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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
47/93

信じるって意外と重い言葉だったりする③

 ごはんを食べ終えて、私の家に戻る。

 お母さんは車に乗っていってたから、うちの駐車場に車を停めてもらった。

「どうぞー」

 ドアの鍵を開けて先にあがり、自分のスリッパを履いて、そろえて置いといたスリッパを手で示す。

「邪魔をする。

 これは、手土産だ」

「あ、ありがとうございます」

 吹田(すいた)さんが、車から持ってきた紙袋をさしだす。

 相変わらず、きっちりしてるなあ。

 あわてて受け取ると、私でも知ってる有名ブランドの焼き菓子だった。

 お茶と一緒に出したほうがいいんだろうけど。

「お茶は……今はいいですよね」

「そうだな」

 準備はしておいたけど、ごはんの最後に飲んだとこだもんね。

「ちょっと待っててくださいね」

 急いでお菓子の袋をキッチンに置きにいって、玄関に戻る。

「お待たせしました。

 じゃあ私の部屋に案内しますね」

「ああ」

 ゆっくり階段を上がって、廊下を進む。



「ここです、どうぞ」

 深呼吸してから、ドアを開ける。

 ドアの前から奥に向かう壁際に、チェストと私より背の高い本棚が二つ。

 上二段はぬいぐるみで、その下は本。

 ドアを入ってすぐ右の壁沿いにベッドと、小学生の頃から使ってる机。

 正面の壁沿いには、私の胸ぐらいの高さの扉つき本棚が三つあって、それも上はぬいぐるみ置き場。

 でも今日は、ベッドの枕元や机の上や本棚の上に置いてるのも、全部集めて、床のラグの上にまとめて置いといた。

「これが、私のコレクションでーす」

 吹田さんを振り向いて、ちょっぴり自慢するように言う。

「……ほう」

 小さな声を漏らした吹田さんは、まじめなカオしてたけど、目が輝いてた。

 あー、これは、買い物の時にたまに見た、ゴキゲンなカオだ。

「なかなかの品揃えだな」

「でしょー?

 どうぞ、座ってゆっくり見てあげてください」

「ああ」

 吹田さんは嬉しそうにうなずいて、ぬいぐるみたちの前にセットしておいたクッションに座った。

 一番端に置いてあった、高さ五十センチのピンクのテディベアを取りあげる。

「ピンクは邪道だが、手ざわりはいい」

 ひとりごとみたいに言いながら、手ざわりを確かめるみたいに、手をふにふに握る。

 しばらくして元の場所に戻すと、その隣のドレスを着たテディベアを取る。

「衣装は手入れを怠るとみすぼらしくなるが、これはきちんと手入れされているな」

 ドレスをチェックし、手ざわりを確かめて、また元の場所に戻す。

 めちゃくちゃ楽しそうだった。



「……………………」

 吹田さんの隣に用意しておいた自分用のクッションに、ぺたんと座る。

 喜んでもらえて、嬉しい。

 自慢のコレクションがウケるのも、すごく嬉しい。

 だけど。

 私のこと完全無視なのは、なんか、ちょっと、さみしいな。

 目の前にいた、吹田さんとの初おでかけデートで買ったテディガールを取って、ぎゅっと抱きしめる。

 じいっと横顔を見つめても、吹田さんはぬいぐるみしか見てない。

 いつもなら、こっそり見てると、すぐ気づかれるのに。

 コレクション見せたかったし、ゆっくり話したかったし、二人きりになりたかったし。

 おうちデートって、いい案だと思ったけど。

 失敗だったかも。

 ……あ、そうだ。

 


「吹田さん」

「なんだ」

「抱きついていいですか」

 そしたら、私もさみしくない。

「…………」

 ようやく私を見た吹田さんは、深くため息をつく。

 あれ。

 今までは、いつもオッケーしてくれたのに。

 今日はダメなの?

 吹田さんは持ってたウサギのぬいぐるみを床に戻して、私のほうに体を向ける。

「おまえは、危機感がなさすぎる。

 俺でなければ、どうなっていたかわかっているのか」

 呆れたようなカオで説教口調で言われて、首をかしげる。

「何が、危機なんですか?」

「…………」

 吹田さんは、さっきよりさらに大きなため息をつく。

 えー、なんで?

「吹田さんだから抱きつきたいんですけど、吹田さんじゃない人のことを気にしないといけないんですか?」 

 意味わかんない。



 吹田さんは、ゆっくり手を伸ばして、私の右手の手首をつかんだ。

 なんだろ。

「ふりほどいてみろ」

「? ……はい」

 とまどいながらも、軽く手を引いてみたけど、吹田さんの手は離れなかった。

 あれ?

 ぶんぶん振っても、離れない。

 左手でひきはがしてみようとしても、やっぱりダメ。

 なんで?

