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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
39/93

楽しいことが重なるとパラダイス①

 三月末、貧血の時期が終わったから、来月のデートについて考える。

 ごはんデートもいいけど、もっと長く一緒にいたい。

 それと、吹田(すいた)さんとだからこそ楽しめるところに、行ってみたい。

 さんざん悩んだ末に選んだのは、伊豆のテディベアミュージアム。

 前から行ってみたかったんだけど、遠いから諦めてた。

 でも、地元の【同志】(なかま)からもお勧めされて、やっぱり行きたくなった。

 電車だと片道二時間半ぐらいだから、移動で往復五時間、現地に三時間いるとして、合計八時間で、三月の繰り越し時間ぴったりになる。

 朝九時に待ち合わせして、夕方五時解散だと、結局まる一日ってことになっちゃうかな。

 でも、ルール通りの時間内だし。

 んー、まずは計画を立てて、吹田さんに聞いてみよう。

 それで、ダメって言われたら、どういうのならいいか、探っていこう。



「というわけで、テディベアミュージアムに行ってみたいんです」

 電話の日、夜のメッセージで公式サイトのURLを送っておいて、聞いてみる。

「朝九時から夕方五時までとして八時間、三月の繰り越しぶんぴったりです。

 どうですか?

 長すぎますか?」

 まずはそこを確認してみる。

〔……いや、かまわない〕

 やったー!

「えーとですね、東京駅から特急で二時間半ぐらいなんです。

 ちょっと長いですけど、乗り換えなしだから、楽だと思います。

 昼頃向こうに着いて、ゆっくり見てまわる感じでどうですか。

 あ、ティールームがあるので、そこでお茶したいですね」

〔……そうだな〕

 言葉を切った吹田さんは、しばらく黙る。

 なんだろ。



〔提案が二つある〕

 え、なんだろ。

「なんですか?」

「一つ目は、目的が伊豆ではなくテディベアなら、同系列の那須のほうにしないか〕

「え、ちょっと待ってくださいね」

 公式サイトを見直すと、確かに姉妹店みたいなのが那須にもあった。

 展示内容は違うみたいだけど、テディベアだらけなのは一緒みたい。

「えーと、こっちでもかまいませんけど、どうしてですか?」

〔おまえの家からなら、那須のほうが近い。

 二つ目は、電車ではなく、車で行かないか〕

「え、えっと、もっかい待ってくださいね、調べるので」

 開いてた地図から、ルート検索してみる。

「……高速使っても、二時間ぐらいかかりますよ?

 私、普段近所のスーパーに母と買い物に行く時ぐらいしか運転してないから、もう少し時間かかるかも」

〔運転は俺がする〕

「えっ!?」

 吹田さん、運転できるの!?

〔なんだ〕

「あー、いえ、吹田さんが自分で運転するイメージがなくて、びっくりしただけです」

 普段ハイヤー使ってるもんね。

 でも。



「片道二時間だと、疲れちゃいませんか?」

〔かまわない。

 最近長距離の運転をしていないから、勘を取り戻しておきたい〕

 そんな理由で?

 あーでも、普段はハイヤーだし、自分で運転しようとしたらたぶんシロさんがやりたがるんだろうし、機会がないのかな。

 私とデートの時なら、シロさんも遠慮する、はず?

