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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
37/93

マナーは大事だけど難しい①

 金曜日、服にかなり悩んだ。

 初めてのデートだから、きちんとしたい。

 だけど、仕事だから、あんまりハデな服にはできない。

 職場では制服に着替えるけど、通勤中にハデハデだと浮いちゃうし。

 だいぶ悩んで、服屋勤めの友達セレクトの【通勤用の服セット】の中から、きちんとしたイメージのワンピースにした。

 吹田(すいた)さんが送ってくれたお店のサイトでチェックしたら、和風のお店なんだけど席は掘りごたつ式だったから、ワンピースでも大丈夫のはず。

 念のために、朝に更衣室で会ったマイさんにチェックしてもらって、オッケーをもらった。

 そのお礼がわりに、昼休みに一緒にお昼を食べながら、吹田さんのこといろいろ聞かれたけど。



 無事に定時であがって、制服から着替えて、トイレの鏡でくるくる向きを変えながら、念入りにチェックする。

 よし、大丈夫そう。

 ドキドキしながら警視庁を出て、電車に乗って移動する。

 お店に着いて、まず外観に見惚れちゃった。

 サイトの写真で見るより、さらにステキ。

 和風の造りで、照明がいい感じに照らされてる。

 しばらく堪能してから、おそるおそる入口に向かった。

「こんにちはー」

「いらっしゃいませ」

 入ってすぐの場所は、小さめの待合室みたいになってて、受付らしいカウンターに着物の女性がいた。

 女将っていうほどの年齢じゃないけど、和服美人だ。

 和風のお店の場合は、ウエイトレスさんじゃなくて、仲居さんだったっけ。

 にっこり微笑まれて、ドキドキしちゃう。

「あの、六時から予約の御所(ごせ)、じゃない、予約は吹田さんで」

 あわあわしてると、仲居さんは笑顔でうなずいた。

「吹田様ですね、伺っております。

 お部屋にご案内いたします」

「あ、いえ、あの、その前に、お店の外の写真撮らせてもらっていいですか。

 すごくステキな雰囲気なんでっ、お願いしますっ」

 急いで言うと、仲居さんはちょっと驚いたようなカオをしてから、ふんわり微笑む。

「ありがとうございます。

 撮影はかまいませんが、他のお客様は映らないようにしていただけますか。

 それと、ネットで公開する際は、店名を付けていただけますでしょうか」

「はいっ、もちろんです、ありがとうございますっ」

 やったー!



 まずは外から撮って、入口まわりを撮って、案内された個室のまわりを撮る。

 案内してくれた和服美人の仲居さんにねだり倒して、後ろ姿だけど撮らせてもらった。

 あーもー、たのっしー!

