好きな人がいるからがんばれる①
その電話がかかってきたのは、吹田さんの電話を待ちながら、ノーパソでオンラインゲームのデイリーイベントをこなしてた時だった。
「吹田さん、にしては、早いよね」
約束の時間までは、後十五分はある。
とりあえずスマホを取って画面を見て、首をかしげる。
「ユカ……?」
高校からの友達だけど、結婚して引越してからは、時々メッセージのやりとりするぐらいだったのに。
いきなり電話してくるなんて、どうしたんだろ。
考えながらも、通話ボタンを押す。
「はいミケです。
ユカ久しぶり~どうしたの?」
〔どうしたの、じゃないわよ!
アッコが死んだって、どうして教えてくれなかったの!?〕
久しぶりに聞いた声は、焦ってるような怒ってるような、責めるような響きだった。
だけど、声よりも内容にびっくりする。
「何、それ……アッコが……?
なんの冗談……?」
〔こんな悪趣味な冗談なんて言わないよ!
……ミケ、知らなかったの?〕
「知らない……だって、でも、なんで……?」
〔しばらく前から、千葉県内で爆発騒ぎがあったでしょ。
最初はゴミ箱が燃える程度だったけど、だんだん規模が大きくなってきて、昨日ついに死者が出たって。
それがアッコだって……さっき、母さんから、電話きて……。
うちの母さんとアッコのお母さん、仲良かったから、連絡きたんだって〕
「そんな……」
そのニュース自体は、私も知ってた。
ついに死者が出たってネットニュースも、夕方に読んだ気がする。
だけど、被害者の名前は、おぼえてない。
〔ミケ、警察で働いてるんでしょ?
なんでわからなかったの?〕
責める口調に、びくっとする。
「……ごめん、管轄違うし……まさか、アッコだなんて、思わなくて……」
〔……そっか、そうだよね、千葉だもんね、ごめん……〕
「ううん……」
あわててノーパソでニュースを検索する。
スーパーのゴミ箱に爆弾が仕掛けられてて、買い物客が十数人巻きこまれて重軽傷を負った。
ゴミ箱の一番近くにいた母子は連れは、二十六歳の母親は即死で、五歳の娘も搬送先の病院で数時間後に亡くなった。
知らない誰かのニュースだったはずのそれが、身近な人だとわかったとたん、ぞくっと背筋がふるえる。
〔ミケ、ミケ、聞こえてる?〕
何度も名前を呼ばれて、びくっとしてスマホを握りなおす。
「あ、うん、ごめん、何?」
〔お通夜、明後日の夜なんだって。
行けそう?〕
「……行く、よ」
〔あたしも、子供を実家に預けられたら行くわ。
時間と場所は、後でメッセージで送るね〕
「うん……」
〔……じゃあ、またね〕
「……うん、またね……」
通話を終えて、スマホを机に置いても、動けなかった。
アッコは、高一で同じクラスになって、本の好みが似てたから、仲良くなって、ユカとか数人と一緒に、本の貸し借りとか、よくやってた。
お互いの家に泊まりにいって、朝までおしゃべりしたりもした。
大学は違っちゃったけど、メッセージのやりとりは続けてたし、年に数回は会ってた。
アッコは二年生の時にカレシとデキ婚で中退しちゃって、千葉のカレシの実家で同居することになって、引越してからは、時々メッセージのやりとりしてたぐらいだった。
スマホを取って、アッコからの最後のメッセージを探す。
今年の正月の、子供と一緒に映る写真のアッコは、幸せそうに笑ってた。
何年も会ってないけど、ずっとなかよしの友達で。
そのうちまた会えると思ってた。
なのに、どうして。
「どう、して……?」
つぶやいたとたん、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。
止まらない。
「……っ」
どうして。
なんで。
なんで……!?
