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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
51/93

元カノと前カノは使い分けが難しい①

 突発デート以来、吹田(すいた)さんは週イチペースでごはんデートに誘ってくれるようになった。

 たいていは金曜の夜で、警視庁の近くで待ち合わせしてハイヤーで移動して、吹田さんの実家が経営してるファミレスの個室で食事して、ハイヤーで家まで送ってくれる。

 まだアフターケアなのかなと思ったけど、『一ヶ月に一度半日会うのと、毎週二時間会うのと、どちらがいい』って聞かれたから、毎週って答えた。

 おでかけデートだと、二人きりの時間はあんまりないから、イチャイチャできない。

 ごはんデートだと、ごはんの後の一時間ぐらいとハイヤーに乗ってる間はほぼ二人きりで、イチャイチャできる。

 それに、吹田さんに長時間運転してもらう負担を気にしなくていいし、例の小料理屋よりは庶民的なお値段のファミレスだから、おごられるのもそんなに気にならない。

 いいこと尽くめだね!


----------------- 


 その日も、いつものファミレスでごはんデートの予定だった。

 だけど、二重の自動ドアを入ったとたん、待合スペースの椅子に座ってた女性が、吹田さんを見てびっくりしたようなカオになって立ちあがる。

「吹田さん……!

 久しぶりね、会えて嬉しいわ」

 親しげに言いながら近づいてきたのは、細いのに出るとこはしっかり出てる、セクシーな美女だった。

 服もアクセもバッグも海外の有名ブランドで、お化粧も上手。

 背中のまんなかあたりまで伸ばした髪はツヤツヤで、ファッション誌に出てきそうなぐらいの美人。

 身長はシロさんと同じぐらいみたいだけど、十センチはありそうなハイヒールだから、さらに高く見えた。

「……ああ」

 吹田さんは、表情は変わらなかったけど、声はちょっと硬かった。

 警察関係者じゃなさそうだけど、個人的な知りあいなのかな。

 それにしては、やけに親しそうだけど。



「私も今来たところなの。

 よかったら、一緒にどうかしら」

「悪いが、連れがいる。

 遠慮してくれ」

 きっぱりした拒絶に、女性は軽く目を見開いた。

 吹田さんの横にいた私を見て、一瞬だけ鋭い目をして、すぐにっこり笑う。

「かわいらしいお嬢さんね」

「…………」

 吹田さんと同年代ぐらいみたいだし、若く見られるのはいつものことだけど、なぜかバカにされた気がした。

 初対面なのに、なんでだろ。

「もしかして、新しい恋人なのかしら」

 問いかける口調は、優しそうだったけど、なんだかトゲがあった。

「おまえには関係ない」

 吹田さんがきっぱり言うと、女性はちょっとだけカオをこわばらせたけど、すぐふわっと笑う。 

「そうね、ごめんなさいね。

 久しぶりに吹田さんに会えて、嬉しかったものだから。

 お邪魔してごめんなさいね、それじゃ」

 女性は私に意味ありげな視線を向けてから、レジカウンターにいた店員に声をかけて、奥のお手洗いに向かっていった。



 店長さんの案内で個室に入ると、今日も掘りごたつ式テーブルの畳の部屋だった。

「……あの、先にお手洗い行ってきていいですか」

「ああ」

「すみません」

 吹田さんに小さく頭を下げて、部屋を出る。

 奥のお手洗いに向かうと、洗面台の横の化粧直し用スペースに、さっきの女性がいた。

 振り向いて私を見て、にんまりと笑う。

「あら、かわいいお嬢さん。

 また会ったわね」

 しらじらしい言葉に、ぎゅっと拳を握る。

 さっきのは、明らかに私を誘って、いや、挑発してた。

 背が高いから、見下ろされると、迫力に飲まれそうになる。

 でも、なんだかこの人には、負けたくない。

 深呼吸して、気持ちを整える。



「私に、何か御用ですか」

 女性は小さなブラシで髪を梳かしながら、私をちらっと見る。

「『御用』ってほどじゃないんだけど。

 あなた、吹田さんの恋人なの?」

 はぐらかしつつストレートな問いに、一瞬ためらったけど、こくんとうなずいた。

「はい」

 ほんとのことだし、言っても、いいよね。

「まあ」

 わざとらしい声をあげて、女性はじろじろ私を見回す。

「吹田さん、ずいぶんシュミが変わったのねえ」

 やわらかだけどトゲのある言葉に、むっとする。

「どういう、意味ですか」

「そのままの意味よ。

 だって」

 毒々しい赤い色の口紅を塗りなおしながら、女性は鏡の中で笑う。

「以前は私とつきあってたんだもの」

「……っ」

 シロさん情報で、吹田さんに何人か恋人がいたってことは知ってた。

 話したくないって言われたから、想像するしかなかったけど、吹田さんがつきあうぐらいなんだから、シロさんみたいな理知的な美女だと思ってた。

 なのに、こんなイヤミな性格の人だったなんて。



「吹田さんて、見た目クールだけど、ベッドではけっこう激しいでしょう。

 小柄なのに体力はあって、絶倫なのよね」

「なっ」

 あからさまな言葉に、かあっと顔が熱くなる。

 女性は鏡越しに私を見て、わざとらしいしぐさで首をかしげた。

「もしかして、まだ吹田さんとセックスしてないの?」

「……そん、なの、あなたに答える必要ありませんっ」

 つっかえながらもなんとか言うと、女性は鏡の中でにいっと笑う。

「私とは、出会ったその日に、だったけれど。

 あなたじゃ、しょうがないかしら」

