信じるって意外と重い言葉だったりする①
おうちデートしてみたい。
でも、吹田さんちにはまだ呼んでもらえない。
だったら、私んちに呼べばいいじゃない。
そうひらめいたから、早速電話で言ってみた。
「次のデートは、土曜日に私の家でどうですか?」
〔……………………〕
しばらく沈黙が続く。
あれ?
不思議に思ってると、ようやく聞こえた声は、呆れてるみたいな疲れてるみたいな、よくわからない感じだった。
〔おまえは、親と暮らしているのだろう〕
「はい」
〔なのに、男を家に入れるということの意味をわかっているのか〕
あー、親と会いたくないってことかな。
「親は、いないんです。
父は、単身赴任で地方行きっぱなしですし、母は、土曜の午後はお友達とランチしてからヨガ講座とスーパー銭湯のハシゴで、夜まで留守なんです」
だから、いいかなって思ったんだけど。
〔…………家族がいない時に、男を家に入れる意味をわかっているのか〕
今度はなんだろ。
えっと、家に人がいない時に入れる、意味?
会いたいだけで、意味なんてないんだけど。
でもくり返し聞かれるってことは、意味があるってこと?
うーん?
ぐるぐる考えこんでると、ため息が聞こえた。
〔男との距離感に気をつけろと、前から言っているだろう〕
…………あー、そういう系の意味だったんだ。
「でも、吹田さんは恋人だから、かまいませんよね?」
〔そういう意味だと理解していないのが、問題なんだ。
普段から気をつけろ〕
「すみません……」
またお小言言われちゃった。
注意事項が多すぎて、つい頭からこぼれ落ちちゃうんだよね。
「でも、あの、単に、私のカワイイものコレクションを見てもらいたいなって、思っただけなんです。
小学生の頃から集めてるぬいぐるみ、百個ぐらいあるんですよ」
〔……そうか〕
ちょっぴり声が嬉しそうなのは、気のせい、じゃないよね。
「じゃあ、次のデート、私の家で決定でいいですか?
あ、昼か夜のごはんを一緒に食べたいです」
〔……十三時におまえの家に迎えにいって、近くの店で昼食、十四時におまえの家に戻り、一時間滞在、十五時に出る、でどうだ〕
「それでいいです」
うーん、ごはんデートだと二時間縛りなのかな。
でもまあ、会えるだけ嬉しいから、よしとしよう。
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約束の日、朝からがんばって自分の部屋を掃除して、お母さんがでかけた後にリビングや廊下も掃除して、急いで身支度する。
今日は、足首丈の七分袖ワンピースとカーディガンにした。
もうだいぶあったかいし、今日はランチと家でのんびりするだけの予定だから、レギンスはなし。
服屋勤めの友達によると、ごはんデートの時はふんわりタイプのワンピースが最強らしい。
スカートだと、ウエストが苦しくなっても調整しにくいから、なんだって。
おなかが苦しくなるほど食べる気はないけど、楽なほうがいいのは確かだから、ワンピースにしてみた。
玄関でソワソワしながら待ってると、スマホがぴこんと着信を知らせる。
≪後五分ほどで着く。門の内側で待っていてくれ≫
≪わかりました≫
急いでメッセージを送ってから、しっかり戸締りして家を出る。
私んちの前の道路はそんなに幅が広くなくて、長時間停めてると近所迷惑になるから、すぐ乗れるように門の前でスタンバイ。
三分ほどで、吹田さんの車が見えた。
門扉を開けて、きちんと閉めて道に出る間に、目の前で停まる。
「こんにちは、来てくれてありがとうございます」
「ああ。乗れ」
「はーい」
挨拶しながら助手席に乗りこんで、シートベルトを締めた。
「いいか」
「はい」
うなずくと、車がすうっと動く。
こういうとこ、運転上手だなって思う。
私だとなんかこう、発進の時にガクガクしちゃうんだよね。
「今日のごはんは、何屋さんですか?」
ちらっと私を見た吹田さんは、なぜかからかうようなカオになる。
「和食系のファミレスだ」
「えっ!?」
おぼっちゃまの吹田さんの口から『ファミレス』って言葉を聞くだけでも、違和感バリバリなのに。
基本信用できる個室がある店しか使わない、みたいなこと言ってたのに。
ファミレス!?
