楽しいことが重なるとパラダイス②
その後、ティールームでお茶にする。
お昼時だったせいか、けっこう混んでたけど、ちょうど団体さんが出たところで、五分ほど待たされただけで座れた。
私はシフォンケーキ、吹田さんはブラウニーをそれぞれ頼む。
それと、クマの顔つきカフェラテ。
ラテアートって、簡単そうに見えてすごいよね。
かわいいし、美味しいし、大満足。
お茶の後は、ショップに移動。
またおおはしゃぎしながら、お土産を選ぶ。
自分用と吹田さんには、ミュージアム限定のテディベアのカップル。
春だからか、新一年生風の衣装で、テディボーイは半ズボンのスーツ、テディガールはフリフリのワンピース。
めちゃくちゃカワイイ。
他にも、おそろいの衣装着てるのもあって、すごく悩んだけど、一番吹田さんの反応が良かったやつを選んだ。
月イチの買い物で、吹田さんの好みを把握できててよかった。
シロさんと宝塚さんには、おそろいの色違いのコ。
最初はシロさんに白いコ、宝塚さんに茶色いコにしようと思ったけど、茶色いコの色が宝塚さんの髪の色とよく似てたから、逆のほうがいいかもって思いついた。
宝塚さん似の茶色いコをシロさんに、白いコを宝塚さんに。
お互いを思いだせて、いいよね。
喜んでもらえるといいなあ。
友達やお母さんには、クッキーを大量に。
お土産のお菓子って微妙な味のが多いけど、いくつか味見させてもらって、ちゃんと美味しいやつを選んだ。
ようやく選び終わると、吹田さんが手をさしだす。
「支払いをしてくるから、おまえはあっちで待っていろ」
「あ、いえ、こっちは私が配るお土産なんで、自分で払います」
おそろいで選んだテディベアは別として、他は全部私の個人的なお土産だし。
「支払いは全て俺がすると、この間言っただろう」
「それはおぼえてますよ。
でも、これは私が誰かにプレゼントしたいものだから、自分で払います」
きっぱり言うと、吹田さんはじっと私を見つめる。
なんだろ。
内心びくつきながらも、まっすぐ見返すと、吹田さんは苦笑する。
「わかった。
こっちは、俺が支払っていいんだな」
「あ、はい、お願いします」
よかった、納得してくれたみたい。
おそろいのテディベアを渡して、残りが入ったカゴを自分で持った。
レジに一緒に並んで、カードで支払いする。
けっこうな金額になっちゃったけど、これぐらいの散財できる程度の貯金はある。
最近新しい推しにハマってないから、オタグッズにつぎこんでないし。
「お待たせしました」
「ああ」
私のほうが数が多くて時間がかかっちゃったから、端のほうで待っててくれた吹田さんに近寄ると、すっと袋を取られた。
こういうとこ、紳士的だよね。
「ここでの用事は、終わりでいいか」
「あー、はい」
「なら、出るぞ」
「はい」
並んで歩いて駐車場に行くと、また吹田さんが助手席のドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
私が乗りこんでシートベルトを締めてる間に、吹田さんも乗ってきた。
お土産の袋を後部座席に置いて、シートベルトを締める。
「出すぞ」
「はい」
走りだしてしばらくして、吹田さんが言う。
「おまえは、自分が欲しいものを誰かに買ってもらうのは、抵抗があるのか」
「え、うーん、物によりますね。
さっきみたいに、誰かにあげたい物を買ってもらったら、私からのプレゼントじゃなくなるじゃないですか。
だから、自分で払いたかったんです」
「なら、おまえ自身が使う物なら、かまわないのか」
「ん~~、それも物によるかもしれません。
さっき買ってもらったテディベアは、デートの記念だから、いいかなって思いましたけど。
たとえば推しのグッズなら、やっぱり自分で買いたいので。
オタクにとって、課金は愛情表現の一種なんです」
「……なるほどな」
吹田さんは、なぜか納得したカオでうなずく。
なんだろ。
ん?
あれ、何かがひっかかるような……。
「なんだ」
「ちょっと待ってください、何か思いだしそうなので」
えーと、なんだっけ。
課金、じゃないな、欲しい物……プレゼント……?
「あ!」
あれだ、ごはんデートの話をして、ボンさんに言われたやつ!
「……なんだ」
「あー、えっとですね、ボンさん、カウンセラーの人に、先月のごはんデートの話をしたんです。
そしたら、吹田さんは私に何かプレゼントしたかったけど、私がアクセサリーは付けてないし苦手って言ったから、言えなかったんじゃないかって。
今の流れって、そういう感じでした?」
あの時はわからなかったけど、今の、そうじゃなかった?
「……そうだな。
おまえの言葉を借りると、俺はおまえに課金したいんだ」
からかうように言われて、思わず苦笑する。
「それは、すみません。
でも、今のところほしいものはないので、デートの費用を出してもらえるだけで充分です」
あ、そうだ。
急いでスマホのカレンダーを開いて、曜日を確認する。
「カウンセラーの人に、誕生日のプレセントが楽しみねって、言われたんですけど。
私、プレゼントより、その日にデートしてもらえるほうが嬉しいです。
私の誕生日の九月九日って、今年は土曜日なんですけど、仕事じゃなかったらデートしてもらえますか?」
ちらっと私を見た吹田さんは、優しいカオでうなずいた。
「わかった。
その日は、おまえのために空けておく。
仕事が入った場合でも、食事ぐらいはできるように調整する」
「ありがとうございます!」
やったー!