 ダメだ、テンションおかしくなりそう。

 この間吹田さんの執務室を撮らせてもらってから、写真撮影がすごく楽しくなってきちゃった。

 いったん座って、ちょっと休憩。

 時計を見ると、五時五十分だった。

 仲居さんが淹れていってくれたお茶を一口飲んだ時、スマホがぴこんと鳴った。

「あ」

≪今出たから、店に着くのは十八時十五分頃になる

 先に料理を全て並べておくように、店員に言ってくれ

 写真を撮り終わったら、先に食べていてくれてもかまわない≫

 うーん、バレバレだね。

≪お疲れ様です

 そこまでおなかすいてないので、写真撮りながら待ってます≫



 仲居さんに頼んで、料理を全部並べてもらう。

 器もきれいだけど、料理自体もきれい。

 会席料理って、こんなきれいなんだ。

 私が見慣れてるファミレスの和風料理とは全然違って、ちゃんと和食って感じがする。

 まず全体を撮ってから、一皿ずつ撮って、お品書きも撮る。

 あ、室内を撮るの忘れてた。

 廊下に面したところは襖だけど、他は白い壁だから、防音はばっちり。

 さすが、ケイコ先生や吹田さんが利用する店だね。

 襖の絵、日本画なのかな、きれいだなあ。

 床の間に、掛け軸、壺、畳のフチですら、知ってるものと全然違って、高級感がある。

 なんかもう、何もかもがすごい。

 いっそ部屋中動画で撮っておきたいぐらい。



 ぺったり座って畳のフチを撮ってると、襖の外から声がかかった。

「失礼いたします、お連れ様が到着なさいました」

「あ」

 あわてて体を起こすと、すっと襖が開いて、吹田さんが入ってくる。

 オールバックに銀縁眼鏡にオーダーメイドスーツで、相変わらずエリートっぽい硬い雰囲気だったけど、私を見ると目元がやわらかくなった。

「待たせて悪かった」

「いーえー、おかげで写真いっぱい撮れました!」

 にこっと笑うと、吹田さんは苦笑する。

「気は済んだのか?」

「はい」

「なら、座れ」

「はーい。

 あ、吹田さんあっちにどうぞ」

「ああ」

 細かいルールはおぼえてないけど、確か出入口から遠いとこが上座だったはず。

 奥の席を手の平で示すと、吹田さんは軽くうなずいて、奥に進む。

 よかった、合ってたみたい。

 隅に置いといたバッグを取ってきて、私も席についた。


-----------------


「ちゃんとした会席料理って初めて食べるんですけど、順番とかマナーとかあるんですか?」

 おしぼりで手を拭きながら、吹田さんに聞いてみる。

「基本的には品書きに書いてある順に食べればいいが、気を遣う相手とでなければ、食べたい順でもかまわない」

「わかりました」

 つまり、接待の席とかじゃなければってことかな。

 うーん、とりあえずは、お品書きの通りに食べてみよう。 

「いただきます」

 手を合わせてから、お箸を持つ。

 割り箸じゃなくて、漆塗りっぽいお箸の時点で、高級感あるよね。



 座卓の隅に置いたお品書きをのぞきこむ。

 えーっと、まずは、【前菜重箱七種】からだね。 

 一口サイズのものが、彩りよく並んでる。

 味の想像がつかないから、一番予想できるだし巻き卵をそっとつまんで、食べてみる。

 あ、甘い、けど美味しい。

 うちは両親ともに関東出身だけど、母方のおばあちゃんが関西出身だから、おばあちゃんに料理を教わったお母さんも、だし巻き卵にお砂糖を入れない。

 外食で初めてだし巻き卵を食べた時、甘くてびっくりした。

 砂糖入りも美味しいけど、慣れたお母さんの味でつい想像しちゃうから、一口目はいつもびっくりしちゃうんだよね。

 だし巻き卵の次は、白和えっぽいものが入ってる小鉢を取る。

 混ぜこまれてるのは、山菜かな。

 ワラビとかフキとかなら平気だけど、これなんだろ。

 どうせなら、前菜一つずつの名前も書いといてほしかったなあ。

 お箸で少しだけ取って、口に運ぶ。

 あ、これ酒粕入ってる。

 けっこうきつい。

 あと、山菜のどれかが、すごく苦い。

 うう~ん、微妙。

 がんばって飲みこんだ時、向かいからかすかな笑い声が聞こえた。



「おまえは、本当にわかりやすいな」

「え?」

 視線を上げると、吹田さんは私が持ってるのと同じ小鉢から一口食べてた。

「酒粕が気になったのか。

 酒に弱いおまえでは、ぎりぎりか」

 そういえば、クマのケーキの時に、お酒弱いってバレてるんだった。

「……はい。

 あとなんか、すごい苦い山菜がありました」

「そうだな。

 口に合わないなら、残せばいい」

「いや、食べられないほどじゃないですし、もったいないんで」

 ゆうべお店のサイトで調べたら、一番安いコースでも一万円だった。

 これは季節の会席コースっぽいから、たぶん一万五千円。

 このちっちゃな小鉢一つでも数百円はするはずで、もったいなくて残せない。

 食べられないほどなら諦めるけど、これぐらいならギリいける。

 でも続けてはきついかな。

 口直しにお茶を飲んでると、向かいから手が伸びて、ひょいっと小鉢を持っていった。

 ん?

 きょとんとしてる間に、吹田さんは中身を自分の小鉢に入れて、からになった器を私の手元に戻す。

 なんで?



