私達ズッ友だよね⑤
〔俺にとって吹田は、まともに話ができる初めての相手だった。
自慢するわけじゃないけど、俺は子供の頃からどんなことでも人並み以上にできたから、吹田に出会うまで、同じレベルで話をできる相手がいなかったんだ。
吹田は、まじめなくせに独特の価値観を持ってて、意外な方向から反論が来るのが面白くて、何度も討 論をふっかけた。
吹田は負けず嫌いだから、俺が勝つとすぐまた挑んできた。
そんな感じで絡むことが増えて、取ってる講義もだいたい重なってたから、普段から一緒に行動するようになった。
若い男はカッコつけたがるのが多くて、俺もそうだったから、ミケちゃんみたいに『友達になろうよ』とは言えなかったけど、吹田を友達だと思ってた。
当時の吹田がどう思ってたかは、わからないけどね〕
あー、そういえば、ハニトラ疑惑の時に『自分から友達を作ったことはない』って、言ってたっけ。
だから、宝塚さんは友達じゃない、ってことになるのかな。
〔吹田とシロは、入学当初からキャリア官僚になって警視庁に進むと言ってたけど、俺は特に目標はなかった。
ただ自分がどこまでできるか試したかったから、大学四年の春、二人と一緒に国家公務員採用総合職試験を受けて、合格した。
俺が官僚になったら家族旅行なんてできなくなるから、思い出を作ろうって妹に言われて、夏休みに入ってすぐ家族で数日間の旅行にでかけたんだ。
そして、事故に遭った〕
ずっと静かだった声が、最後だけため息みたいだった。
〔ミケちゃんは、俺の家族の事故のこと、どれぐらい知ってるのかな〕
「……えーと」
静かな問いかけに、しばらく迷ってから答える。
「宝塚さんとご家族を撥ねたのは、ドラッグでラリった男子中学生で、元大臣で国会議員の祖父が事故を揉み消したってことは、知ってます」
〔そっか。
俺が目覚めたのは、事故から一週間後で、その時に家族の死を知らされた。
半月ほどして一般病棟に移ったら、吹田が見舞いにきた。
俺の両親は、どっちも祖父母と折り合いが悪くて、親戚づきあいをほぼしてなかったせいで、俺の世話をしてくれる人はいなかった。
なぜか吹田が俺の代理人として色々な手配をしてくれてて、事故の詳細も教えてくれた。
ドラッグをやってたとか、祖父が国会議員とかは、当時は知らなかったけど、相手が無免許で、しかも中学生で、親の車で暴走した結果だと聞いて、腹が立った。
単なる交通事故ならまだ諦めがついたけど、明らかに加害者の不始末だから、納得いかなかった。
相手方の弁護士が会いたいと言ってるがどうすると問われて、会いたいと答えた。
そしたら翌日、吹田が弁護士を連れてきた。
二十代後半の若い男で、男子中学生の暴挙を詫びながらも『本人ももう死んでるので、許してあげてください』と言った。
そして、『慰謝料として、あなたのご家族お一人につき三千万、合計九千万をお支払いします。保険金と合わせれば一生遊んで暮らせますよ。よかったですね』と、へらへら笑いながら言ったんだ〕
「……っ」
いくらなんでも、家族を喪った人に対して、『よかったですね』は、ひどすぎる。
〔高校生の頃に武術に興味を持って、いろいろ学んでたけど、格上の相手との練習でも、試合でも、本気になったことはなかった。
最小限の動きで最大限の効果を上げられる体の使い方を頭で理解して、その通りに体を動かせるから、本気でやると相手を殺してしまう。
だから普段はセーブしてたけど、その時はブチキレて、弁護士を本気でぶちのめしたいと、いや、殺したいと思った〕
静かすぎる声が、かえってその時の激情を伝えてくる。
私はそこまでの怒りを感じたことはないけど、そうしたいと思う気持ちは、わかる気がした。
〔骨折して石膏で固められてた腕で弁護士の頭をカチ割ろうとして、吹田に防がれた。
今考えれば、吹田が止めるのは当然で、止めてくれて感謝してる。
だけどその時は正気を失ってたから、吹田が弁護士の味方をしたように思えた。
それで、『そいつをかばうなら、おまえはもう俺の友達じゃない、俺の敵だ。そいつもおまえもぶっ殺す!』って叫んで、吹田に殴りかかって、また防がれた。
そこで記憶がとぎれてるけど、後で看護師に聞いた話によると、無理に動いたせいであちこちの傷が開いたり、折れた骨がずれたりして、痛みで気絶したらしい。
そのまま緊急手術で、目が覚めたのは三日後だった。
ムチャしたせいで入院期間が延びて、留年するハメになった。