手で口元を覆ってこらえてると、握ったままだったスマホが着信を知らせて、びくっとする。
「あ……」
吹田さんだ。
あわてて袖で目元を拭って、深呼吸してから、通話ボタンを押す。
「……はい、ミケです」
〔……どうした、何があった〕
いつも通り言ったつもりだったのに、すぐ気づかれた。
気遣う声に、また涙がこぼれる。
「アッコ、が……」
〔誰のことだ〕
「……高校の、友達です……」
〔友達が、どうした〕
「……千葉の、連続爆弾事件の、初の死者が、アッコと娘さんだったって、友達から、電話が……」
〔……そうか〕
静かなあいづちに、涙が止まらなくなる。
「どうして……アッコが……っ」
私が泣いてる間、吹田さんはずうっと黙ってた。
泣き疲れてぼんやりした頃に、声がした。
〔美景〕
「……はい……」
〔友人が死んで、悲しいのはわかる。
だがおまえは、悲しむだけなのか〕
静かだけど、なんとなく責める口調だった。
「……え……?」
〔おまえは、泣くことしかしないのか〕
「……っ」
心の奥底で、何かがはじける。
「そりゃ、吹田さんにとっては知らない人で、死んだってなんとも思わないんでしょうけど、私には大切な友達で……っ」
叫びかけて、ぎゅっと唇を噛みしめる。
ダメだ。
やつあたり、しちゃダメ。
吹田さんは、関係ないんだから。
「ごめんなさい……っ」
なんとか言葉をしぼりだして、通話終了ボタンを押す。
スマホを机に置いて、ベッドに倒れこむ。
枕元のテディベアを抱きしめて、声をあげて泣いた。
-----------------
翌朝、体調も気分も最悪だった。
ゆうべは泣き疲れてそのまま寝ちゃったから、目が腫れてるし。
気持ちはどんよりおちこんだままだし。
お母さんに驚かれたけど、アッコのことおぼえてたから、慰めてくれた。
ほんとは休みたかったけど、今日は午後に大きな会議があって、朝イチで資料を準備しなきゃいけないから、休めない。
目元冷やしてから出勤したけど、腫れは残ってたから、マイさんにも追及された。
吹田さんとケンカしたのって聞かれて、苦しかった。
あいてる会議室で資料のホッチキス綴じしながら、理由を話すと、やっぱり慰めてくれた。
それでも気分は晴れなかったけど、予定の時間内に資料をしあげられて、ほっとした。
自席に戻って、溜まってたメールを機械的にさばいていく。
一通り片づけて、ほっと息をついた時、横に誰かが立った。
「御所ちゃん、ちょっといい?」
「……宝塚さん」
見上げると、宝塚さんは手に持ってたA4サイズの封筒を軽く振って、にこっと笑う。
「ごめん、ちょっと頼みたいことがあるんだ。
一時間ぐらい、時間もらえるかな」
「え、と」
職場では、電話の時よりちょっとチャラい感じの話し方で、名字呼びのまま。
器用だよねえ。
「ミーティングルーム空いてるか、見てくれる?」
「あ、はい、ちょっと待ってくださいね」
会議室の予約システムを急いでたちあげて、確認する。
「……第二ミーティングルーム、空いてますね。
今から一時間でいいですか?」
「うん、お願い」
「はい……取れました」
「ありがとー。
じゃ、いこっか」
「……はい」
宝塚さんと一緒に、第二ミーティングルームに向かう。
パーテーションで区切っただけじゃない、ちゃんとした部屋で、壁も厚いから、内緒話をするには向いてる。
でも十人ぐらいは入れる大きさだから、二人だと広すぎてちょっとおちつかない。
大きい長方形のテーブルの左右に椅子が並んでるけど、どう座ればいいかな。
迷ってる間に、宝塚さんは一番奥の椅子を引いて座って、持ってた封筒をテーブルの上に置く。
椅子を回転させて私のほうを見て、手前の椅子の背をぽんとたたいた。
「ここ、座って」
「……はい」
言われた通りに座って、宝塚さんに体を向ける。
持ってきてたメモ帳とシャーペンを机に置いて、一応メモを取る用意をする。
「……あの、頼みたいことって、なんですか……?」
おそるおそる言うと、宝塚さんは苦笑する。
「ゆうべ吹田と何があったのか、教えてほしいんだ」
「え……?」
なんで、宝塚さんがそんなこと。
……あ、もしかして。
「……シロさんから、何か、聞いたんですか……?」
