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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第二部 恋人編
27/93

契約書は隅々まで読むべし①

 家に帰って、お母さんとばんごはんを食べて、お風呂に入る。

 いつも通りにすごしてるつもりでも、十時が近づくと、ドキドキしてきた。

 そういえば、吹田(すいた)さんと電話で話すの、初めてかも。

 吹田さんの声って、静かなのに芯が強くて、耳元で聞くとなんかおちつく感じ。

 イケボってわけじゃないんだけど、心地いいんだよね。

 これから、二日に一度は聞けるって、嬉しいな。

 ベッドでごろごろしながら、十時になるのを待つ。

 九時五十七分になったから、起きあがってベッドの端に座る。

 スマホを両手で持って、じっと待ってると、だんだん緊張してきた。

 画面を見ながら、小さくつぶやく。

「五、四、三、二、一」

 スマホの時計が、十時ちょうどになる。

 一呼吸分の間を置いて、着信画面になった。

「ひゃっ」

 待ってたのに、びっくりしちゃって、スマホを落としそうになる。

 あわててつかみなおして、通話ボタンを押した。

「はいもしもしっ!」

〔……叫ばなくても聞こえる〕

 ちょっと不機嫌そうな声がして、思わず愛想笑いを浮かべる。

「すみません、あわてちゃって。

 えっと、こんばんは。お疲れ様です」

〔……ああ。

 今から一時間ほど話しても大丈夫か〕

「はい。

 あ、あの、吹田さんの予想通り、カウンセリング後にケイコ先生が会いにきてくださったので、吹田さんとつきあうことになったって、話しました」

 まずは頼まれたことをちゃんとやったって、報告しとかないとね。

〔……知っている。

 夕方、主計(かずえ)課長代理がカウンセラーと共に会いにきた〕

「えっ」

 なんで?



〔『本気でミケさんを恋人として扱うつもりがあるのか』と、しつこく聞かれたぞ。

 いったいどういう話し方をしたんだ〕

 あれ、不機嫌そうなのは、そのせいなのかな。

「どうって言われても、洗いざらい全部、ですね」

〔…………そうか。

 真白から聞いたが、カウンセラーの女性はおまえの友人なのか〕

「はい。

 初対面の知らない人なら、さすがに全部話すかは迷ったと思いますけど、友達だったし、吹田さんと買い物してることとかも知ってたので……。

 でも私、『吹田さんの目的がなんだとしても、かわいがってもらえるならオッケーです』って、言いましたよ。

 そしたらケイコ先生は、『だったら、外野がよけいな口出しすべきじゃないわね』って、おっしゃったんですけど」

 なんでそんなことになったんだろ。



「あ、私が帰った後、詳しい報告をするって言ってたから、つきあうためのプレゼンとか回数交渉とかを聞いて、心配になったのかも?

 ボンさん、カウンセラーの人が、『吹田さんのやり方が中途半端すぎて、意図がつかめない』とか言ってましたし」

〔……おまえの話ぶりでは、特別仲が良いわけではないようだったが、主計課長代理はずいぶんとおまえを気に入っているようだな〕

「そうですか?

 優しくはしてもらいましたけど、特別扱いってわけじゃないらしいですよ。

 他の人への対応を見たことないんで、どれぐらい違うかはわかりませんけど、公私ともにケイコ先生を支えてる執行部の人達に比べたら、私なんて大勢の信者のうちの一人ぐらいのはずです」

〔おまえがそう思っていても、向こうは違うようだ。

 『ミケさんは恋愛初心者だということを、くれぐれも配慮してあげてほしい』と念押しされたぞ〕

「ケイコ先生が、そこまで……」

 どうしよう、嬉しい。

 理由はわかんないけど、とにかく嬉し~~!

〔……おまえの主計課長代理への心酔ぶりは、確かにファンというより信者だな〕

 呆れたように言われて、強くうなずいた。

「そうですね、ケイコ先生は神様ですから」

〔………………そうか〕

 ため息みたいな声で言った吹田さんは、しばらく黙る。



〔朝に言った、警察関係者以外の友達には、できる限り俺とつきあうことを話すなという件だが〕

「あ、はい」

〔カウンセラーの提案通り、しばらくは秘密にしておいて、話せることが増えてから伝える、という方針にしてくれ〕

 あ、ボンさんが話してくれたんだ。

 私では上手に伝えられるかわからなかったから、助かる。

「わかりました。

 じゃあ、早速ですけど、一回目のデートって、いつしてもらえますか。

 できれば今月中にしてもらえると嬉しいです」

〔……その相談の前に、確認したいことがある〕

「なんですか?」

〔おまえは、自分の月経周期を把握しているか〕

「げっけい?」

 って、なんだったっけ?

