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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
44/93

テディベアはクマだけどクマじゃない②

 片付けをして、バッグを駐車場の車に戻しにいく。

 一日中出入り自由なパスだと、こういうの楽でいいなあ。

 一時前になったから、いよいよメインイベント。

「うっわー、カワイー!」

 待機列に並んだ時点で、もうテンションマックス。

 思いっきり叫んじゃって、吹田(すいた)さんにため息をつかれた。

「予想通りだな」

「うっ、すみません……」

 でも、だって、カワイイんだもん!

 我慢なんてできない!

美景(みひろ)

 真剣な声で呼ばれて、軽く肩を抱きよせられた。

「もしもおまえの声に驚いたクマが、誰かを攻撃して傷つけた場合、おまえに過失があったとしても、人間を傷つけたクマは処分される。

 おまえのせいで殺処分にさせたくなければ、抑えろ」

 耳元で囁かれた言葉に、すうっとテンションが下がる。

 ゆっくり深呼吸して、うなずいた。

「……はい」

 吹田さんの、こういう理詰めでくるとこ、ありがたい。

 単に怒るんじゃなくて、ちゃんと理由を説明してくれるから、納得できる。

「ありがとうございます」

 小さな声で言うと、肩を抱いてた手で軽く頭を撫でてくれた。

「迷惑にならない程度に、楽しめ」

「はい」

 順番がきたら、それでもテンション上がっちゃったけど、なんとか我慢する。

 赤ちゃんグマは、思ってたよりがっしりしてて、爪も鋭かったけど、やっぱりかわいかった。

 スタッフにポラロイド写真を撮ってもらって、スタッフの横にいた吹田さんに私のスマホでも撮ってもらって、大満足。



「吹田さん、ほんとに抱っこしなくてよかったんですか?」

「ああ」

 わざわざついてきてくれたぐらいだし、ほんとは吹田さんも抱っこしたいのかなって思ってたのに。

 じゃあ、最初に言ってたように、私をなだめるために、ついてきてくれたんだ。

 う~~ん、微妙。

「なんだ」

「んー、一緒にいられて嬉しいから、オッケーです」

 理由がなんだとしても、デートはデートだもんね。

「次は、何を見にいきましょうか」

 地図を二人で見ながら、次の行き先を考える。

 ペンギンが気になるけど、カピバラも気になるし、コツメカワウソも見てみたい。

 結局近い順にまわることにして、のんびり歩きだしてすぐ、トイレを見つける。

「あ、すみません、ちょっと寄っていいですか」

「ああ」

 こういう敷地が広いとこだと、行きたくなった時に近くにあるとは限らないから、見つけた時に寄っておいたほうが安全なんだよね。

 イベント会場に比べたら、ここはトイレ多くて、待ち時間なくて助かるなあ。

 ついでに髪型や服もチェック。

 よし、オッケー。



 外に出ると、目の前を通った親子連れの会話が聞こえた。

「ねーママ、さくらキレイだったねー」

「そうねー」

 え、桜?

 もう五月なのに?

