ランキングは情報源に注意①
捜査資料を抱えて、廊下をゆっくり歩く。
すごく古いのと、直近のものは順次デジタル化されていってるけど、ちょっと古いものはまだ手つかずで、紙のまま。
だから、類似事件とかの参考に借りてきたら、また倉庫に戻さなきゃいけない。
捜査員さん達は忙しいから、借りにいくのも返しにいくのも、私達事務担当の仕事。
紙の束って重いし、倉庫は遠いけど、座りっぱなしのデスクワークも疲れるから、ストレッチだと思ってがんばるようにしてる。
だけど、やっぱり重いなあ。
もうちょっと少なめにすればよかった。
「重そうですね、手伝いますよ」
「はい?」
横から声がかかったと同時に、抱えてた資料を半分ぐらい取られた。
「えっ」
びっくりして見上げると、隣にいたのは、見たことない男の人だった。
同い年ぐらいで、まあまあ背が高くて、そこそこイケメン。
男の人は私を見て、愛想よく笑う。
「これ、どこに持っていくんですか?」
「え、あ、第二倉庫です。
でも、あの、大丈夫ですから、返してください」
「俺もそっちのほうに行くので、お持ちしますよ。
行きましょう」
「あ」
私の返事を待たずに歩きだされて、しかたなく後を追う。
この人、誰だっけ。
IDカード付けてるから、庁内の人みたいだけど、見おぼえない。
「……すみません、お名前うかがってもいいですか?」
おそるおそる言うと、男の人は私を振り向いて、にっこり笑う。
「ああ、すみません。
警備部の交野といいます」
警備部って、フロアが違うから、ほとんど交流ないんだよね。
でも、噂になってないってことは、最近配属になった人かなあ。
「ありがとうございます。
私は」
「刑事部捜査一課の事務担当の、御所さん、ですよね」
先に言われて、びっくりする。
なんで知ってるの?
「食堂でお見かけして、一度ゆっくり話をしてみたいと、前から思ってたんです。
だから今日、思いきって声をかけたんですよ」
交野さんは、軽い口調で言って、足を止める。
「ここですね」
「え、あ」
いつの間にか、第二倉庫に着いてた。
交野さんはドアを開けて、抱えてた資料をドア横の長い作業テーブルに置く。
「戻すのも手伝いましょうか?」
「あ、いえ、だいじょぶです。
ありがとうございました、助かりました」
かなり強引だったけど、助かったのは本当だから、愛想笑いでお礼を言う。
「どういたしまして」
交野さんは、軽く膝をかがめて、私の顔をのぞきこむ。
「今度は、もっとゆっくり、お話させてくださいね」
「え」
思わず一歩後ずさると、交野さんは体を起こして、またにっこり笑った。
「じゃあ、失礼します」
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課室に戻れたのは、それから三十分ぐらい経ってからだった。
自分の席に座ると、隣の席のマイさんが体を寄せてくる。
「お帰りー。
けっこう時間かかったね」
「ただいまですー。
箱が違う棚に置かれてるのがあって、それ探すのに手間取っちゃって」
もー、なんのために箱に通しナンバー振ってあるのか、考えてほしいよね。
「あら、それは大変だったね。
がんばったミケちゃんに、お菓子をあげよう」
「わー、ありがとうございます」
やったー、がんばった甲斐があったね。
受けとったお菓子の袋をいったん机に置いて、戻ってくる途中で買ってきたペットボトルのレモンティーを何口か飲む。
あー、冷たいのが美味しい。
それから、スタンバイにしといたノーパソを起動して、【同志】専用のデータベースにアクセスする。
「警備部、交野さん、っと」
検索して、詳細情報を開いてみる。
所属は警備部警備第一課、階級は警視、キャリアだけど役職はまだなし。
警備部に配属されたのは今年の四月からで、一つ年上だった。
顔写真つきで、誕生日から出身校から経歴から趣味まで、細かなデータがそろってたけど、一番知りたかったのは、執行部が設定したランクだ。
「あ、やっぱり」
ランク、Aなんだ。
いるって話は聞いてたけど、会ったのは初めて。
びっくりー。
「どしたの?」
マイさんが横からのぞきこんでくるから、画面をマイさんのほうへ向ける。
