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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
43/93

テディベアはクマだけどクマじゃない①

【赤ちゃんグマを抱っこして、写真撮影ができます!】



「えっ、やりたいっ!」

 そのネットニュースを見た瞬間、思わず叫んだ。

 テディベアと本物のクマは違うのはわかってるけど、それでも、赤ちゃんならカワイイよね!

 急いで公式サイトにいって調べる。

 え、ゴールデンウィーク期間中だけなんだ。

 抱っこ撮影の予約は現地で受け付け、先着十名様ずつ、全部で五頭いるから一時間に一回ずつ実施、一回千円でスマホ撮影もオッケー。

 これはもう行くしかない!

 拳を握った時に、スマホが着信を知らせる。

「あ」

 そうだった、吹田(すいた)さんの電話を待ちながら、ノーパソ見てたんだった。

「はいミケです、赤ちゃんグマの抱っこ撮影したいです!」

 通話ボタンを押した勢いで叫ぶと、ため息が聞こえた。 

〔まずは情報をくれ〕

 呆れたように言いながらも、ちゃんと相手してくれるの、優しいなあ。

「あ、すみません、えーと、埼玉の自然公園で、赤ちゃんグマの抱っこ撮影会をゴールデンウィーク限定でやってるそうで、それに行きたいです」

〔…………ここか〕

 かすかにキータッチの音が聞こえたから、吹田さんもノーパソで見てるっぽい。

 言われた名前は、私が見てたのと同じところだった。



「そうです、そこです。

 車だと、高速使えば一時間ぐらいみたいだから、この間の那須よりだいぶ近いですね」

〔……そうだな〕

「他にも動物のエサやりとかふれあい体験とか、できるらしいです」

〔……ああ〕

「でもやっぱりメインは赤ちゃんグマ抱っこです!

 写真見てるだけでもカワイイですよね!」

〔……念の為に言っておくが、本物のクマは猛獣だぞ。

 期待しすぎるな〕

「それはわかってますけど、でも赤ちゃんならカワイイじゃないですか」

 どんな猛獣でも、赤ちゃんの時はカワイイよね。

「今年はベビーラッシュで赤ちゃんグマが五頭もいるので、先着順で負けることはないと思うんですけど、ゴールデンウィーク中だから……あ」

 しまった、一番肝心なこと忘れてた。



「すみません、順番間違えました。

 ゴールデンウィーク中にデートって、できますか」

 行きたい場所の前に、まずそこを確認しないといけないんだった。

〔……おまえの休みは、カレンダー通りなのか〕

 捜査員さん達はシフト制だけど、事務員の私は基本的にカレンダー通りに土日祝日のお休みがもらえる。

「一応そうですけど、今年は三日から七日まで五連休じゃないですか。

 事務処理が溜まって大変って、班長さんに泣きつかれたので、五日の金曜は出勤予定です。  

 そのぶん、一日か二日に代休を取る予定です。

 吹田さんのお休みは、いつの予定ですか?」

 理事官のお仕事は事務処理がメインだから、他の省庁が休みになる土日祝日は同じように休みのことが多いんだけど、ゴールデンウィークはどうなんだろ。

〔今のところはカレンダー通りの予定だが、色々と用事があるから、都合がつかないな〕

「あー……じゃあしかたないですね」

 残念、一緒に行きたかったのに。

 でも、さすがに一人で行くのはさみしいな。

 お母さんなら、ねだり倒したら一緒に行ってくれるかなあ。



美景(みひろ)

「あ、はい、すみません、なんですか?」

 しまった、時間制限ありの電話中に考えこんでちゃいけなかった。

〔おまえは、一人でも行くつもりなのか〕

「一人はちょっとさみしいので、母か友達を誘うつもりです」

〔……………………〕

 なんだろ。

〔五月二日でいいなら、一緒に行ってやる〕

「えっ!?

 嬉しいですけど、お休み取れるんですか?」

 さっきの言い方だと、無理っぽかったのに。

〔おまえを一人で行かせて、何かしでかさないかと気を揉みながら仕事をするよりは、仕事を調整して休みを取って同行したほうがマシだ〕

「えー、そんなトラブルメーカーみたいな言い方、ヒドイですよ」

 そりゃまあ、月イチの買い物では色々あったけど、あれは場所が悪かっただけで、私のせいじゃないのに。

〔興奮しすぎて大声を出して、クマを刺激するなとスタッフに注意されて、撮影を断られる姿が、目に見えるようだぞ〕

「うっ」

 淡々と言われて、言葉に詰まる。

 それは、自分でも否定できないなあ……。

〔だから、一緒に行ってやる〕

「……ありがとうございます」

 理由はちょっとアレだけど、デートできるならオッケーにしとこう。



〔スケジュールは、八時に待ち合わせ、九時に到着、十二時から敷地内で昼食、十五時に出発、十六時におまえの家に到着、でかまわないか〕

「オッケーです」

 四月のデート時間繰り越し分の、八時間ぴったり。

 相変わらず、きっちりしてるなあ。

「あ、今回は、行きか帰りのどっちかは、私が運転しましょうか?」

 片道一時間ぐらいなら、なんとかいけるはず。

〔いや、運転は俺がする〕

「えー、それって、私の運転だと不安ってことですか?」

 そりゃ、安心してもらえるほどの腕前じゃないけど。

〔違う。

 支払いと同様に、デート中の車の運転は、俺に任せてほしい〕

 んー?

