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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
46/93

信じるって意外と重い言葉だったりする②

 シートベルトをはずして、車から降りる。

 ボンネットの前をまわって近づいてきた吹田(すいた)さんは、私の肩を抱いた。 

 ……ん?

「行くぞ」

「あ、はい」

 そのまま促されて、並んで歩く。

 なんか、スキンシップ増えた?

 嬉しいけど、不思議。

 壁で区切られたエリアから外に出ると、吹田さんはまたスマホを操作して、シャッターを閉じる。

 駐車場の隅のエレベーターで上がると、店の入口の前だった。

 ドアに書かれてたのは、値段高めだけどサービスがいいことで知られてる和食系ファミレスの名前。

 お高いから来たことなかったけど、吹田さんち関連だったんだ。

 二重の自動ドアを通って、中に入る。

 ゆったりした待合スペースには、待ってる人はいなかった。

 レジカウンターにいた若いウエイターさんが、私達を見て、なぜか緊張したカオで営業スマイルを浮かべる。

「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」

「予約の吹田だ」

「あ、はいっ、少々お待ちくださいませっ!」

 吹田さんが名乗ったとたん、ウエイターさんはビシっと背筋を伸ばして言って、奥に走っていく。

 なんだろ。

 すぐ戻ってきた、と思ったら、四十代ぐらいの男性に替わってた。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

 丁寧に言って、深々と頭を下げられる。

 名札には店長って書いてあった。

 あー、なるほど、株主対応なんだ。



「本日は当店をご利用いただき」

「挨拶はいい。案内を頼む」

 吹田さんにスッパリ遮られて、店長さんは一瞬黙りこんだけど、丁寧に頭を下げる。

「かしこまりました、ご案内いたします」

 また肩を抱かれて、店長さんの後をついていく。

 うーん……。

 案内された十畳ぐらいの個室には、四人掛けサイズのテーブルがあった。

 ワンピースだから、お座敷じゃなくて助かった。

「お嬢様、こちらへどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 店長さんが手前側の椅子を引いてくれたから、おそるおそる座る。

 その間に、吹田さんは向かいの椅子に座った。

「お決まりになりましたら、ベルでお呼びくださいませ」

「ああ」

「では、失礼いたします」

 店長さんはまた丁寧に頭を下げて、部屋を出ていった。



「今日はメニューを決めていないから、好きなものを選んでくれ」

「わかりました」

 それぞれの前に置かれてたメニューを、ゆっくりめくっていく。

 うーん、私が普段行くようなファミレスとは、値段が倍近いなあ。

 いったん最後まで見て、気になったページに戻る。

 やっぱり、これにしようかな。 

 ごはんとお吸い物のほかに、オカズを自分で選んで、組みあわせできる御膳。

 お刺身、天ぷら、茶碗蒸し、焼き魚、エビフライ、トンカツ、唐揚、ほうれん草のおひたし、野菜の煮物、サラダ、フライドポテト、他にもいろいろある。

「吹田さんは、どれにします?」

「季節の御膳だ」

「あー、それもいいですねえ」

 うーん、迷うけど、やっぱりこっちの選べるほうにしようかな。

「デザートも頼んでいいですか?」

「ああ」

 久しぶりに、白玉あんみつ食べたくなっちゃった。

 ベルを押すと、やっぱり店長さんがやってきて、丁寧にオーダーを聞いてくれた。



「この店について、聞いていいですか?」

 料理を待つ間に、気になったことを聞いてみる。

「ああ。なんだ」

「けっこうお高いですけど、それでもファミレスなんですか?」

「そうだ。

 ファミリーレストランとは、家族連れの客を対象に、幅広いメニューを比較的安価かつ短時間で提供し、主に郊外型の店舗を複数展開する形態のことだ。

 多少割高でも、ファミレスと名乗ることに問題はない」

 そうなんだ。

「駐車場が二つに分かれてましたけど、どうしてですか?

