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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
53/93

シンプルイズベストとは限らない

 書類を届けにいった帰り、食堂の近くを通ると、独特のにおいがした。

 思わず近寄って、入口の看板を確認する。

 あ、やっぱり今日の日替わり定食、麻婆豆腐だ。

 メインが中華料理の時って、デザートはいつも杏仁豆腐なんだよね。

 みつ豆みたいに果物のシロップ煮つきで、大好き。

 よし、今日のお昼は日替わり定食に決定。

 あー早くお昼にならないかな。

 にこにこしながら歩いてると、背後から声がした。

「あのっ、すみませんっ」

「はい?」

 ふりむくと、大学生ぐらいの若い男のコがいた。

 首からビジターのIDカードホルダーさげてるし、見学者かな。

「あのっ、写真、撮らせていただけませんかっ」

 男のコは、赤くなりながら叫ぶように言う。

 ひょろっとしてて髪ボサボサでぶあつい眼鏡でリュックしょってて、おまけに手には大きなデジタル一眼レフカメラ。

 典型的なカメラ小僧スタイル。

 私に声をかけるってことは、制服マニアかな。

 隠し撮りじゃなくて、許可求めてくるだけマトモだけど。



「庁内での写真撮影は、禁止されてますので」

 やんわり言うと、男のコは一瞬おちこんだようなカオして、でもすぐ何か思いついたみたいにぱっと明るいカオになる。

「じゃあ、あの、外でもかまいませんから。

 お礼に、よかったら、あの、お、お昼とか、ご馳走させてくださいっ。

 お昼、無理なら、夜でもかまいませんから。

 仕事終わるまで、待ってますからっ」

 うーん、そうきたか。

 でも制服のまま外に出たら目立つし、写真撮らせたのバレたら、間違いなく怒られる。

 私も最近資料写真撮りが楽しいから、気持ちはわかるけど、さすがにダメだよね。

「申し訳ありませんが、規則上そういうお誘いはお受けできないんです。

 それと、このあたりは部外者立入禁止エリアですので、怒られる前に戻ってくださいね。

 この廊下をまっすぐ戻って、つきあたりを右に行ったら、見学コースに戻れますから。

 じゃあ、失礼します」

「あ……」

 男のコは、まだ何か言いたそうだったけど、ぺこんと会釈して、早足で離れた。




 昼休み、日替わり定食の麻婆豆腐を食べながら、一緒に食べてるマイさん達に、さっきの男のコの話をする。

「制服マニア多いって聞いてましたけど、わざわざ警視庁に撮りにくるなんて、すごいですよねー」

「そうだねー。

 でも、刑事ドラマが流行った頃から、見学者が増えてるらしいよ。

 オタクだけじゃなくて、普通の人も多いんだって。

 映画とかのロケ地見にいくのと、同じようなノリみたい」

「へえー」

 オタクだと当たり前の行動だけど、一般人もやるんだ。

 自席に戻って、のんびりお茶を飲みながら、吹田(すいた)さんへのお昼のメッセージに同じ話題を書きこむ。

 しばらく前に、変な人に声かけられたけど、美味しいクッキーのインパクトで忘れちゃって伝えなかったら、吹田さんがなんだか気にしてた。

 そんなに気にするようなことかなって思ってたら、その人にウザがらみされちゃって、なぜか吹田さんに、話を聞いた時点で対策しておけばよかったって謝られた。

 吹田さんのせいじゃないのに、まじめで心配性だから、気にしちゃうらしい。

 それ以来、なるべく細かく報告するようにしてる。

≪写真撮らせてください、お礼にごはんご馳走しますからって言われて、びっくりしちゃいました

 制服マニアな人って、意外と多いみたいです≫



御所(ごせ)ちゃん」

 そこまで入力したところで班長に呼ばれて、びくっとする。