 なんか、こだわりがあるのかな。

 これは、吹田さんだからなのか、男の人だからなのか、よくわかんないなあ。

 普段ハイヤー使ってる人に運転してもらうのは、ちょっと気が引けるけど。

 本人がそうしたいって言うなら、任せたほうがいいのかな。

「わかりました、お願いしますね」

〔ああ〕


-----------------

 

 約束の日は、ほどよい曇りだった。

 そろそろ晴れだと暑いぐらいの日差しだから、曇りがちょうどいいね。

 服装は、膝上丈の長袖チュニックに、ゆったりしたレギンスパンツ。

 それとパーカーと、小さめのリュックサックと、スニーカー。

 デートだけど、動物と遊びにいくんだから、今までよりカジュアルめにした。

 最後に、お弁当他を詰めた大きなバッグを持つ。

 公式サイトで調べたら、レストランもあるけどお弁当の持ちこみ可って書いてあったから、お弁当作りたいって吹田さんに言ってみた。

 手作りお弁当を持ってデートって、定番ネタだもんね。

 オッケーもらえてほっとしたけど、準備が意外と大変だった。

 食べやすくて崩れにくい形とか、オカズごとに味付け変えるとか、彩りよく見える詰め方とか、いろいろ考えなきゃいけない。

 ネットで調べたり、お子さんのためにお弁当作り慣れてるマキコさんに聞いたり、お母さんに相談したりもして、ようやくメニューを決めた。

 そしたら次は、お弁当箱とか、水筒とか、レジャーシートとか、そういうのを入れる大きめのバッグとかも必要で。

 全部そろえられたのは、昨日だった。

 今日は早起きして、お母さんに手伝ってもらってもけっこう時間かかって、お弁当ができあがったのは、家を出る十五分前だった。

 あぶなかったー。

 早起きして手伝ってくれたお母さんに感謝。



 約束の時間の十五分前に前回と同じコンビニに着くと、吹田さんの車はもう駐車場に停まってた。

 あれ、十分前行動だったはずなのに。

 うーん、なんだか負けた気分。

 近づくと、吹田さんが車から降りる。

 コットンセーターとチノパンで、いつもよりさらにカジュアルっぽい服装だった。

「おはようございます。

 お待たせしてすみません」

 近づいてきた吹田さんは、私の手からすっとバッグを取る。

「おはよう。

 道がすいていたから、早く着いただけだ。

 次は二十分前に来よう、などと考えるなよ」

「あー……」

 見越したように言われて目をそらすと、苦笑しながら頭を撫でられた。

「俺は車だから、余裕を取って早めに出ている。

 自宅から徒歩で来るおまえは、五分前に着けば充分だ。

 わかったな」

「……はぁい」

 まあ、このままいくと、お互い相手より先に着こうとして、どんどん早く来るようになって、約束の時間の意味がなくなっちゃうもんね。

 しぶしぶうなずくと、また頭を撫でられた。



 お弁当のバッグを後部座席にそっと置いてもらってから、コンビニで飲み物を買って、車に乗る。

 のんびりおしゃべりしてる間に高速に乗って、予定通り一時間ほどで着いた。

 開園直後なのに、正門に近い駐車場はもう半分ぐらい埋まってた。

「平日なのに、けっこう多いですね」

「連休の合間だからな」

「ですねー」

 まずは、メインイベントの赤ちゃんグマ抱っこ撮影会に申し込む。

 午前中の回はもう埋まってたけど、昼一時からの回に無事申し込めた。

 よかったー、これがダメだったら、来た意味ないもんね。

 山あり谷ありの広い敷地は、あちこちに動物がいる。

 併設の牧場では山羊や羊や牛が放し飼いで、牧舎では乳搾りやエサやり体験ができる。

 広すぎて、どこから何をするか、迷っちゃう。

 地図を見ながら相談して、まずは近場から回っていくことにした。



 ふれあいコーナーには、ウサギやアライグマや猫や犬までいた。

「うわー、カワイー!」

 いろんなコを抱っこしてまわって、テンション上がりまくり。

 吹田さんは呆れたようなカオしてたけど、私と同じようにウサギや猫を抱っこしたり、アライグマにエサやりして、楽しそうだった。

「あーかわいかった。

 ちょっと喉渇きましたね」

 標高高いから冷えるかもって事前に吹田さんに言われて、厚着してきたけど、はしゃぎすぎて暑いぐらい。

 スマホの時計を見ると、いつの間にか十一時半をすぎてた。

 もう二時間ぐらい遊んでたんだ。

「そろそろお昼食べましょうか」

「ああ」

