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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
26/93

当たって砕けたら接着剤でくっつける⑦

「さて、ミケちゃんに大事なお知らせがあります」

 ボンさんが急にまじめなカオになったから、私もあわてて姿勢を正す。

「はいっ、なんでしょう」

「ミケちゃんがお手洗いに行ってる間に、ケイコ先生に連絡したの。

 十分後に、ケイコ先生と執行部のハマチちゃんが、ここに来ます」

「えっ!?」

 びっくりして、思わず立ちあがる。

 いや、来てくださるとは聞いてたけど。

 でも十分後……!

「ミーケちゃん。

 気持ちはわかるけど、おちついて」

 なだめるように言われて、トびかけてた意識が戻る。

「あ、すみません……」

 椅子に座りなおして、玄米茶を一口飲む。

 うん、ちょっとだけおちついた。

 あれ、今更だけど。

「あの、ケイコ先生は、どうしてそこまで私を気にしてくださってるんでしょう。

 吹田(すいた)さんとのつながりだとしても、わざわざ会いにきてくださるなんて……」

 以前お会いした時に、私の小話のファンだって言ってくださったけど、たぶん半分以上社交辞令だろうし。

 そこまでしてもらえる理由がわからない。

「そうねえ、もう少し時間あるから、話しときましょうか。

 あのね、ミケちゃんだから特別扱いしてるわけじゃなくて、【同志】(なかま)だから、なの」

 ボンさんは、ゆっくりと語ってくれる。



「私と同世代で、執行部で活躍してたショーコって子がいたの。

 レイヤーだったから、よく写真撮らせてもらったわ。

 すごく優秀なコで、ケイコ先生もかわいがってたんだけど、親の介護のために警察を辞めて、実家がある四国に戻って、市役所で働いてたの。

 ところが、十年ほど前に市役所で騒ぎがあって、ショーコが人質に取られたの」

「えっ」

「DVダンナから逃げだした女性が、現住所を教えないでって申請してあったのに、問いあわせしにきたダンナの対応した人が、うっかり教えてしまった。

 連れ戻しにきたダンナに追いつめられて、女性は五階の窓から飛びおりて、亡くなってしまったの。

 ダンナは逮捕されたんだけど、女性の両親が『娘が死んだのは市役所の対応のせいだ』ってどなりこんできて、たまたま対応したショーコに包丁を突きつけて人質に取って、市長に土下座して詫びろって要求したのよ」

「それは……」

 文句を言いたくなる気持ちはわかるけど、ショーコさんは無関係だよね。



「応接室に数時間たてこもったんだけど、最終的にはショーコの説得で投降して、ショーコも無事だったわ。

 ところが、マスコミがこの話を変に騒ぎたてたの。 

 奥さんの住所を教えたのはショーコだとか。

 奥さんに同情したショーコが、両親と共謀してたてこもり騒ぎを起こしたとか。

 ひどいのになると、ダンナとショーコがデキてて、邪魔な奥さんを殺そうとしたとか」

「なんですかそれ、めちゃくちゃじゃないですか」

 マスコミって、なんでそんな変なことばっかり書くんだろ。

 怒る私を見て、ボンさんは沈痛なカオでうなずく。

「そうよねえ、でもそういうめちゃくちゃな話題のほうが受ける世の中なのよ。

 しかも、ショーコの若い頃のコス写真がマスコミに流れて、それがお色気キャラだったから、水商売してたとか、貢がせた男とモメて東京から逃げ帰ったとか、事実無根の噂でよけい騒ぎたてられた。

