お酒は楽しく飲みましょう②
二杯目のお湯割りを一口飲んで、ぐるっと見回す。
「じゃあそろそろ【お題】いってみましょーか」
「ミケちゃん、【お題】って何?」
宝塚さんの問いかけに、にっこり笑って答える。
「テーマを決めて、それぞれが回答していくんです。
その人の意外な面とか見れて、面白いですよ。
ひとつめは、んー、【あなたの好きなところ】にしましょうか」
オタ友とだったら、【推しの好きなところ】にするけどね。
「シロさんの、クール系美女なのにカワイイところが好きです」
「……ありがとうございます」
シロさんは、照れたように微笑む。
「宝塚さんは、シロさんを溺愛してて、スパダリとしてがんばってるところが好きです」
「ありがとー」
宝塚さんは、余裕の笑顔。
「吹田さんは、細かいとこまできっちりしてるけど、イレギュラーには柔軟に対応してくれるところが好きです」
「……そうか」
吹田さんは、表情を変えずにうなずいた。
「はいじゃー次、シロさん、お願いしますー」
「え、あ、はい」
とまどうようにうなずいたシロさんは、しばらく黙りこむ。
「……ミケさんの、前向きさが好きです」
「ありがとーございますー」
「……宝塚さんは、……その……、スパダリでいようとしてくださるところが、……好き、です」
「うん、ありがとう」
わー、宝塚さんの笑顔、私の時の倍ぐらい輝いてる。
照れてるシロさんもかわいいね。
「吹田さんは、……常にご自分を厳しく律していらっしゃるところが、……尊敬しています」
んー、最後ちょっと違うけど、まあシロさんだしなあ。
「……ああ」
吹田さんは、私の時よりちょっと優しいまなざしでうなずいた。
「じゃー次、宝塚さん、どうぞー」
「うん。
シロは、存在全てが好きだよ」
うわー、スパダリの本領発揮、甘さマシマシの笑顔つき。
シロさんが真っ赤になっちゃった。
「…………ありがとう、ございます」
「ミケちゃんは、シロと同じになっちゃうけど、その前向きさが好きだよ」
「ありがとーございますー」
「吹田は、ミケちゃんへの過保護さが好きだよ。
意外だったけど、いい変化だと思う」
にっこり笑顔で言われて、吹田さんは渋いカオになった。
「じゃー最後、吹田さんお願いしますー」
「…………」
しばらく黙ってた吹田さんは、ため息をついてお猪口を飲み干す。
「……美景は、独特の感性。
真白は、生真面目なところ。
宝塚は、使い勝手が良いところ、だな」
そっけない言葉に、宝塚さんが苦笑する。
「俺だけ扱いが悪いなあ」
確かに、言葉だけ聞くとヒドイけど、それだけ信頼してるってことだもんね。
お湯割りの三杯目を飲みながら、くすくす笑う。
吹田さんらしいツンデレっぷりだね。
私以外の三人が頼んだおかわりが届いたから、またぐるっと見回す。
「じゃあお題ふたつめいきましょうか。
ん~~、【お願いしたいこと】にしましょう。
シロさんへは、そのうちパジャマパーティーしたいです」
「すみません、パジャマパーティーとは、なんですか?」
シロさんが、おそるおそる聞いてくる。
「あー、お泊まりして、寝る前にパジャマでおしゃべりすることです。
そのうち、泊まりにきてくださいね~」
「……はい」
「次ー、宝塚さんには、んー、ずっとシロさんのスパダリでいてくださいね!」
にっこり笑って言うと、宝塚さんも笑顔でうなずく。
「もちろん、がんばるよ」
「で、吹田さんにはー、んー、好感度がもっと上がったら、おうちデートしてください」
「ミケちゃん、吹田の部屋にまだ行ったことないの?」
「ないんですよー、好感度足りてないみたいで~。
もっとがんばります」
「へえー……」
宝塚さんが何か言いたそうな感じで吹田さんを見たけど、吹田さんは黙ってお猪口を口元に運ぶ。
「じゃあ次、シロさんどうぞー」
「……はい。
ミケさんには、これからも友達でいてくれると、嬉しいです」
「もちろんですよー」
にっこり笑うと、シロさんも微笑んでくれる。
「宝塚さんには、……いつか、私より愛せる人に出会えたら、そう言ってください。
いつでも身を引きますので」
「それは」
「はいダメー!」
宝塚さんが何か言いかけたとこにわりこんで、シロさんに横からぎゅっと抱きつく。
「シロさん、そういう言い方しちゃダメです!
