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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
31/93

私達ズッ友だよね③

〔本家のお子様に付けられる側近は、紫野(しの)の、私の家系から、同い年で同性の者が選ばれます。

 そうでなければ、学校で近くにいられないからです。

 若様にも同い年の男子が付いていて、常に共に行動していました。

 ですが、私が婚約者候補になった数ヶ月後に、亡くなりました。

 若様を誘拐しようとした者達に、身代わりになって(さら)われ、……殺されたんです〕

「ぇ」

 叫びそうになったのを、口を手で覆ってなんとかこらえる。

 今は、邪魔しちゃいけない気がした。 

〔側近は、非常時の身代わりを兼ねています。

 だからこそ、年恰好が近い者が選ばれ、常におそばにいるのです。

 ……彼は、私のいとこでした。

 私よりもはるかに優秀で、若様の側近にふさわしいと、一族の誰もが認めていました。

 若様の身代わりになって死んだことを、側近の(かがみ)だと、皆が褒め称えました。

 御当主様からお褒めの言葉を(たまわ)り、彼の両親は誇らしげでした。

 ……私は、彼の死を悲しく思っていましたが、そう言うことはできませんでした〕

 ため息のような声で言って、シロさんはしばらく黙る。

 ゆうべ吹田さんと電話してる時に、側近としてがんばってるシロさんの味方をしたいと思ったけど、でもこんなの、十歳の女の子には、つらすぎるよ……。



〔……数日後、私は若様に呼ばれました。

 『おまえはあいつの死をどう思ってる』と問われ、隠すべきだと思いながらも、つい『悲しいです』と申し上げてしまいました。

 すると若様は、『俺を責めないのか』と、おっしゃいました。

『俺が誘拐されそうになったのは、使用人の嘘に気づかず誘いだされたからだ。

 俺が逃げる途中で足を痛めて動けなくなったのは、知識を詰めこむことを優先して、体術の訓練を怠っていたからだ。

 助けにきたあいつは、俺をかついで逃げるのは無理だと判断して、俺と服を取り替えて身代わりになって、殺された。

 俺のせいで、あいつは死んだんだ。

 おまえ達紫野の家の者には、俺を責める資格がある』と。

 若様が彼の死を悲しんでくださっていることがわかって、私は、初めて彼の死は無駄ではなかったのだと思えました。

 そして、『若様を責めることは、彼の死を責めることですから、私にはできません。ですから、若様もご自分を責めないでください』と、申し上げました。

 すると若様は、強く拳を握りしめて目を閉じて、『すまない』と一言おっしゃいました。

 そのまま、若様が目を開けられるまで十五分ほど、黙っておそばにいました〕

 吹田さんも、悲しかったんだ。

 そりゃそうだよね、自分のせいで誰か死んじゃうなんて、しかもまだ十歳なんだから、つらいよね。



〔それから一週間後、両親から若様の側近になるよう命じられました。

 若様の新しい側近を探したものの、同い年の男子でふさわしい者がいなかったので、学校では私が、それ以外では一つ年上の者がおそばに付くことになったのです。

 婚約者候補としての教育と側近としての教育は重なる部分が多いため、学校限定ならば私でもなんとかなるだろう、と言われました。

 ところがその翌日、若様にご挨拶に伺うと、若様は『俺は結婚せずに警察に入る』とおっしゃいました。

『あいつの最期の言葉は、「誰かを守れる強い男になってください」だった。

 だが、俺一人で守れる範囲など、ごくわずかでしかない。

 だから警察に入り、トップを目指して、国民全体を守れる男になる。

 そのためには、家庭を持つ余裕などないから、婚約者は必要ない。

 高校を卒業したら家を出るから、側近も必要ない。

 後で母上に俺からそう願うが、おまえに不満があるわけではないからな』と。

 私は、それまでずっと、命じられるままに生きていました。

 ですが、その時初めて、自分の意志で、若様にお仕えしたいと思ったんです〕

 淡々と語ってたシロさんの声に、力がこもる。



〔私は、若様に私を側近にしてほしいと、若様の望みをかなえるお手伝いをさせてほしいと、お願いしました。

 最初は断られましたが、諦めずに何度もお願いしました。

『長年の慣習に逆らって婚約者も側近も断るのは難しいだろうから、若様の真意を知る私を婚約者兼側近にしておけば色々やりやすいはずです』と申し上げたら、ようやく承諾していただけました。

 そのかわり、『俺を支えたいなら、俺をかばって死ぬのは許さない』とおっしゃられ、私はそれを約束しました。

 若様が御当主様に願われ、私は正式に婚約者兼側近になりました。

 それからは、若様に付いていくために必死に勉強しました。

 若様は、自分の復習になるからとおっしゃって、私の勉強につきあってくださいました。

 おかげで、共に東大法学部に合格できました。

 高校卒業と大学進学の祝いの席で、若様は御当主様及び分家当主一同の前で『大学を卒業したら警察に入る。結婚はしない。真白(ましろ)との婚約は解消するが、友人として共に生きていく』と宣言なさいました。

