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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
28/93

契約書は隅々まで読むべし②

 心配性で思いだした。

 ケイコ先生に聞かれたこと、聞いてみようかな。

「私も話がそれるんですけど、聞いていいですか?」

〔ああ。なんだ〕

「午後にケイコ先生に会った時に、言われたんですけど。

 吹田さんは、昨日私を先に帰した時点で、キャリアの権力でゴリ押しして、私を事件と無関係にするって決めてたんだろうって。

 そんなことしたら、自分の評判が悪くなるとわかってても、あなたを守るために、そうしようとしたのよって、言われました。 

 そうなんですか?」

〔……俺自身の為だと、言ったはずだ〕

 吹田さんは、そっけない口調で答える。

 素直に答えてはくれないだろうなって思ったけど、予想通りだね。

 そういえば、朝は、残り半分の理由がケイコ先生からのお願いって聞いて舞い上がっちゃって、お礼言ってなかった。

 いまさらだけど、ちゃんと言っとこう。

「吹田さん自身の為だとしても、結果的に守ってもらえたのは、嬉しいです。

 ありがとうございます」

〔……ああ〕



 深呼吸して、気持ちを切り替える。

「じゃあ、デートの話に戻していいですか?」

〔ああ〕

「今日が十三日だから、後一週間ぐらいは大丈夫なんで、その間に一回目のデートしてもらえますか?

 お休みの日じゃなくて、仕事終わりのごはんデートでもいいので。

 無理なら、今月のデート枠の十時間分を来月回しにしてもらえますか?」

〔……次の土日は都合がつかないが、平日の夜に食事だけなら可能だ〕

「じゃあ、ごはんデートでお願いします。

 あ、お店は、できればケイコ先生と面談したっていう、個室がある小料理屋がいいです。

 ケイコ先生の小説に出てくるところなんで、行ってみたいんです!」

 気になってたんだけど、店名は知らないし、予約が必要なお高いお店っぽいから、諦めてたんだよね。

 でも、吹田さんとなら、行けるかも。

〔……あの店なら、いいだろう。

 希望はいつだ〕 

 やったー!

 めいっぱい写真撮っちゃおう!

「えーっと、じゃあ、金曜日でもいいですか?」

〔ああ。

 金曜の十八時に、俺の名前で予約を入れておく。

 ……先に行って写真を撮るのはかまわないが、店員に撮影可能か確認してからにしろ〕

 あ、バレバレだった。

「わかってます」

 

-----------------


 その後、細かいことを相談する。

 デートは、基本月初に一回目、一ヶ月に十時間まで、分割可。

 ごはんや買い物は二時間まで、平日でも可。

 おでかけは、休みの日のみ、行き先にもよるけど基本八時間まで。

 電話は、今日を一回目として、二日に一回、十五分間。

 二十二時から二十三時の間で、かけるのは吹田さんから。

 五回コールしても出なければ、かけなおしはしないけど、時間内なら私からかけなおしていい。

 メッセージは、明日から、一日三回、一回につき三百文字まで、写真は一枚まで。

 いつ送るかは私の自由だけど、返事は基本しない。

 ほとんどは吹田さんの提案通りでオッケーしたけど、メッセージの文字数はがんばって交渉して、百文字から三百文字に増やしてもらった。

〔今決めた内容をまとめて、後でメッセージで送る。

 三か月後に見直しをする予定だが、深刻な不具合がある場合はすぐに言え〕

「わかりました」

 こういう、細かいとこまできっちりしてるの、人によって好き嫌い分かれそうだけど、私は好きだな。

 決めた範囲では、ちゃんと相手してくれるってことだから。



〔最後に、おまえに謝罪したいことが二つある〕

「え?」

 謝罪? しかも二つ?