 …………あ。 

 え!?

 な、んで、そんなこと、え、ええー!?



〔……ろ、美景(みひろ)

 強く呼ばれて、パニクってた意識がちょっとだけ鎮まる。

「……ぁ、の」

 だけど何を言ったらいいかわからなくて、あわあわしてると、ため息が聞こえた。

〔デリカシーがないと思うかもしれないが、逆に配慮するために聞いている。

 朝に相談した時は一回目のデートを月初と想定したが、もしいつもその頃なら、結局毎回予定を変更することになるし、無理してでかけても楽しめないだろう。

 体調不良の時期を避けて予定を組むために、教えてくれ〕

 静かな口調で説明されたのは、納得できる内容だった。

 確かに、そうなんだけど。

 気遣ってくれるのは、嬉しいんだけど。

 そんな話、お父さんともしたことないのに。

 恥ずかしいよぅ。

 何度も深呼吸して、気持ちをおちつかせる。



「……だいたい、月末、二十日から二十五日の間ぐらいから、一週間程度です」

〔周期は安定しているほうか〕

「……はい」

〔痛みはあるほうか。薬を常用しているか〕

「……多少は痛むけど、使い捨てカイロであっためたら、なんとかなるぐらいです。

 薬は、すごくつらい時だけ飲みます」

〔耐えられなくて仕事を休んだことはあるか〕

「…………仕事じゃないですけど、大学生の頃に、一度だけ。

 ほぼ徹夜で二日間イベントに参加した後で大学行ったら、予想より早く始まって、めまいと頭痛がひどくて動けなくなって、お母さんに車で迎えにきてもらって早退して、その後三日間寝こみました。

 あ、最後に薬飲んだの、その時です」

 淡々と質問されると、なんだかお医者さんと話してるみたいな気分。

 それでも恥ずかしいけど、電話だからちょっとマシ。

〔それは、寝不足や疲労と重なったせいで悪化したということか〕

「そうだと思います。

 お母さんに話したら、当たり前だってめちゃくちゃ怒られました」

 始まるのは数日後のはずだったから、大丈夫だと思ったんだよね。



「それ以来、予定日の数日前からなるべく安静にしてすごすようにしたら、薬を飲まなきゃいけないほどつらくなったことはないです」

〔そうか。

 だったら、当初の想定通り月初に一回目を設定してよさそうだな。

 ただし、時期がずれたり、風邪などで体調不良の場合は、当日でも言え。

 無理して来られて、介抱するはめになるのが一番面倒だ〕

「……はい」

 そうだよね、忙しい中で時間作ってくれるんだから、会いたいからって無理につきあわせちゃダメだよね。

 言い方は優しくないけど、はっきり言ってくれるのは助かる。

 ほんと、エリートの気配りってすごいなあ。

 ……あれ。

「……もしかして、シロさんの周期も把握してるんですか?」

〔直接聞いたことはないし真白も言わないが、調子が悪い時は見ればわかる。

 そういう時は、なるべく体を使う仕事をさせずに、定時であがらせるようにしている〕

 やっぱり。

 そっか、ずっと一緒にいるシロさんへの対応で慣れてるから、私にも気配りしてくれたんだね。

 友達が大事にしてもらってるの、嬉しい。



「えーと、じゃあ、一回目の設定は月初として、時間は十時間でいいんですよね?」

 まだちょっと残ってる恥ずかしさをごまかすように、話題を最初に戻す。

〔ああ〕

「ちなみに、時間のカウントってどうなるんですか?

 たとえば、いつもの買い物の時みたいに、目的地で一時間以内に終わった時は、他のお店に行くとか、ぶらぶら歩くとかして、一時間になるように調整してもらえるんですか?