「そこまで驚くようなことか」
くつくつ喉を鳴らすように笑われて、思わず唇をとがらせる。
「驚くようなことですよ。
私に合わせてくれた、ってわけでもないんですよね?」
なんだかんだでけっこうワガママ聞いてもらってるけど、安全面については譲らない、はず。
うーん、どんな裏があるんだろ。
…………あ。
「もしかして、吹田さんの実家関連のお店ですか?」
だから信用できるってパターンかな?
「そうだ」
やったー、当たったー!
「そこも、大株主だったりします?」
ハイヤーの会社と同じ感じなのかな。
「いや、大株主というほどではない」
単なる株主ってだけでも、私からしたらすごいんだけど。
「……ちなみに、他にもそういう、株主として利用してるとこありますか?」
「普段行く施設は、ほとんどが実家関連だ。
住んでいるマンション、スーパー、スポーツジム、百貨店、病院もだな」
「ぅわー……」
それもたぶん安全のためなんだろうけど。
あれ?
「なんだ」
「えーと、シロさんに聞いた昔話では、大学進学の時に家を出て以来、実家とは縁が切れてるみたいな感じだったので。
まだけっこうつながりあるんだなーと思って」
「いや、その認識で合っている。
家を出てからはほとんど連絡を取っていないし、どうしても外せない行事の時しか帰省していない」
「えー、でも、実家が経営してる会社の株は持ってるんですよね?」
「俺が今持っている株のほとんどは、成人した際の祝儀がわりだ。
自分で選んでいいと言われたから、生活に役立ちそうなものを選んだ。
元々自分達が使う前提で買収しているから、使いやすいところが多かった。
生前贈与も兼ねているが、姉が受け継ぐ本家の総資産からすれば、微々たるものだ」
成人祝いが株で、生前贈与なんだ。
使う前提で買収って、物を買うノリで店を買ってる感じ?
庶民ならそれだけで暮らしていけそうだけど、微々たるものなんだ。
総資産って、言い方の時点ですごいよね。
うーん、ツッこみが追いつかない。
「んー……ちょっと頭を整理する時間をください」
「ああ」
えーと。
吹田さんは、私が思ってたよりもっとお金持ちだった。
……キャリアで役職付きの吹田さんは、そもそも私とは比べるのが失礼なぐらいの高給取り。
株のぶんが上乗せされても、誤差だね。
吹田さんちがすごいお金持ちだってことも、わかってたし。
びっくりしたし、別世界だけど、それだけ。
テレビ番組で紹介される【世界の大富豪】みたいなもので、縁のない存在。
つまり。
「私とは関係ないってことですね!」
「…………」
ちょうど赤信号で停まると、吹田さんはまじまじ私を見て、声をあげて笑った。
え。
吹田さんがそこまで笑うとこ、初めて見たかも。
なんで?
