当たって砕けたら接着剤でくっつける⑥
トイレ休憩も挟みながら順番に語っていくと、昼前になった。
「そろそろ出前取ろうか。
ミケちゃん、何がいい?」
「じゃあ、カツ丼お願いします」
ちょうどハニトラ疑惑編が終わったとこで、話してるうちに食べたくなっちゃったんだよね。
「あはっ、じゃあ私は親子丼にしよ」
ボンさんはスマホのアプリで手早く注文する。
まだ時間が早かったからか、バレンタイン編を話し終わる頃には、注文した品が届いた。
「じゃあ食べましょうか。
いただきます」
「いただきまーす」
二人して手を合わせて、ゆっくり食べる。
「食堂のメニュー、もう少し増やしてほしいよね」
「種類もですけど、私は量の調節できたほうが嬉しいです」
「あー、確かに、男性向けのがっつりメニューは食べきれないもんね」
「ですよねえ」
雑談しながら食べて、ボンさんが淹れてくれた緑茶を飲む。
「さて、じゃあ続き! お願い!」
「はぁい」
目をギラギラさせながらねだられて、苦笑してまた話しだした。
名前呼び編は、なぜかすごく興奮された。
「甘酸っぱい! 青春!」
私、青春って言われるほど若くないんだけどなあ。
まあ、二十五歳の私は、四十代前半のボンさんから見たら、若者なんだろうけど。
自覚編は、さっき話したけど、私の心情も足しながらもう一度話す。
お待ちかねの告白編は、笑われたり考えこまれたり呆れられたりされた。
うん、改めて振り返ると、つきあってもらうためにプレゼンして、回数交渉するって、おかしいよね。
「うーん、吹田さんって、選民意識強そうなバリバリエリートって感じだったのに、なんか印象違ってきちゃったわあ」
全部話し終えると、ボンさんがしみじみ言う。
「ですよねえ。
でも、ほんとのエリートって、プライド高いだけじゃなくて、公平さも持ちあわせてるんだなって、吹田さん見てて思ったんですよ。
あと、すごい心配性だったのが意外でした」
「そうねえ、意外ねえ……」
ゆっくりお茶を飲んだボンさんは、考えこむカオになる。
あ、心配性で思いだした。
「ボンさん、友達どうしで抱きあうとかはしゃぐのとかって、オタク特有の行動ってわけじゃないですよね?」
「うん? ああ、さっきの、二人ともに心配されたってとこね。
そうねえ、女性はよくやると思うけど、吹田さん達が見たことないなら、セレブな方は違うみたいねえ」
「そうみたいですねえ。
まさか友達に抱きついただけで心配されると思わなかったから、びっくりですよ」
「そうねえ、でも……」
「なんですか?」
私を見たボンさんは、確かめるように言う。
「その時、吹田さんが目の前にいたのよね」
「はい」
「でも、抱きついたのは、遠くにいた紫野さんなのよね」
「そうです」
「だから、二人は心配になったんじゃないかしら」
「なんでですか?」
「たぶん、昨日の事件の影響で、無意識のうちに吹田さんをさけたんじゃないかって考えたんだと思うわ」
「昨日の事件?」
………………あー。
「つまり、人質にされた時のことを思いだす吹田さんを無意識に恐がって、さけたんじゃないか、ってことですか?」
「うん。
吹田さん達には、嬉しいと友達に抱きつくっていうのがわからなかったから、そうする理由を考えて、無意識に吹田さんをさけたんじゃないかって思ったんでしょうね」
「なるほど」
やっとわかった。
心配性すぎるよね。
「だったら、そう聞いてくれたら、違いますよって答えたのに」
「そうねえ、でも無意識の行動だとしたら、ミケちゃんに聞いてもわかんないでしょ?」
「……あー、そうなるんですかね?」
意識できないから無意識、なんだっけ。
「それとね、さっきミケちゃんが来る前に、吹田さんから電話があったの」
「え? 吹田さんから?」
「うん。
ミケちゃんがね、自分は平気だと思ってるのに何度も『平気ですか』『つらくないですか』と聞かれると、平気だと思うのがおかしいのかとかえって不安になる、暗示にかけられそうって言ってたって。
本人が喜ぶことをさせたら気が晴れたようだけど、くり返し聞くとまた不安にさせてしまうだろうから、聞き方に注意してやってほしい、って言われたの。
だから、聞くのをためらったんだと思うわ」
「あー、それ、シロさんに言いましたね」
もしかして、あの耳元での囁きポーズって、それを伝えてたのかな。
だから、聞きたいけど聞けないってなって、あんな心配そうなカオしてたんだ。
「でも、シロさんに抱きついたのが理解できないにしても、それまで普通に吹田さんと話してたんだから、さけてないってわかると思うんですけど」
「そうよねえ。
ところで、『本人が喜ぶこと』って、何させてもらったの?」
不思議そうに聞かれて、思わずうふふって笑う。
「実はねえ、執務室の写真撮らせてもらったんです。
今まで妄想するしかなかった祐一さんの執務室が、一気に解像度上がりました!