 それとも、五分刻みぐらいでカウントですか?」

〔基本的には一時間単位での行動になるよう考えている。

 ……話がそれるが、先に言っておきたいことがある〕

「なんですか?」

〔あのクマのぬいぐるみの店には、俺が同行できない時には、絶対に行くな〕

「え……」

 強い口調で言われて、びくっとする。

 そりゃ、五回行ったうちで二回トラブルがあったし、昨日はすごく恐かったし、さすがに一人で行く気はないけど。

 『絶対に』って言われる理由がわからない。



「危ないとこにあるのはわかってるので、一人で行く気はありませんけど……」

〔一人でも、友達とでも、やめろ。

 立地だけでなく、店そのものにも問題がある〕

「店……?」

〔あの店を思い浮かべてみろ。

 出入り口は一つしかなく、ドアは窓のないスチール製で、窓はあるが高い位置で、おまえでは手が届かない。

 入ってすぐにデスクがあって、若い男の店員が座っていて、店内には物があふれて死角が多く、目的のものは店の奥の壁際にある。

 他の客はほとんどおらず、店内には大音量の音楽が流れている〕

「……はい」

 細かい説明に、頭の中にはっきりイメージが浮かぶ。

〔おまえが一人であの店を訪れて、他の客はいないとする。

 ぬいぐるみを選んでいる間に、店員がデスクを動かしてドアを塞いで、背後にしのびよっていたら、おまえはそれに気づけるか?〕

「え……?」

 しのびよる、って。

 なんで?

〔ドアを塞がれたら、逃げ道がない。

 大声を出したとしても、音楽がうるさくて外には聞こえない。

 スマホを奪われたら、助けを呼ぶ手段がない。

 男が力ずくで襲いかかってきたら、抵抗する手段がない。

 だから、一人でも友達とでも、行くな〕

 淡々とした説明は、かえって現実味がない。

「……でも、店員さんが、襲ってくるなんて、そんなこと」

〔店員が客を狙った事件は、いくらでもある。

 あの店の店員にそういう疑いがあるわけではないが、店の構造そのものが危険だから、警戒しろと言ってるんだ。

 あの店だけでなく、同様の構造の店も警戒が必要だ。

 初めて行く店は、必ずドアを開けた時点で構造をチェックしろ。

 問題があれば、中に入らずに引き返せ〕

 うーん。

 相変わらずの心配性だけど。



「今まで、そんなこと言ってなかったのに、なんで急に……」

〔今までは、誘われた時は偶然いつも都合がついたから、言わずにいた。

 それに、たまに買い物する程度の仲では、そこまで行動に口出しできないと思っていた。

 だが、恋人になったからには、はっきり言っておく〕

「ええー……」

 『恋人になったからには』、なんだ。

〔なんだ〕

「今まで、身辺に気をつけろとか、男との距離感に気をつけろとか、色々口出しっていうか、心配してくれてましたよね?

 すごい心配性なんだなって思ってたんですけど、吹田さん的には、あれでも抑えめだったんですね」

 あれ以上となると、注意事項が増えすぎて、おぼえきれなくなりそう。

〔……口出ししすぎた自覚はあるが、おまえは警戒心がなさすぎる。

 温室育ちでしかたないとはいえ、何かあった時に傷つくのはおまえ自身だ。

 もう少し自衛することをおぼえろ〕

「はぁ……」

 『温室育ち』って、高校の先生達によく言われたなあ。

 『学校という温室の中では、あなた達はのびのび自由に生きられますが、外の世界はもっと厳しいんですよ』って。

 でも私は大学も女子大で、職場では【同志】(なかま)に助けてもらえて、ある意味温室のままきちゃってるから、外の世界の厳しさが実感できずにいる。

 吹田さんは、その厳しさを知ってるから、心配してくれてるんだろうけど。

 うーん。



「それじゃあ、疲れませんか?」

〔……どういう意味だ〕

「吹田さんは頭がいいから、いつも最悪の事態を想定して、そうならないような予防策とかを考えてるのかもしれませんけど。

 いつもそんなにいろいろ考えこんでると、疲れちゃいますよ。

 もっと気楽に、自分のやりたいように生きたほうが、人生楽しいですよ」

〔……………………〕

 長い沈黙の後、深いため息が聞こえた。

〔おまえは、そういう性格だったな……〕

「そうですよー。

 でも、心配してくれるのは嬉しいし、気をつけます。

 何かあったら、シロさんだけじゃなくて、吹田さんも悲しませることになっちゃうんですよね?」

 ハニトラ疑惑の時に、『おまえに何かあったら真白が悲しむから、身辺に気をつけろ』って言われた。

 これからは、恋人の吹田さんも含まれる、はず。

〔そうだ。

 何もないのが一番だが、もし何かあった時は、できる限り早く連絡しろ。

 俺に連絡がつかない時は、真白でもかまわないから、とにかくすぐに連絡しろ。

 わかったか〕

 しつこいぐらいの念押しに、こっそり笑う。

 ほんと、心配性だな。

「わかりました」

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