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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
50/93

恥ずかしいから恥ずかしい

 月曜の午後恒例、カウンセリングって建前の報告会。

 今日の話題は、やわらかクッキーと、突発ごはんデート。

 もちろんちゃんとクッキーの現物を持ってきてあるから、食べながらのんびり話す。

「……で、すっごい楽しかったんですけど、結局理由はわかんないままでした。

 なんででしょうねえ」

「そうねえ……」

 曖昧にうなずいたボンさんは、私を見てなぜか苦笑する。

「ねえミケちゃん。

 吹田(すいた)さんが突然デートに誘ってくれた理由に、思いあたることないの?」

「ないですけど、ボンさんにはわかるんですか?」

「そうねえ、わかるけど、ミケちゃんが自分で気づいたほうがいいと思うのよ」

「えー、でも、吹田さんを待ってる間とかに考えましたけど、全然わからなかったんです。

 ボンさんは、さっきの私の話でわかったんですか?」

「そうねえ、でも半分はズルかしら。

 吹田さんから、直接連絡があったから」

 にっこり笑うボンさんに、思わず唇をとがらせる。

「えー、それズルイじゃないですか」

 直接聞いてるなら、わかって当然だよね。

「そうねえ、じゃあ教えてあげるわね」

「お願いしますー」



 ボンさんは、紅茶を一口飲んでから言う。

「吹田さんからの連絡はね、ミケちゃんがバカな若者に未遂とはいえ襲われて、不快な思いをしたから、しばらく注意して様子を見ていてやってほしい、って内容だったの」

「…………あー、そういえば、そんなこともありましたねー」

 吹田さんとのデートが楽しすぎて、すっかり忘れてた。

「その時のこと、言える範囲でいいから話してくれる?」

「いいですよー。

 あ、別に言いたくなかったからじゃなくて、単に忘れてただけなんで。

 えーっと、最初は倉庫に資料を運んでる時に声をかけられて……」

 ぶっちゃけもうだいぶ記憶薄れてたけど、なんとか思いだして語っていく。

「……で、突然デートすることになったんです」

「なるほどねえ……」

 黙って聞いてたボンさんは、ゆっくりうなずく。

「私としては、変な人にからまれてウザかった、ぐらいの記憶しか残ってなかったんですけど。

 もしかして、吹田さんは、私の気晴らしのために、デートしてくれたってことですか?」

 人質にされた時は、心配されすぎてモヤっとしてた気晴らしに、執務室や吹田さん達の写真を撮らせてくれた。

 今回は、それがデートだったってことなのかな。



「そうみたいねえ。

 でも、イヤなめにあったカノジョを慰めてあげたいっていうのは、カレシとして普通の考えだと思うわ。

 たっぷり甘やかしてくれたんでしょ?」

「はい、ものすごく」

「それで、イヤなことは『ウザかった』ぐらいの思い出になってるなら、気晴らしは成功ってことよね」

「そうですねー」

 吹田さんの【計画通り】ってことなんだ。

 でも、ボンさんが言う通り、気晴らしになったし、嬉しかったし。

 ウィンウィン、ってことかな。

 あ、それに。



「ウザかったんですけど、おかげでわかったことがあるんですよ。

 私、吹田さんに名前を呼ばれると嬉しいんですけど、交野(かたの)さんだと気持ち悪かったんです。

 相手によって感じ方が違うって、面白いですよね」

「そうねえ、それだけ吹田さんを好きってことよね」

 にっこり笑って言われて、私も思わず笑う。

「そーですねー、好きですよー」

「なかよしなのはいいことよ~。

 ところで、ミケちゃんは吹田さんのこと、名前では呼んでないの?」

「え?

 あー、そうですね、つきあう前から、今もずっと『吹田さん』って呼んでます」

「へえー。

 名前で呼んでみたいとは、思わないの?」

「んー、私にとって、吹田さんはずっと『吹田さん』だから、名前で呼んでみたいって思ったことはないですねえ。

 ボンさんは、カレシさんを名前で呼んでたんですか?」

「そうねえ、だいたい名前で呼んでたわねえ。

 あー、でも、共通の知りあいの前とかでは、つきあう前と同じように名字で呼んでたわねえ」

「へえー、そーいうものなんですねえ。

 でも、うーん……」

 吹田さんを、名前で呼ぶ。

 ………うん、無理。

 想像しただけで、恥ずかしくなっちゃった。



「ミケちゃん、顔赤いわよ~」

 からかうように言われて、ほっぺをむにむに揉む。

「だって、そんなの、無理ですよ……!」

 想像するだけでコレなら、面と向かって言うなんて、絶対無理。

「そうねえ、無理そうねえ。

 まあ、どうするかは、吹田さんと相談したほうがいいわね。

 もしかしたら、名前で呼ばれたくないって可能性もあるから」

「え、そうなんですか?」

「そうねえ、人によるわねえ。

 他に誰がいても名前で呼んでほしい人もいるし、二人きりの時だけにしてって人もいるし、自分が呼んでほしい時だけって人もいるし、絶対名前で呼ばれたくないって人もいたわねえ。

