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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
45/93

信じるって意外と重い言葉だったりする①

 おうちデートしてみたい。

 でも、吹田(すいた)さんちにはまだ呼んでもらえない。

 だったら、私んちに呼べばいいじゃない。



 そうひらめいたから、早速電話で言ってみた。

「次のデートは、土曜日に私の家でどうですか?」

〔……………………〕

 しばらく沈黙が続く。

 あれ?

 不思議に思ってると、ようやく聞こえた声は、呆れてるみたいな疲れてるみたいな、よくわからない感じだった。

〔おまえは、親と暮らしているのだろう〕

「はい」

〔なのに、男を家に入れるということの意味をわかっているのか〕

 あー、親と会いたくないってことかな。

「親は、いないんです。

 父は、単身赴任で地方行きっぱなしですし、母は、土曜の午後はお友達とランチしてからヨガ講座とスーパー銭湯のハシゴで、夜まで留守なんです」

 だから、いいかなって思ったんだけど。

〔…………家族がいない時に、男を家に入れる意味をわかっているのか〕

 今度はなんだろ。

 えっと、家に人がいない時に入れる、意味?

 会いたいだけで、意味なんてないんだけど。

 でもくり返し聞かれるってことは、意味があるってこと?

 うーん?

 ぐるぐる考えこんでると、ため息が聞こえた。



〔男との距離感に気をつけろと、前から言っているだろう〕

 …………あー、そういう系の意味だったんだ。

「でも、吹田さんは恋人だから、かまいませんよね?」

〔そういう意味だと理解していないのが、問題なんだ。

 普段から気をつけろ〕

「すみません……」

 またお小言言われちゃった。

 注意事項が多すぎて、つい頭からこぼれ落ちちゃうんだよね。

「でも、あの、単に、私のカワイイものコレクションを見てもらいたいなって、思っただけなんです。

 小学生の頃から集めてるぬいぐるみ、百個ぐらいあるんですよ」

〔……そうか〕

 ちょっぴり声が嬉しそうなのは、気のせい、じゃないよね。

「じゃあ、次のデート、私の家で決定でいいですか?

 あ、昼か夜のごはんを一緒に食べたいです」

〔……十三時におまえの家に迎えにいって、近くの店で昼食、十四時におまえの家に戻り、一時間滞在、十五時に出る、でどうだ〕

「それでいいです」

 うーん、ごはんデートだと二時間縛りなのかな。

 でもまあ、会えるだけ嬉しいから、よしとしよう。


-----------------


 約束の日、朝からがんばって自分の部屋を掃除して、お母さんがでかけた後にリビングや廊下も掃除して、急いで身支度する。

 今日は、足首丈の七分袖ワンピースとカーディガンにした。

 もうだいぶあったかいし、今日はランチと家でのんびりするだけの予定だから、レギンスはなし。

 服屋勤めの友達によると、ごはんデートの時はふんわりタイプのワンピースが最強らしい。

 スカートだと、ウエストが苦しくなっても調整しにくいから、なんだって。

 おなかが苦しくなるほど食べる気はないけど、楽なほうがいいのは確かだから、ワンピースにしてみた。 

 玄関でソワソワしながら待ってると、スマホがぴこんと着信を知らせる。

≪後五分ほどで着く。門の内側で待っていてくれ≫

≪わかりました≫

 急いでメッセージを送ってから、しっかり戸締りして家を出る。

 私んちの前の道路はそんなに幅が広くなくて、長時間停めてると近所迷惑になるから、すぐ乗れるように門の前でスタンバイ。

 三分ほどで、吹田さんの車が見えた。

 門扉を開けて、きちんと閉めて道に出る間に、目の前で停まる。

「こんにちは、来てくれてありがとうございます」

「ああ。乗れ」

「はーい」

 挨拶しながら助手席に乗りこんで、シートベルトを締めた。



「いいか」

「はい」

 うなずくと、車がすうっと動く。

 こういうとこ、運転上手だなって思う。

 私だとなんかこう、発進の時にガクガクしちゃうんだよね。

「今日のごはんは、何屋さんですか?」

 ちらっと私を見た吹田さんは、なぜかからかうようなカオになる。

「和食系のファミレスだ」

「えっ!?」

 おぼっちゃまの吹田さんの口から『ファミレス』って言葉を聞くだけでも、違和感バリバリなのに。

 基本信用できる個室がある店しか使わない、みたいなこと言ってたのに。

 ファミレス!?