 軽くつかまれてるだけなのに。

 痛むほど力も入ってないのに。

 こうなったら。

「……っ」

 立ちあがる勢いでふりほどこうとしたけど、やっぱりダメで、ぽすんとクッションに座りなおした。 

「なんで……?」

「男と女の、力の違いだ」

 吹田さんは静かに言って、手を離す。

「力が弱い男も力が強い女もいるが、平均的には、体格が同程度なら女より男のほうが力が強い。

 体格に違いがあれば、なおさらだ。

 おまえは、俺が自分とたいして体格が変わらないから、力もたいして変わらないと思っていたのだろう。

 だが、実際には、おまえより俺のほうが力が強い」

 学校の先生みたいな静かな説明に、思いだす。

 懇親会で、宝塚さんににらまれて腰が抜けちゃった時、吹田さんは、私を肩にかついで普通に歩いてた。

 細くても男の人なんだって、思った。



「男は、女より力が強い。

 そして、男は、女より欲望に弱い。

 部屋に二人きりで、無防備に抱きつかれたら、相手にその気がないとわかっていても、理性は本能に凌駕され、欲望が暴走する。

 力で押さえこまれれば、逃げられない。

 だから、女は自衛手段をおぼえなければならない。

 男と二人きりにならないよう、不用意に接しないよう、隙を見せないよう、気をつけろ」

 あー、危機感て、そういう意味だったんだ。

 やっとわかったけど、言い聞かせるような言葉は、なんだか納得いかなかった。

「どうして、女が気をつけなくちゃいけないんですか?

 悪いのは、我慢できない男のほうでしょう?」

「そうだ。

 だが、男優位の社会では、女が自衛するしかない」

「そんなの、不公平です……」

「不公平でも、それが現実だ。

 外出前に天気予報を見て、雨が降るとわかったら、傘を持って出るだろう。

 それと同様に、事前に予想できる危険なら、避けられるよう行動すべきだ」

「……そう、ですけど……」

 テディガールをぎゅうっと胸に抱きしめてうつむく。

 吹田さんが言ってることの意味は、わかる。

 それでも、やっぱりなんだか、納得いかない。


 

美景(みひろ)

 ふわっと、頭を撫でられる。

「おまえが人を信じる心を持っているのは、素晴らしいことだ。

 だが、現実には、信じて傷つくこともあるのだと、知っておけ」

 優しい声が、なんだかせつない。

 心配してくれてることは、わかってる。

 だけど、吹田さんは。

「あ、そっか」

「……なんだ」

 顔を上げて、不思議そうな吹田さんを見つめる。

「男はケダモノってことは、知ってます。

 だけど、吹田さんは、違うでしょ?

 理性ふっとんで、ケダモノになるなんて、ありえないでしょ?」

 だから、男は()()()ケダモノって感じの言い方が、納得いかなかったんだ。

「……………………」

 吹田さんは、黙ったままじいっと私を見つめる。

 しばらく経ってもそのままで、なんだか不安になってくる。

 違う、のかな。

 もしかして、吹田さんでも、ものすごーくグラマーな美女に抱きつかれたら、ケダモノになっちゃうのかな。



「…………確認するが」

 長ーい沈黙の後、吹田さんはなぜか疲れたようなカオで言った。

「なんですか?」

「おまえの俺に対する信頼は、職業上の倫理を反映したうえでのことか?

 それとも、俺個人に対してなのか」

「えー、っと」

 あーもう、ほんと言い方小難しいんだから。

「俺が警察官僚だから、女を力ずくで襲うことはないと思っているのか。

 それとも、俺だから、そういうことをしないと思っているのか。

 どちらだ」

 あ、そういう意味なんだ。

 言いなおしてくれるなら、最初からそう言ってくれればいいのに。

「吹田さんだから、そんなことしないって、信じてるんです」

「…………そうか」

 ゆっくり手を伸ばした吹田さんは、優しく頭を撫でてくれる。

「俺は、おまえの言動が無自覚だと理解しているし、自制できないほど未熟でも愚かでもない。

 だが、全ての男がそうだと思うな。

 万が一の危険は、常に意識しておけ」

 肩にまわった手にゆっくり引きよせられて、吹田さんの肩にもたれかかると、ふんわり抱きしめられた。



「口うるさいと思うかもしれないが、俺は、おまえに傷ついてほしくないんだ。

 俺だけでなく、真白も、宝塚も、おまえの家族も、おまえの友達も、おまえを知る者は皆そう思っているはずだ。

 だから、自分の身を守ることをもう少し意識してくれ」

 耳元で囁く声は、優しいのに、なんだか祈るような響きだった。

 あ、そうか。

 吹田さんは、自分の身を守れなくて、身代わりになった側近さんを死なせちゃったことを、今でも後悔してる。

 だから、『自分の身を守ること』に、こだわってるんだ。

 私だって、なんにも気にしてないわけじゃない。

 電車で痴漢されたことは何度もあるし、イベント会場で『合法ロリですか?』って声かけられてダッシュで逃げたこともあるから、そこまで男の人を信じてない。

 でも、吹田さんから見たら、全然警戒が足りないんだろうな。

「わかりました、気をつけます」

 吹田さんの肩に頬をすりよせて言うと、こめかみにそっとキスされた。

「ありがとう」

 腕をといた吹田さんは、ちょっと体の向きを変えて、また私の肩を抱きよせる。

「見るだけではわからないこともあるから、おまえから紹介してくれ」

 膝にぬいぐるみをぽすんと乗せられて、くすっと笑う。

「いいですよー。

 えっと、このコは、中学生の時に父に買ってもらったもので……」



 吹田さんに肩を抱かれてもたれかかって、自慢のコレクションを順に紹介していくのは、すごく楽しかった。

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