笑えるよね〕
「いや、笑えませんけど!?」
思わずツッこむと、くすっと笑う声がした。
〔ミケちゃん、ツッこみ鋭いね〕
「あー、その、なんか、すみません」
重い話だったのに、つい我慢できなかった。
〔いや、ヘタな慰め言われるより、そのほうが気が楽だから。
これも後から聞いた話なんだけど、俺を止めた吹田も、けっこう怪我してた。
骨折が二箇所、ヒビが五ヶ所、あちこちの打撲で、一ヶ月ぐらい入院が必要だったのに、忙しいからって一週間で退院していったらしい。
……あの弁護士は、吹田がかばったから無傷だったけど、俺の殺気に当てられて精神がおかしくなって、隔離病棟に入れられたと聞いた。
今もまだそこにいるのかは、知らないけど〕
懇親会の時、吹田さんが言ってた『三割いけば精神崩壊』って、ほんとだったんだ……。
〔俺が入院してた病院は、吹田の実家が経営してるとこで、本来なら吹田家の者しか使えない設備の整った特別室を使わせてもらってた。
家族の葬式も、法的な手続きも、保険の処理も、長期入院の手続きも、加害者側とのやりとりも、大学への連絡も、全部吹田がやってくれてた。
実際に動いてくれてたのは吹田家の顧問弁護士だけど、その人に頼んでくれたのは吹田だ。
友達だとは思ってたけど、正直に言って、すごく仲がいいってわけでもなかったから、なぜ吹田がそこまでしてくれたのか、その時はわからなかった。
……たぶん吹田は、十歳の時に亡くした友達の遺族に何かしてやりたかったのに、立場上できなくて悔しかったから、家族を亡くした俺の世話をしてくれたんだと思う〕
そっか。
吹田さんなりの、罪滅ぼしだったんだ。
〔俺は、事故の瞬間に加害者の顔を見てたから、明らかに正気じゃなかったと知っていた。
なのに報道ではそのことに触れられず、そもそも不自然なほどに報道が少なかった。
警察に電話して詳しいことを教えてくれと言っても、被疑者死亡でもう終わった事件だからとつっぱねられた。
提示された慰謝料が高額だったこともあって、加害者の身内に権力者がいて、事故を揉み消したんだと予測がついた。
真相を暴くために民事で裁判を起こそうかとも思ったけど、警察にも顔が利く権力者が相手なら、結局揉み消されてしまう。
だから、捜査資料を手に入れて、自分で真相を突きとめるために、刑事になると決めた〕
事故の瞬間のことをおぼえてるって、記憶力が良すぎてもつらいんだね。
警察官僚になることもできたのに、刑事をめざしたのは、権力者側になりたくなかったからかな。
〔吹田やシロの卒業式の日、ぎりぎり退院できたから、大学に会いにいった。
二人とも警視庁を希望すると事故の前に聞いていたから、今まで通りのつきあいはできないし、ブチキレて怪我させた罪悪感もあった。
だから吹田に、『卒業おめでとう。怪我させてごめん。色々手配してくれてありがとう』とだけ言った。
吹田は、『ああ』と一言だけ答えた。
それからは、吹田ともシロとも連絡を取ってなかったけど、去年俺が一課に配属になって、また顔を合わせるようになった。
俺がバカやったせいで最初は気まずかったけど、吹田はだんだん遠慮せず俺を使うようになってきたし、ミケちゃんがらみで個人的な頼みも受けたりしてた。
立場の違いがあるから、大学時代のようにはいかないけど、それでも俺はずっと、吹田を友達だと思ってた。
だけど吹田は、十年前に俺が『そいつをかばうなら、おまえはもう俺の友達じゃない』って言ったのを、いまだに引きずってるんだと思う。
だから、ミケちゃんが俺と友達になったって聞いて、いろいろ気になったんだろうね〕
「あー……」
十歳の頃のことをまだ引きずってるなら、十年前のことも引きずってそうだよね。
〔まあ、もっと単純なことかもしれないんだけど〕
宝塚さんの声が、急に軽い調子になる。
「……ん? なんですか?」
〔ミケちゃんは、今まで男友達がいなかったんだよね〕
「はい」
〔じゃあ、俺が初めての男友達だよね〕
「そうですね」
〔つきあい始めたばかりのカノジョに、急に男友達ができたって聞いたら、気になっちゃうのは、男の心理としては一般的だと思う。
そのうえ、そいつが自分とは微妙な関係の相手だったら、もしかしたらカノジョが嫌な思いをさせられるかもしれないとか、逆に自分よりそいつのほうに惹かれていってしまわないかとか、心配になって、いろいろ追及したくなっちゃうかな〕
えー、男の人の考え方って、よくわかんないなあ。
……ん?