宝塚さんがあんなに尽くしてくれてるのに、まだ信じられないんですか?」
抱きついたまま聞くと、シロさんはうつむいて小さな声で言う。
「……今、私を愛してくださっているのは、信じていますが、どうして私を愛してくださるのかは、いまだにわからないんです。
私は、私自身に、それだけの価値があるとは思えません。
だから、……いつか、その気持ちが冷めてもしかたないと思うんです」
「もー、まだそんなこと言ってるんですか。
んんー、じゃあね、シロさん、自分じゃなくて、吹田さんを信じてください」
「……吹田さんを、ですか?」
とまどうように言うシロさんを見つめて、しっかりうなずく。
「そーです。
自分にも他人にも厳しい吹田さんが、シロさんのこと、部下としても友人としても認めてるんですよ。
それだけの価値が、シロさんにはあるんです。
ねっ、吹田さん、そうですよね!」
ぐりんと振り向いて言うと、吹田さんは小さくうなずく。
「ああ」
「ほらー、ね!
だからー、吹田さんが認めてるシロさんを、シロさんも認めてあげてください」
「…………はい」
「じゃー言いなおしましょー」
シロさんはためらいながら顔を上げて、宝塚さんを見る。
「……宝塚さん」
「うん」
「……私を愛してくださっている間だけでかまわないので」
「ダメー! もっとポジティブに! 前向きに!」
私のダメ出しに、シロさんは視線をさまよわせる。
「……私を、……ずっと、…………愛していて、ください」
「もちろんだよ」
宝塚さんが愛情があふれまくった甘い笑顔でうなずく。
「そーです、それでいいんですよー」
私もうんうんうなずいた。
「吹田さん、……これからも、部下として、友人として、よろしくお願いします」
「ああ」
「はいじゃー次、宝塚さんどうぞー」
「うん、その前にちょっと聞いていいかな」
「なんですかー?」
「ミケちゃん、さっきからシロに抱きついたままだけど、自覚ある?」
「えー?」
言われて見ると、確かにシロさんにべったり抱きついてた。
「あ、ほんとだー、うふー、なんでだろー」
「今三杯目だよね。
酔っぱらうと寝ちゃうって言ってたけど、その前に抱きつく癖もあるのかな」
「えー、どうでしたっけ。
吹田さん、私抱きついてますー?」
「……俺は、おまえが酒を飲んだところを見たのは、今日が初めてだ」
「あー、そーでしたー」
前の時は、飲んでなくても抱きついたけどね!
「おまえのほうが、見たことがあるだろう」
吹田さんの視線を受けて、宝塚さんがうなずく。
「班の飲み会で何度か一緒になったけど、酔っぱらうとこまでいってなかったのか、誰かに抱きついてるところは見てないな。
ミケちゃん、お酒飲む時は、くれぐれも気をつけてね。
知ってる男でも、吹田以外には抱きついちゃダメだよ」
「んー? 抱きつくのはお友達ですよ~?」
「そっか、じゃあお友達以外には抱きつかないようにね」
「はーい」
「吹田、たぶんおぼえてないと思うから、後でもう一度伝えてやって」
「……ああ」
吹田さんは、ため息をつきながらうなずく。
えー、私ちゃんとおぼえてるのにー。
「じゃあ、俺からのお願いね。
シロには、これからも俺がそばにいることを許してほしい」
「……はい」
「ミケちゃんには、これからもシロの友達でいてほしい」
「もちろんですよー」
「吹田には、俺達のために、ミケちゃんとなかよしでいてくれ」
あー、私も似たようなこと、前から言われてるなあ。
吹田さんは渋いカオになったけど、小さくうなずいた。
「じゃあ吹田さん、どうぞー」
「……宝塚には、おまえが俺に言ったのと同じことを返しておく」
「うん」
「真白には、これからも美景のフォローを頼む」
「はい」
「美景には、そろそろ眠れ」
なだめるように言われて、首をかしげる。
「え~? まだ眠くないですよ~?」
「いいから、少し眠れ」
伸びてきた手にそっと目元を撫でられて、目を閉じる。
「ん~、じゃあ、ちょっと、だけ……」
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頬に、何かがさわる。
つるっとした、やわらかい布。
ん-……。
目を開けると、黒い布が見えた。
んー……?
何度か瞬きして、それが誰かの脚だと気づく。
というか、誰かに、膝枕されてる。
「誰……?」
「起きたのか」
静かな声がして、さらっと髪を撫でられる。
この声と、手は。
「吹田さん……?」
「ああ」
あれー?
シロさんに抱きついてたはずなのに、なんで吹田さんに膝枕されてるんだろ。
「シロさんが吹田さんに変身しちゃった……」
「……席を替わっただけだ」
「ごめんねミケちゃん、俺がシロと話したかったから、替わってもらったんだ」
向かいからかかった声に、視線を動かす。
吹田さんの席、だったところにシロさんがいて、隣の宝塚さんとしっかり手をつないでるのが見えた。
頬にさわった布は、体にかけられてた吹田さんのジャケットだった。
「あ~、そーですよねー、ごめんなさい」
肘をついて体を起こそうとすると、吹田さんが手伝ってくれる。
「頭痛やめまいはしないか」
「だいじょぶです~」
まっすぐ座ろうとしたけど、なんだか体がふらついた。
吹田さんが肩を抱いて支えてくれたから、そのままもたれかかる。
「水を飲んでおけ」
「はいー」
口元に水が入った湯呑みを寄せられて、何口か飲む。
「そろそろ時間だ。出られるか」
「んー、たぶん~?