 鏡越しの視線が、胸とか腰とかに向けられるのを感じて、全身が熱くなる。

 そりゃ、この人に比べたら、オコサマ体型かもしれないけど、でも、吹田さんは、外見だけで相手を選ぶような人じゃない。



 口紅をハンドバッグに戻した女性は、振り向いて私を見て、にっこり笑う。 

「私、大手飛行機会社の国際線のキャビンアテンダントなの。

 めったに日本に帰ってこないから、吹田さんともたまにしか会えなかったけれど、そのぶん会えた時は必ずセックスしたわ。

 何度もイかされて、腰がだるくなるぐらい」

「……そんな話、聞きたくありませんっ」

 叫ぶように言って、個室に駆けこむ。

 ぱしんとドアを閉めて鍵をかけると、くすくす笑う声が聞こえた。

「ごめんなさい、ウブなお嬢さんには刺激が強すぎたわね。

 でも、吹田さんがそういうヒトだってわかってなかったのなら、別れたほうがいいんじゃないかしら。

 もっとあなたに合った、かわいい恋ができる相手を探したほうがいいと思うわ。

 それじゃ」

「…………」

 ヒールの硬い靴音が聞こえなくなって、大きく息を吐く。

 胸の奥で、何かがぐるぐるして、苦しい。

 こういう時は。



「ボンさんお勧めの動画を見よう」

 あえて声に出して、自分に指示する。

 ショルダーバッグからスマホを取りだして、手早く操作する。

 いつだったかの報告会の余り時間で、気持ちのコントロールの話になって、心を無にしたい時に最適だって教えてもらったもの。

 動画を再生すると、水の中でクラゲがふよふよ浮いていた。

 ただそれだけの映像が、十分ぐらい続く。

 最初は意味不明だと思ったけど、見終わった時には、確かになんだか心がおちついた。

 それ以来、主に推しに何かあった時に活用させてもらってる。

 壁にもたれてぼんやり動画を見終わって、ため息をつく。 

 うん、ちょっとおちついた。

 個室を出て、洗面台の冷たい水で手を洗うと、さらにすっきりした。

 鏡をのぞきこんで、自分と見つめあう。



 あのヒトが、ほんとに吹田さんの元カノだったとしても。

 あのヒトが言うような、つきあい方をしてたんだとしても。

 今のカノジョは私なんだから、関係ない。

 ほんとに偶然出会っただけで、私と二股かけてたわけでもなさそうだし。

 だったら、気にする必要ない。

「……よしっ」

 気合を入れてお手洗いのドアを開けたとたん、ぴたっと足が止まる。

 吹田さんが、少し先の壁に腕組みしてもたれて立ってた。

 その横に、さっきの女性がいた。

 吹田さんの肩に手を置いて、よりかかるようにして、耳元で何か言ってた。

 いかにもエリートなスーツ姿の吹田さんと、ちょっとハデだけどセクシーな美女は、お似合いのカップルに見えた。



 どうして、吹田さんは、あの人と一緒にいるんだろう。

 どうして、吹田さんは、あんな状態を許してるんだろう。

 もしかして、ヨリを戻したいとか、思ってるのかな。



「あんなコドモっぽいお嬢さんじゃ、楽しむどころか、その気にもなれないでしょう?」

 店内放送の音楽が静かな曲調になって、声が聞こえてきた。

 ドアの陰から、そっと様子をうかがう。

「でも、私なら、満足させてあげられるわ。

 私の体がイイってこと、充分わかってるでしょう?」

 吹田さんは、前を向いたままで、表情は変わらなかったけど、女性の手を払いのけようともしなかった。

「あのお嬢さんと別れられない理由があるなら、そのままでもかまわないわ。

 前みたいに、私が日本に帰ってきた時だけ、会ってくれればいいの。

 部屋も、前みたいに使ってくれてかまわないわ」

 女性は吹田さんを見つめながら、うっとりしたカオで言う。

 ああいうのが蠱惑的っていうんだって、なぜか突然思った。

「あなたと別れてから、いろんなヒトに出会ったけど、あなたよりステキな人はいなかったわ。

 あなたは私の理想の男性なの。

 だから、ねえ、お願い、吹田さん。  

 絶対満足させてあげるから……」

 肩に乗ってた手が、誘うように頬に伸ばされる。

 その手を、吹田さんは軽くはらいのけた。



「おまえとは、別れた。

 もうおまえに興味はない」

 吹田さんが淡々と言うと、女性ははらわれた手をぎゅっと握りしめる。

「……どうして!?

 あんなコドモっぽいコより、私のほうがイイでしょう!?」

「俺は、おまえで満足したことは一度もない」

「でも、いつも」

「達するのと、満足するのとは別だ。

 自惚れるな。

 おまえ程度の女は、いくらでもいる」

「なっ」

 吹田さんは体を起こすと、私に背を向けるようにして女性と向かいあう。

「二度と俺に関わるな」

 吹田さんが、どんなカオしてたのかは、見えなかった。

 だけど、すごく冷たい声だった。

 青ざめた女性は、早足で去っていった。



 ゆっくり振り向いた吹田さんは、こっちに向かって歩いてきた。

 私が隠れてたドアに手をかけて押さえて、顔をのぞきこんでくる。

「戻りが遅いから様子を見にきたんだが、体調が悪いのか」

 さっきとは別人みたいな、優しい声の問いかけに、なんて答えたらいいのかわからない。

美景(みひろ)

 そっと呼ばれて、びくっとする。

「ぇ、あ……平気、です」

「なら、戻るぞ」

「…………はい」

 さしだされた手をおそるおそる握ると、ゆっくり引きよせられる。

 肩を抱いて促されて、ぼんやり歩いて部屋に戻った。

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