「倉庫へ行く途中でこの人に声かけられて、資料を半分ぐらい運んでくれたんです」
「へえー。
けっこうイケメンだね、私の好みとは違うけど」
「え、そうですか?」
写真をまじまじ見なおす。
イケメン、かなあ。
うーん、宝塚さんを見慣れちゃうと、感覚がバグるなあ。
「あ、すごい、ランクAじゃん」
「そーなんですよ。
私もびっくりしちゃいました」
「ランクAって、今は五人もいないはずだよ。
そんなのに声かけられるなんて、ミケちゃんツイてるじゃん」
肘で軽く脇腹をつつかれて、苦笑する。
「そう思います?」
「もっちろん。
なんかあったら、教えてよ」
「はーい」
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昼休み、食堂でマイさんとお弁当を食べてると、向かいに誰かが立った。
ん?
「こんにちは、御所さん。
ここ、よろしいですか?」
愛想よく笑って言ったのは、トレイを持った交野さんだった。
まさか、二日連続で声かけてくるなんて、びっくりー。
口の中のものを飲みこんでから、答える。
「どうぞー」
「ありがとうございます」
片野さんはにっこり笑って、私の向かいの席に座る。
置かれたトレイをさりげなくチェックすると、日替わりランチのBだった。
意外と普通。
「ミケちゃん、私、先に戻ってるから」
「あ、はい」
隣に座ってたマイさんが耳元で囁いて、笑顔で立ちあがる。
あー、これは後で絶対追及されるな。
「じゃーお先ー」
「はいー」
「すみません、お邪魔でしたか?」
食べながら言う交野さんに、愛想笑いで答える。
「いえ、気にしないでください」
邪魔だと思うなら、来ないでほしいなあ。
うーん、お箸の使い方は、吹田さんのほうが上手だね。
「御所さんは、捜査一課に配属になって、長いんですか?」
「えっと、二年ぐらいです」
「一課は刑事部の花形ですが、そのぶん大変でしょう」
「ええまあ。
でも、助けてくれる先輩もいますし、みんな優しいですから」
あたりさわりのない会話をしながら、ゆっくり食べる。
私は交野さんが来る前に半分ぐらい食べてたのに、食べ終わったのはほぼ同時ぐらいだった。
男の人って、食べるの早いなあ。
……あれ、でも、吹田さんとごはん食べてる時は、だいたい同じぐらいに終わってた気がする。
もしかして、私に合わせてくれてたのかな。
だとしたら、嬉しいな。
思わず笑っちゃった時、目の前にちっちゃなフルーツゼリーの器がさしだされた。
「俺、甘いもの苦手なんです。
御所さん、よかったらこれ、食べてくれませんか?」
手つかずのソレは、日替わりランチについてくるデザートだ。
「…………じゃあ、いただきます」
美味しそうだし、もったいないしね。
スプーンも一緒に受け取って、ちょっとずつ食べる。
うん、けっこう美味しい。
「やっぱり女性は、甘いもの好きなんですね」
「そうでもないですよ。
私の友達には、甘いもの苦手なコも、辛いもののほうが好きなコもいますし」
「へえ。
でも女のコが甘いもの食べてる時って、すごく嬉しそうで、かわいいですよね」
キザな口調で言われて、思わずスプーンをくわえたまま固まる。
「あ、俺はもう行きますね。
お先に」
「あ、はい……」
にっこり笑って去っていった背中を見送って、ため息つく。
さっすが、ランクA。
口がうまいなあ。
ホストでもやってけそう。
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その夜の電話で、挨拶が終わったとたん吹田さんが言う。
〔昼休みに、食堂で一緒にいた男は誰だ〕
「え?」
なんで知ってるんだろ。
「あー、えっと、警備部の交野さんです」
〔……あいつが、交野か〕
「吹田さん、交野さんのこと、知ってるんですか?」
〔多少はな〕
なんだか不機嫌そうな声だった。
吹田さんも知ってるんだ。
さっすが、ランクA。
〔いつ知りあったんだ〕
「昨日です。
捜査資料運んでる時に『手伝いますよ』って声かけられて、半分ぐらい倉庫まで運んでくれました。
……あれ、昨日のメッセージで伝えませんでしたっけ」
〔ああ〕
そうだっけ?
