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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
49/93

ランキングは情報源に注意②(オマケ付き)

「うわっ!?」

 交野(かたの)さんの悲鳴が聞こえたとたん、拘束がとけた。

「えっ!?」

 かわりに、目の前に大きな背中。

 え、誰!?

 今度は何!?

 あわあわしながら後ずさると、こげ茶色の癖毛が目に入った。

 染髪禁止の規則にひっかからないのは、ハーフでその色が地毛の一人だけ。

「宝塚さん!?」

 ちらっと振り向いた宝塚さんは、優しい声で言う。

「怪我してない?」

「あ……はい……」

 なんで、宝塚さんが……?

「よかった。

 遅くなってごめんね」

「あ……いえ……」

 状況についていけなくて、頭が動いてない。

 何がどうなってるんだろ。



「う……きさま、何をする!?」

 宝塚さんの向こうから聞こえた声に、びくっとする。

 前を向いた宝塚さんが腰を落とすと、床にへたりこんでる交野さんが見えた。

 何したかは全然わかんないけど、宝塚さんが私からひっぺがしてくれたんだ。

「それはこっちのセリフだね。

 よりによって、警視庁内で、しかも刑事部のフロアで犯罪行為とは、何を考えてるんだ。

 未遂とはいえ、強制性交等罪、暴行罪、監禁罪の現行犯だ」

 宝塚さんが厳しい声で言うと、交野さんはうろたえる。

「ち、違う、合意のうえだ!」

「……そうなの?」

 またちらっと振り向いて聞かれて、ぶんぶん首を横に振る。

「違いますっ! 

 そんな強引で気持ち悪い人、死んでもごめんですっ!!」

「な……気持ち悪い……!?」

 交野さんが、なぜかショックを受けたように言う。

 え、あんなにはっきりイヤって言って抵抗したのに、わかってなかったの?

 どんだけ自己中なんだろ。



「ほんとに逮捕してもいいけど……どうする?」

 宝塚さんの問いかけに、しばらく迷ってから答える。

「いい、です。

 ぶっちゃけ、もう関わりあいたくないです」

 気持ち悪かったけど、被害はなかったし、取り調べとか調書とかで関わりあいになるのもうっとーしい。

 さっさと縁を切りたい。

「そっか。

 じゃあ、俺に任せてくれる?」

「はい、お願いします」

「わかった」

 交野さんに向きなおった宝塚さんは、冷たい声で言う。  

「被害者の意見を尊重して、今回だけは見逃してやる。

 だけど、もしまた彼女や他の女性に同じようなことをしたら、今度こそ逮捕する。

 覚悟しておけ」

 宝塚さんの肩越しに見える交野さんの顔が、一瞬で青ざめる。

「行け」

「ぁ……ああ……っ」

 立ちあがった交野さんは、よろめきながら去っていった。



 バタンとドアが閉まる音がして、ほっと息をついた。

 宝塚さんが、ゆっくり立ちあがって振り向く。

「ミケちゃん、ほんとに怪我してない?