 撮影会は一時からだから、それまでにお昼をすませとかないとね。



 トイレに寄って、しっかり手を洗ってから、駐車場に戻って、車からお弁当のバッグを取ってくる。

 バッグを吹田さんが持ってくれて、地図で探しておいた広場に向かう。

 クローバーが茂る広場には、親子連れが何組かレジャーシートを広げて座りこんでた。

「このへんでいいですか?」

「そうだな」

 近くに人がいない隅のほうにレジャーシートを敷いて、吹田さんと向かい合って座った。

 二人の間に、サラダとかカットフルーツを入れたタッパーを開けて並べる。

 水筒からあったかいお茶をコップに入れて、それぞれの手元に置く。

 最後に、バッグの中からおそるおそるお弁当箱を取りだす。

 いったん自分の膝に乗せて、フタをななめに開けた。

 中をのぞきこんで、ほっとする。

「あ、よかった、大丈夫だ」

 形が崩れてたら意味なかったから、よかった。



 深呼吸してから、フタを取って吹田さんにさしだす。

「はいどーぞっ」

 吹田さんはお弁当を見て、軽く目を見開いた。

 呆れたような、でもどこかゆるんだカオで、お弁当箱を受けとる。

「……自分で作ったのか?」

「いえ、こういう押し型売ってたんです。

 卵チャーハンをすくってフタでぎゅっと押すだけだから、簡単でしたよ。

 顔のパーツの海苔を切るほうが、大変でした」

 最初は普通のお弁当のつもりだったけど、お弁当箱を買いにいった時に、プ〇さんの顔のおにぎり型を見つけた。

 いいトシしてキャラ弁て、呆れられそうな気もしたけど、相手が吹田さんなら、クマ系だったら絶対ウケると思ったんだ。

 インパクト勝負、大成功だったみたい。

 オカズは、定番のだし巻き玉子とか、タコさんウィンナーとか、鶏の唐揚とか、菜の花のおひたしとか、ちょっとずつ彩りよく。

「作りながら味見したし、母にも手伝ってもらったから、まずくはない……と思います」

 紙おしぼりとお箸を渡しながら言うと、吹田さんはかすかに笑う。

「ずいぶん消極的な言い方だな」

「だって、吹田さん美味しいもの食べ慣れてるから……」

 一食一万円以上なのが当然なおぼっちゃまに、自分の手作りを『美味しいですよ』って言える度胸は、私にはないよ……。



「食べる相手と状況を考えながら作られたものは、量産されたものよりもはるかに個人の味覚に沿う。

 さらに、客観的な判断を心理的影響が凌駕することもある」

「えー……」

 時々こういう言い方されるけど、難しいなあ。

 つまり、どういう意味?

 考えこんでると、吹田さんはくすっと笑った。

「おまえが俺のために作ってくれたというだけで、美味しいと思える、ということだ」

「……っ」

 声もカオもやわらかいけど、今までにない甘さがあった。

 かあっと頬が熱くなる。

 素でタラシ入るの、ほんと心臓に悪い……。

「どうした?」

「……なんでも、ないですっ」

 赤くなってるはずの顔をうつむいて隠しながら、自分のお弁当箱のフタを開ける。

 中身は同じだけど、量は吹田さんの三分の二ぐらい。

 よかった、こっちのも崩れてなかった。



「さっ、食べましょっ」

「ああ」

 菜の花のおひたしは、だしの味がほどよくしみこんでて、おいしかった。

 お母さんに、だしはちょっと濃いめにって言われた時は不思議だったけど、詰める時に汁気を切るから濃いめのほうがいいんだって、教えてくれた。

 食べてみると、確かにちょうどいい感じ。

 さすがお母さん。

 オカズを少しずついくつも作るのは大変だったけど、お母さんが手伝ってくれたおかげで、なんとかなった。

 お母さんも、今頃は余りで作ったお弁当、食べてるかな。

 だし巻き玉子を食べた吹田さんは、ちょっと考えるカオになる。

「おまえの家のだし巻き玉子は、甘くないんだな」

「あ、そうなんです。

 母方の祖母が関西出身だから、母も関西風の味付けで、こどもの頃からこの味でした。

 私、甘いもの全般好きだけど、玉子焼きは甘くないほうが好きなんです。

 吹田さんは、玉子焼きは甘いほうが好きでした?」

「いや、俺も甘くないほうが好みだ」

「よかったー」

 話をしながら、のんびり食べる。

 デザートのカットフルーツも全部食べきって、おなかいっぱい。

 吹田さんも満足してくれたみたいで、ほっとした。

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