 もともと本家の男児は家を出るのが普通でしたし、私との婚約解消も事前に御当主様にお願いして許可をいただいていたので、騒ぎにはなりませんでした。

 そして、私達は共に大学に進学し、共に警察に入りました〕

 ゆっくりと語ってたシロさんは、ほっと息をつく。



〔若様は、常に十歳の時に定めた目標に向かって生きてらっしゃいましたが、私には『俺を支えてくれるのは助かるが、自分の幸せも考えろ』とおっしゃいました。

 私は、若様をお支えすることだけを考えて生きてきたので、そう言われるたびに『若様にお仕えできるのが最上の幸せです』と答えました。

 ……ですが、宝塚さんという恋人と、ミケさんという友達ができて、私は、若様がおっしゃる『自分の幸せ』というものが何なのか、やっと理解できました。

 お二人のおかげです。

 ありがとうございます〕

 シロさんのやわらかな声に、なんだか泣きそうになった。

〔こちらこそ、ありがとう。

 シロが恋人になってくれたおかげで、俺も幸せだよ〕

「私もですよ!

 ありがとうございます!」

 宝塚さんの甘い声にかぶせるように叫ぶと、シロさんのかすかな笑い声が聞こえた。



〔ありがとうございます。

 ……自分の幸せを知って、誰かの幸せも守りたいと思うようになりました。

 今までは、若様が『国民全体を守りたい』と考えられているから、それをお手伝いしていただけでしたが、自分の目標としても、そう思えるようになりました。

 ですが、私が一番幸せになっていただきたい若様は、おひとりのままでした。

 自分に恋人ができたからといって、若様にも恋人をお勧めするのは僭越ですし、若様の目標を理解したうえで寄り添ってくれる女性がいるとも思えませんでした。

 いつかそういう女性が現れてくれるといいと、祈ることしかできずにいましたが、……年が明けた頃から、若様の様子が変わられました。

 いつも張り詰めていた雰囲気が和らいで、精神的な余裕が出てきたように感じました。

 不思議に思っていたら、それがミケさんのおかげだとわかりました〕

 ……ん!?

