃったから、怒ってるんだと思います……」

「……そっか」

 優しい声にあいづちに、また涙がこぼれそうになって、うつむいてぎゅっと目を閉じる。

 さすがに、職場で泣いちゃダメだ。

 深呼吸をくりかえして、なんとか涙をこらえた。



 大きくため息ついて、ゆっくり目を開ける。

「ミケちゃん」

「……はい」

 ちょっとだけ視線を上げると、宝塚さんは優しいカオで私を見てた。

「吹田は、自分にも他人にも厳しい奴だから、甘やかす言葉が言えないんだよ。

 身内だと思ってる相手には、特に厳しくなっちゃうから」

「……………………はあ」

 意味がわからないのは、私の頭がちゃんと動いてないからかな。

 ぼんやり見返すと、宝塚さんのまなざしに、せつなさが混じる。

「親しい者を理不尽な理由で喪ったら、誰でも悲しい。

 ほとんどの人は、悲しむことしかできない。

 だけど、俺達は警察官だ。

 犯人を探し、追いつめ、捕らえ、裁きを受けさせることができる」

「……あ」

 思わず声をあげると、宝塚さんはゆっくり言葉を続ける。

「ミケちゃんは警察官じゃないけど、【同志】(なかま)の情報網も、バックアップもある。

 自分の手で、犯人を探すことができる。

 なのに、泣いてるだけなのは、もったいないと思わない?」

「……っ」

 そうだ、私には、そのためのツールも、【同志】(なかま)もいるのに。

 アッコの仇を取れるのに。

 宝塚さんの言う通りだ。

 泣いてるだけなんて、もったいない。



「ありがとうございます」

 ぺこっと頭を下げると、宝塚さんは優しいカオになる。

「元気出た?」

「はい。

 ……心配と、迷惑かけて、すみませんでした。

 吹田さんにも、謝ります。

 ……でも、もう少しわかりやすく言ってくれたら、よかったのに……」

 思わずぐちると、宝塚さんは苦笑する。

「吹田は、君達の用語で言うと、ツンデレだから。

 わかりやすくは言えないんだよ。

 あいつの言葉は、翻訳して考えるといい」

 意外な言葉にびっくりして、なんだか笑いがこみあげてくる。

「そっか、そうでした、吹田さん、ツンデレですもんね」

 宝塚さんにだけだと思ってたけど、私にもなる時あるんだね。

 だけど、甘やかすだけじゃなくて、身内扱いしてもらってるっていうのは、ちょっと嬉しいかも。

 あれ、じゃあ、吹田さんが宝塚さんに厳しいのは、身内って思ってるからなのかな。

 なんだかんだ言って、結局は宝塚さんのこと信頼してるみたいだし。

 なのに、態度はそっけないんだよね。

 ほんと、ツンデレだなあ。



「おせっかいついでに、もうひとつ」

「え?」

 宝塚さんは、なんとなくいたずらっぽいカオで言う。

「吹田は、予定してた会談が相手の都合でキャンセルになって、時間が空いて執務室にいる。

 で、コレは先週シロに頼まれてた、とある事件の分析結果。

 悪いけど、コレをシロに届けてくれるかな」

 さしだされた封筒を反射的に受け取って、呆然と宝塚さんを見上げる。

「……あの」

「謝るなら、早めに直接のほうがいいと思うよ」

 にこっと笑って言われて、こくんとうなずいた。

「…………はい。

 ありがとうございます」

 最初からそのつもりで、この部屋の予約を一時間って言って、吹田さんのとこに行く口実も用意してくれてたんだ。

 ほんと、優秀だよね。

 その理由の98%がシロさんの気苦労を減らすためだとしても、残り2%は私と吹田さんのためだってことぐらいはわかる。

「じゃあ、ちょっといってきます」

「いってらっしゃい」

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