「そこまで驚くようなことか」

 くつくつ喉を鳴らすように笑われて、思わず唇をとがらせる。

「驚くようなことですよ。

 私に合わせてくれた、ってわけでもないんですよね?」

 なんだかんだでけっこうワガママ聞いてもらってるけど、安全面については譲らない、はず。

 うーん、どんな裏があるんだろ。

 …………あ。

「もしかして、吹田さんの実家関連のお店ですか?」

 だから信用できるってパターンかな?

「そうだ」

 やったー、当たったー!

「そこも、大株主だったりします?」

 ハイヤーの会社と同じ感じなのかな。

「いや、大株主というほどではない」

 単なる株主ってだけでも、私からしたらすごいんだけど。

「……ちなみに、他にもそういう、株主として利用してるとこありますか?」

「普段行く施設は、ほとんどが実家関連だ。

 住んでいるマンション、スーパー、スポーツジム、百貨店、病院もだな」

「ぅわー……」

 それもたぶん安全のためなんだろうけど。

 あれ?


 

「なんだ」

「えーと、シロさんに聞いた昔話では、大学進学の時に家を出て以来、実家とは縁が切れてるみたいな感じだったので。

 まだけっこうつながりあるんだなーと思って」

「いや、その認識で合っている。

 家を出てからはほとんど連絡を取っていないし、どうしても外せない行事の時しか帰省していない」

「えー、でも、実家が経営してる会社の株は持ってるんですよね?」

「俺が今持っている株のほとんどは、成人した際の祝儀がわりだ。

 自分で選んでいいと言われたから、生活に役立ちそうなものを選んだ。

 元々自分達が使う前提で買収しているから、使いやすいところが多かった。

 生前贈与も兼ねているが、姉が受け継ぐ本家の総資産からすれば、微々たるものだ」

 成人祝いが株で、生前贈与なんだ。

 使う前提で買収って、物を買うノリで店を買ってる感じ?

 庶民ならそれだけで暮らしていけそうだけど、微々たるものなんだ。

 総資産って、言い方の時点ですごいよね。

 うーん、ツッこみが追いつかない。



「んー……ちょっと頭を整理する時間をください」

「ああ」

 えーと。

 吹田さんは、私が思ってたよりもっとお金持ちだった。

 ……キャリアで役職付きの吹田さんは、そもそも私とは比べるのが失礼なぐらいの高給取り。

 株のぶんが上乗せされても、誤差だね。

 吹田さんちがすごいお金持ちだってことも、わかってたし。

 びっくりしたし、別世界だけど、それだけ。 

 テレビ番組で紹介される【世界の大富豪】みたいなもので、縁のない存在。

 つまり。

「私とは関係ないってことですね!」

「…………」

 ちょうど赤信号で停まると、吹田さんはまじまじ私を見て、声をあげて笑った。

 え。

 吹田さんがそこまで笑うとこ、初めて見たかも。

 なんで?

