お酒は楽しく飲みましょう①
初おでかけデートのお土産に、シロさんと宝塚さんにおそろいのテディベアを買った。
なるべく早く渡したかったけど、できれば二人が一緒にいる時がいい。
せっかくのおそろいなんだから、バラバラに渡したら意味がない。
二人とも友達になったから、気軽に誘える。
でも、どうせなら、三人じゃなく四人で会いたいかも。
そう思いついたから、早速電話で吹田さんに相談してみた。
「シロさん達とダブルデートがしたいです」
〔…………それは、真白と宝塚と俺達で、という意味か〕
なぜか確認されたから、しっかりうなずく。
「そうです。
四人でどこかで食事して、お土産のテディベアを渡したいんです。
せっかくのおそろいだから、二人に同時に渡したいんです」
吹田さんと宝塚さんも友達になったんだから、もう大丈夫なはず。
「…………」
と思ったけど、吹田さんは黙りこむ。
うーん?
まだ抵抗あるのかな?
「イヤですか?」
〔…………嫌なわけではない〕
と言いつつ、オッケーはしてくれないんだ。
「吹田さんが都合つかないなら、三人で会いますけど……」
できれば一緒がよかったけど、一番の目的はお土産を渡すことだし。
〔…………食事だけでいいんだな〕
「あ、はい、一緒にでかけるには目立ちますし、テディベアを抱えたままだと大変なので」
私はともかく、他の三人は目立ちまくるの間違いなしだよね。
特にシロさんと宝塚さんのカップルは、絶対目立つ。
だから、個室があるお店で食事だけにするのが、一番無難なはず。
〔…………わかった。
俺と真白でスケジュールを調整する〕
「ありがとうございます!」
やったー!
「えっと、シロさん達には、私からも連絡しといたほうがいいですか?」
〔……そうだな。
二人ともに言っておいてくれ〕
「わかりましたー」
念願の食事会は、それから約十日後の金曜日になった。
ほんとはもっと早く渡したかったけど、吹田さんが、私とシロさんの休みの前日じゃないとダメって主張したから、遅くなってしまった。
これは、たぶん私がちょっとだけお酒を飲みたいって言ったせい。
吹田さんと宝塚さんはザルで、シロさんは普通ぐらいらしいから、弱い私達に合わせてくれるのはありがたいんだけど、心配性だよね。
お店は、例の『個室がある小料理屋』。
警視庁からそこそこ近くて、個室で、お酒の種類が豊富だから。
開始時間は六時半。
これは、私以外の三人は、ほぼ定時ではあがれないから、余裕を持たせた時間設定。
最初は勢いでお願いしちゃったけど、意外と調整が大変だった。
でも、シロさんも宝塚さんも楽しみだって言ってくれた。
私も楽しみー。
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当日、定時であがった後、近くのショッピングセンターで時間をつぶしてから店に向かう。
六時二十分に着くと、店の前に宝塚さんがいた。
「あ、お疲れ様でーす。
早かったですね」
「お疲れー、なんとか終わらせてきたよ」
にこっと笑った宝塚さんは、私の手元を見る。
「それがお土産? 持とうか?」
「あ、だいじょぶです、軽いので」
ぬいぐるみだからかさばっちゃって、袋は大きいけど、重さはたいしてない。
「先に入ってましょうか」
「そうだねー」
ここに来るちょっと前に、今出たところだからちょうど六時半ぐらいに着くって、吹田さんからメッセージがきた。
もちろんシロさんも一緒だから、先に入って待ってよう。
和風美人の仲居さんに案内されて、個室に入る。
二回目だから、写真は省略。
「上座って奥側でしたよね。
吹田さん達が奥のほうがいいですか?」
私の問いかけに、宝塚さんは軽く首をかしげる。
「それはこだわらなくていいと思うけど、なんで?」
「私、酔っぱらうと寝ちゃうんで、いつも奥の壁際で、女性の隣の席にしてるんですよ。
でもここの場合、どうしたらいいのかなって」
「ああ、そういう理由なら、ミケちゃんが望む場所をまず選べばいいと思うよ。
吹田はそんなことで文句言う奴じゃないし」
「そうですかねえ」
でも、奥の壁際って、お手洗いに行きにくいっていう難点があるんだよね。
どうしよっかなー。
悩んでると、吹田さんとシロさんが案内されてきた。
「あ、お疲れ様です」
「ああ。……どうした」
吹田さんは立ったままの私達をちらっと見てから、私の隣に立つ。
「あ、えっと、どういう配置で座ればいいかなって、相談してました」
宝塚さんに話したのと同じことを言うと、吹田さんは部屋を見回す。
「俺と宝塚が奥で、俺の向かいに美景と真白、にすればいい。
普段の飲み会ならともかく、このメンバーならそれで問題ないだろう」
「あー、そうですね」
眠ってる時に知らない人に寄ってこられると困るから、隅っこにいようとしてたけど、今日は四人だけで、知らない人の心配はしなくていいんだった。
こっち側なら、お手洗いも行きやすいし。
「シロさん達も、それでかまいませんか?」
「はい」
「かまわないよ」