しかも、三分だけですけど、私がリクエストしたポーズで、二人の写真撮らせてくれたんです!
最っ高に楽しかったです!」
さっき話した時は、告白シーンを急かされたから、そのへん省略したんだった。
「えっ、それすごくない!?
見せて見せて!」
身を乗り出して言われて、苦笑する。
「ほんとは見せたいんですけど、ダメなんです。
他の人には見せないって約束で、撮らせてもらったんで」
「ええー、ちょっとぐらいいいじゃん、ね、一瞬だけでいいから!
黙ってればわかんないでしょ、ね!」
「黙ってても、吹田さんにはそっこーバレちゃうんですよ。
『おまえは感情がすぐ顔に出るから、隠そうとしてもムダだ』って、いつも言われてるんです。
それでも隠そうとすると、尋問されて、結局白状させられちゃうんで、ダメなんです」
ため息つくと、ボンさんは納得したようにうなずいて、元通り座りなおした。
「そうねえ、ミケちゃん素直だもんね。
吹田さん相手に嘘つき通すなんて、絶対無理よね」
「はい」
「残念だけど、諦めるわ。
だけど吹田さん、それでミケちゃんが喜ぶって、よくわかったわね」
「あー、ハニトラ疑惑編の時のお店で、店員のオジサマとかケーキとかの写真撮りまくってたんですよ。
それと、私を調べたついでにオタクについても調べて、オタクは資料写真を撮りたがるって、知ってたんですって。
だから、撮らせたら喜ぶだろうって思ったみたいです」
あ、そうか。
あの時の妄想。
『会議中にヤバい知らせがきて、でもエリートらしくポーカーフェイスのまま、頭の中ですごい考えてる、みたいなやつじゃない!?』
実際に考えてたのは、私の気晴らしの方法なんだ。
あの一瞬で、私が喜ぶことを探して、それを私に気づかせないための建前も考えられるって、ほんと優秀だよね。
「吹田さん、オタクにまで詳しいんだ。
ほんとに優秀なのねえ」
「ですよねえ。
でも、つきあってもらうのにプレゼンとか、回数交渉が必要とは思いませんでしたよ。
エリートとかセレブの人にとっては、つきあうのも契約みたいなもんなんでしょうか」
「そうねえ、政略結婚とかは契約みたいなものかしら。
でも、ミケちゃんと吹田さんの場合は、ちょっと事情が違うかしらねえ」
苦笑しながら言われて、首をかしげる。
「それは、私がオタクだからですか?」
「それもあるけど、もっと根本的なところかしらねえ。
まずミケちゃんのほうだけど。
吊り橋効果だとしても、本気の恋心だとしても、好きだと思ってるなら、恋する乙女の反応になるはずなのよ。
なのにミケちゃんは、拳を握って気合入れて告白して、至近距離で見つめあっても照れないし、前は恥ずかしがった名前呼びも平気だったりで、一般的な恋する乙女とは違う感じでしょ。
だから吹田さんは、助けてくれた吹田さんへの依存を、無意識のうちに恋心とすりかえてるんじゃないかって、疑ってたんじゃないかしら」
あー、確かに、マンガとかだと、顎クイされた女の子はだいたい赤くなってたっけ。
私が平気だったから、かえって本当に好きなのか疑われちゃったってことなんだ。
「依存を恋心とすりかえるって、あるんですか」
「そうねえ、犯罪被害者が助けてくれた警察官に依存して、ストーカー化しちゃった例があるわね。
吹田さんは、そういうことも知ってたでしょうし」
ボンさんは考えるようなカオで、お茶を一口飲む。
「でもねえ、吹田さんのほうもおかしいのよ。
アフターケアにしては、対応が親切すぎるの。
顎クイで見つめあったり名前を呼ぶとかも、吊り橋効果を煽るような行動だし。
しかも、恋愛対象として見たことがないって、いったん拒絶しておきながら、それでもつきあいたいなら自分を売り込めとか言うのも変だし。
回数制限までつけておきながら、結局つきあうのをオッケーするって、何がしたいのかよくわからない感じよねえ」
「そう言われると、そうですねえ」
私はともかく、吹田さんが行き当たりばったりなこと考えるとは、思えないし。
でもじゃあどんな理由があるのかって考えても、全然わかんない。
「私のプレゼンで効果あったとしたら、ケイコ先生とのつながり強化、ぐらいですよねえ」
カワイイもの関連とか、シロさんとなかよくできるとか、自分で言っといてなんだけど、そう重要とは思えない。
「そうねえ、でもそれってけっこう問題あるやり方なのよ。
ミケちゃんとつきあうからつながり強化できるってことは、別れちゃったらつながり切れちゃうってことでしょ?