 そのせいでショーコはまわりから白い目で見られちゃって、結局市役所を辞めて、母方の実家がある九州に親と一緒に引越したの。

 今では結婚して子供も生まれて、幸せに暮らしてるけど、当時はかなりつらかったみたいよ」

 ボンさんは小さくため息をつく。



「その頃は、【同盟】ネットワークは今ほど大規模じゃなかったし、地方での事件だったから、マスコミが騒ぎたてるまで私達も知らなかった。

 ショーコは、なまじ優秀だったぶん、人に頼るのが苦手だったから、私達にも連絡してくれなかったの。

 ケイコ先生も私達も、ショーコを悪く言われて悔しかったけど、何もしてやれることがなかった。

 だから、もしまた【同志】(なかま)が事件に巻きこまれたら、すぐに支援できるように、ネットワークを全国規模に強化したの。

 情報を早い段階で入手して、個人情報の拡散をできる限り抑えて、被害者の日常を守れるように、バックアップ体制を整えたわ。

 おかげで、今回のミケちゃんの事件もすぐに察知できたのよ」

「そうだったんですね……」

 元からあるシステムだったんだ。 

 納得できて、ほっとする。

 特別扱いって、ちょっとしたことなら嬉しいけど、ケイコ先生に特別扱いしてもらえるなんて、おそれ多いもんね。



 背後からノックの音がして、びくっとする。

 苦笑したボンさんが立ちあがって、ドアに向かった。

「はーい」

「人事の白浜(しらはま)です」

「はいどうぞー」

 あわてて立ちあがって振り向くと、ケイコ先生とハマチさんが入ってきた。

 ケイコ先生は私を見て、にっこり笑う。

「こんにちは、ミケさん。

 元気そうで安心したわ。

 昨日は大変だったわね」

「は、はいっ、あの、色々手助けしてくださったそうで、ありがとうございますっ」

 声がひっくり返っちゃったけど、なんとか言えた。

 姿勢を正して、深々と頭を下げる。

「どういたしまして」

 ケイコ先生は、またにっこり笑ってくれた。

 ああっ、幸せすぎて昇天しそうっ。

「はいはいミケちゃんおちついて、座りましょうねー」

 ボンさんに背中をぽんぽんっとたたかれて、こくこくうなずく。

 私の前にケイコ先生、その隣にハマチさん、私の隣にボンさんって配置で座った。

 


「連絡した通り、今のところ問題なしです。

 経過観察は週イチペースで続けます。

 それと、ショーコの事件と被害者のバックアップ体制のことを話しておきました」

「そう、ありがとう」

 ボンさんの報告にうなずいて、ケイコ先生は私を見る。

「ボンが話したように、私達は全国の【同志】(なかま)を助けるためのバックアップ体制を作ってあるの。

 事件のデータベースは、当初はそのために作ったものなのよ。

 おかげで今回もミケさんを守れたのだけれど」

 言葉を切ったケイコ先生は、ゆっくり言う。

「ねえ、ミケさん。

 吹田くんは、あなたを事件とは無関係に処理したことを、どう言っていたのかしら」

「え?

 えっと、半分は自分の為で、半分はケイコ先生からの要請だって、言ってました。

 非番とはいえ、キャリアの自分と同行した女性が事件に関わったことをゴシップ誌にすっぱ抜かれたら、面倒なことになるからって」

「なるほど、吹田くんらしい言い方ね」

 ケイコ先生は優しくうなずく。

「あのね、私達ができるのは、あくまでもバックアップなの。

 名前や個人情報を発表しないよう工作はできても、事件に巻きこまれたこと自体は隠せないわ。

 でもミケさんの場合は、無関係にできた。

 それは、吹田くんがそうしようとしたからなのよ」

「……え?」

 どういう意味?



「吹田くんは、現場からあなたを帰らせたのよね?」

「あ、はい。

 『後のことはやっておくから、おまえは家に帰って休め』って言われて、ハイヤーに乗せられました」

「その時点で、吹田くんはあなたを事件と無関係にすると決めていたのね。

 私達が手伝わなくても、キャリアの自分の意向だと、押し通すつもりだったんでしょう。 

 もしそうしていたら、吹田くんの評判は悪くなったでしょうね。

 それでも、やるつもりだったのよ。

 あなたを守るために」

「え……」

 私の、ために?

 吹田さんは、プライド高いけど、ムダに権力をふりかざすような人じゃないのに。

 アフターケアにしても、手厚すぎない?



