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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
48/93

ランキングは情報源に注意①

 捜査資料を抱えて、廊下をゆっくり歩く。

 すごく古いのと、直近のものは順次デジタル化されていってるけど、ちょっと古いものはまだ手つかずで、紙のまま。

 だから、類似事件とかの参考に借りてきたら、また倉庫に戻さなきゃいけない。

 捜査員さん達は忙しいから、借りにいくのも返しにいくのも、私達事務担当の仕事。

 紙の束って重いし、倉庫は遠いけど、座りっぱなしのデスクワークも疲れるから、ストレッチだと思ってがんばるようにしてる。

 だけど、やっぱり重いなあ。

 もうちょっと少なめにすればよかった。

「重そうですね、手伝いますよ」

「はい?」

 横から声がかかったと同時に、抱えてた資料を半分ぐらい取られた。

「えっ」

 びっくりして見上げると、隣にいたのは、見たことない男の人だった。

 同い年ぐらいで、まあまあ背が高くて、そこそこイケメン。

 男の人は私を見て、愛想よく笑う。

「これ、どこに持っていくんですか?」

「え、あ、第二倉庫です。

 でも、あの、大丈夫ですから、返してください」

「俺もそっちのほうに行くので、お持ちしますよ。

 行きましょう」

「あ」

 私の返事を待たずに歩きだされて、しかたなく後を追う。

 


 この人、誰だっけ。

 IDカード付けてるから、庁内の人みたいだけど、見おぼえない。

「……すみません、お名前うかがってもいいですか?」

 おそるおそる言うと、男の人は私を振り向いて、にっこり笑う。

「ああ、すみません。

 警備部の交野(かたの)といいます」

 警備部って、フロアが違うから、ほとんど交流ないんだよね。

 でも、噂になってないってことは、最近配属になった人かなあ。

「ありがとうございます。

 私は」

「刑事部捜査一課の事務担当の、御所(ごせ)さん、ですよね」

 先に言われて、びっくりする。

 なんで知ってるの?