 普段はさん付けで呼ぶ班長が、ちゃん付けで呼ぶのは、何か面倒なことを頼みたい時。

 イヤな予感がしつつも、スマホを置いて班長の机に行く。

「はい、なんですか?」

「悪い、これ急いで三十三部ずつコピーして。

 一時からの会議で必要なの、忘れてた」

「……わかりましたー」

 あーもー、班長、最近物忘れ激しいよね。

 そのシワ寄せを全部私達事務員にまわすんだから、困っちゃう。

 けどしかたない。

 メッセージの続き、書けそうにないな。

 途中だけど、送っちゃおう。

 原紙をコピー機にセットして、がんがんコピーしてる間に、急いで送信する。

「手伝うよ、半分貸して」

「ありがとうございます」

 マイさんが言ってくれたから、コピーした書類を半分渡す。

 横長のは三つ折りにして、ホッチキスで綴じて。

 なんとか一時までに完成できた。



 班長さんに渡して席に戻って、隣の席のマイさんにぺこんと頭を下げる。

「ありがとうございましたー」

「どーいたしましてー。

 けどやっぱり、綴じる機能つきのコピー機ほしいよね」

「ですよねー」

 他部署にある最新型の複合機は、コピーするだけじゃなく、ホッチキスで綴じたり、穴をあけたりする機能までついてるスグレモノ。

 一課のは古いから、機能が少ないし、時々紙詰まるし、いいかげん新しいのに替えてほしいな。

 リース期間とか契約内容とかの関係で、すぐに交換してもらえないのはわかってるけど、ムダな手間かけさせられると、やっぱり面倒だよね。

 思わず大きくため息つく。

 昼休みの終わりののんびり時間だったのに、かえって疲れちゃった。

 捜査員さん達はみんな会議にいっちゃったし、昼休みに急ぎの作業させられたぶん休憩しても、怒られないはず。

 ちょっとぐーたらしよう。


 

 冷めちゃったお茶を飲みながら、デスクに置きっぱなしだったスマホを取ると、着信を知らせる点滅をしてた。

 なんだろ。

 ささっと操作して確認すると、吹田さんからのメッセージだった。

 え、なんで?

 あ、もしかして、また何か間違えたのかな。

 さっきは急いでて、確認せず送っちゃったし。

 送ってすぐ返事が来るのは、ほとんどが誤字脱字の指摘。

 気づくのは、ちゃんと読んでくれてるからだから、嬉しいんだけど、ツッこまれるとちょっとおちこむ。

 しかも、今朝のメッセージで間違えてて、ソッコーでツッこまれたところなのに。

 二回連続は、恥ずかしいなあ。

 おちこみながらも、とりあえず開いてみて、またびっくりした。



≪断ったのか?≫



「何を……?」

 意味わかんない。

 難しい言い方されるのも困るけど、シンプルすぎるのも困るなー。

「ん? どしたの?」

 よっぽど変なカオしてたのか、マイさんが横から話しかけてくる。

「……吹田さんから、メッセージの返事が来たんですけど、意味わかんなくて」

「んー?

 ああ、じゃあ、最初に送ったのを読み返してみたら?

 そしたら、何に対する返事なのかわかるんじゃない?」

「あ、そっか、そうですね。

 ありがとうございます」

 私が送信した分とセットなんだから、返事だけ見てても、そりゃわかるわけないよね。

 と思ったけど。

 メッセージの内容は、お昼の杏仁豆腐が美味しかった話と、お昼前に制服マニアの男のコに声かけられた話だけ。

 班長に急ぎのコピー頼まれたせいで途中になっちゃったけど、不自然じゃない程度にはまとまってる。

 三回読み返しても、やっぱりわからなかった。



「ダメです、わかんないです……」

 思わずため息をつくと、マイさんが首をかしげる。

「前のぶんへの返事じゃないの?

 じゃあ、もひとつ前のをまとめて読んで、今返事してきたとか?」

「いえ、今朝送った分の返事は、すぐ来たんで、違うと思います」

 返事っていうか、誤字の指摘だけど。

「……マイさん、よかったら見てもらえませんか?