 急に自分の名前が出てきて、びっくりする。



「私ですか?」

〔はい。

 私がミケさんとの交流について報告すると、穏やかな表情で聞いておられました。

 いつも仕事に忙殺されてお疲れなのに、ミケさんと買い物をなさった休み明けは、機嫌が良さそうでした。

 ミケさんからのバレンタインチョコをお渡しした時は、嬉しそうに微笑まれて、すぐお食べになりました。

 私は十歳の頃から今まで若様にお仕えしてきましたが、あれほど嬉しそうな表情をなさったのを見たのは、初めてです。

 もしかしたら、ミケさんとなら、若様もご自分の幸せを考えてくださるかもしれないと、思っていました。

 ですから、ミケさんと若様がおつきあいなさることになって、とても嬉しいんです。

 友達としてミケさんを応援したいというのは本心ですが、若様の配下としても、お二人の仲を応援したいんです。

 ミケさん〕

「あ、はい」

〔私が申し上げるのは僭越だとわかっていますが、どうか若様を幸せにしてさしあげてください〕

 祈るように言われて、あわあわする。

「えっと、あの、はい、がんばります!」

 なんとか答えると、二人分の笑い声が聞こえた。

〔ありがとうございます〕

 ううぅ、テンパってるのバレバレで、恥ずかしい。

 情報量多すぎて、頭がついていけてないし。

 でも。



「あの、今いっぱいいっぱいで、ちゃんと理解できたか微妙ですけど、でも、これだけは言わせてください!」

〔……なんですか?〕

「さっき、吹田さんはずっとひとりだったって言ってましたけど、違いますよ。

 シロさんが、友達としてずっと一緒にいたじゃないですか」

〔……いえ、私は〕

 否定しようとした声を、わざと遮る。

「吹田さんは、シロさんのこと、『部下だが、幼なじみで大切な友人でもある』って、言ってました。

 シロさんと急になかよくなった私を警戒するぐらい、シロさんのこと大切に思ってるんですよ。

 吹田さんの幸せには、シロさんも絶対必要なんですからね!」

〔俺もそう思うよ。

 シロが、恋人の俺と友達のミケちゃんのおかげで幸せだって思ってくれるなら。

 吹田にも、恋人のミケちゃんだけでなく、友達のシロが必要なんだ。

 だから、皆で幸せになれる方向に、がんばろうよ〕

「そうですよ。

 みんなで一緒に、幸せになりましょうよ」

 宝塚さんの甘い声に続けて言う。

〔…………ですが、私は……〕

 とまどうような声で言って、シロさんが黙りこむ。

 うーん。

 宝塚さんのおかげでだいぶマシになったみたいだけど、シロさんは、まだ自分に自信がないのかな。



〔これは俺の勝手な推測なんだけど。

 もしかしてシロは、自分は死んだ彼の代わりでしかないと思ってるから、自分に自信が持てないのかな〕

「え?」

〔…………そうかも、しれません。

 私は、若様にも、彼にも、遠く及ばない凡人ですから〕

 そっか。

 いとこの人は、すごく優秀だったらしいから、自分はあくまでも代わりでしかないと、凡人だと思いこんじゃったんだ。

 そりゃ、吹田さんや宝塚さんにはかなわないかもしれないけど、私から見たら、シロさんだって充分優秀なのに。

 でも、ずっと吹田さんのそばにいたら、自分は凡人でしかないと思っちゃうのも、わかる気がする。

 慰めてあげたいけど、宝塚さんに任せたほうがいいかな。

〔そんなことないよ。

 本当に凡人なら、吹田に付いてくることはできなかっただろうし、吹田もそばに置かなかっただろう。

 吹田はそういうとこシビアだから、いくらシロが付いていきたいと願っても、きっぱり『足手まといだ』って言って、切り捨てたはずだよ〕

 あー、確かに、吹田さんならそう言いそう。

〔今まで吹田に付いてこれたなら、充分がんばってるし、すごいことだよ。

 すぐには無理かもしれないけど、がんばってる自分を、少しずつ認めてあげようよ〕

〔…………はい〕

 よかった、シロさんの声が元気になった。

 やっぱり、宝塚さんに任せて正解だったね。   

 


〔それと、さっきの話で気になったところがあるんだけど、聞いてもいいかな〕

「はい。なんですか?〕

 ん? なんだろ。

〔吹田が誘拐されそうになった時の話で、吹田を嘘で誘いだした使用人って、若い女性で、誘拐犯一味にハニートラップを仕掛けられて協力した、とかだった?〕

 え!?

 どこからそんな推理になったの!?

 同じ話を聞いてたのに、全然わかんない。

〔……そうらしいと、聞いています。

 どうしてわかったんですか?〕

〔大学時代の吹田は、女性を敬遠してたけど、最初から親しげに接してくる女性は警戒してたから。

 たぶん、その時のことがトラウマになってるんだと思う〕

「……あー」

〔ミケちゃん、どうかした?〕

「あ、えっと。

 吹田さん、ハニトラをすごく警戒してるし、『俺を狙う者に目をつけられる可能性があるから、身辺に気をつけろ』って、前から何度も言われてるんですよ。

 だから、宝塚さんの推理、当たってると思います」

 キャリアだから警戒してるんだと思ってたけど、昔からだったんだね。

〔そっか。

 シロは、どう思う?〕

〔……私も、当たっていると思います。

 それに、何代か前の当主の御子息が、使用人の女性に色仕掛けで篭絡されて、本家のお金や物をかなり貢いで問題になったことがあったので、色仕掛けに注意するように常々言われていました。

 若様が女性を警戒なさるのは、そのせいだと思っていたんですが、……あの時のこと、まだ気になさっていたんですね……〕

 シロさんの声が沈みこむ。

〔今は、それにキャリアの立場も加わってるから、よけいだろうね。

 吹田は他人に厳しいけど、それ以上に自分に厳しくしてるから、いまだに自分を許してないんじゃないかな〕

 あー、確かにそんな感じだよね。



〔だけど、ミケちゃんのおかげで、だいぶ変わったと思うよ〕

 宝塚さんの声が、急に軽い調子になる。

「……ん? 私ですか?」

〔うん。

 さっきの、名前呼びの話の時も言ったけど、今の吹田のミケちゃんへの態度は、昔の吹田からは想像もできないぐらいなんだ。

 それは、いい変化だと思う。

 これからも、吹田を適度に振り回して、息抜きさせてやってほしい〕

〔私も、そう思います。

 昨日の朝、執務室でミケさんと接していた時の若様は、とても表情豊かでしたし、ミケさんと抱きあって話してらっしゃった時は、優しい表情をなさっていました。

 どうかこれからも、若様を癒してさしあげてください〕

 二人の言葉に、思いだす。

 ハニトラ疑惑の時、私を見てると感情を取り繕うことがばからしくなって、素の自分でいられる、楽に呼吸ができるって、言われたっけ。

 最上級の誉め言葉だって言われて、からかってるんだと思ったけど、本心だったのかな。

「うーん、自分では特に何もやってないと思うんですけど、いつも通りの私でいいなら、がんばります」

〔うん、ミケちゃんは今のままでいいと思うよ〕

〔そうですね、そのままのミケさんでいてください〕

「わかりましたー」

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