 あいつに、何もされなかった?」

 心配そうな問いかけに、小さくうなずく。

「ほんとに、だいじょぶです。

 ……抱えこまれて、キスされそうになりましたけど、その前に、宝塚さんが助けてくれたから……あ」

 そういえば、ちゃんと言ってなかった。

「あの、助けてくれて、ありがとうございました。

 でも、どうして、ここに……?」

 捜査員さんが直接倉庫に来ることなんて、基本ないのに。

 それに、宝塚さんは朝から外出してたのに。

「外回りから帰ってきたら、あいつがミケちゃんの後をつけていくのが見えたから、気になって追いかけてきて、廊下から様子をうかがってたんだ。

 もう少し早く踏みこむべきだった。

 ごめんね」

 え、じゃあ私、二人に後つけられてたんだ。

 全然気づかなかった……。

 でも、宝塚さんが来てくれて、助かった。 



「いえ、ちゃんと、間に合いましたから。

 ありがとうございます」

「どーいたしましてー」

 にこっと笑った宝塚さんは、ゆっくり手を伸ばして、テーブルの上の捜査資料をぽんとたたいた。

「これは俺が片付けるよ。

 その間、ミケちゃんはここで休憩してて。

 終わったら、一緒に課室に戻ろう」

「……はい、お願いします」

 気持ちをおちつける時間がほしかったけど、ここで一人になるのも不安だったから、その提案はありがたいな。

 宝塚さんのプロファイリング能力って、ちょっと恐いぐらいの時もあるけど、こういう時は助かる。

「うん。

 じゃあ、椅子に座って、ゆっくりしててね」

「はい……」


-----------------


 宝塚さんが、捜査資料を片手に抱えて歩いていく。

 隅に寄せられてた古い事務椅子を引っぱりだして座ると、ため息が漏れた。

「…………」

 人質にされた時みたいに、恐くは、なかった。

 だけど、なんだかすごく、気持ち悪かった。

 思いだしたとたん、また背筋がぞわっとして、鳥肌が立つ。

 カーディガンの上から腕をごしごしこすっても、ぞわぞわが消えない。

 いつだったか、顔めがけて飛んできたGと目が合っちゃった時より、もっと気持ち悪い。

 なんでだろ。

 肩を抱くようにして体を縮めて、目を閉じる。

 ……テディベアがほしいな。

 ぎゅうっと抱きしめたら、ちょっとはおちつけるのに。

   


美景(みひろ)



 静かな声に、びくっとする。

 間違えるはずのない、耳になじんだ声。

 だけど、こんなとこにいるはずない人。 

 でも、目を開けて見えたのは、やっぱり吹田(すいた)さんだった。

 なんで!?

 ううん、理由なんてどうでもいい!

「吹田さん……!」

 立ちあがる勢いで走りよって、ぎゅうっと抱きつくと、ふんわり抱きしめられた。

「おちつけ」

 そっと背中を撫でられる。

 優しい声、優しい手、優しいぬくもり。

 何もかも、違う。

 交野さんに抱きしめられた時は、気持ち悪いだけだった。

 吹田さんだと、嬉しい。

 吹田さんだから、嬉しい。

「吹田、さん……っ」

「もう大丈夫だ」

 ぎゅうぎゅう抱きつくと、優しく頭を撫でてくれる。

 ようやく心の底から安心して、体から力が抜けた。

 へたりこみそうになったけど、吹田さんがしっかり支えてくれる。



「座れ」

「はい……」

 椅子にそっと座らされて、離れていこうとした吹田さんの袖を思わずつかむ。

 もう、いっちゃうのかな。

 もう少し、そばにいてほしい。

「あ、の」

「ここにいる」

 手の甲を撫でられて、指をからめるように握ってくれる。

 あいてるほうの手で、横にあったもう一つの椅子を引きよせて、すぐ横に座ってくれる。

「……はい」

 体を寄せて、肩にそっともたれかかると、優しく頭を撫でられた。



 しばらくして、吹田さんが静かな声で言う。

「交野に何をされたのか、話せるか」

「…………なんか、よくわかんないんです。

 倉庫の手前で声かけられて、持ってた資料を取られて、しかたないから追いかけたら、いきなり抱きしめられて、前から好きだったとか言われて、……っ」

 あの瞬間を思いだして、またぞわっとする。

「無理して言わなくていい。

 恐いことを思いださせて、悪かった」

 吹田さんはなだめるように言って、ふんわり抱きしめてくれる。

 恐い……?

「……恐くは、なかったんです。

 でも、……すごく、気持ち悪くて……」

 キスされそうになった、からじゃない。

 その前だった。

 交野さんに、名前を呼ばれた瞬間に。

 …………あ。



「吹田さん」

「なんだ」

「私の名前、呼んでください」

 吹田さんは不思議そうなカオをしながらも、優しい声で言う。

美景(みひろ)

 ああ、やっぱり。

「もう一回」

「……美景(みひろ)