「うーん、吹田さんがそうしたいなら、私はかまいませんけど」

〔ありがとう。

 なら、八時におまえの家から出発、十時に目的地に到着、三時間ほど滞在、十三時から昼食、十四時に出発、十六時におまえの家に到着、という行程でどうだ〕

 目的地が変わっても、ぴったり八時間におさまってる。

 相変わらずきっちりしてるなあ。

「それでいいです」

〔昼食の店は、俺が選んでもかまわないか〕

「はい、お任せします。

 ……できれば、あんまり高くないところがいいです」

 吹田さん基準だと、ランチでも一万円いきそうだよねえ。

 一応言ってみると、かすかな笑い声が聞こえた。

〔考慮しておく。

 他に何か希望はあるか〕

「えーっと、今のところないです」

〔わかった。

 なら、さっき言った行程で段取りしておく〕

「お願いしますー」

 うーん、なんか予定とだいぶ変わったけど。

 それでも、初のおでかけデートだ。

 楽しみー。


-----------------


 春の天気は変わりやすいけど、当日の予報は一日中晴れだった。 

 前日までさんざん悩んで、当日の朝にようやく、細かい花柄の膝丈ワンピに決めた。

 車の乗り降りがしやすいように、下に八分丈のレギンスを履く。

 シンプルなAラインのライトベージュの膝丈のコートと、茶色い合皮のショートブーツを合わせた。

 バッグは、ななめがけできる大きめのにする。

 急いで朝ごはんを食べて、選んだものを全部身につけて、鏡の前で確認する。

 よし。

 待ちあわせ場所は、私んちの近くのコンビニ駐車場。

 家まで迎えにいくって言われたけど、飲み物を買いたいから、コンビニにしてもらった。

 七時四十五分に到着して、ぐるっと見回す。

 吹田さんは十分前行動だけど、さすがにまだ来てないみたい。

 待たせることが多いから、たまには待つほうになってみたかったんだよね。

 入口近くで待ってると、しばらくして入ってきたまるっこいデザインの車が、すぐ横に停まる。

 もしかして。

 こっそり見てると、降りたのはやっぱり吹田さんだった。

 今日もおぼっちゃまスタイルで、若く見えるね。



「おはようございます」

「おはよう。

 待たせて悪かった」

「いーえー、嬉しくて待ちきれなくて、勝手に早く来ただけなんで。

 あ、時間のカウントは、約束の八時からでお願いします」

 吹田さんはくすっと笑って、軽く頭を撫でてくれた。

「わかった。

 飲み物を買うぞ」

「あ、はい」

 一緒に店に入って、飲み物を選ぶ。

 私はミルクティーとストレートティー、吹田さんはミネラルウォーターとスポーツドリンク。

 常温になっても飲めるものって考えると、意外と選択肢少ないかも。



 吹田さんが支払いしてくれて、私がエコバッグに買った物を入れて、店を出る。

 車に乗る前に、ぐるっとまわりをまわってみた。

「まるっとしてて、ちっちゃくて、かわいいですね」

 私でも知ってる海外メーカーのだから、それなりのお値段なんだろうけど、見た目はかわいい。

 吹田さんが選んだ理由、よくわかるなあ。

「……ああ」

 ちょっぴり嬉しそうなカオに、くすくす笑う。

「乗れ」

 助手席のドアを開けて促される。

 紳士だなあ。 

「ありがとうございます。

 失礼しまーす」

 助手席って、あんまり乗ったことないんだよね。

 なんか、緊張するかも。



 前をまわって運転席に乗った吹田さんは、シートベルトを締めながら言う。

「飲み物はドリンクホルダーに入れて、今飲まないぶんは後ろに置いておけ」

「わかりました。

 吹田さん、どっちにしますか」

「水をくれ」

「はぁい」

 私はミルクティーにして、それぞれのドリンクホルダーに入れる。

 残った二本を後部座席に置いてから、シートベルトをきちんと締める。

「いいか」

「オッケーです」

 うなずくと、吹田さんが車を発進させる。

 運転は丁寧で、急ブレーキとかも踏まなくて、安心して乗ってられた。

 意外、っていうより、やっぱり、かな。



「話しかけてもだいじょぶですか?」

「運転の邪魔にならない程度ならな」

「わかりました。

 運転中って、何か聴いてますか?」

「たいていはラジオのニュースだ」

 うん、それも予想通りかも。

「今日は、私とおしゃべりしてくれますか?」