「……すまない。

 やはりおまえは、面白いな」

 笑いながら謝られても、説得力ないよねえ。



「何をどう考えてその結論に至ったのか、教えてくれないか」

「え? えーっと。

 吹田さんが私よりお金持ちなのは、元から知ってたから、株のぶんが上乗せされても誤差だよねって思って。

 吹田さんちがお金持ちなのも、前に調べて知ってましたし、テレビで紹介される豪邸の大富豪みたいな感じで、私には関係ない話だなって、思いました。

 ……ダメでした?」

 結婚するならともかく、つきあってるだけなら、実家のことなんて気にしなくていいかなって、思ったんだけど。 

「いや、それでいい。

 実家関連の施設を使うのは、一から安全確認をしないで済むからであって、あくまでも株主としての利用だ。

 俺自身も、普段はほぼ縁が切れているようなものだから、おまえも関係ないと思ってくれていい」

「よかったです」

 あれ、でも。



「関係ないと思ってたら、お母様かお姉様が『庶民とつきあうなんて許しませんわ』とか言ってくるイベント、発生したりしませんか?」

 これも『親が決めた婚約者』と同じく定番ネタだけど、どうだろ。

 期待しながら返事を待ってると、吹田さんは苦笑する。

「母や姉が俺の行動に口出ししてくることはない。

 ……おまえにとってそれは、期待する『イベント』なのか」

「そうですね、あったら面白そうかなって。

 ないんですか……」

 ちょっと残念。

「……俺の家族がそう言ってきたら、おまえはどうする」

 静かな問いかけに、きょとんとする。

「どう?」

 面白そうとしか考えてなかったけど。

 もし、ほんとに言われちゃったら。

 うーん…………。



「どうもしない、いや、どうしようもない、ですかねえ」

「……どういう意味だ」

「だって、庶民だからダメって言われたって、セレブに生まれなおすことなんて、できませんし。

 それで吹田さんが、『家族に反対されたから別れてくれ』って言うなら、……諦めるしかないです。

 私からお願いして、つきあってもらってるんだから、吹田さんが別れるって決めたなら、文句は言えません。

 だから、どうしようもないです」

 最初はフラれたって思って、諦めたんだし。

 たった数ヶ月でもつきあってもらえたんだから、文句言ったらバチが当たるよね。

 あれ、でも、今のって。

「……家族から何か言われたら別れるから、覚悟しておけっていう、前フリですか?」

 だとしたら、悲しいけど、心の準備ができるだけマシかなあ。

「違う」

 きっぱり言った吹田さんは、小さく舌打ちする。

「車を停めるまで待ってくれ」

「え?」

 車が減速して左折したから、前を見ると、二階建ての大きな建物が見えた。

 一階が駐車場になってたけど、入口は赤と白のバーでふさがれてた。

 あ、お店についたのかな。

 吹田さんが窓を開けて、バーの横の装置で何かすると、ゆっくりバーが上がる。

 奥に進むと、壁に区切られて、駐車場のシャッターみたいなのがあった。

 なんで?

 横の看板を見ると、関係者用駐車場って書いてあった。

 吹田さんがスマホで何か操作すると、シャッターが横に開いていく。

 一番奥のあいてたところに、壁向きに車を停めた。



 吹田さんは、シートベルトをはずして私のほうに体を向ける。

 手を伸ばして、膝の上の私の手を包むように手を重ねた。

「すまない、俺の言い方が悪かった」

 静かな声で言って、やわらかく手の甲を撫でる。

「俺とおまえとのことなのだから、家族には口出しさせないし、何を言われたとしても、そのせいでおまえと別れることはない。

 別れるという予告でもない。

 誤解させて悪かった」

 まっすぐに見つめて言われて、体から力が抜ける。

 手の向きを変えると、指をからめるように握ってくれた。

 てっきりそういう意味かと思ったけど、違ったんだ。

 空気読んだつもりが、大外れだった。

 でも、そうだよね。

 吹田さんなら、そんなまわりくどいことせずに、スパッと言うよね。

「勘違いして、すみません」

「いや、俺が曖昧な言い方をしたせいだ。

 悪かった」

 吹田さんはあくまでも優しく言って、握りあった手をそっと持ちあげる。

 ゆっくり引きよせられて、手の甲にそっとキスされて、急に恥ずかしくなった。

 この間のおでかけデートで唇にキスされたけど、あの時は、いつの間にか終わってて、実感なかったし。

 手でも、まだなんか、恥ずかしい。

 あー、絶対顔赤くなってる。

 駐車場で、壁向きに停まってるとはいえ、外から見えるのに。

 そう思ったとたん、バンって大きな音がして、びくっとする。

 おそるおそる音がしたほうを見ると、向こうのほうに停まった車から誰かがおりたみたいだった。

 思わずほっと息をつくと、吹田さんが苦笑して手を離す。

「降りよう」

「はい」

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