今まで全くつながりがなかったならともかく、既に友好的な関係を築けてるんだから、そんなリスキーなことはしないと思うのよねえ」
「あー、そうですねえ」
まじめなうえに慎重派だから、そんな危ない橋渡るようなことはしないよねえ。
「うーん、そしたら後はアレですかね、珍獣だと思われてるみたいなんで、ペット扱いなのかも」
恋人特典かと思ったけど、抱っこしてナデナデって、ペット扱いのほうが近い気がしてきた。
「そうねえ……」
つぶやくように言ったボンさんは、しばらく考えこむ。
「……私の親がね、数年前からチワワ飼ってるのよ。
ずっと室内飼いで甘えんぼだし、親も溺愛してるから、半日以上家をあける時は世話を頼まれるの。
私は大型犬のほうが好きなんだけど、たまに半日相手するぐらいなら、小型犬もかわいいかなって思えるのよね。
自分で飼うほどの愛着はないけど、たまにかわいがりたいって、確かにペット扱いかもねえ」
「あー、それぴったりな感じですね」
実家のペット、いや、友達のペットかな。
友達のシロさんが飼ってる珍獣を、仕事で疲れた時にかまって気晴らしする、みたいな。
それなら、連絡や電話はあんまりしたくなくて、会うのは月に一、二回で充分っていうのも納得だね。
うんうんうなずいてると、ボンさんが呆れたようなカオになる。
「ミケちゃん、それで納得しちゃっていいの?」
「え、だって、『恋愛対象として見たことない』ってはっきり言われてますし、そうだろうなって私もわかってましたし。
ペット枠だとしても、かわいがってもらえるなら、オッケーです。
それに、電話やデートの回数制限って、最初は変だと思ったけど、恋愛初心者の私には、どれぐらいが適切なのか全然わかんないんで、きっちり決めてもらったほうが、かえって楽なのかなって思いました」
しつこくしちゃってうっとーしがられるよりは、はっきり線引きしてくれたほうが、楽でいいよね。
にっこり笑うと、ボンさんも笑う。
「そのポジティブさが、ミケちゃんらしさよねえ。
吹田さんは、ミケちゃんのそういうところを気に入ってるのかもしれないわね」
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トイレから戻ってくると、テーブルに和菓子が乗ったお皿が置いてあった。
「三時にはちょっと早いけど、おやつにしましょ。
とっておきの和菓子よ~」
「わー、きれいですね!」
お皿に並べられてたのは、果物の形をした和菓子だった。
みかん、りんご、いちご、白桃で、それぞれデフォルメされてるけどよくできてる。
「こういうの、練りきりっていうんでしたっけ」
見とれてると、玄米茶が入ったコップと、紙おしぼりを渡された。
「そうよー。
好きなの選んでちょうだい」
「あー、じゃあ、これいただきます」
紙おしぼりで手を拭いてから、手前の白桃を取って、小さくかじってみる。
中に白餡が入ってて、桃の味がした。
「美味しいです」
「美味しいわねえ」
ボンさんもみかんを取って、少しずつ食べてた。
美味しいものって、一口で食べちゃうのがもったいない気がするよね。
お菓子を二個ずつ食べて、玄米茶を飲む。
緑茶より優しい味で、けっこう好き。
ほっと息を吐く。
あれ、私ここに何しにきたんだっけ。
あ、そうだった。
「あの、私のカウンセリングの結果って、結局どうなんです?」
ほぼコイバナしかしてなかった気がするけど。
聞いてみると、ボンさんはお茶を一口飲んでから言う。
「そうねえ、今のところ問題ないと思うわ。
でもPTSDは後から発症する場合もあるから、経過観察が必要ね。
というわけで、今後三ヶ月ぐらいは、週一回一時間ほどお話しましょ。
んー、月曜の午後イチがいいかしら。
じっくり聞かせてもらうわよ~」
普通のカウンセリングの話かと思ったけど、それって。
「それってつまり、コイバナの続きが聞きたいってことですよね?」
ボンさんはにっこり笑う。
「あくまでも経過観察よ~」
うーん、まあ、いっか。
相談できる相手がいたほうが、私も助かるし。
あ、相談で思いだした。
「ボンさん、吹田さんに、つきあうことをできる限り友達に言うなって言われたの、なんでだと思います?
