私達ズッ友だよね②
「えーっと、じゃあ、早速宝塚さんの意見を聞きたいことがあるんですけど、いいですか?
あ、シロさんが帰ってからのほうがいいなら、そうしますけど」
時計を見ると、十時近かった。
二人とも明日も仕事のはずだし、シロさんは帰ったほうがいい時間だよね。
〔いえ、かまいません。
土曜日に出勤しないといけなくなったので、明日は休みなんです。
だから、今夜は泊めてもらう予定なので、大丈夫です。
私は聞かないほうがいい話なら、離れておきますが……〕
「あー、いえ、それはかまわないです。
シロさんの意見も聞けると助かります」
この時間に帰るよりは、お泊まりのほうが安心だね。
〔じゃあ、二人で聞かせてもらうね。
俺も、シロに合わせて明日休みにしたから、遅くなってもかまわないよ。
どんなことかな〕
さすがスパダリ、一緒にいるチャンスは逃さないんだね。
「えっとですね、さっき宝塚さんが、友達になる利点をアピールしてきたじゃないですか」
〔うん〕
「逆の立場ですけど、似たようなことを、吹田さんに言われたんですよ。
あ、このへんの話、シロさんから聞いてます?」
〔聞いてるよ。
ミケちゃんが告白したら、いったん断ったけど、それでもつきあいたいならそれに見合うリターンを提示してみろ、って言ったんだってね〕
「そうなんですよ。
男の人の考え方として、友達とか恋人になる時に、そういうアピールとかプレゼンが必要なの、一般的なんですか?」
〔一般的では、ないかな。
……実は、シロからその話を聞いた時に、思い当たることがあったんだ。
たぶん、俺のせいなんだよね〕
宝塚さんは、苦笑してるような声で言う。
「えー? 詳しくお願いします」
〔うん。
前提として、俺達三人とも東大法学部出身なのは、知ってるかな〕
「はい」
〔一年生の春、必修の法学概論の教授が最初の講義で『法学部を選んだからには、討 論ができなければ話にならない。今後は誰と話す時でも常に討論を意識しなさい』って言ったんだ。
だから、単なる雑談でも討論みたいにして盛り上がってた〕
雑談が討論になるんだ。
さすが、文系最高峰って言われる学部だけあるね。
私も大学で法学をちょっと勉強したけど、そこまでじゃなかったなあ。
〔それで、俺は女の子から告白された時も、討論を利用することにした。
断っても諦めない子が多かったから、どうしてもつきあいたいなら、自分の価値を証明してみせて、みたいな感じで。
自慢するわけじゃないけど、しょっちゅう声をかけられると、カドが立たないよう断るのが面倒なんだ。
だから、『法学部の俺とつきあいたいなら、討論ぐらいできないと問題外』っていう理由づけをした。
たいていの子は、そう言ったら諦めてくれた。
法学部の女子で討論挑んできた子もいたけど、つきあう気になるほどじゃなかったから、論破して断った。
それを吹田が見てて、『対応が雑だ』って言われたから、『一度断っただけで諦めるなら本気じゃないんだろうし、本気だと信じさせたいなら自分を売りこむぐらいできるだろ』って返したんだ。
そしたら、なぜか吹田も自分に告白してきた子に討論を仕掛けて、断るようになった。
吹田は、ちょっと性格がきついけど、成績が良くて実家が裕福だと知られてたから、けっこう人気があって、よく告白されてたんだ。
本人は鬱陶しがってたから、断る理由にちょうどいいと思ったらしい。
その頃と同じ対応を、ミケちゃんに告白された時もしたんだと思う〕
「ええー……」
変だと思ってたら、そんな理由だったんだ。
〔なんか、ごめんね〕
「……あー、まあ、宝塚さんのまねっこだとしても、その方法を選んだのは吹田さんなんだから、宝塚さんのせいじゃないですけど。
そうすると、私が本気か確かめるためだったってことなんですか?」
それと、ボンさんが言ってた、依存を恋心にすりかえじゃないかっていう確認の意味もあったのかな。
〔そうかもしれない。
だけど、結局つきあうことをオッケーしたなら、ミケちゃんの粘り勝ちってことなんじゃないかな〕
「そうなんでしょうかねえ」
〔うん。
吹田がミケちゃんを気に入ってるのは間違いないよ。
シロから聞いたけど、吹田はミケちゃんを名前で呼ぶんだよね〕
「はい」
〔俺が吹田のプライベートを知ってるのは大学の三年半の間だけだけど、あいつが名前で呼んでた女の子は、シロだけだったよ〕
「え、そうなんですか?」
〔そうだよね、シロ〕
宝塚さんの問いかけに、しばらくしてシロさんが答える。
〔……はい。
ご実家の関係者以外で、吹田さんが名前を呼ぶ女性は、私が知っている中ではミケさんだけです〕
「ええー? そこまでなんです?」