 さらに、呼び捨てがいいとか、さん付けじゃないと嫌だとか、愛称がいいとか、呼び方そのものにも好みがあるのよねえ」

「えー、それ無理ゲーすぎませんか?」

 そんなの、どうやって判断すればいいんだろ。



「それに、吹田さんて、おぼっちゃまかつエリートでしょ?

 名前で呼ぶにしても、気をつけたほうがいいかもしれないわねえ」

「え、何がですか?」

「ムダにプライド高い人は、あんまり馴れ馴れしい呼び方すると、怒ることがあるのよ。

 吹田さんはそういう人じゃないと思うけど、実家で『若様』って呼ばれてたぐらいなら、下の立場の者が名前を呼ぶのは失礼、みたいな風習があるかもしれないわねえ」

「あ~~、確かに、ありそうですねえ」

 古いおうちだから、しきたりとかそういうの、厳しそうだよね。

「だから、吹田さん本人に聞いてみるのが一番ね」

「ええー……」

 聞くこと自体、恥ずかしいんだけど。

 でも、本人がイヤな呼び方しても、意味ないし……。

「どういう呼び方するか決まったら、また教えてね」

 にっこり笑って言われて、苦笑してうなずいた。

「はーい」


-----------------


 いきなり吹田さんに聞くのは恥ずかしいから、まずはシロさんにメッセージで聞いてみることにした。

≪今日友達に『吹田さんのこと名前で呼ばないの?』って聞かれました

恥ずかしくて無理って答えたんですが、シロさんは宝塚さんのこと、名前で呼んでますか?

呼んでるとしたら、いつからで、どういう時ですか?

ついでに、なんて呼んでますか?

名前呼び捨てですか? 名前+さんですか? 愛称ですか?≫

≪つきあいだしてから、二人きりの時だけ名前で呼んでいます

呼び方は、名前+さん、です≫

≪なるほどー。ありがとうございます

ちなみに、吹田さんちのしきたりで、名前で呼ぶのは失礼、とかありますか?

シロさんは『若様』って呼んでたんですよね

家族しか名前で呼んじゃいけない、みたいなルールがあったりしますか≫

≪私達使用人が本家の方々のお名前を呼ぶのは失礼にあたるとは、言われていました

若様をお名前で呼ぶのは、ご家族だけだったと思います≫

≪やっぱりそうなんですねー

ありがとうございましたー≫



 うーん、ボンさんの予想通りだった。

 先にシロさんに確認してよかったー。

 あとはー、宝塚さんにも聞いてみようかな。



≪こんばんはーお疲れ様です~

今日友達に『吹田さんのこと名前で呼ばないの?』って聞かれました

恥ずかしくて無理って答えたんですが、男の人って、カノジョには名前で呼ばれたいものですか?

できれば一般論と、宝塚さんの考えと、両方教えてください

呼ばれたいシチュとかこだわりとかあるなら、それも教えてほしいです

よろしくお願いしますー≫

≪こんばんはーお疲れ~

一般論としても俺個人としても、カノジョには名前で呼ばれたいかな

そのほうが、特別な感じがするから

シチュやこだわりは、俺はあんまりないけど、こだわる男もいるね

呼び捨てじゃないと他人行儀に感じるとか、逆に呼び捨てはありえないって奴もいたから、個人差が大きいと思う

吹田がどう呼ばれたいかはわからないから、本人に聞いてみてね≫

≪なるほどー、じゃあ吹田さんに直接聞いてみますね

ありがとうございますー≫

≪どういたしましてー≫


-----------------


 その日の夜の電話で、吹田さんに聞いてみた。

「今日友達に『吹田さんのこと名前で呼ばないの?』って聞かれたんです。

 恥ずかしくて無理って、思ったんですけど。

 名前で呼んだほうがいいですか?」

〔……まず、なぜ恥ずかしいのか教えてくれ〕

「えー、なぜって言われても、恥ずかしいから、恥ずかしいんです。

 呼ばれるのも恥ずかしかったですけど、呼ぶほうはもっと無理です」

 恥ずかしいって、理屈じゃないよね。

〔……そうか。

 無理なら、今まで通りでかまわない〕

 よかったー。

「ちなみに、恥ずかしくなくなったら、名前で呼んだほうがいいですか?