二人が笑顔でうなずいてくれたから、吹田さんの提案通りに座ることになった。
それぞれ座ってから、ぐるっと見回す。
「えーと、私は食事中は飲みませんけど、みなさんはどうしますか?」
「俺はいい」
「俺もいらないかな」
「私も、やめておきます」
「じゃあ、とりあえず食べましょうか」
仲居さんに頼んで、料理を全部並べてもらう。
こういう本格的なお店って、一品ずつ来るのが普通だと思ってたけど、個室で密談したいような人は邪魔されたくないことが多いから、お願いしたらまとめて持ってきてくれる。
そういう融通が利くところがいいお店の条件だって、前回の食事の時に吹田さんが教えてくれた。
仲居さんが出ていった後、姿勢を正して頭を下げる。
「えーと、今日は私のお願いで集まってもらって、ありがとうございます。
まずは食べながら、のんびりおしゃべりしましょう」
幹事ってわけじゃないけど、私のお願いを聞いてもらったんだから、ちゃんとお礼を言っておかないとね。
「ああ」
「うん」
「はい」
それぞれうなずいてくれたから、にっこり笑う。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせてから、お箸を持つ。
「わー、美味しそう。
どれから食べようかなー」
前回と同じコースみたいだから、まずは前菜の重箱を見てみる。
あれ、この白和えっぽいの、混ぜこまれてるのは春菊みたいだけど、もしかして前回と同じく酒粕入りかな。
真っ先にその小鉢を食べてた吹田さんを見ると、私を見てうなずく。
「これは止めておけ」
やっぱり。
「わかりました」
手をさしだされたから、小鉢を渡すと、中身を自分のに移して戻してくれる。
「ありがとうございます」
「ああ」
「ミケちゃん、それ苦手なの?」
宝塚さんに不思議そうに言われて、苦笑しながらうなずく。
「そうなんです。
酒粕が多めなんで、お酒に弱い私だと、ぎりぎり食べられるけど美味しくは思えないって感じで。
お酒好きな人だと、逆に美味しく感じるんじゃないでしょうか」
「へえ」
白和えの小鉢を取った宝塚さんは、一口食べてうなずく。
「確かに、酒飲みには喜ばれそうな味だね」
「ですよねえ」
「でも、なんで吹田に渡したの?」
「あー、前回ここで吹田さんと食事した時に、同じようなのが出たんですよ。
食べるのは微妙だけど残すのはもったいないんで、がんばって食べようとしたら、吹田さんがかわりに食べてくれたんです」
「なるほどねー」
宝塚さんはなぜかにっこり笑って吹田さんを見たけど、吹田さんは無視して黙々と食べる。
「シロさんは、どうですか?」
横を見ると、シロさんが味を確かめるようにゆっくり白和えを食べてた。
「酒粕が気にはなりますが、食べられないほどではないですね」
「なるほどー。
じゃあやっぱり、どれぐらいお酒飲めるかで、感じ方が違うみたいですね」
「そうですね」
味の感想を言いあいながら、のんびり食べる。
好みの違いや育った環境の違いもあって、全員が美味しいと思うものとか、一人だけが美味しいと思うものとか、バラバラで面白かった。
吹田さんは、宝塚さんに話しかけられると、やけにそっけない感じで答えてた。
ちょっとハラハラしたけど、宝塚さんとシロさんの態度を見てると、それが通常運転っぽい。
私と一緒の時とはちょっと違う様子が見れて、なんだかお得な気分。
ダブルデートをお願いしてよかった。
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食器を片付けてもらう間に、シロさんと一緒にお手洗いにいく。
「シロさん、楽しんでくれてますか?」
リップを塗りなおしながら聞いてみると、シロさんは微笑んでうなずいた。
「はい。
……大学生の頃に戻ったようで、嬉しいです」
「あー、じゃあ、私がお邪魔かもしれませんね」
三人だけだと、また雰囲気が違うのかな。
うーん、壁になって見てみたい。
「いえ、そういう意味ではありません」
シロさんはあわてたように言う。
「ミケさんが呼びかけてくださったからこそ、吹田さんは応じてくださったのだと思います。
……以前、私から吹田さんに、宝塚さんに会ってほしいとお願いしたことがありますが、必要ないと断られました」
「え、そうなんですか」
「はい。
お二人が友達に戻られたのも、今日こうして共に食事をしてくださるのも、ミケさんのおかげなんです。
ありがとうございます」
まじめな口調で言われて、思わず笑う。
「お役に立てたなら、よかったです」
「……はい」
シロさんもはにかんだように微笑む。
あー、やっぱりこの笑顔だ。
うん、私がんばった。
二人で部屋に戻ると、吹田さんと宝塚さんがお酒のメニュー表を座卓に置いて見てた。
「お待たせしました」
「お帰りー。
二人は何を頼む?」
にこっと笑った宝塚さんが、メニュー表を私達に向けて置いてくれる。
「んー、お二人はもう決めたんですか?」
「うん、俺達は日本酒の熱燗にしたよ」
「そうですか。
うーん、どうしよっかな……」
あんまり強いのだと、寝ちゃうんだよね。