なんかさらっと呼ばれたし、そんなレアなことだとは思わなかった。
「……でも、そもそもは、『おまえ』って呼ばれるのがなんとなくイヤだから、『ミケ』って呼んでくださいって、私が言ったんです。
そしたら、吹田さんは、自分が名前を間違われることが多くて嫌な思いしたから、正しい名前を呼びたいんだって言って、それで美景って呼ばれたんです。
その時はカップル限定パフェを食べたくて、恋人のフリしてもらってたからだと思います。
だから、カノジョは名前で呼ぶんじゃないですか?」
〔……私が会わせていただいたことはありませんが、今までに恋人が何人かいらっしゃったことは知っています。
ミケさんがおっしゃるように、その方々は名前で呼んでいたかもしれません。
ですが、昨日の朝、吹田さんは、ミケさんとのつきあいを了承なさる前から、ミケさんを名前で呼んでらっしゃいました〕
「……そうでしたっけ?」
あわてて記憶をたどってみる。
……そういえば、日曜日も、名前呼ばれてたっけ。
昨日も、確か最初から、名前で呼ばれてた。
……あれ?
〔それに、大学時代の吹田は、女嫌いなのかと思うほど女性との接触を避けてて、会話すら最低限にしてた。
あれから十年経ってるから、変わってる可能性もあるけど、俺が知ってる吹田なら、カノジョじゃない女の子に、寄りかかって寝るのを許すとか、月イチペースとはいえ一緒に買い物するとか、手作りチョコを受け取って食べるなんて、絶対しなかった。
吹田がそこまで気を許してる相手は、俺はシロしか知らない。
シロはどう?〕
〔……私も、その、私以外には、いないと思います〕
「じゃあ私、シロさんと同じレベルで扱ってもらってるってことなんですか?」
それって、すごくない?
〔そうだと思うよ〕
優しい声で肯定されて、違う疑問が浮かんできた。
「告白した時に、おまえのことは気に入ってるけど恋愛対象として見たことはないって、はっきり言われたんですよ。
シロさんと同じレベルって、身内扱いみたいなもんでしょうから、そこまではわかるんです。
でも、つきあってくれることになったら、ハグしたりナデナデしたりと恋人扱いしてくれました。
私は好きだからつきあってほしいと思ったけど、男の人は好きじゃなくてもつきあえて、恋人扱いできるものなんですか?」
〔そのあたりは、俺も吹田の考えがよくわからないんだよね。
男の考えとしては、女友達から告白されて、『これから好きになってくれればいいから』って言われて、その子が好みのタイプならとりあえずつきあってみる、っていうのは、ないこともないかな。
俺は断ってたけど。
吹田は、つきあってもいいと思うぐらいには、ミケちゃんを特別扱いしてたんだと思う。
ただそれは、好きだからっていうより、ミケちゃんが言うようにシロと同様の身内扱いみたいだから、ハグしたりナデナデしたりの恋人扱いがすぐできるようになるっていうのは、不思議だよね〕
「ですよねえ。
吹田さん、そういうスキンシップとか、あんまりしなさそうなタイプに見えましたし。
でも、切り替えは上手そうだから、恋人扱いすると決めたからには、みたいな感じなんでしょうか。
それとも、やっぱりペット扱いなんでしょうか」
シロさんも吹田さんが恋人といるところを見たことないなら、正解はわからないけど。
あ、そうだ。
「話が飛んじゃってすみません。
シロさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
〔……はい。
なんでしょうか〕
「吹田さんちって、江戸初期から続く豪商で、今は会社として手広くやってて、すごい歴史があるお金持ちなんですよね」
今日改めて調べてみたら、想像以上にお金持ちで、びっくりしたんだよね。
〔……はい〕
「そういうおうちなら、親が決めた婚約者とか、いそうだなって思ったんですけど。
吹田さんには、そういう人いたんですか?」
いまだに結婚してないし、私とつきあってくれるってことは、いないんだろうけど、もしかしたら元婚約者はいるかもしれない。
ファンタジー物だと、庶民のヒロインが王子様となかよくなったら、元婚約者の貴族令嬢がイヤガラセしにくるの、定番ネタだよね。
明日の電話の時に聞いてみようと思ってたけど、シロさんなら知ってるはず。
〔…………〕
しばらく黙りこんだ後、シロさんがおずおず言う。
〔……高校卒業まで、いらっしゃいました〕
「あ、やっぱり。
どんな人ですか?」
やっぱり悪役令嬢系かなあ。
〔……………………私です〕
「え!?」
〔え!?〕
思わず叫んだ声が、宝塚さんと重なる。
え、シロさんが悪役令嬢、じゃない元婚約者!?