うっかり忘れてたけど、思いだせてよかった。
これで、高すぎて使えないプレゼントにおびえなくてすむ。
誕生日デートの約束までしてもらえたし。
ボンさんに感謝だね。
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吹田さんが予約してたイタリアンレストランで、ランチを食べる。
やっぱり個室だったけど、メニューはけっこう庶民的だったから、気軽に食べられた。
二時前にレストランを出て、高速に乗る。
「吹田さん、イタリアンも食べるんですね」
「実家では和食ばかりだったから、東京に出てきてからは、外食では和食以外を食べるほうが多いな」
「そうなんですか。
ちなみに、何系が一番好きですか?
私は、ファミレスとかのなんちゃって洋食が一番好きです。
本格的なのより、日本人好みの味になってるので、食べやすいです」
「……食べ慣れているという意味では、やはり和食が一番口に合う」
「なるほど」
またのんびりおしゃべりして、サービスエリアでちょっと休憩。
後一時間ぐらいかな。
最初は八時間も一緒にいられるなんてすごいと思ったけど、あっという間だったなあ。
いろんなこと質問して、答えてもらったけど、多すぎておぼえていられないかも。
それに、おなかいっぱいで、車の揺れを感じてると、眠くなってきちゃうし。
メモしながらのほうがよかったかな。
どうしよっかなあ……。
「美景」
……ん……?
「そろそろ起きろ。
後五分でおまえの家に着く」
えー……。
「…………えっ!?」
あわてて窓の外を見ると、高速をおりて一般道に入ってた。
え、いつの間に?
「……私、寝てました?」
「ああ」
あっさりうなずかれて、思わずうなだれる。
「すみません……」
サービスエリアを出て、しばらく走ったあたりまではおぼえてる。
そのあたりで、眠気に負けちゃったんだ。
「かまわない。
あれだけはしゃげば、疲れるのは当然だ」
「でも、運転してる吹田さんのほうが疲れてるのに……」
せめて気晴らしに、おしゃべりの相手をしたかったのに。
それよりもっと単純に、せっかく一緒にいられるんだから、いっぱいおしゃべりしたかった。
「無理に起きていても、まともに話はできないだろう。
寝たほうがマシだ」
「……はい」
それもそうだね。
これからは、気をつけよう。
外を見てみると、ほんとにもう私の家の近くだった。
「吹田さん」
「なんだ」
「今日、私はすごく楽しかったですけど、吹田さんはどうでした?」
楽しんでくれてたと思うけど、どうだろ。
ドキドキしながら見つめると、吹田さんはくすっと笑う。
「俺も、楽しかった」
「よかったです」
私だけが楽しんだんじゃ、意味ないもんね。
「次のデートも、一緒に楽しめるところを探しておきますね」
「……ああ」
話してる間に、私の家に着いた。
駐車場を見ると車がなかったから、お母さんはまだ帰ってないみたい。
シートベルトをはずしてる間に、後部座席の荷物を吹田さんが取って、私の足下に置いてくれる。
おそろいのテディベアも、片方渡してくれた。
「ありがとうございます」
「ああ」
袋を持とうとして、ふとひらめく。
デート自体は楽しかったけど、あんまりイチャイチャできなかった。
車はある意味密室だけど、外からまる見えだから、抱きついたりするのは、なんか恥ずかしかったし。
でも、もう少し、何かしてほしいな。
「吹田さん」
「なんだ」
「キスしてもらえませんか?」
吹田さんは、びっくりしたように軽く目を見開く。
「あ、唇じゃなくていいです、吹田さんがしてもいいって思えるとこで、かまいませんから」
ぱたぱた手を振りながら、急いで言葉をつけたす。
いきなり唇にキスは、私の心臓が持ちそうにないし、他の場所で充分。
「……………………」
じいっと私を見てた吹田さんは、ゆっくり手を伸ばした。
私の肩にかかってた髪の一房を、そっと握る。
体を寄せて、握った髪にそっと唇を押しあてる。
そのまま私を見つめて、甘く微笑んだ。
「~~~っ!」
かあっと顔が熱くなって、思わずびたっとドアに背中をくっつけるようにして体を離した。
なに今のなに今のなに今の……!
え、吹田さんてそんなキャラだった!?
まじめキャラだったはずなのに!
「な、んで……!?」
ひっくり返った声で叫ぶと、吹田さんは喉を鳴らすようにくつくつ笑う。
「してくれと言ったのは、おまえだろう」
「そ、れは、そうですけど、でも、そんな、タラシこんでほしいわけじゃないんですっ!」
確かに、私が、お願いしたんだけど。
嬉しいんだけど。
でも、こんな、二次元でもめったに見ないようなこと、実際されたら、どーしたらいいの!?
私が知らないだけで、リアルのカップルって、みんなこんなことしてるの!?
あわあわしてる私を見て、吹田さんは優しい声で言う。
「そうおびえるな。
おまえが初心者だということはわかっている。
おまえに合わせて、ゆっくり少しずつ教えてやる」
からかってるわけじゃない口調に、また顔が熱くなる。
やっぱりタラシだ……。
「十六時をすぎた。
降りろ」
「え、あ」
あわてて車の時計を見ると、四時一分だった。
うーん、きっちりしてるなあ。
でも、今はちょっと、一緒にいるのが恥ずかしいから、ちょうどよかった。
「……はい。
ありがとうございました。
気をつけて帰ってくださいね」
「ああ」
私が袋を抱えて降りると、吹田さんは軽く手を上げてから、車を出す。
車が見えなくなるまで、門の前で見送った。
「…………」
指先で、髪を一房からめとる。
髪にキスした吹田さんの笑顔を思いだして、全身熱くなった。