あ、お手洗いいってきます~」
「ああ」
「ミケさん、私も一緒にいきます」
「はぁい~」
シロさんと一緒にお手洗いに行って、冷たい水で手を洗うとちょっとすっきりした。
「私、どれぐらい寝てましたー?」
「三十分ぐらいだと思います」
「そんなに……。
飲みすぎないように気をつけたつもりだったのに、すみませんー」
おかしいなー、あの薄さなら三杯でも大丈夫だと思ったのになー。
「はしゃいでらっしゃったので、回るのが早かったのかもしれません」
「あー、そーですねー」
部屋に戻って身支度して、靴を履く。
「ぁれ」
立ちあがったとたん、ふらっと体が揺れた。
隣にいた吹田さんが、素早く支えてくれる。
「もう少しゆっくり動け」
「はい……」
肩を抱かれたままゆっくり歩いて、仲居さんに見送られて店を出た。
店の外で、吹田さんに支えられたまま、シロさんと宝塚さんに軽く頭を下げる。
「今日はありがとうございましたー。
最後寝ちゃって、ごめんなさい」
「いえ、楽しかったです」
「俺も楽しかったよ」
二人が笑ってくれて、ほっとした。
「よかったですー。
じゃあまた~お疲れ様でした~」
「お疲れ様でした」
「お疲れ~」
二人が並んで歩いていくのを、吹田さんに肩を抱かれたまま見送る。
「えーっと、もう大丈夫ですよ」
一応言ってみたけど、吹田さんはちらっと私を見て、ゆっくり歩きだす。
「家まで送る」
ん~?
「駅じゃなくて、家、ですか?」
「そうだ」
肩を抱いて連れていかれたところに、前に送ってもらったハイヤーが停まってた。
「あの、でも」
「その状態で電車に乗って、起きていられるのか」
静かに言われて、言葉に詰まる。
そういえば、前に飲み会の帰りに電車で寝ちゃって、スマホのアラームセットしてたのに起きられなくて、終点までいっちゃったって、話したことあったっけ。
まだふらつくし、眠いし、断ったらかえって心配かけそうだし。
「…………すみません、お世話になります」
「ああ」
ハイヤーのドアが開いたから、諦めて一緒に乗りこんだ。
やっぱりふかふかだなあ。
うちの車とは全然違う。
ぼんやり堪能してると、いったん奥に座った吹田さんがすぐ隣に体を寄せてきて、シートベルトを締めてくれた。
「よりかかっていいぞ。
着くまで眠っていろ」
優しい声で言われると、とたんに瞼が重くなる。
「んー……」
眠いけど、でも。
「もー少し、おしゃべりしてたいです」
吹田さんの腕をぎゅっと胸に抱きこんで、肩にもたれた。
「そうか」
優しい声が嬉しくて、肩におでこをすりすりする。
「吹田さん、明日お仕事なのに、すみません……」
「いや、俺も休みにしたから、かまわない」
「あれー? そうなんですかー」
「ああ。
真白と休む日を分けると、後で仕事のすり合わせが面倒だからな」
「あー、なるほどー」
そういえば、前にシロさんもそんなようなこと、言ってた気がする。
「……美景」
「なんですか~?」
「好感度が足りてないというのは、どういう意味だ」
「んんー……?」
ぼんやり見上げると、吹田さんはゆっくり言う。
「俺への【お願い】で、そう言っていただろう。
どういう意味だ」
「あー、そのまんまですよ。
好感度足りてないから~、お部屋に入れてもらえないんですよねー?」
「……そういうわけではない」
「じゃあ、どーしてですかー?」
「…………」
黙りこんだ吹田さんを見て、くすくす笑う。
「いーんですよー、今の好感度がこのへんでー、お部屋に入れてもらえるのがこのへんなんですよね~?
いつかそこまでたどりつけるようにー、がんばりまーす」
手を動かしながら言って、また抱きつきなおす。
まじめキャラだと、好感度がなかなか上がらないし、イベントもなかなか発生しないんだよねー。
あせらずに、根気よく好感度を上げていくのがコツだって、わかってるから、だいじょーぶ。
「だいじょぶですからね~」
「……そうか」
「そ~ですよ~」
「……ああ」
吹田さんは、あいてるほうの手で私の髪をさらっと撫でた。
指の背で目元を撫でられて、目を閉じる。
「眠れ」
優しい声で囁かれると、もうダメだった。
「ん~~おやすみなさーぃ……」
「おやすみ」
家につくまでに見た夢は、起きたとたん忘れちゃったけど、すごく楽しかったことだけはおぼえてた。
吹田さん枕のおかげですねって言うと、吹田さんは呆れたみたいに、だけど優しく笑ってくれた。