「どうしてそこまでするのか不思議だったけれど、ミケさんが吹田くんとつきあうことになったと聞いて、納得したわ。

 あなたが好きだからなのね」

 微笑んで言われて、あわてて手をぱたぱた振る。

「いえっ、それは、誤解です。

 告白したのも、つきあってほしいって言ったのも、私からです。

 最初は『おまえを恋愛対象として見たことはないし、仕事が忙しいから恋愛してる暇はない』って、はっきり断られました。

 なので、私を好きだから、とかじゃないです」

「……そうなの?」

 視線を向けられて、私の隣でボンさんがうなずく。

「そうらしいですね。

 でも『どうしてもつきあいたいなら、自分を売り込んでみろ』とか言って、ミケちゃんががんばって交渉したら、色々条件付きだけどオッケーしてくれたそうです。

 アフターケアにしては親切すぎるし、好きだからにしては厳しすぎるし、ケイコ先生とのつながりを求めるにしてはリスキーだし。

 中途半端すぎて、意図がわかりません」

「……そう」

 ケイコ先生はつぶやくように言って、考えこむ。

 ちょっと気になったから、ボンさんに体を寄せて、こそっと聞いてみる。

「中途半端すぎるって、どういう意味ですか?」

「理由がなんだとしても、吹田さんなら、それをミケちゃんに気づかれないようにするぐらい簡単なはずなのに、ってこと。

 たとえばケイコ先生とのつながりが目的なら、プレゼンとか回数交渉とかのよけいな手間を挟まずに、そのままオッケーしてつきあえばよかったのよ」

 確かに、そうだよね。

 なんでだろ。



「ミケさん」

「はいっ」

 ケイコ先生に呼ばれて、あわてて姿勢を正す。

「吹田くんの目的が何であれ、ミケさんは吹田くんが好きで、おつきあいしたいのね?」

 確かめるような問いかけに、こくんとうなずく。

「はい。

 どんな理由でも、ペット扱いだとしても、かわいがってもらえるならオッケーです。

 二次元の推しだと、どんなに好きでも基本的にリターンなしですけど、吹田さんは、抱きしめたりナデナデしたりおしゃべりしたりしてくれるので、充分幸せです」

「……そう。

 だったら、外野がよけいな口出しをすべきではないわね。

 でも、もし悩むようなことがあれば、ボンでも誰でもいいから、相談してね。

 私達は、いつでもあなたの味方だから」

 にっこり笑って言われて、涙が出そうになった。

「はいっ、ありがとうございますっ」

 嬉し~~~!

 これだけでも、吹田さんとつきあえてよかったって思えるよ!

 吹田さん、ありがとう!


-----------------


 ボンさんがケイコ先生に詳しい報告をするから、私は先に帰っていいって言われた。

 定時前に帰るって、なんだか変な感じ。

 でも、あんまり早く帰ったら、お母さんに心配されそうだから、寄り道しよ。

 駅の近くのショッピングセンターで、雑貨や服を見てまわる。

 ぶっちゃけ、服よりオタグッズにお金を使いたいけど、一般人に擬態できる程度には気をつけないとね。

 出勤の時の服は、ほとんどは友達が働くセレクトショップで社販価格で買ったもの。

 六割引とか、大丈夫なのか心配になるけど、ノルマをこなせるほうが大事らしい。

 自分で衣装を作る派のレイヤーで、服好きが高じて服屋で働いてるコだから、見立て上手で、いつも選んでもらってる。 

 あ、そういえば。

 デートの服って、どういうのがいいんだろ。

 うーん、吹田さんて、シンプルなのが好きそうだから、あんまりハデにしたら、引かれそうだよね。

 行き先によって、スカートがいいかパンツがいいかも、違ってくるし。

 せめて行き先が決まってから、考えたほうがいいよね。

 今日は参考程度にしとこう。

 のんびり見てまわって、定時近くになったから、駅に向かう。



 まずは今夜の電話で、デートについて確認してみよう。

 目標は、今月中に一回目かな。

 吹田さんは、基本命令口調で要求してくるけど、私の意見も聞いてくれる。

 交渉次第では、デートできるはず。

 うん、がんばろー!

次話から、恋人編です

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