信じるって意外と重い言葉だったりする②
シートベルトをはずして、車から降りる。
ボンネットの前をまわって近づいてきた吹田さんは、私の肩を抱いた。
……ん?
「行くぞ」
「あ、はい」
そのまま促されて、並んで歩く。
なんか、スキンシップ増えた?
嬉しいけど、不思議。
壁で区切られたエリアから外に出ると、吹田さんはまたスマホを操作して、シャッターを閉じる。
駐車場の隅のエレベーターで上がると、店の入口の前だった。
ドアに書かれてたのは、値段高めだけどサービスがいいことで知られてる和食系ファミレスの名前。
お高いから来たことなかったけど、吹田さんち関連だったんだ。
二重の自動ドアを通って、中に入る。
ゆったりした待合スペースには、待ってる人はいなかった。
レジカウンターにいた若いウエイターさんが、私達を見て、なぜか緊張したカオで営業スマイルを浮かべる。
「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」
「予約の吹田だ」
「あ、はいっ、少々お待ちくださいませっ!」
吹田さんが名乗ったとたん、ウエイターさんはビシっと背筋を伸ばして言って、奥に走っていく。
なんだろ。
すぐ戻ってきた、と思ったら、四十代ぐらいの男性に替わってた。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
丁寧に言って、深々と頭を下げられる。
名札には店長って書いてあった。
あー、なるほど、株主対応なんだ。
「本日は当店をご利用いただき」
「挨拶はいい。案内を頼む」
吹田さんにスッパリ遮られて、店長さんは一瞬黙りこんだけど、丁寧に頭を下げる。
「かしこまりました、ご案内いたします」
また肩を抱かれて、店長さんの後をついていく。
うーん……。
案内された十畳ぐらいの個室には、四人掛けサイズのテーブルがあった。
ワンピースだから、お座敷じゃなくて助かった。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
店長さんが手前側の椅子を引いてくれたから、おそるおそる座る。
その間に、吹田さんは向かいの椅子に座った。
「お決まりになりましたら、ベルでお呼びくださいませ」
「ああ」
「では、失礼いたします」
店長さんはまた丁寧に頭を下げて、部屋を出ていった。
「今日はメニューを決めていないから、好きなものを選んでくれ」
「わかりました」
それぞれの前に置かれてたメニューを、ゆっくりめくっていく。
うーん、私が普段行くようなファミレスとは、値段が倍近いなあ。
いったん最後まで見て、気になったページに戻る。
やっぱり、これにしようかな。
ごはんとお吸い物のほかに、オカズを自分で選んで、組みあわせできる御膳。
お刺身、天ぷら、茶碗蒸し、焼き魚、エビフライ、トンカツ、唐揚、ほうれん草のおひたし、野菜の煮物、サラダ、フライドポテト、他にもいろいろある。
「吹田さんは、どれにします?」
「季節の御膳だ」
「あー、それもいいですねえ」
うーん、迷うけど、やっぱりこっちの選べるほうにしようかな。
「デザートも頼んでいいですか?」
「ああ」
久しぶりに、白玉あんみつ食べたくなっちゃった。
ベルを押すと、やっぱり店長さんがやってきて、丁寧にオーダーを聞いてくれた。
「この店について、聞いていいですか?」
料理を待つ間に、気になったことを聞いてみる。
「ああ。なんだ」
「けっこうお高いですけど、それでもファミレスなんですか?」
「そうだ。
ファミリーレストランとは、家族連れの客を対象に、幅広いメニューを比較的安価かつ短時間で提供し、主に郊外型の店舗を複数展開する形態のことだ。
多少割高でも、ファミレスと名乗ることに問題はない」
そうなんだ。
「駐車場が二つに分かれてましたけど、どうしてですか?