「ありがとうございます」 

 横からぎゅうっと抱きついて、肩におでこをぐりぐりする。

「……どうした」

「…………交野さんに、名前、呼ばれたんです。

 それが、すごく気持ち悪かったんです。

 Gと目が合っちゃった時より、ぞわぞわしました。

 吹田さんなら、嬉しいのに。

 マキコさんが言ってた通りでした」



≪異性に名前呼ばれてイヤじゃないのって、かなり好きってことだよ≫

≪他の人ならイヤだったことが、S氏なら平気かどうか

もしそうなら、恋してるってことだよw≫



「吹田さんに初めて名前呼ばれた時、すごく恥ずかしかったけど、イヤだとは思いませんでした。

 全然自覚してなかったけど、あの時点でもう、吹田さんが好きだったみたいです」

「……そうか」

 かすかに笑った吹田さんは、そっと頭を撫でてくれる。

「はい。

 ……名前呼ばれて、気持ち悪かったし、キスされそうになったけど、その前に宝塚さんが助けてくれたから、大丈夫です。

 でも……あんなバカなことする人だとは、思いませんでした……」

 思わずため息をつくと、吹田さんのまなざしが鋭くなる。

「交野はおまえをつけ狙っていたようだから、今日のことは避けようがなかったとしても、気をつけろと前々から言っていただろう」

「……でも、ランクAの人だから……」

 そこまでバカだとは思わなかったんだもん。

「他人の安易な評価を信用するからだ。

 恋愛対象としてランク付けするなら、外見だけでなく、人柄や素行も考慮しろと言っておけ」

「え?」

 きょとんとすると、吹田さんもとまどうカオになる。

「恋愛対象って、何がですか?」

「……………………」

 しばらく無言のまま見つめあう。



「……【要チェック人物ランキング】というのは、何が基準なんだ」

「執行部で、素行が怪しい人をチェックして決めたランキングです。

 何かの目的に利用されるかもしれないから、声をかけられたら気をつけましょうっていう、注意報みたいなものです。

 だから、そういうことしない吹田さんは、ランクEのはずです。

 宝塚さんは、家族の事件の真相を調べるために一課に来たから、当初はBだったけど、シロさんとつきあいだしておちついたから、Eになったみたいです」

「…………」

「交野さんは、所轄署にいた時も、署長に取りいって気に入られて、推薦してもらって、警備部に配属になったんです。

 今回は、警備部の部長に取りいるために、部長が刑事部にいた頃に扱った事件について知りたくて、私に近づいてきたみたいです。

 そういう、ずる賢い人なら、直接的なことはしないと思ってたんですけど……」

 既成事実作ったら、言うこと聞かせられるとでも思ったのかな。

 考えが甘すぎだよね。

「……………………」

 吹田さんは、深いため息をついてうつむいた。

 なんだろ。

 ……あ。



「恋愛対象とか、そんなんじゃありませんから。

 どうやって私から聞きだそうとするか、興味あったのは確かですけど、愛想笑いがロコツすぎて、うっとーしかったんです。  

 関わらないようにしろって言われたのも、ちゃんとおぼえてましたよ。

 でも、断りきれなくて……ごめんなさい」

 最初からあんなことするつもりだったなら、どう断ったって、強引に付いてこられちゃったかもしれないけど。

 いっそ、倉庫に入らずに引き返して、マイさんか誰かについてきてもらえばよかったのかなあ。

「……いや、詳細を確認せずに誤解して、悪かった」

 ゆっくり顔を上げた吹田さんは、まじめな口調で言う。

「交野が上司に取りいって出世しようとしている噂は聞いていたが、女性に不埒な行いをして利用しようとするほど悪質だとは思わなかった。

 おまえから話を聞いた時点で、何らかの対策を取るべきだった。

 すまない」

「あ、いえ、それは、吹田さんのせいじゃないですし。

 ……あれ、そういえば、いまさらですけど、どうしてここに……?」

 吹田さんの執務室とこの倉庫って、フロアの端と端ぐらいに離れてるのに。



「……宝塚が、連絡してきた。

 友達より恋人のほうが安心できるだろうから、来てやってほしいと」

「え、あー……」

 そっか、宝塚さんが。

 言われてみれば、他にいないよね。

 後でもう一度お礼言っとこう。

「仕事中なのに、ありがとうございます」

「……いや」

 吹田さんはゆっくり手を伸ばして、私の頭を撫でる。

「今夜、何か予定はあるか」

「え? いえ別に」

「一時間ほど待ってくれるなら、夕食を共にしよう」

「えっ!?」

 吹田さんからごはんに誘ってくれたの、初めてじゃない!?