「なんか最後、変なのが入ってませんでした?
宝塚さんとシロさんがつきあってることは、吹田さんも知ってますよね?」
なのに、私が宝塚さんに惹かれるかもって心配するの、おかしくない?
〔知ってても心配になっちゃうのが、男のめんどくさいところなんだよ。
俺も、昨日シロが吹田の元婚約者だって聞いて、けっこう動揺しちゃったし〕
「そうなんですか。
私は、びっくりはしたけど、動揺はしませんでしたねえ。
それは男と女の考え方の違いなんでしょうか」
〔どうかな。
俺もだけど、ミケちゃんもけっこう考え方が独特だから〕
笑い含みの声で言われて、私も苦笑する。
「それは否定しませんけど。
うーん。
ちょっと頭を整理する時間もらえますか」
〔どうぞー〕
えーっと。
宝塚さんは、今も吹田さんを友達だと思ってる。
吹田さんは、そう思ってない。
……ほんとに?
「私から見ると、吹田さんは宝塚さんを友達扱いしてるように見えるんですけど。
宝塚さんから見たら、どうですか?」
〔そうだといいなっていう俺の願望も込みだけど、友達扱いされてると思うよ。
だから、吹田があの時のことを引きずってるって、今まで気づかなかったんだけど〕
「ですよねえ。
うーん……。
あの懇親会の夜、宝塚さんがいなくなった後で、吹田さんに助けにきてくれた理由を聞いたんです。
そしたら吹田さんは、『おまえを助けにきたわけじゃない。あいつが本気でキレたら俺でも止められないから、そうなる前に対処しにきたんだ』って言ったんです。
止められないってわかってても止めにくるぐらい、なかよしなんだなって、思ったんですよ」
『本気でキレたら』って、たとえだと思ってたけど、十年前に経験済みだったんだ。
本当に止められないって、自分も怪我するかもしれないってわかってても、止めにきたんだとしたら、すごいよね。
〔……あいつ、そんなこと言ってたんだ〕
宝塚さんの声は、ちょっと嬉しそうだった。
ということは。
「じゃあ、もう一度友達になれば解決ですね!」
〔……どういう意味かな〕
「気持ちは友達なのに、十年前の『もう友達じゃない』って言葉を引きずってるから、拗れてるんですよね。
前に吹田さんと友達について話した時、『自分から声をかけて友達を作ったことがない』って言ってたんで、吹田さんからは無理だと思うんです。
だったら、宝塚さんが、『もう一度友達になろうよ』って言えばいいんです」
〔…………〕
しばらくの沈黙の後、楽しそうな笑い声が聞こえた。
〔ミケちゃんのそのポジティブさ、すごいよね。
シロや吹田がミケちゃんと知りあって変わっていった理由が、よくわかったよ〕
「そうですか?
私にとっては、友達になりたいって思ったら、友達になってって言うの、普通のことですよ」
〔そうだったね。
うん、変に気を回すより、それぐらいシンプルに考えればよかったんだね。
じゃあ、早速吹田に電話して、そう言ってみるよ〕
「え、判断が早いですね!」
〔十時からミケちゃんと話すなら、その前に解決しといたほうがいいだろうから〕
言われて時計を見ると、九時半になってた。
「そうですね、助かります」
〔わかった。
吹田と話し終わったら、どういう結果になったか、連絡するよ〕
「わかりました、お願いしますー」
〔うん。じゃあね〕
「はいー」
通話を終えて、ほっと息をつく。
これでうまくいくといいな。