なんか、スマホで操作してましたよね?」
「手前は一般客用、奥は従業員及び株主用だ。
移動中に休憩したくなった時に、いつ寄っても駐車スペースを確保しておけるように、買収した際に母が提案して導入させた仕組みだ。
元々常に満車になる店舗は少なかったが、混んでいると従業員は心理的に停めにくいから、スペースが確保されるようになって好評らしい。
出入口の操作は、スマホの専用アプリで行う」
「へえー」
休憩所がわりにファミレスを買うって、すごい発想だよね。
吹田さんのお母様って、江戸初期から続くすごいおうちの御当主だけど、けっこう自由というか、楽しそうな人みたい。
実家のことは気にしなくていいって言われたけど、機会があったら会ってみたいな。
「あと、ちょっと気になったんですけど……」
「なんだ」
「安全のために信用できる店の個室を使うって、前に言ってましたけど、店長さんにぺこぺこされながら、個室に案内されるのって、けっこう目立つ気がします。
特にオフの時の吹田さんや私って、若く見えるので、悪目立ちするっていうか……。
さっき案内されてる時も、お客さん達からチラチラ見られてました。
今のご時世、ムダに目立つと、スマホで写真撮られて、SNSで拡散されちゃいますよ。
安全のためには、目立たないのも大事じゃないですか?」
「そうだな。
だが見られること自体は避けようがないから、それ以外の対策を重視するようにしている」
「あー……なるほど」
吹田さんて、いつでも一流ブランドの装いで、それが似合う風格があるから、基本的に目立つんだよね。
それを自覚してるから、他の対策重視ってことなんだ。
ごはん食べに行くだけで、毎回そんなこと考えないといけないなんて。
「お金持ちって、大変なんですねえ……」
しみじみ言うと、吹田さんはくすっと笑う。
「やはり、おまえは面白いな」
ん?
「さっき大笑いした時も、ソレ言ってましたけど。
そんなに面白いですか?」
「ああ。
俺や俺の実家が裕福だと知ると、ほとんどの者は媚びてきたし、一部の者には疎まれた。
だがおまえは、おごられることを気にして、俺の実家が裕福でも関係ないと言いきり、金持ちは大変だと同情する。
おまえの素直な感性は、面白いし、好ましいと思う」
最後だけ、声に甘さがあった。
素でタラシ入るの、ほんとやめてほしい……。
また顔が熱くなったけど、直後に店員さんが料理を運んできたおかげで、なんとかごまかせた。
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ごはんをのんびり食べながら話をする。
「昨日シロさんから聞いたんですけど、大学時代って、シロさんと同居してたんですってね」
「ああ」
「シロさんが家事をしようとしたけど、慣れてなくて失敗ばかりだったから、吹田さんが実家に頼んで家政婦を派遣してもらった、みたいに言ってましたけど。
そうなんですか?」
シロさんは、自分がダメだったからだって、思ってたみたいだけど。
吹田さんのシロさんへの気遣いを知ってると、違うような気がするんだよね。
じっと見つめると、吹田さんは小さくため息をつく。
「真白は俺の婚約者兼側近だったから、実家では俺と同様に世話をされる側で、家事をしたことはなかった。
家を出る前に一通り教わっていたようだが、純和風の実家と都心部のマンションでは設備も広さも違いすぎて、苦労していた。
家事をさせるために同居したわけではないし、勉強に時間を取られるのに、睡眠時間を削ってまで家事をしようとするから、実家に頼んで家事を任せる者を呼んだんだ。
真白の親族の女性で、家事に関しては優秀だったから、真白も納得して受け入れたと思っていたが……いまだに気にしているのか」
「みたいですねー。
期待されてたのにできなかったって思ったみたいで、それもコンプレックスの一つになってるみたいです」
やっぱりねー。
家政婦さんは、シロさんの負担を減らしてあげるためだったんだ。
東大法学部って、卒業どころか進級でさえ大変で、留年率高いらしいから、勉強に専念できるようにしてあげたかったんだろうな。
でも、自分に自信がないシロさんは、自分がダメだったからだと思いこんじゃったんだろうね。
うーん……。
「これは、宝塚さんに任せたほうがいいですか?」
たぶん、私や吹田さんが『家事できなくてもいいんだよ』とか言ったって、効果ないと思うんだよね。
私は普段お母さんに任せきりだし、吹田さんは一通りできるみたいだし。
カレシの宝塚さんに任せたほうが、いいんじゃないかな。
吹田さんは、ちょっとイヤそうなカオしたけど、小さくうなずいた。
「……そうだな」
「じゃあ、夜にでも連絡しときますね」
「……ああ」
友達になったのに、まだなんだか微妙なひっかかりがあるのかなあ。
男の人どうしの友情って、ヘンな感じ。
こっそり笑ってると、軽くにらまれた。
ヤバっ、えーと、なんか違う話題。
あ、そうだ。
「今は同居じゃなくて、隣の部屋なんですよね」
「ああ」
二人の入庁当初、提出された書類の住所がほぼ同じだったから、噂になったらしい。
わざわざ隣に住むぐらい親密な仲なんだって誤解されて、二人がつきあってる説が出てきたんだって。
ほんとは、非常時にすぐ駆けつけられるように、なんだろうな。
「今も、同じ家政婦さんにお世話になってるんですか?」
家事ができるとしても、吹田さんの自由時間のなさを考えると、自分で家事してるとは思えない。
「いや、今は真白の妹に頼んでいる」
ん?