「うん。
朝から吹田の機嫌が悪いんだって」
やっぱり。
「君達がモメると、シロが苦労するから、早めに仲直りしてほしい。
……それとは別に、そんな泣き腫らした顔見たら、友達として心配だから。
何があったか、教えてくれないかな」
「…………」
うつむいて、ぎゅっと両手を握りあわせる。
「……昨日、私の友達が、死んだって、連絡あったんです。
千葉の、連続爆弾事件の、初の死者だったって……。
それで、泣いちゃってたら、吹田さんから、電話があって、……『おまえは、泣くことしかしないのか』って、言われて……。
私、ショックで、やつあたりしそうになって、途中で電話切っちゃったから、怒ってるんだと思います……」
「……そっか」
優しい声にあいづちに、また涙がこぼれそうになって、うつむいてぎゅっと目を閉じる。
さすがに、職場で泣いちゃダメだ。
深呼吸をくりかえして、なんとか涙をこらえた。
大きくため息ついて、ゆっくり目を開ける。
「ミケちゃん」
「……はい」
ちょっとだけ視線を上げると、宝塚さんは優しいカオで私を見てた。
「吹田は、自分にも他人にも厳しい奴だから、甘やかす言葉が言えないんだよ。
身内だと思ってる相手には、特に厳しくなっちゃうから」
「……………………はあ」
意味がわからないのは、私の頭がちゃんと動いてないからかな。
ぼんやり見返すと、宝塚さんのまなざしに、せつなさが混じる。
「親しい者を理不尽な理由で喪ったら、誰でも悲しい。
ほとんどの人は、悲しむことしかできない。
だけど、俺達は警察官だ。
犯人を探し、追いつめ、捕らえ、裁きを受けさせることができる」
「……あ」
思わず声をあげると、宝塚さんはゆっくり言葉を続ける。
「ミケちゃんは警察官じゃないけど、【同志】の情報網も、バックアップもある。
自分の手で、犯人を探すことができる。
なのに、泣いてるだけなのは、もったいないと思わない?」
「……っ」
そうだ、私には、そのためのツールも、【同志】もいるのに。
アッコの仇を取れるのに。
宝塚さんの言う通りだ。
泣いてるだけなんて、もったいない。
「ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げると、宝塚さんは優しいカオになる。
「元気出た?」
「はい。
……心配と、迷惑かけて、すみませんでした。
吹田さんにも、謝ります。
……でも、もう少しわかりやすく言ってくれたら、よかったのに……」
思わずぐちると、宝塚さんは苦笑する。
「吹田は、君達の用語で言うと、ツンデレだから。
わかりやすくは言えないんだよ。
あいつの言葉は、翻訳して考えるといい」
意外な言葉にびっくりして、なんだか笑いがこみあげてくる。
「そっか、そうでした、吹田さん、ツンデレですもんね」
宝塚さんにだけだと思ってたけど、私にもなる時あるんだね。
だけど、甘やかすだけじゃなくて、身内扱いしてもらってるっていうのは、ちょっと嬉しいかも。
あれ、じゃあ、吹田さんが宝塚さんに厳しいのは、身内って思ってるからなのかな。
なんだかんだ言って、結局は宝塚さんのこと信頼してるみたいだし。
なのに、態度はそっけないんだよね。
ほんと、ツンデレだなあ。
「おせっかいついでに、もうひとつ」
「え?」
宝塚さんは、なんとなくいたずらっぽいカオで言う。
「吹田は、予定してた会談が相手の都合でキャンセルになって、時間が空いて執務室にいる。
で、コレは先週シロに頼まれてた、とある事件の分析結果。
悪いけど、コレをシロに届けてくれるかな」
さしだされた封筒を反射的に受け取って、呆然と宝塚さんを見上げる。
「……あの」
「謝るなら、早めに直接のほうがいいと思うよ」
にこっと笑って言われて、こくんとうなずいた。
「…………はい。
ありがとうございます」
最初からそのつもりで、この部屋の予約を一時間って言って、吹田さんのとこに行く口実も用意してくれてたんだ。
ほんと、優秀だよね。
その理由の98%がシロさんの気苦労を減らすためだとしても、残り2%は私と吹田さんのためだってことぐらいはわかる。
「じゃあ、ちょっといってきます」
「いってらっしゃい」