「食堂でお見かけして、一度ゆっくり話をしてみたいと、前から思ってたんです。

 だから今日、思いきって声をかけたんですよ」

 交野さんは、軽い口調で言って、足を止める。

「ここですね」

「え、あ」

 いつの間にか、第二倉庫に着いてた。

 交野さんはドアを開けて、抱えてた資料をドア横の長い作業テーブルに置く。

「戻すのも手伝いましょうか?」

「あ、いえ、だいじょぶです。

 ありがとうございました、助かりました」

 かなり強引だったけど、助かったのは本当だから、愛想笑いでお礼を言う。

「どういたしまして」

 交野さんは、軽く膝をかがめて、私の顔をのぞきこむ。

「今度は、もっとゆっくり、お話させてくださいね」

「え」

 思わず一歩後ずさると、交野さんは体を起こして、またにっこり笑った。

「じゃあ、失礼します」


-----------------


 課室に戻れたのは、それから三十分ぐらい経ってからだった。

 自分の席に座ると、隣の席のマイさんが体を寄せてくる。

「お帰りー。

 けっこう時間かかったね」

「ただいまですー。

 箱が違う棚に置かれてるのがあって、それ探すのに手間取っちゃって」

 もー、なんのために箱に通しナンバー振ってあるのか、考えてほしいよね。

「あら、それは大変だったね。

 がんばったミケちゃんに、お菓子をあげよう」

「わー、ありがとうございます」

 やったー、がんばった甲斐があったね。

 受けとったお菓子の袋をいったん机に置いて、戻ってくる途中で買ってきたペットボトルのレモンティーを何口か飲む。

 あー、冷たいのが美味しい。

 それから、スタンバイにしといたノーパソを起動して、【同志】(なかま)専用のデータベースにアクセスする。

「警備部、交野さん、っと」

 検索して、詳細情報を開いてみる。

 所属は警備部警備第一課、階級は警視、キャリアだけど役職はまだなし。

 警備部に配属されたのは今年の四月からで、一つ年上だった。

 顔写真つきで、誕生日から出身校から経歴から趣味まで、細かなデータがそろってたけど、一番知りたかったのは、執行部が設定したランクだ。

「あ、やっぱり」

 ランク、Aなんだ。

 いるって話は聞いてたけど、会ったのは初めて。

 びっくりー。



「どしたの?」

 マイさんが横からのぞきこんでくるから、画面をマイさんのほうへ向ける。

「倉庫へ行く途中でこの人に声かけられて、資料を半分ぐらい運んでくれたんです」

「へえー。

 けっこうイケメンだね、私の好みとは違うけど」

「え、そうですか?」

 写真をまじまじ見なおす。

 イケメン、かなあ。

 うーん、宝塚さんを見慣れちゃうと、感覚がバグるなあ。

「あ、すごい、ランクAじゃん」

「そーなんですよ。

 私もびっくりしちゃいました」

「ランクAって、今は五人もいないはずだよ。

 そんなのに声かけられるなんて、ミケちゃんツイてるじゃん」

 肘で軽く脇腹をつつかれて、苦笑する。

「そう思います?」

「もっちろん。

 なんかあったら、教えてよ」

「はーい」


-----------------


 昼休み、食堂でマイさんとお弁当を食べてると、向かいに誰かが立った。

 ん?