「なんですか……?」

〔一つめは、今朝のことだ。

 嬉しいと友達に抱きつくという行為は、俺にとっては未知のものだから、不審に思っていた。

 だが、おまえがカウンセラーの女性と会うなり抱きついて、相手もそれに応じていたから、本当に普段通りの行動らしいと、真白(ましろ)から報告を受けた。

 俺達の常識は一般的ではないとわかっていたのに、おまえの行動を疑うのは、配慮が足りなかった。

 すまなかった〕

 ああ、その話。

 そっか、だからシロさんはあの時、ボンさんと抱きあってる私を見てとまどってたんだ。

「あー、いえ、私のほうこそ、セレブな方々の常識を知らなくてすみません。

 それに、ボンさん、カウンセラーの人に言われたんですけど、あの時、無意識に吹田さんをさけてシロさんに抱きついたんじゃないかと、心配してたんじゃないかって。

 昨日は確かに恐かったけど、その後で吹田さんを好きだって自覚したから、なんていうか、それどころじゃなくなっちゃったんですよ。

 ゆうべだって、一度も目を覚まさずに、ぐっすり眠れましたし。

 だから、PTSDとかは気にしないでください」

〔……いや、そもそもは俺の不手際だ〕

「え?」



〔それが、二つめに謝罪したいことだ。

 あの時、おまえが俺の追及を避けたくて早足で歩いていたと、気づいていた。

 おまえを引き留めるなら、声をかけるのではなく、腕をつかんで止めるべきだった。

 そうしていれば、おまえが人質にされることはなかった。

 無傷で助けられたのは運が良かっただけで、殺される可能性もあった。

 俺の判断ミスで、おまえを危険にさらした。

 すまなかった〕

 静かな声には、後悔がにじんでいた。

 あー、私を事件と無関係にしてくれた本当の理由、たぶんコレだ。

 自分のせいで恐いメにあわせたから、せめてこれ以上イヤな思いしないでいいようにって、私の存在を隠してくれたんだ。

 ……あれ。



「……もしかして、つきあうのオッケーしてくれたのは、罪滅ぼし的な感じなんですか?」

〔違う。

 謝罪したいのは本心だが、つきあうかどうかは別の話だ〕

 まじめな声できっぱり言われて、ほっとする。

「よかったー。

 でも、そうですよね。

 吹田さん、優しいけど甘くないから、罪滅ぼしでつきあうより、慰謝料払うから弁護士から連絡させるって言うほうが似合いそうです」

〔…………おまえから見て、俺はそんなイメージなのか〕

 吹田さんは、呆れたような疲れたような声で言う。

「お金持ちだから、なんでもお金で解決しようとしそうって意味じゃないですよ。

 線引きがきっちりしてるというか、曖昧にしてごまかさないっていうか。

 自分が正しいと思うことは譲らないけど、相手の意見が正しいと思ったら受け入れるし、悪いと思ったら謝ってくれるし。

 いろんな意味で公平な人なんだなって、思います。

 そういうとこも、好きですよ」

〔…………そうか〕

「はい。

 ちなみに私は、慰謝料より、デートか電話の時間を増やしてくれるほうが嬉しいです」

〔……そんなことが、慰謝料がわりになるのか〕

 とまどうような声で言われて、大きくうなずく。

「私にとっては、なりますよ。

 だって、吹田さんの時間って、お金で手に入れられるもんじゃないですから」

〔…………わかった。

 なら、電話の時間を一回につき二十分に変更する〕

「えっ、ありがとうございます!」

 やったー!

 言ってみるもんだね。

 


〔俺からの話は、以上だ。

 おまえから、何かあるか〕

 時計を見ると、十時五十分だった。

 けっこう脱線したのに、予定通り一時間以内で終わらせられるって、すごいね。

 でもちゃんと私の話も聞いてくれるんだ。

「んー、あ、シロさん、何か言ってました?」

 吹田さんとの電話待ちでドキドキしてたから、今日はまだ連絡してない。

〔特には何も聞いていない。

 ……おまえは『聞いててもらったほうが助かる』と言っていたが、友人を同席させての告白は、一般的なのか〕

 この聞き方、私との常識の違いを気にしてくれてるのかな。

「うーん、一般的ではないですね。

 でも、どうせ後で全部話しますし、吹田さんも話すでしょ?

 だったら、聞いててもらったほうが早いと思って」

〔……真白は、おまえとのつきあいのことも俺に報告してくるが、プライベートでの行動のすべてを報告してくるわけではない。

 宝塚とのつきあいについては、ほとんど聞いていない。

 俺から真白にプライベートの行動を話すことも、ほとんどない。

 おまえとつきあうことになったとしても、その事実だけを伝えただろう〕

「そうなんですか?