意味わかんない!
〔……黙っていて、すみません。
ちゃんと、説明させてください〕
〔ごめん、驚いただけで、責めてるわけじゃないんだ。
それに、高校卒業までで、今は関係ないんだよね?〕
〔……はい〕
〔だったら、黙っててもかまわないようなことだよ。
俺は気にしないから、シロも気にしないで〕
二人の会話を聞いてるうちに、気持ちがおちついてくる。
そうだよね、こどもの頃のことだし、わざわざ言うほどのことでもないよね。
「私も、びっくりしただけなんで、気にしないでくださいね」
〔……いえ、お二人には、聞いていただきたいんです〕
〔シロが話したいなら、聞くよ。
ミケちゃんも、いいかな〕
「あ、はい。聞かせてください」
〔……ありがとうございます〕
小さな声で言って、シロさんはひとりごとみたいにぽつぽつ話しだした。
〔今は、あえて『吹田さん』ではなく、『若様』と呼ばせていただきます。
吹田家は代々女性が当主を務められるので、当主の子でも男児はいずれ家を出て独立するのが慣例です。
それでも、他家から縁談を申し込まれることが多いので、断る口実として、分家の中から婚約者が選ばれます。
実際に結婚するかどうかは、本人が成人する際に両家の親を交えて相談のうえ決めることになっていますが、たいていの方はそのまま結婚なさるようです。
若様の場合は、本家に近い分家の中にふさわしい女性がいなかったため、私が婚約者候補に選ばれました。
候補どまりだったのは、私が分家の末席とはいえ使用人の家系だったのと、今後成長するお子様方の中に、若様にふさわしい方がいらっしゃるかもしれなかったからです〕
「ちょっとごめんなさい、気になったんで聞いていいですか」
流れをぶった切るのは申し訳ないけど、我慢できなくて割りこむ。
〔なんでしょうか〕
「婚約者にふさわしい女性っていうの、どういう基準で選ばれるんですか?
それと、子供の成長待ちってことは、シロさんが候補に選ばれた時って、かなり若いっていうか小さい時なんですか?」
〔……婚約者は、御当主様が選ばれます。
選ぶ方法は、御当主様との十五分ほどの面談です。
私の場合は、苦手な勉強は何かとか、茶菓子はどういうものが好きかとか、そういう他愛のない話をしただけでしたが、なぜか候補に選ばれました。
面談を受けたのは、七歳の時でした〕
「ええー……」
七歳で婚約者を選ぶものなんだ。
やっぱり別世界だね。
「ありがとうございます。
続きお願いします」
〔……はい。
その後、婚約者としての基礎的な教育を受け、十歳になった頃に初めて若様にご挨拶に伺いました。
若様は、『母上が決めたことならしかたない』とおっしゃって、私を受け入れてくださいました〕
え、こどもの吹田さん、お母さんのこと『母上』って呼んでたんだ。
ますます時代劇っぽい。
あれ、でも。
「もっかいごめんなさい。
今のシロさんは、従者っていうか、側近ですよね。
婚約者候補じゃなくなったから、側近になったんですか?」
〔…………いえ〕
〔シロ、つらいなら無理して話さなくていいよ〕
ずっと黙ってた宝塚さんが、ふいに言う。
「え?」
声を聞いてるだけの私にはわからなかったけど、隣にいる宝塚さんから見ると、つらそうなのかな。
「シロさん、宝塚さんが言う通り、つらいなら答えなくていいですよ。
ちょっと気になっただけなんで」
〔……いえ、今の私につながる大切なことなので、話させてください〕
〔わかった。聞くよ〕
「私も、聞かせてください」
〔……ありがとうございます〕
ちょっと間を置いて、シロさんはまた話しだす。