 なんか、スマホで操作してましたよね?」

「手前は一般客用、奥は従業員及び株主用だ。

 移動中に休憩したくなった時に、いつ寄っても駐車スペースを確保しておけるように、買収した際に母が提案して導入させた仕組みだ。

 元々常に満車になる店舗は少なかったが、混んでいると従業員は心理的に停めにくいから、スペースが確保されるようになって好評らしい。

 出入口の操作は、スマホの専用アプリで行う」

「へえー」

 休憩所がわりにファミレスを買うって、すごい発想だよね。

 吹田さんのお母様って、江戸初期から続くすごいおうちの御当主だけど、けっこう自由というか、楽しそうな人みたい。

 実家のことは気にしなくていいって言われたけど、機会があったら会ってみたいな。



「あと、ちょっと気になったんですけど……」

「なんだ」

「安全のために信用できる店の個室を使うって、前に言ってましたけど、店長さんにぺこぺこされながら、個室に案内されるのって、けっこう目立つ気がします。

 特にオフの時の吹田さんや私って、若く見えるので、悪目立ちするっていうか……。

 さっき案内されてる時も、お客さん達からチラチラ見られてました。

 今のご時世、ムダに目立つと、スマホで写真撮られて、SNSで拡散されちゃいますよ。

 安全のためには、目立たないのも大事じゃないですか?」

「そうだな。

 だが見られること自体は避けようがないから、それ以外の対策を重視するようにしている」

「あー……なるほど」

 吹田さんて、いつでも一流ブランドの装いで、それが似合う風格があるから、基本的に目立つんだよね。

 それを自覚してるから、他の対策重視ってことなんだ。

 ごはん食べに行くだけで、毎回そんなこと考えないといけないなんて。

「お金持ちって、大変なんですねえ……」

 しみじみ言うと、吹田さんはくすっと笑う。



「やはり、おまえは面白いな」

 ん?