…………あー、そういえば。
「交野さんに声かけられた後で、食べたお菓子がすごく美味しかったので、すっかり忘れてました」
マイさんにもらったお菓子、やわらかいクッキーだったんだけど、すごくしっとりしてて美味しくて、ドハマリしちゃった。
マイさんは自分ちの近くのコンビニで買ったらしいんだけど、警視庁近くの同系列のコンビニにはなくて、あちこち探しまくって、ようやく買えたってことは、千文字ぐらいかけて熱く語って送ったのに。
何かに集中しちゃうと、細かいことは抜け落ちちゃうんだよね。
〔…………そうか〕
しばらくして、吹田さんがちょっと穏やかになった声で言う。
〔交野とどんな話をしたのか、教えてくれ〕
「え、えーっと、ちょっと待ってくださいね。
がんばって思いだすので」
〔……ああ〕
私は吹田さん達ほど記憶力良くないから、昨日のことでも、大事なこと以外は思いだすのに時間かかっちゃう。
えっと、確か。
「……倉庫に戻す資料を抱えて歩いてたら、『手伝いますよ』って言われて。
知らない人だったから、名前を聞いたら、名乗ってくれて。
私も名乗ろうとしたら、知ってますって言われて。
前から私を見かけてて、話をしてみたかったから、思いきって話しかけた、とかで。
今度はもっとゆっくり話したい、とか言われました」
そんな感じだったよね?
〔……今日は、食堂で会う約束をしていたのか〕
「違います。
同僚と食べてたら、ここ空いてますかって、割りこんできたんです。
同僚は先に戻ったので、二人で食べることになっちゃいました。
一課の仕事はどうですかーとか、適当に雑談しました。
あ、甘いもの苦手だからって、日替わりランチのデザートの、フルーツゼリーをもらいました。
けっこう美味しかったです」
あれ、でも。
「吹田さん、あの時食堂にいたんですか?
珍しいですね」
お昼はいつも自分の執務室で食べてるって、前に聞いた気がするんだけど。
〔……用事があって、近くを通っただけだ〕
「そうなんですか。
もし食堂で食べることがあるなら、誘ってくださいね。
一応同じ刑事部所属だし、シロさんも一緒なら、大丈夫だと思うので」
〔……機会があればな〕
吹田さんにしては微妙な言い方に、くすっと笑う。
たぶん無理そうだけど、こっそり期待するぐらいはいいよね。
「あ、そうそう、交野さんて食べるの早くて、それを見てて思ったんですけど。
今まで吹田さんとごはん食べにいった時、食べ終わるの、だいたい私と同じぐらいだったなーって。
あれって、私に合わせてくれてたんですか?」
〔共に食事をしているのだから、合わせるのは当然だろう〕
ほんとに当然と思ってる口調で言われて、嬉しくなる。
「うふふー、ありがとうございます」
そういう、さりげない気遣いをしてくれるところも、好き。
〔……あいつがどういう奴か、知っているのか〕
「あいつ?」
誰のこと?