 もっとなかよしだと思ってました」

 二人とも、プライベートには深く踏みこまない感じなのかな。

「じゃあ、逆に、話すのはどんなことなんですか?」

〔緊急時の対応のために、別行動をしている際の居場所は、互いに把握するようにしている〕

「あー、そういう」

 ほんとに仕事中心の生活なんだ。

 まあ、シロさんは、部下だけじゃなく従者っぽい立ち位置だから、よけいなんだろうね。



「シロさん、休みの日でも吹田さんの近くにひかえてそうですけど、さすがにそれはないんですね」

 時代劇とかだと、お殿様の近くには常にそばにひかえてる人がいるけど、さすがにそこまでじゃないんだ。

〔……東京に出てきた最初の頃はそうしようとしたから、強く言ってやめさせた〕

「え」

 そこまで、だったんだ……。

 しかも『強く言って』ってことは、すぐには納得しなかったってことだよね。

 シロさんは吹田さんの判断にほとんど逆らわないらしいけど、そういうとこはゴネたんだ。

 でも、シロさんにとっては、吹田さんに仕えることが最上の幸せ、らしいし。

 ヘタにそれを否定するのは、そのためにがんばってきたシロさんを否定することになっちゃうよね。

 まわりから見たらおかしいことでも、本人にとってはそれが幸せって、オタクも同じだから、よくわかる。

 うん、私はシロさんの味方をしたいな。



「えっと、おつきあい初日にこういうこと言うのは、アレなんですけど。

 いやでも、初日だからこそ、言っときますね」

〔……なんだ〕   

「もし吹田さんとシロさんがモメた時は、私は基本的にシロさんの味方ですから。

 詳しいことを聞いたら、それは吹田さんのほうが正しいねってなるかもしれませんけど、まずはシロさんの味方をしますからね」

 モメることはなさそうだけど、意思表示しとくの大事だよね。

〔恋人より友人が大事なのか〕

 呆れたみたいな声で言われて、しっかりうなずく。

「当然ですよ。

 だって、恋人はいつまでかわかんないですけど、友達は一生友達じゃないですか」

 あんまり連絡とってないコとか、もう数年会ってないコもいるけど、それでも友達なのは変わらない。

 でも恋人は、期間限定だよね。

 私は吹田さんが初めてだし、いつまで続くかわからないけど、会うたびにカレシが違う友達もいるから、友情ほどは続かないものなんだろうな。

〔確かに、つきあい初日に言うことではないな〕

 なぜか笑い含みの声で、吹田さんが言う。

〔だが、おまえらしい。

 俺が把握している真白の友達はおまえだけだから、おまえが真白の絶対的な味方でいてくれることを、嬉しく思う。

 おそらく真白も、俺とおまえがモメた時は、おまえの味方につくだろう。

 俺とのつきあいに関係なく、これからも真白の友達でいてやってくれ〕

「もちろんですよ」

 もしかして、私のプレゼンで一番効果あったの、三番目の『シロさんとなかよくできます』なのかも。

 だとしたら、シロさんに感謝だね。



〔十一時になった。

 そろそろ切るぞ〕

「え、あ、はーい」

 もっとおしゃべりしたいけど、しかたない。

「ありがとうございました。

 次の電話は、明後日ですね。

 メッセージは、明日から送りますね」

〔ああ〕

「じゃあ、おやすみなさい」

〔……おやすみ〕

 あ、今の言い方、好き。

 電話でも、いろんな発見があるね。

 スマホを充電ケーブルにつないで、寝る用意をしにいく。

 戻ってくると、吹田さんからメッセージが届いてた。

 さっき相談したルールが、まるで契約書みたいに簡潔にまとめられてた。

 苦笑しながらスクロールしていって、最後の文章に気づく。



≪特記事項

 心身の不調もしくは緊急時には、上記の制限に関わらず、あらゆる手段での即時連絡を可とする≫



 ほんと、心配性だよね。

 画面の文字を撫でて、そっと囁いた。

「そういうとこも、好きですよ」 

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