「こんにちは、御所さん。

 ここ、よろしいですか?」

 愛想よく笑って言ったのは、トレイを持った交野さんだった。

 まさか、二日連続で声かけてくるなんて、びっくりー。

 口の中のものを飲みこんでから、答える。

「どうぞー」

「ありがとうございます」

 片野さんはにっこり笑って、私の向かいの席に座る。

 置かれたトレイをさりげなくチェックすると、日替わりランチのBだった。

 意外と普通。

「ミケちゃん、私、先に戻ってるから」

「あ、はい」

 隣に座ってたマイさんが耳元で囁いて、笑顔で立ちあがる。

 あー、これは後で絶対追及されるな。

「じゃーお先ー」

「はいー」



「すみません、お邪魔でしたか?」

 食べながら言う交野さんに、愛想笑いで答える。

「いえ、気にしないでください」

 邪魔だと思うなら、来ないでほしいなあ。

 うーん、お箸の使い方は、吹田(すいた)さんのほうが上手だね。

「御所さんは、捜査一課に配属になって、長いんですか?」

「えっと、二年ぐらいです」

「一課は刑事部の花形ですが、そのぶん大変でしょう」

「ええまあ。

 でも、助けてくれる先輩もいますし、みんな優しいですから」

 あたりさわりのない会話をしながら、ゆっくり食べる。

 私は交野さんが来る前に半分ぐらい食べてたのに、食べ終わったのはほぼ同時ぐらいだった。

 男の人って、食べるの早いなあ。

 ……あれ、でも、吹田さんとごはん食べてる時は、だいたい同じぐらいに終わってた気がする。

 もしかして、私に合わせてくれてたのかな。

 だとしたら、嬉しいな。

 思わず笑っちゃった時、目の前にちっちゃなフルーツゼリーの器がさしだされた。



「俺、甘いもの苦手なんです。

 御所さん、よかったらこれ、食べてくれませんか?」

 手つかずのソレは、日替わりランチについてくるデザートだ。

「…………じゃあ、いただきます」

 美味しそうだし、もったいないしね。

 スプーンも一緒に受け取って、ちょっとずつ食べる。

 うん、けっこう美味しい。

「やっぱり女性は、甘いもの好きなんですね」

「そうでもないですよ。

 私の友達には、甘いもの苦手なコも、辛いもののほうが好きなコもいますし」

「へえ。

 でも女のコが甘いもの食べてる時って、すごく嬉しそうで、かわいいですよね」

 キザな口調で言われて、思わずスプーンをくわえたまま固まる。

「あ、俺はもう行きますね。

 お先に」

「あ、はい……」

 にっこり笑って去っていった背中を見送って、ため息つく。

 さっすが、ランクA。

 口がうまいなあ。

 ホストでもやってけそう。


-----------------


 その夜の電話で、挨拶が終わったとたん吹田さんが言う。

〔昼休みに、食堂で一緒にいた男は誰だ〕

「え?」

 なんで知ってるんだろ。

「あー、えっと、警備部の交野さんです」

〔……あいつが、交野か〕

「吹田さん、交野さんのこと、知ってるんですか?」

〔多少はな〕

 なんだか不機嫌そうな声だった。

 吹田さんも知ってるんだ。

 さっすが、ランクA。

〔いつ知りあったんだ〕

「昨日です。

 捜査資料運んでる時に『手伝いますよ』って声かけられて、半分ぐらい倉庫まで運んでくれました。

 ……あれ、昨日のメッセージで伝えませんでしたっけ」

〔ああ〕

 そうだっけ?

 …………あー、そういえば。

「交野さんに声かけられた後で、食べたお菓子がすごく美味しかったので、すっかり忘れてました」

 マイさんにもらったお菓子、やわらかいクッキーだったんだけど、すごくしっとりしてて美味しくて、ドハマリしちゃった。

 マイさんは自分ちの近くのコンビニで買ったらしいんだけど、警視庁近くの同系列のコンビニにはなくて、あちこち探しまくって、ようやく買えたってことは、千文字ぐらいかけて熱く語って送ったのに。

 何かに集中しちゃうと、細かいことは抜け落ちちゃうんだよね。

〔…………そうか〕



 しばらくして、吹田さんがちょっと穏やかになった声で言う。

〔交野とどんな話をしたのか、教えてくれ〕

「え、えーっと、ちょっと待ってくださいね。

 がんばって思いだすので」

〔……ああ〕

 私は吹田さん達ほど記憶力良くないから、昨日のことでも、大事なこと以外は思いだすのに時間かかっちゃう。

 えっと、確か。

「……倉庫に戻す資料を抱えて歩いてたら、『手伝いますよ』って言われて。

 知らない人だったから、名前を聞いたら、名乗ってくれて。

 私も名乗ろうとしたら、知ってますって言われて。

 前から私を見かけてて、話をしてみたかったから、思いきって話しかけた、とかで。

 今度はもっとゆっくり話したい、とか言われました」

 そんな感じだったよね?



〔……今日は、食堂で会う約束をしていたのか〕

「違います。

 同僚と食べてたら、ここ空いてますかって、割りこんできたんです。

 同僚は先に戻ったので、二人で食べることになっちゃいました。

 一課の仕事はどうですかーとか、適当に雑談しました。

 あ、甘いもの苦手だからって、日替わりランチのデザートの、フルーツゼリーをもらいました。

 けっこう美味しかったです」

 あれ、でも。

「吹田さん、あの時食堂にいたんですか?

 珍しいですね」

 お昼はいつも自分の執務室で食べてるって、前に聞いた気がするんだけど。

〔……用事があって、近くを通っただけだ〕

「そうなんですか。

 もし食堂で食べることがあるなら、誘ってくださいね。

 一応同じ刑事部所属だし、シロさんも一緒なら、大丈夫だと思うので」

〔……機会があればな〕

 吹田さんにしては微妙な言い方に、くすっと笑う。

 たぶん無理そうだけど、こっそり期待するぐらいはいいよね。

「あ、そうそう、交野さんて食べるの早くて、それを見てて思ったんですけど。

 今まで吹田さんとごはん食べにいった時、食べ終わるの、だいたい私と同じぐらいだったなーって。

 あれって、私に合わせてくれてたんですか?」

〔共に食事をしているのだから、合わせるのは当然だろう〕

 ほんとに当然と思ってる口調で言われて、嬉しくなる。

「うふふー、ありがとうございます」

 そういう、さりげない気遣いをしてくれるところも、好き。



〔……あいつがどういう奴か、知っているのか〕

「あいつ?」

 誰のこと?