 宝塚さんに聞いてみたんですけど、カノジョに名前呼んでほしいって思うのは一般的だそうですし」

〔……おまえが呼びたいと思うなら、呼べばいい。

 俺から強要はしない〕

 うーん、微妙な答え。

 でも、『呼ばなくていい』じゃないってことは、呼んだほうがいいのかな?

「これはシロさんに聞いたんですけど、吹田さんちでは、ご家族以外は名前で呼ばないそうですね。

 じゃあ、おうちを出てからずっと、名前で呼ばれたことないんですか?」

 吹田さんて、友達からも名前で呼ばれるタイプじゃなさそうだもんね。

〔……ああ〕

 あ、やっぱりそうなんだ。

 うーん、今までのカノジョにはどう呼ばれてたのかな。

 でも、言いたくないって、前にはっきり言われてるから、聞けないし。



「もし私が呼ぶとしたら、どう呼ばれたいですか?

 名前呼び捨て、は私が無理ですけど、さん付けとか、あ、様付けのほうがいいですか?

 ご実家では『若様』って呼ばれてるんですよね?」

〔おまえの呼びたいようにしてかまわない。

 ……その呼び方は、立場をわかりやすくするためであって、俺が望んだわけではない〕

 吹田さんは、なんだかイヤそうな声で言う。

 あれ、吹田さん的には、『若様』呼びは、あんまり好きじゃないのかな。

「わかりました。

 じゃあ、もし呼べるようになったら、名前にさん付けにしますね。

 ただ、その、恥ずかしいだけじゃなくて……。

 私は吹田さん達ほど頭良くなくて、切り替えもヘタだから、名前で呼ぶようになったら、職場で出会った時も、うっかり名前で呼んじゃいそうなんです。

 そしたらいろいろ大変なことになりそうなんで、普段から名字で呼んでおくほうがいいかなって、思うんです」

 今まで偶然出会ったことはないから、大丈夫だとは思うけど、一応同じフロアにいるし、可能性がないわけじゃない。

 その時に、口うるさい班長さんとか管理官さんにうっかり聞かれちゃったら、礼儀がなってないとか無礼だとか、絶対言われちゃう。

〔……そうだな。

 そのほうが、おまえのためだろう〕

 吹田さんも、そう思うよね。

 あ、そういえば。

 


「ちなみに、つきあう前から私を名前で呼んでくれたのは、どうしてなんですか?

 シロさんや宝塚さんに、吹田さんが名前で呼ぶ女性は、シロさん以外には私だけで、それだけ特別扱いしてたんだよって、言われたんです」

 普段からあれだけハニトラを警戒してるんだし、相手が誤解するようなことをうっかりするなんて思えない。

 つきあってからならわかるけど、つきあう前からだったのは、どうしてなんだろ。

 まあ、もしかしたら、私なら誤解しないだろうからって、思ってたのかもしれないし。

 ミケって呼ぶよりは、名前のほうがマシってことだったのかもしれないけど。

 それなら、名字で呼べばいいんだし。

〔……名前で呼びたいと、思ったからだ〕

 ん?

 えーと、なんだっけ。

 あの時言われたこと。

「…………自分が正しく呼ばれなくて嫌な思いしたから、ちゃんと呼びたい、でしたっけ?」

〔ああ。

 だが、それだけではなく、おまえだからだ。

 ……先週おまえは、初めて名前を呼ばれた時から俺を好きだったと、言っていただろう。

 同様に俺も、あの時点でおまえを名前で呼びたいと思う程度には、おまえを好ましく思っていたようだ〕

「~~~っ」

 もうもうもう……!

 最後、急に甘い声になるの、反則っ!

 電話だと耳元で囁かれてる感じで、よけいクるんだから……!

 足をジタバタさせて、叫びたくなるのをなんとかこらえる。



〔どうした〕

 からかうような声に、ぎゅうっとスマホを握りしめる。

「吹田さんが、いきなりタラシモード入るからです……っ」

 宝塚さんみたいに常時オンなのはアレだけど、いきなりスイッチ入るのも、ついていけなくて困っちゃう。

「私、初心者なんで、もうちょっと手加減してください……」

〔わかっている。

 おまえに合わせて、少しずつ教えてやる〕

 優しい声が、よけい恥ずかしい。

 わかってて、アレなんだ……。

 あー、電話でよかった。

 今絶対真っ赤になってる。 

「お手柔らかにお願いします……」

〔ああ〕

 吹田さんは、楽しそうに笑った。

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