でも、さすが和食の一流どころだけあって、レモンサワーとかがないから、悩んじゃう。
「おまえは、梅酒にしておけ。
濃かったら、湯割りにすればいい」
吹田さんの提案に、小さくうなずく。
「そうですね、そうします。
シロさんは、どうしますか?」
「私も、梅酒にします」
「じゃあそれで頼むよ。
つまみも適当に頼んでいいかな」
「あ、お願いします」
宝塚さんが仲居さんを呼んで、手早く注文してくれる。
すぐお酒とおつまみが運ばれてきた。
枝豆以外は、私が知らない感じの、なんか上品そうなもの。
さすが、チェーンの居酒屋店とは格が違うね。
「あ、お酌したほうがいいですか?」
吹田さんと宝塚さんのお酒は徳利で届いてたから、聞いてみる。
お酌してほしい人と、手酌で自分のペースで飲みたい人がいるみたいだから、いつも先に聞くようにしてる。
「いや、いい」
「俺もいいよ」
「わかりましたー。
んー、乾杯もなしでいいですか?」
「そうだね、コレだと乾杯しにくいしね」
宝塚さんが笑いながら、からのお猪口を軽く掲げる。
だよねー。
「じゃあ、それぞれのペースで飲むってことで。
追加ほしくなったら、自分で頼んでくださいね」
お酒の強さが違うから、誰かにペース合わせると他の人がめんどくさくなる。
気を遣わないでいい相手なら、それぞれのペースが一番いい。
「それでいいよ」
「ああ」
「わかりました」
おちついたところで、自分のぶんの確認。
ホットで頼んだから、耐熱ガラスの丸いコップに入ってる。
まずはそっと匂いをかいでみる。
あー、この時点でダメっぽい気がする。
舐めるように味を確認すると、やっぱりけっこうきつかった。
うん、無理。
お茶セットから湯呑みを取って、梅酒をちょっとだけ入れて、ポットからお湯を半分ぐらいそそぐ。
そっと一口飲んでみる。
んー、これぐらいならいけそう。
「美景、そっちを一口くれ」
「え? あ、はい、どうぞ」
梅酒のコップを渡すと、一口飲んだ吹田さんは考えるカオになる。
「おまえの感覚では、これをそのまま飲んだとしたら、どれぐらいが限度だ」
「んー、半分超えたら、たぶん寝ちゃいますね」
「……そうか」
なんだろ。
「シロ、一口もらっていい?」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
私と同じのを頼んでたシロさんが、宝塚さんにコップを渡す。
一口飲んだ宝塚さんは、やっぱり考えるカオになる。
「これの半分が限度か……。
聞いてはいたけど、ほんとに弱いんだね」
あー、そういう意味。
「そうですね、飲める人からしたら、たぶん飲んだうちにも入らないぐらいだと思います。
そういえば、吹田さんと宝塚さんは、昔っからお酒強かったんですか?
それとも、飲んでるうちに強くなったんですか?」
「俺は、最初からある程度飲めたな」
「俺もそうだね。
たぶん体質だと思うよ」
「そうみたいですね。
うちは、両親ともお酒弱いですし。
私、お酒の味自体はそんなに好きじゃないんですけど、飲んでる時の雰囲気は好きなんです。
だから、うすーいのをちょっとずつ飲むようにしてます」
「うん、それがいいね。
自分でだいたい限度わかってるみたいだから、大丈夫だとは思うけど、同じ名前でも店によってアルコール濃度が違う場合もあるから、気をつけてね」
「はいー」
宝塚さんも、けっこう心配性だね。
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さて、本日のメインイベント。
「じゃあ、遅くなりましたけど、これお土産です」
大きい袋から、それぞれの袋を出して、隙間から中身を確認。
茶色いコをシロさんに、白いコを宝塚さんに渡す。
「ありがとうございます」
「ありがとう、開けていいかな」
「はいー、ぜひ見てください」
袋から出して、二人ともじっとテディベアを見つめる。
「おそろいのコなんですけど、茶色いコの毛並みが宝塚さんの髪に似てるでしょう?」
こげ茶色で、ちょっと癖毛な感じがそっくりって、見た瞬間に思ったんだよね。
「……確かに、似てますね」
茶色いコをそっと撫でたシロさんが、はにかむように微笑む。
「ですよね!
で、白いコの、ちょっとはにかんでる感じの微笑みが、シロさんにそっくりって思ったんです」
いっぱいいたコを順に見比べて、一番似てそうなコを選んだ。
さっきお手洗いで見た笑顔がそっくりって思えたから、がんばって選んだ甲斐があった。
「うん、似てるね」
宝塚さんも嬉しそうに言って、白いコの頭をそっと撫でる。
「今はスマホで写真撮れるし、ビデオ通話もできますけど、やっぱり画像だけだとさみしい時があるから、撫でたり抱きしめたりできるコがいるといいですよね」
だからオタクは、抱き枕とかコラボぬいとかをつい買っちゃうんだけどね。
「ありがとう。
シロだと思って大切にするよ」
「私も、大切にします」
二人が笑顔で言ってくれて、私も笑顔になる。
うん、やっぱり同時に渡せてよかった。