「残したら気になるんだろう」

「え、あ」

 かわりに食べてくれるってこと?

 私の食べかけだったのに。

 あーでも、ケーキの時も一口交換してもらったっけ。

 おぼっちゃまなら誰かの食べかけなんて嫌がりそうだけど、吹田さんは平気みたいだね。

「ありがとうございます」

「ああ。

 他にも口に合わないものがあれば、よこせ。

 それと、残さず食べようとするのは美徳だが、こういう料理では、食べられそうに見えて、実は食べられない飾りのものも多い。

 一品ずつの仕切りや皿がわりになっているものや、花や葉や枝が付いているようなものは、基本的に食べられないから、口にするな」

「えー、お刺身に添えられてるタンポポは、実は食用菊だから食べられるって聞きますけど、会席料理のは食べられないんですか?」

 私が食べるような安物のお刺身だと、のってるのはプラスチックのタンポポだから、実際に試したことはないんだけど。

「完全に見分けられる知識があるならともかく、うっかり食べてしまう危険があるなら、全てやめておいたほうが安全だ」

 そりゃそうだね。

「わかりました、気をつけます」

「ああ」

 


 お茶の湯呑みを端に置いてお箸を取ろうとして、気づく。

「そういえば、お酒頼まなくていいんですか?

 私はおつきあいできませんけど、吹田さんが飲みたいならどうぞ?」

 会席料理って、元はお酒の席での料理で、お酒に合う味付けらしいから、ほしいんじゃないのかな。

「いや、いい。

 会食の時はともかく、普段は食事中には飲まない。

 それに、明日も仕事だからな」

「あ、そうなんですね」

 そういえば、火曜の夜にシロさんから電話きた時、土曜が出勤になったから明日は休みって、言ってたっけ。

 当然吹田さんも出勤で、だから土日は都合つかないって言われたんだ。

 私達事務員は基本的に土日休みだから、仕事が忙しいとすれ違っちゃうよね。

 そう考えると、やっぱり一日使っちゃうおでかけデートより、仕事終わりのごはんデートのほうがよさそうかな。



 次の小鉢を食べながら、聞いてみる。

「食べながらしゃべっても大丈夫ですか?」

「食事の邪魔にならない程度ならな」

「じゃあ、いくつか質問してもいいですか?」

 吹田さんは軽く眉をひそめて、手を止めた。

「内容によっては答えられないが、なんだ」

「あ、別に仕事に関することとかじゃないです。

 お互いのことを知っていきたいなーと思って。

 答えたくないなら、そう言ってくれればいいので」

「……わかった」

「ありがとうございます。

 えっとじゃあまずは、家族構成ですかね。

 私は、父と、母です。

 えーと、確か同い年だから、二人とも五十二歳です。

 父は建設会社の高速道路部門で働いてて、私が小学校入る前からずっと単身赴任で、全国の現場を転々としてます。

 盆と正月とゴールデンウイークぐらいしか帰ってこなくて、全部合わせても一年で二週間ぐらいしか顔を見ないので、ぶっちゃけお隣のおじさんのほうがなかよしです。

 母は専業主婦で、家のことはほぼ全部やってもらってます。

 お友達が多いし趣味も多いので、昼間はけっこう出歩いてるみたいです」

 食べながら、のんびり話す。



「じゃあ次、吹田さんお願いします」

「…………」

 しばらくの間を置いて、吹田さんが言う。

「父と、母と、姉だ。

 姉には夫と、娘が二人いる。

 父が五十七歳、母が五十六歳、姉が三十五歳。

 職業は、父は陶芸家、母と姉は経営者だ」

「シロさんに聞きましたけど、吹田さんちは代々女性が当主なんですってね。

 当主って、職業じゃないんですか」

「職業ではなく、役割だな。

 家業がなければ、世間的にはおまえの母親と同じ専業主婦だ」 

「ええー……」

 すごい歴史があるお金持ちの御当主と、うちのお母さんがおんなじ扱いになるんだ。

 ジャンル分けが大雑把すぎる。

 