〔……交野だ〕
ああ、そういえば交野さんの話をしてたんだった。
「知ってますよ。
ランクAの人に声かけられたの初めてだから、びっくりしました」
〔ランクAとは、どういう意味だ〕
「あ、えっと、執行部が設定してる、【要チェック人物ランキング】です。
交野さんって、今五人もいないランクAのうちの一人なんです」
あれ、ランキングの話って、言っちゃいけなかったかな。
でももう言っちゃったし、吹田さんに隠しごとは無理だし、いいよね。
〔……………………〕
しばらく沈黙が続く。
なんだろ。
〔俺のランクは、何だ〕
あー、そこが気になってたんだ。
「調べてみたことないですけど、たぶんEだと思いますよ。
あ、五段階評価で、一番上がA、一番下がEです」
〔……最低ランクとは、ナメられたものだな〕
あれ、なんか、怒ってる?
でも、しょーがないんだよね。
「だって、そういうランキングですから」
〔…………宝塚のランクは、何だ〕
「えーっと、一課に来た当初はBで、シロさんとつきあいだしてからはE、だったと思います」
〔…………〕
吹田さんはまた黙りこむ。
なんだろ。
〔……以前から言っているが、身元の怪しい奴や、初対面で馴れ馴れしい態度の者には、気をつけろ〕
あれ、交野さん、不審者扱いされてる?
「それは、おぼえてますけど。
所属が違うとはいえ、同じ警視庁の人だし、キャリアだし、身元は怪しくないですよね?」
〔警察関係者だからといって、妄信するな。
愚か者はどこにでもいる〕
「あー、まあ、それはわかりますけど……」
警察官や警察官僚の不祥事なんて、しょっちゅうだもんね。
〔交野には、良くない噂がある。
関わりあいになるのは、できるだけ避けろ〕
あれ、吹田さんも知ってるんだ。
どういう情報網なんだろ。
「わかりました、気をつけます」
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それから数日は、交野さんに会うこともなくて、平和だった。
このままフェードアウトしてくれたらいいなーと、思ってたのに。
「こんにちは、御所さん」
「……こんにちは」
また倉庫の手前で声をかけられちゃった。
フロア違うのに、なんでこんなとこにいるんだろ。
「重そうだね、持ちますよ」
「あ」
私の手の中に一冊だけ残して、交野さんは残り全部を取りあげる。
さりげない優しさと強引さの境界線って、微妙かも。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
にっこり笑顔で言った交野さんは、すたすた歩いていった。
倉庫の前までいくと、ドアを開けて、押さえてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私が中に入って照明をつける間に、交野さんはきっちりドアを閉めた。
そしてなぜか資料を抱えたまま、奥に向かっていく。
え、なんで?
もしかして、奥の机のほうに置くつもりなのかな。
倉庫には私より背が高いスチール棚がずらっと並んでるけど、一番奥の壁際にも、ドア横にあるのと同じ細長い作業テーブルがある。
戻すものが古い年代の場合は、奥から始めたほうが効率いいんだけど、今持ってきたのは比較的最近のだから、ドア横のテーブルに置いたほうがやりやすいのに。
もー、しかたないなあ。
「あの、交野さん」
あわてて追いかけると、交野さんは、やっぱり壁際のテーブルに持ってた資料を置いてた。
近寄った私が持ってたのもひょいっと取って、その上に置く。
ん?
「御所さん」
「はい……!?」
いきなり抱きしめられて、ぴきっと固まる。
えっ!?
「俺、御所さんが、好きなんだ。
まだ、会って間もないけど、本気なんだ」
待って、いきなりすぎない!?
パニクってる間に、頬に手を当てられて強引に上向かされる。
「好きだ……美景」
「!!」
その瞬間、背筋がぞわっとして、全身に鳥肌が立った。
「はなして、くださいっ!」
めちゃくちゃに暴れたけど、しっかり抱えこまれてて、逃げられない。
まさか、こんなことしてくるなんて。
「恐がらないで……優しくするから」
勝手なことを言いながら、顔が近づいてくる。
また背筋がぞわっとした。
「やだ……!」