「さっき大笑いした時も、ソレ言ってましたけど。

 そんなに面白いですか?」

「ああ。

 俺や俺の実家が裕福だと知ると、ほとんどの者は媚びてきたし、一部の者には疎まれた。

 だがおまえは、おごられることを気にして、俺の実家が裕福でも関係ないと言いきり、金持ちは大変だと同情する。

 おまえの素直な感性は、面白いし、好ましいと思う」

 最後だけ、声に甘さがあった。

 素でタラシ入るの、ほんとやめてほしい……。

 また顔が熱くなったけど、直後に店員さんが料理を運んできたおかげで、なんとかごまかせた。


-----------------


 ごはんをのんびり食べながら話をする。

「昨日シロさんから聞いたんですけど、大学時代って、シロさんと同居してたんですってね」

「ああ」

「シロさんが家事をしようとしたけど、慣れてなくて失敗ばかりだったから、吹田さんが実家に頼んで家政婦を派遣してもらった、みたいに言ってましたけど。

 そうなんですか?」

 シロさんは、自分がダメだったからだって、思ってたみたいだけど。

 吹田さんのシロさんへの気遣いを知ってると、違うような気がするんだよね。

 じっと見つめると、吹田さんは小さくため息をつく。

真白(ましろ)は俺の婚約者兼側近だったから、実家では俺と同様に世話をされる側で、家事をしたことはなかった。

 家を出る前に一通り教わっていたようだが、純和風の実家と都心部のマンションでは設備も広さも違いすぎて、苦労していた。

 家事をさせるために同居したわけではないし、勉強に時間を取られるのに、睡眠時間を削ってまで家事をしようとするから、実家に頼んで家事を任せる者を呼んだんだ。

 真白の親族の女性で、家事に関しては優秀だったから、真白も納得して受け入れたと思っていたが……いまだに気にしているのか」

「みたいですねー。

 期待されてたのにできなかったって思ったみたいで、それもコンプレックスの一つになってるみたいです」

 やっぱりねー。

 家政婦さんは、シロさんの負担を減らしてあげるためだったんだ。

 東大法学部って、卒業どころか進級でさえ大変で、留年率高いらしいから、勉強に専念できるようにしてあげたかったんだろうな。

 でも、自分に自信がないシロさんは、自分がダメだったからだと思いこんじゃったんだろうね。

 うーん……。



「これは、宝塚さんに任せたほうがいいですか?」

 たぶん、私や吹田さんが『家事できなくてもいいんだよ』とか言ったって、効果ないと思うんだよね。

 私は普段お母さんに任せきりだし、吹田さんは一通りできるみたいだし。

 カレシの宝塚さんに任せたほうが、いいんじゃないかな。

 吹田さんは、ちょっとイヤそうなカオしたけど、小さくうなずいた。

「……そうだな」

「じゃあ、夜にでも連絡しときますね」

「……ああ」

 友達になったのに、まだなんだか微妙なひっかかりがあるのかなあ。

 男の人どうしの友情って、ヘンな感じ。

 こっそり笑ってると、軽くにらまれた。

 ヤバっ、えーと、なんか違う話題。

 あ、そうだ。



「今は同居じゃなくて、隣の部屋なんですよね」

「ああ」

 二人の入庁当初、提出された書類の住所がほぼ同じだったから、噂になったらしい。

 わざわざ隣に住むぐらい親密な仲なんだって誤解されて、二人がつきあってる説が出てきたんだって。

 ほんとは、非常時にすぐ駆けつけられるように、なんだろうな。

「今も、同じ家政婦さんにお世話になってるんですか?」

 家事ができるとしても、吹田さんの自由時間のなさを考えると、自分で家事してるとは思えない。

「いや、今は真白の妹に頼んでいる」

 ん?

 シロさんの妹さんって、確か……。

「和裁の専門学校に通うために東京に出てきたっていう、末の妹さんでしたっけ」

「そうだ」

 一人暮らしは心配だからって同居して、卒業した後は家で和裁の仕事をしてて、ついでに家事をしてもらってるって、前に聞いた。

 今は着物を着る人が少ないから、食べていけるぐらいお仕事あるのか不思議だったけど、自分の家族用らしい。

 吹田さんちは純和風の豪邸だから、使用人さん達も当然着物で、仕事着として何着も必要だから、継続して注文があるんだって。   

 ……あれ?



「なんだ」

「あー、えっと、シロさんの妹さんて、主に家族の着物を作ってるって、前に聞いたんですよ。

 でもそれなら、実家に戻ったほうがやりやすいはずなのに、どうしてこっちにいるのかなって……」

 吹田さんは、なぜか渋いカオになる。

「……本人は、都会のほうが好きだからだと言っている」

 うーん?

 なんか微妙な言い方。 

 妹さんは、シロさんの五歳下らしいから、今二十七歳ぐらい。

 若いんだから、都会で暮らしたいっていうのは、わかる気がするけど。

 他にも理由があるってこと?

 吹田さんがああいうカオするってことは、たぶん吹田さんがらみだよね。

 ……あれ、なんかひっかかった。

 なんだっけ、えーっと………………あ。

「前に、シロさんを筆頭に自分の全てを捧げようとする者が多い、とか言ってましたよね。

 もしかして、シロさんの妹さんも、そうなんですか?」

「……そうだ」

 吹田さんは、さらに渋いカオになってうなずいた。

「だが、都会で暮らしたいという建前があり、本業もあるから、容認している」

「あー……」

 吹田さんに尽くすためにそばにいたいって言ったら、拒否されるから、そういう建前使ってるんだ。

 うーん、なんていうか。



「吹田さん、愛されてますねえ」

 にっこり笑って言うと、吹田さんはなぜか疲れてるようなカオになる。

紫野(しの)の家系の者は、幼い頃から本家に尽くすよう教育されている。

 俺個人への愛情ではない」

「えー、それだけじゃないと思いますよ。

 だって、本家にってだけなら、家を出た吹田さんを追っかけてこないんじゃないですか?」

「…………」

 黙りこんだ吹田さんを見つめて、ふいにひらめく。

「亡くなった側近さんのことで、尽くされることに抵抗があるのかもしれませんけど。

 それはそれとして、シロさん達の気持ちは、ちゃんと受けとめてあげてほしいです」

 いまだに引きずってるんだろうねって、宝塚さんが言ってた。

 自分のせいで友達を死なせちゃったなら、私だって一生引きずると思う。

 だけど、それを気にして新しい友達を拒むのは、どっちにも失礼じゃないかな。

「…………」

 吹田さんは手を止めて、じっと私を見つめる。

 なんだろ。

「…………そうだな」

 しばらくしてから、吹田さんはぽつりと言う。

「どう思っているのか、改めて話を聞いてみる」

「そうしてあげてください」

 よかったー。



美景(みひろ)

「はい?」

 私をまっすぐに見た吹田さんは、ふわりと微笑む。

「おまえのまっすぐな感性は、俺にはないものだ。

 ありがとう」

「えっ」

 やわらかな声とまなざしに、びっくりする。

 たいしたこと言ってないのに、なんでだろ。

 うーん……。

「なんかよくわかんないですけど、お役に立てたなら、よかったです」

「ああ、ありがとう」   

「どういたしましてー」

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