〔……交野だ〕

 ああ、そういえば交野さんの話をしてたんだった。

「知ってますよ。

 ランクAの人に声かけられたの初めてだから、びっくりしました」

〔ランクAとは、どういう意味だ〕

「あ、えっと、執行部が設定してる、【要チェック人物ランキング】です。

 交野さんって、今五人もいないランクAのうちの一人なんです」

 あれ、ランキングの話って、言っちゃいけなかったかな。

 でももう言っちゃったし、吹田さんに隠しごとは無理だし、いいよね。

〔……………………〕

 しばらく沈黙が続く。

 なんだろ。



〔俺のランクは、何だ〕

 あー、そこが気になってたんだ。

「調べてみたことないですけど、たぶんEだと思いますよ。

 あ、五段階評価で、一番上がA、一番下がEです」

〔……最低ランクとは、ナメられたものだな〕

 あれ、なんか、怒ってる?

 でも、しょーがないんだよね。

「だって、そういうランキングですから」

〔…………宝塚のランクは、何だ〕

「えーっと、一課に来た当初はBで、シロさんとつきあいだしてからはE、だったと思います」

〔…………〕

 吹田さんはまた黙りこむ。

 なんだろ。



〔……以前から言っているが、身元の怪しい奴や、初対面で馴れ馴れしい態度の者には、気をつけろ〕

 あれ、交野さん、不審者扱いされてる?

「それは、おぼえてますけど。

 所属が違うとはいえ、同じ警視庁の人だし、キャリアだし、身元は怪しくないですよね?」

〔警察関係者だからといって、妄信するな。

 愚か者はどこにでもいる〕

「あー、まあ、それはわかりますけど……」

 警察官や警察官僚の不祥事なんて、しょっちゅうだもんね。

〔交野には、良くない噂がある。

 関わりあいになるのは、できるだけ避けろ〕

 あれ、吹田さんも知ってるんだ。

 どういう情報網なんだろ。

「わかりました、気をつけます」


-----------------


 それから数日は、交野さんに会うこともなくて、平和だった。

 このままフェードアウトしてくれたらいいなーと、思ってたのに。

「こんにちは、御所さん」

「……こんにちは」

 また倉庫の手前で声をかけられちゃった。

 フロア違うのに、なんでこんなとこにいるんだろ。

「重そうだね、持ちますよ」

「あ」

 私の手の中に一冊だけ残して、交野さんは残り全部を取りあげる。

 さりげない優しさと強引さの境界線って、微妙かも。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 にっこり笑顔で言った交野さんは、すたすた歩いていった。

 倉庫の前までいくと、ドアを開けて、押さえてくれる。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 私が中に入って照明をつける間に、交野さんはきっちりドアを閉めた。

 そしてなぜか資料を抱えたまま、奥に向かっていく。

 え、なんで?

 もしかして、奥の机のほうに置くつもりなのかな。

 倉庫には私より背が高いスチール棚がずらっと並んでるけど、一番奥の壁際にも、ドア横にあるのと同じ細長い作業テーブルがある。

 戻すものが古い年代の場合は、奥から始めたほうが効率いいんだけど、今持ってきたのは比較的最近のだから、ドア横のテーブルに置いたほうがやりやすいのに。

 もー、しかたないなあ。



「あの、交野さん」

 あわてて追いかけると、交野さんは、やっぱり壁際のテーブルに持ってた資料を置いてた。

 近寄った私が持ってたのもひょいっと取って、その上に置く。

 ん?

「御所さん」

「はい……!?」

 いきなり抱きしめられて、ぴきっと固まる。

 えっ!?

「俺、御所さんが、好きなんだ。

 まだ、会って間もないけど、本気なんだ」

 待って、いきなりすぎない!?

 パニクってる間に、頬に手を当てられて強引に上向かされる。

「好きだ……美景(みひろ)

「!!」

 その瞬間、背筋がぞわっとして、全身に鳥肌が立った。

「はなして、くださいっ!」

 めちゃくちゃに暴れたけど、しっかり抱えこまれてて、逃げられない。

 まさか、こんなことしてくるなんて。

「恐がらないで……優しくするから」

 勝手なことを言いながら、顔が近づいてくる。

 また背筋がぞわっとした。



「やだ……!」

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