 もしかしたら、移動時間を何かのお勉強とかに使いたいかもしれないから、聞いてみる。

 吹田さんはちらっと私を見て、なぜか優しく笑った。

「ああ」

「ありがとうございます。

 えーと、じゃあ、また質問しますね」

 んー、何からいこうかな。



「食べ物で、苦手なものありますか。

 私は、味がすごい濃いのとか苦いのとか辛いのとかは、ちょっと苦手です。

 あ、この間食べてもらったみたいな、お酒の味が強いのとか、ゲテモノ系も苦手です。

 食材だと、納豆と、くさやはダメです。

 吹田さんは、どうですか」

「……どうしても食べられないものはないな」

「それはすごいですね」

「基本的に、食事を残すことは許されなかったからな」

「えー……」

 ごはんデートの時に『口に合わないものは残していい』って言われたから、おぼっちゃまだから食べたいものだけ食べていいんだと思ったけど。

 逆に、そういうとこは厳しかったのかな。



「礼儀作法的なやつですか?」

「それもあるが、食べられないようなものを出したと料理人が咎められる。

 食材によっては、納入した業者や生産者まで累が及ぶ場合もある。

 だから、体に悪いと感じられるもの以外は残さず食べろと教えられた」

「ぅわー……」

 お貴族様の苦労話、みたいなので出てきそうな内容だね。

 だから、あの時かわりに食べてくれたのかな。

「おぼっちゃまって、意外と大変なんですねえ」

「おまえが『おぼっちゃま』をどういうものだと思っているのか、よくわからないが、そんなに良いものではないぞ。

 我儘放題なバカ息子でいられるのは、せいぜい二流どころまでだ」

「あー……なるほど」

 確かに、偉くなればなるほど自由がなくなって大変そうなのは、皇族とか見てるとわかるよね。

 吹田さんちは一流どころだから、教育も厳しいんだね。


-----------------


 のんびりしゃべりながら、高速に乗る。

 一時間ほど進んだところで、サービスエリアで十五分ほど休憩。

 こういう、細かい気遣いがありがたいよね。

 またおしゃべりしながら進んで、高速をおりて、ついに目的地のテディベアミュージアムへ。

 早めに出発したおかげで高速がすいてたから、予定通り十時ごろに着いた。

 それでも駐車場は半分ぐらい埋まってた。

 車を降りて、まずは大きく伸びをする。

 座ってるだけでも、けっこう疲れたかも。

 左右に揺れて伸びをしてから、改めて建物を見る。

 公式サイトの動画で見たけど、けっこう大きいなあ。



「行くぞ」

「あ、はい」

 吹田さんに促されて、並んで歩きだす。

 庭はきれいに整えられてて、あちこちにいろんなものが飾られてた。

「あ、あそこ、ト〇ロがいますよ!」

 メインはテディベアなんだけど、二階はト〇ロ展が常設展示されてるから、庭にはどっちもいる。

 どっちも好きだから、見ただけでテンション上がってしまった。

「うっわー、かわいー!

 ほら、吹田さんあれ見てください、かわいい!」

 思わず叫びながらぐいぐい袖をひっぱると、吹田さんは小さくため息をついた。

「もう少し声を抑えろ。

 他の客に迷惑だ」

「う、すみません」

 はしゃぎすぎた自覚はあったから、素直に謝る。

 さすがに、呆れられちゃったかな。

 そおっと見上げると、吹田さんはくすっと笑う。

 軽く肩を抱いて促された。

「行くぞ」

「……はい」

  


 建物の中に入ると、そこはもう天国だった。

 右を見ても左を見ても、上を見てもテディベアがいる。

 しかもここは、写真撮影自由!

 パラダイス!

 はしゃいで写真を撮りまくる私と違って、吹田さんは黙って見てるだけだったけど、ずっと優しいカオをしてた。

 私一人だと、閉館まで写真を撮りまくってたかもしれないけど、肩を抱いてる吹田さんが適当なタイミングで移動するよう促してくれたから、一時間ほどで全体を見終わった。

 二階に移動して、今度はト〇ロ展を見てまわる。

 大ト〇ロやネ〇バスには、我慢できずに抱きついちゃった。

 吹田さんはト〇ロにはそんなに興味ないのか、見てるだけだったけど、強引にひっぱりよせて並んで写真を撮ってもらった。

 あー、楽しすぎる!

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