「じゃあ次は、えーと、家についてにしましょうか。

 私が住んでる家は、ちっちゃいけど庭付き一戸建てで、5LDKです。

 元は母の実家で、結婚して家を出たけど、私の出産で里帰りして数ヶ月お世話になってる間に、当時暮らしてたアパートが建て替えることになって、そのまま実家で暮らすことになったそうです。

 私が中学校に入る前ぐらいに、関西にいる曾祖母が亡くなって、祖母が田舎に戻りたいって言いだして、夫婦そろって曾祖母が残した古民家に移住しちゃいました。

 父はほとんどいないので、実質母と二人暮らしです。

 三十年ぐらい前に一度建て替えて、五年前リフォームもしたので、けっこう住みやすいです」

 おじいちゃん達が移住しちゃったから、部屋がムダに余ってるけど。

 気楽でいいけど、お掃除が大変って、お母さんがたまに文句言ってる。



「じゃあ吹田さん、どうぞ」

 視線を向けると、吹田さんはなんとなくイヤそうなカオになる。

 ん?

「今暮らしている部屋は、1LDKだ。

 ……実家は、母屋は二十部屋ほどだったと思うが、渡り廊下でつながった離れがいくつもあるし、時々増築もしているから、詳しくはわからない」

「わー、さすがお金持ちですね!」

 自分ちの部屋数がわからないって、すごいよね。

「グー〇ルアースで写真見たんですけど、吹田さんの実家って、すごい和風の豪邸ですよね。

 時代劇とかに出てきそうな雰囲気でしたね」

 機会があったら、写真撮らせてもらいたいなー。

 私を見た吹田さんは、考えるようなカオになる。

「……俺の実家を見て、写真を撮りたい以外に、何か思ったことはあるか」

「えー?」

 それ以外に?

「…………んー、迷子になりそうとか、お庭が日本庭園みたいだったから、遊んだら怒られそうとか、ですかね」

「……そうか」

 吹田さんは、なぜか苦笑してうなずいた。



「ちっちゃい頃に、迷子になったりしませんでした?」

 一度通っただけで道をおぼえられる吹田さんでも、ちっちゃい頃なら迷ったのかな。

「いや。

 移動の際は基本的に先導する使用人が付くし、一人で行動することもない。

 もし何かの事情で離れたとしても、あちこちに使用人がいるから、誰かに声をかければすむ」

 うわー、さすがお金持ち。

「使用人さんて、どれぐらいいるんですか?」

 数十人ぐらいかな?

「俺が把握している範囲で五十人はいるから、庭師や下働きの者なども含めれば、百人以上のはずだ」

「ええー」

 百人以上なんだ。

 今の時代にその人数って、すごいよね。

 でもあの豪邸なら、それぐらい必要なのかなあ。



「なんだ」

「思ってたより人数が多かったので、びっくりしたんです。

 把握してる範囲ってことは、もしかして顔おぼえてるってことですか?」

「顔と名前をおぼえている者で、約五十人だな」

「すごいですねー」

 純粋に褒めたのに、なぜかため息をつかれた。

 なんで?

「俺は、捜査一課に所属する全員の顔と名前をおぼえている」

「えっ!?」

 全部で四百人ぐらいいるはずだけど!?

 いや、でも、私も初対面だったのに、顔知られてたんだった。

 それなら、五十人の使用人さん達をおぼえてるぐらい当然なのかもしれないけど。

 優秀なのも、そこまでいくと、感心するより引くわぁ……。

「記憶力は、俺より宝塚のほうがはるかに上だ。

 あいつは、小学校で一年だけ同じクラスになって、卒業以来会っていなかった同級生でも、大学生になってから居酒屋の店員と客として偶然再会して、一目で気づいたことがあったぞ」

「あー……」

 こどもの頃とおとなになってからの顔って、だいぶ違うはずなのに。

 宝塚さんのスペックって、もう人間のレベル超えてるよね。

 だけど。

「……なんだ」

 こっそり笑ったのがバレたのか、軽くにらまれる。

「そういう小さなエピソードもちゃんとおぼえてるって、なかよしだなって思って」

 友達って感じがするよね。

「…………」

 吹田さんは何も言わなかったけど、優しいカオをしてた。

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