 しかも当日にって、え、なんで……!?



美景(みひろ)

 ちょっと強めに呼ばれて、はっとする。

 ヤバい、びっくりしすぎて意識トんでた。

「あ、の、それは、嬉しいですけど、でも、いいんですか……?」

「俺から誘っているんだが」

 吹田さんは苦笑しながら言って、また頭を撫でてくれる。

 なんか、サービス良すぎて、ほんとに吹田さんなのか疑いたくなる。

 でも吹田さんだよね。

 うーん?

 まあいっか、嬉しいから。

「何時間でも待ちます!」

「ありがとう。

 店は俺が決めてかまわないか」

「はい」

「なら、待ち合わせ時間と店が確定したら、メッセージで連絡する」

「わかりました!」

 やったー、デートだー!



 その後、吹田さんは執務室に戻って、私は宝塚さんと一緒に課室に戻った。

 定時であがった後、一時間待つことになったけど、例の小料理屋で、吹田さんとばんごはんを食べた。

 その後一時間ぐらい、抱きついたままおしゃべりした。

 帰りはハイヤーで家まで送ってくれて、その間もずっと手を握っててくれた。

 なんでかはよくわかんないままだったけど、嬉しいから、オッケーだね!


-----------------  


オマケ 吹田と宝塚の電話


「今日のことは、助かった」

〔どーいたしまして。

 ミケちゃんの機嫌は、どうだった?〕

「機嫌は良かったが、ずっと俺に抱きついていた。

 ……依存なのか甘えたいだけなのか、判別がつかなかった」

〔んー、両方じゃないかな。

 まあ嫌な記憶は消せただろうから、どっちでもいいだろ〕

「……『食事に誘って甘やかせ』というアドバイスは、その為なのか」

〔そうだよ。

 ミケちゃんの記憶って一点集中型で、興味があることは鮮明におぼえてるけど、他のどうでもいい記憶はすぐ消えていくみたいなんだ。

 好きなものにのめりこむオタクには、そういうタイプが多いようだ。

 人質にされた時も、その直後におまえへの恋心を自覚したから、恐怖心がふっとんだらしい。

 今日も、おまえとデートしてイチャイチャしたから、交野に襲われたことはもう忘れたんじゃないかな〕

「……確かに、交野と一緒にいるのを見た日に電話で聞いたら、『忘れていた』『がんばって思い出すから』と言われたが……。

 そう簡単に忘れられるものなのか……」

〔ある意味、うらやましいよな。

 だけど、忘れられずにずっと苦しむよりは、さっさと忘れられるほうが幸せだろ〕

「……そうだな」

〔ただし、何かのきっかけで思いだす可能性もあるから、しばらくは注意して様子を見守ったほうがいい。

 俺も、課室にいる時は気にかけとくから〕

「……頼む」

〔ああ。

 で、交野はどうするんだ〕

「……主計(かずえ)課長代理に話をした。

 美景を気に入っているから、人事として相応の対処をすると約束してくれた」

〔てっきり自分でやるつもりかと思ったが、任せるのか〕

「……美景(みひろ)が正式な処罰を望むなら、そうした」

〔あくまでもミケちゃんの気持ちを尊重するのか。

 それでいいと思うぞ。

 ちょっと強めに殺気当てて脅しといたから、もうミケちゃんには近づかないだろうしな。

 けどおまえ、いつの間にか本気でミケちゃんに惚れてたんだな。

 まさか、仕事中にすぐ駆けつけるとは思わなかった〕

「……おまえが、呼んだんだろうが」 

〔そうだけど。

 俺からも無意識に距離を取ろうとしてたから、おまえが慰めたほうがいいと思ったんだが、十五分はかかると予想してたんだ。

 五分で来たから驚いた〕 

「…………」

〔しかも、俺が事情を説明したらブチキレ寸前の殺気出してたのに、その後でミケちゃんと話してる間は、きっちり抑えこんでたもんな。

 おまえの尽くしっぷりは、何度見ても笑えるな〕

「……うるさい。もう切るぞ」

〔はいはい、またな〕

「……宝塚」

〔ん?〕

「………………ありがとう」

〔どーいたしまして〕

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