 気になって、後を追ってみる。

「あのっ、すみませんっ」

「はい?」

 声をかけると、若いママさんと、手をつないでた小学校低学年ぐらいの女の子が一緒に振り向く。

「あのっ、今、桜っておっしゃいましたよね。

 ここの中に、桜が咲いてるとこあるんですか?」

 突然話しかけた私に不審そうな顔をしたママさんより、女の子のほうが先に答える。

「あのねー、あっちなの、さくらいっぱいだったよ」

 女の子が指差したほうを見ると、牧場に向かう方向だった。

「あっち?」

 しゃがんで目線を合わせて聞くと、女の子は嬉しそうに笑ってこくんとうなずく。

「うん、あっち!」

「あっちにまっすぐ行くと、牧場のほうに出ますけど、途中で右に折れる細い道を進むと、何本かまとめて咲いてましたよ」

 女の子の言葉を補足するように、ママさんが説明してくれる。

「ありがとうございます」

 立ちあがってママさんにぺこっと頭を下げて、私を見上げる女の子に笑いかける。

「教えてくれてありがとう」

「うんっ」

 もう一度ママさんに会釈してから、少し離れたとこで待っててくれた吹田さんに急いで近寄った。



「すみません、お待たせしました」

「いや。

 ……親子連れと話していたが、何かあったのか」

「あ、なんか、あっちのほうに、桜が何本か咲いてるとこがあるらしいんです。

 ちょっと行ってみてもいいですか?」

 四月は忙しくて、花見できないうちに散っちゃった。

 ここは山の中だから、咲くのが遅かったのかも。

「かまわないが、場所はわかっているのか」

「えっとね、あっちに進んで、途中で右だそうです」

 歩きながら、親子連れに聞いた話をする。

「あ、ここですね」

 さっき通った時は気づかなかったけど、確かに右手の雑木林の中に伸びる細い道があった。

 踏み分け道程度だけど、普段から人通りはあるみたい。

 吹田さんはちょっとあたりを見回してから、ゆっくり進む。

「俺が先に行く。

 足下に気をつけろよ」

「はい」

 幅は人一人分ぐらいだし、しかたないか。

 いつもよりゆっくり歩く吹田さんの後ろを、慎重に歩く。

 木が繁ってるから薄暗いし、ところどころに根っこが飛びだしてるから、けっこう危険。

 足下見ながら歩いてると、吹田さんの声がした。

「あったぞ」

「え?」

 顔を上げると、少し先の雑木林が終わってるとこで、吹田さんが振り向いて私を見てた。

 早足で近づくと、ふいに視界が開ける。



「わあ……」

 ぽっかり空いたところに、大きな桜の木が点々と咲いてた。

 枝はあちこちに伸びてたし、半分ぐらいは散ってたけど、それでも、きれいだった。

 散った花びらで、地面が桜色の絨毯みたいになってる。

「これは、オオヤマザクラだな」

「え?」

 横に並ぶと、吹田さんは桜を見ながら言う。

「今の時期に咲く桜で、葉が大きく、花の色も濃い」

「へえ……」

 よく見ると、確かに葉っぱは見慣れたソメイヨシノよりちょっと大きめだし、花の色も濃いめに見えた。

「吹田さんは物知りですねえ」

 もっと近くで見てみたいな。

 一歩踏みだしたとたん、何かにつま先がひっかかった。

「あっ」

 前のめりに倒れそうになったけど、素早く近寄った吹田さんが、抱きとめて支えてくれる。

「気をつけろ」

「はい……ありがとうございます」

 足下を見ると、花びらに埋もれてた根っこにつまづいたみたいだった。

 あぶなかったー。

 ちょっと考えてから、吹田さんに手をさしだす。

「手つないでくれませんか?」

「……ああ」

 吹田さんは、ちょっと驚いたようなカオしたけど、やわらかく手を握ってくれた。

「ありがとうございます」



 手をつないだままゆっくり歩いて、桜を一本ずつ見てまわる。

「先に知ってたら、ここでお弁当食べたかったですね」

「そうだな。

 だが、花びらが邪魔で食べにくかったかもしれないな」

「あー……」

 ちょっとした風にも、花びらがひらひら舞い落ちてくる。

 見てるだけならきれいだけど、食べ物の上にひっきりなしに降られたら、確かに食べにくいかも。

「私、今年は花見できなかったんですよね。

 吹田さんは、花見しました?」

「いや」

「去年はね、友達とお花見したんです。

 皆でオカズ一品ずつ作って持ちよって食べて、楽しかったです。

 でも、途中から隣にいたオジサン集団がハンドカラオケで大騒ぎしだして、しかも酔っぱらってからんでくるから、早めに解散しました。

 花見なのに、花を見てない人が多すぎますよね」

「日本の花見は、酒宴と同義語だからな」

「ですよねー。

 私、友達と飲んでさわぐのは好きだけど、見ず知らずの人にからむ気持ちは、よくわかんないです。

 わあ……!」

 一番奥の木までたどりついて、思わず歓声をあげる。

 この木が、一番大きくて立派だった。

 長く伸びた枝が自由な方向に広がって、まだ半分以上花が残ってた。

「きれーい……」

 見上げた姿勢のまま、うっとりつぶやく。



「おまえは、桜が好きなのか」

 静かに聞かれて、隣に立つ吹田さんを見る。

「んー、すごく好きってわけじゃ、ないんですけど」

 また桜に視線を戻すと、花びらが舞い落ちてくる。

 あいてるほうの手を、花びらに伸ばす。

 風にくるんとひるがえった花びらは、私の指先を通りぬけていった。

「でも、花屋さんで年中売ってるような切り花と違って、花を見れるのはほんのわずかな期間だけだから、見逃したくないっていうか、堪能したいっていうか。

 ……結局は、すごく好きなのかもしれません」

 身近なのに、一時期しか見れないレア感が、いいのかな。

 くすっと笑うと、吹田さんもかすかに笑った。

「そうか」

 優しい声と笑顔、つないだままのあたたかい手。

 なんだか急に嬉しくなる。



「うふふー」

 思わず笑うと、吹田さんは不思議そうに私を見た。

「なんだ」

「なんか、嬉しいんです。

 好きな人と、好きな花を見て、きれいだなーって思えるって、幸せですね」

「…………そうだな」

 じいっと私を見てた吹田さんは、ゆっくりうなずいた。

 片手で眼鏡を取って折りたたんで、チノパンの後ろポケットに入れる。

 どうしたんだろ。

 目疲れたのかな。

 きょとんとして見てると、頬を包むように手を添えられて、そっと上向かされた。

 ゆっくり顔が近づいてくる。

 そういえば、吹田さんの素顔見るの、初めてかも。

 眼鏡ないと年相応、よりはまだ若く見えるけど、カッコイイなあ。

 眼鏡かけてるほうが童顔っぽく見えるの、不思議。

 わー、睫毛ながーい。

 ぽけっと見とれてる間に、唇に何かふれた。

 ……ん?

 すぐそばから私を見つめる瞳が、甘く微笑む。

「目を閉じろ」

 吐息がかかる距離で囁かれて、反射的に目を閉じる。

 また、唇に何かがふれた。



 あれ。

 もしかして。

 今。

 キス、された……!?



 気がついたら、ふんわり抱きしめられてた。

 え、なんで!?

 頭が全然ついていけてない。

「……どう、して……?」

 今はまわりに誰もいないけど、外で、誰が来るかわからないのに。

 吹田さん、外でベタベタするなんて、『公序良俗に反する』とか言いそうなのに。

「少し酔った」

「え……?」

 お酒なんて、一滴も飲んでないのに……?

「おまえにな」

 甘い声が耳元で囁いて、こめかみにそっとキスされた。

「~~~っ」

 顔どころか全身熱くなって、吹田さんにぎゅうぎゅう抱きつく。

 もうもうもう……!

 タラシモード、破壊力強すぎ……!!

「桜より(あか)いぞ」

 優しい声で言われて、よけい恥ずかしくなる。

「吹田さんの、せいですっ」

「そうか」

「そうですっ」



 恥ずかしくて。

 でも嬉しくて。

 幸せで。



 ふりしきる花びらの中、私の顔色が桜よりおちつくまで、ずうっと抱きあってた。

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