「……すまない。
やはりおまえは、面白いな」
笑いながら謝られても、説得力ないよねえ。
「何をどう考えてその結論に至ったのか、教えてくれないか」
「え? えーっと。
吹田さんが私よりお金持ちなのは、元から知ってたから、株のぶんが上乗せされても誤差だよねって思って。
吹田さんちがお金持ちなのも、前に調べて知ってましたし、テレビで紹介される豪邸の大富豪みたいな感じで、私には関係ない話だなって、思いました。
……ダメでした?」
結婚するならともかく、つきあってるだけなら、実家のことなんて気にしなくていいかなって、思ったんだけど。
「いや、それでいい。
実家関連の施設を使うのは、一から安全確認をしないで済むからであって、あくまでも株主としての利用だ。
俺自身も、普段はほぼ縁が切れているようなものだから、おまえも関係ないと思ってくれていい」
「よかったです」
あれ、でも。
「関係ないと思ってたら、お母様かお姉様が『庶民とつきあうなんて許しませんわ』とか言ってくるイベント、発生したりしませんか?」
これも『親が決めた婚約者』と同じく定番ネタだけど、どうだろ。
期待しながら返事を待ってると、吹田さんは苦笑する。
「母や姉が俺の行動に口出ししてくることはない。
……おまえにとってそれは、期待する『イベント』なのか」
「そうですね、あったら面白そうかなって。
ないんですか……」
ちょっと残念。
「……俺の家族がそう言ってきたら、おまえはどうする」
静かな問いかけに、きょとんとする。
「どう?」
面白そうとしか考えてなかったけど。
もし、ほんとに言われちゃったら。
うーん…………。
「どうもしない、いや、どうしようもない、ですかねえ」
「……どういう意味だ」
「だって、庶民だからダメって言われたって、セレブに生まれなおすことなんて、できませんし。
それで吹田さんが、『家族に反対されたから別れてくれ』って言うなら、……諦めるしかないです。
私からお願いして、つきあってもらってるんだから、吹田さんが別れるって決めたなら、文句は言えません。
だから、どうしようもないです」
最初はフラれたって思って、諦めたんだし。
たった数ヶ月でもつきあってもらえたんだから、文句言ったらバチが当たるよね。
あれ、でも、今のって。
「……家族から何か言われたら別れるから、覚悟しておけっていう、前フリですか?」
だとしたら、悲しいけど、心の準備ができるだけマシかなあ。
「違う」
きっぱり言った吹田さんは、小さく舌打ちする。
「車を停めるまで待ってくれ」
「え?」
車が減速して左折したから、前を見ると、二階建ての大きな建物が見えた。
一階が駐車場になってたけど、入口は赤と白のバーでふさがれてた。
あ、お店についたのかな。
吹田さんが窓を開けて、バーの横の装置で何かすると、ゆっくりバーが上がる。
奥に進むと、壁に区切られて、駐車場のシャッターみたいなのがあった。
なんで?
横の看板を見ると、関係者用駐車場って書いてあった。
吹田さんがスマホで何か操作すると、シャッターが横に開いていく。
一番奥のあいてたところに、壁向きに車を停めた。
吹田さんは、シートベルトをはずして私のほうに体を向ける。
手を伸ばして、膝の上の私の手を包むように手を重ねた。
「すまない、俺の言い方が悪かった」
静かな声で言って、やわらかく手の甲を撫でる。
「俺とおまえとのことなのだから、家族には口出しさせないし、何を言われたとしても、そのせいでおまえと別れることはない。
別れるという予告でもない。
誤解させて悪かった」
まっすぐに見つめて言われて、体から力が抜ける。
手の向きを変えると、指をからめるように握ってくれた。
てっきりそういう意味かと思ったけど、違ったんだ。
空気読んだつもりが、大外れだった。
でも、そうだよね。
吹田さんなら、そんなまわりくどいことせずに、スパッと言うよね。
「勘違いして、すみません」
「いや、俺が曖昧な言い方をしたせいだ。
悪かった」
吹田さんはあくまでも優しく言って、握りあった手をそっと持ちあげる。
ゆっくり引きよせられて、手の甲にそっとキスされて、急に恥ずかしくなった。
この間のおでかけデートで唇にキスされたけど、あの時は、いつの間にか終わってて、実感なかったし。
手でも、まだなんか、恥ずかしい。
あー、絶対顔赤くなってる。
駐車場で、壁向きに停まってるとはいえ、外から見えるのに。
そう思ったとたん、バンって大きな音がして、びくっとする。
おそるおそる音がしたほうを見ると、向こうのほうに停まった車から誰かがおりたみたいだった。
思わずほっと息をつくと、吹田さんが苦笑して手を離す。
「降りよう」
「はい」