 自分じゃわからないんで」

 こそっと言うと、マイさんはちょっとびっくりしたようなカオしてから、にんまり笑う。

「見ちゃっていいの?」

「はい。

 見られて恥ずかしいようなことは書いてませんから」

「なんだ、ラブラブトーク期待してたのに。

 んじゃ、ちょっと拝見」

「お願いしますー」

 メッセージ画面のままスマホを渡すと、マイさんはゆっくりスクロールさせながら読んでいく。

「お昼に何食べたかなんて、書いてんの?

 もしかして毎日?」

「はい」

「へえー。

 なんか、うちの弟が小学生の頃思いだした。

 給食の何が美味しかったか、いっつもお母さんに報告してたよ」

「あー、それ私もやってました」

 てことは、今吹田さんに報告してるのって、昔の延長線なのかな。

 自分では意識してなかったけど。



「コレじゃない?」

「はい?」

 マイさんが、私に画面を向けて、ひとさし指の先でつんつんとつつく。

「ココ。

 『男のコに声かけられました』って書いてあるけど、それにミケちゃんがどう答えたのかは、書いてないでしょ。

 だから、その誘いを『断ったのか?』ってことじゃないの?」

「……あー、なるほど」

 自分の中では終わった話だったから、気づかなかった。

 それだけじゃなくて、吹田さんもシンプルすぎるよね。

 たぶん、仕事中だから、シロさんに何か指示するのと同じように最小限の言葉になっちゃったのかな。

 私はそこまで察しがよくないし頭もよくないから、もうちょっと長文で言ってほしいなあ。

 それにしても。 

「庁内は写真撮影禁止なことぐらい、わかってるのに……」

 お礼につられて、オッケーしたと思われたのかなあ。

 思わずため息つくと、マイさんは呆れたように言う。

「吹田さんが気にしてるのは、それだけじゃなくて、誘いを受けたかどうか、なんじゃないの?

 だってこれ、ナンパじゃん」

 あまりにも状況に合わない言葉に、きょとんとする。


 

「制服マニアの人ですよ?」

 目的は私じゃなくて、制服でしょ?

「制服も、かもしれないけど、メインはミケちゃんでしょ?

 でなきゃ、『仕事終わるまで待ってる』なんて言わないでしょ。

 仕事終わったら、制服着替えることぐらいわかるでしょうし」

「…………でも私、ナンパなんて、今まで一度もされたことないですよ?」

 童顔なせいで、合法ロリ目当ての人に何度か声かけられたことはあるけど、あれは不審者だから、ナンパじゃない。

 それ以外だと、なんかの勧誘みたいなのぐらいでしか、声かけられたおぼえない。

「ミケちゃんが気づいてないだけなんじゃないの?

 今回みたいに」

 そう、なのかなあ。

「とりあえず、吹田さんに『きっぱり断りました』って返事して、安心させてあげたら?

 今頃、気になってイライラしてるかもよ」

 からかうように言われて、苦笑する。

「わかりました、返事しときます。

 ありがとうございますー」

「どーいたしましてー」 

 吹田さんが、私の返事待ちでイライラしてるなんて、想像つかないけど。

 心配はしてるかもしれないから、一応連絡しとこうかな。



≪もちろん断りましたよ

急な仕事頼まれて、途中で送信しちゃったから、書き忘れましたけど

庁内撮影禁止なのはおぼえてますし、私が一緒にごはん食べたいのは、吹田さんだけですから

都合がつくなら、また週末にごはん誘ってくださいね≫

 先週末は、私の体調不良のせいで、ごはんデートできなかった。

 最初の頃のデートは一ヶ月に二回ペースだったのに、最近は毎週だったから、一回飛んだだけでも、さみしくなっちゃう。

 私の都合だったんだから、文句は言えないけど。

 今週末は、会えるといいな。

 期待しながらも、気持ちを切り替えてノーパソのフタを開けた時、スマホがぴこんと鳴った。



≪金曜は都合が悪くなった

 木曜の十八時からでよければ、夕食を共にしよう≫

≪木曜でもオッケーです! ありがとうございます!≫

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