シロさんの妹さんって、確か……。
「和裁の専門学校に通うために東京に出てきたっていう、末の妹さんでしたっけ」
「そうだ」
一人暮らしは心配だからって同居して、卒業した後は家で和裁の仕事をしてて、ついでに家事をしてもらってるって、前に聞いた。
今は着物を着る人が少ないから、食べていけるぐらいお仕事あるのか不思議だったけど、自分の家族用らしい。
吹田さんちは純和風の豪邸だから、使用人さん達も当然着物で、仕事着として何着も必要だから、継続して注文があるんだって。
……あれ?
「なんだ」
「あー、えっと、シロさんの妹さんて、主に家族の着物を作ってるって、前に聞いたんですよ。
でもそれなら、実家に戻ったほうがやりやすいはずなのに、どうしてこっちにいるのかなって……」
吹田さんは、なぜか渋いカオになる。
「……本人は、都会のほうが好きだからだと言っている」
うーん?
なんか微妙な言い方。
妹さんは、シロさんの五歳下らしいから、今二十七歳ぐらい。
若いんだから、都会で暮らしたいっていうのは、わかる気がするけど。
他にも理由があるってこと?
吹田さんがああいうカオするってことは、たぶん吹田さんがらみだよね。
……あれ、なんかひっかかった。
なんだっけ、えーっと………………あ。
「前に、シロさんを筆頭に自分の全てを捧げようとする者が多い、とか言ってましたよね。
もしかして、シロさんの妹さんも、そうなんですか?」
「……そうだ」
吹田さんは、さらに渋いカオになってうなずいた。
「だが、都会で暮らしたいという建前があり、本業もあるから、容認している」
「あー……」
吹田さんに尽くすためにそばにいたいって言ったら、拒否されるから、そういう建前使ってるんだ。
うーん、なんていうか。
「吹田さん、愛されてますねえ」
にっこり笑って言うと、吹田さんはなぜか疲れてるようなカオになる。
「紫野の家系の者は、幼い頃から本家に尽くすよう教育されている。
俺個人への愛情ではない」
「えー、それだけじゃないと思いますよ。
だって、本家にってだけなら、家を出た吹田さんを追っかけてこないんじゃないですか?」
「…………」
黙りこんだ吹田さんを見つめて、ふいにひらめく。
「亡くなった側近さんのことで、尽くされることに抵抗があるのかもしれませんけど。
それはそれとして、シロさん達の気持ちは、ちゃんと受けとめてあげてほしいです」
いまだに引きずってるんだろうねって、宝塚さんが言ってた。
自分のせいで友達を死なせちゃったなら、私だって一生引きずると思う。
だけど、それを気にして新しい友達を拒むのは、どっちにも失礼じゃないかな。
「…………」
吹田さんは手を止めて、じっと私を見つめる。
なんだろ。
「…………そうだな」
しばらくしてから、吹田さんはぽつりと言う。
「どう思っているのか、改めて話を聞いてみる」
「そうしてあげてください」
よかったー。
「美景」
「はい?」
私をまっすぐに見た吹田さんは、ふわりと微笑む。
「おまえのまっすぐな感性は、俺にはないものだ。
ありがとう」
「えっ」
やわらかな声とまなざしに、びっくりする。
たいしたこと言ってないのに、なんでだろ。
うーん……。
「なんかよくわかんないですけど、お役に立てたなら、よかったです」
「ああ、ありがとう」
「どういたしましてー」