キャリアの人とのおつきあいって、そんなに危険なんですか?」
ボンさんはしばらく考えこんでから、ゆっくりうなずく。
「そうねえ、役職によってはけっこう危険かしらねえ。
それは別にしても、吹田さんが警察関係者以外にはなるべく言うなっていうのも、わからなくはないのよねえ」
「そうですか?」
「うん。
たとえばね、友達がテレビ局のディレクターとつきあってるって聞いたら、芸能人で誰に会ったことあるのかとか、番組の裏話とか、聞きたいと思わない?」
「あー、それは、聞きたいですね」
「でしょ?
同じように、ミケちゃんのお友達も、キャリアの吹田さんについて聞きたがるでしょうね。
でも、守秘義務にひっかからない範囲で話すのは、難しいと思うの。
街でばったり買い物編も、ハニトラ疑惑編も、自覚編も、ほとんど話せないでしょ?」
「そうですね……」
事件がらみのことも、【同志】がらみのことも、普通の友達には話せない。
なのに聞きたがる人は、けっこういる。
親戚の伯母さんがそうで、いつも断るのに苦労するんだよね。
「中途半端に話すよりは、何も話せないってきっぱり拒絶するほうが楽なのは確かよ。
ただ、『上司だから逆らえない』や『口止めされてる』は逆効果だと、私も思うわ。
そんなこと言われたら、心配になって、かえって追及しちゃうわよね」
苦笑するボンさんに、私も大きくうなずく。
「ですよねえ」
「うん。
んー、【同志】以外のお友達で、今でも頻繁に連絡とりあったり、会ったりしてる人って、どれぐらいいるの?」
「えっと、メッセージのやりとりは週イチペースぐらいでしてるコはいますけど、実際に会ってるコはあんまりいないですね。
一番仲がいいコで、三ヶ月前かな。
今はオタ活と仕事中心の生活なんで、オタクでも警察関係でもない普通のコとは話が合わないし、相手も仕事が忙しかったり結婚したりで、都合つかないことが増えてきたので」
「そうねえ、二十代後半って、いろいろ忙しくなってくるわよね。
じゃあ、【同志】じゃないお友達には、普通のデートとかのネタが増えるまで、しばらく黙っておくっていうのはどうかしら。
『カレも警察の人で、職場で知りあったから、詳しいなれそめは話せないんだけど、この間のデートがすごく楽しかったの』とかだったら、話せるでしょ?」
「確かに、それならいけそうです。
さすがボンさん!」
指先でぱちぱち拍手すると、ボンさんはにっこり笑う。
「うふふ~ダテにコイバナ聞きまくってるわけじゃないのよ~。
後はねえ、吹田さんについて話す時は、個人情報には触れないけど、具体的なエピソードを選ぶのがお勧めね。
たとえば、カワイイものが好きとか、好みが似てるから一緒に買い物するのが楽しいとか、道をおぼえるのが得意で道案内してくれるとか、オフだと童顔に見えるとかね」
「なるほど~参考になります」
これはカウンセラーとしての意見かな?
助かるなあ。
「今夜吹田さんと電話で話す時に、そういう感じでなら話しても大丈夫ですかって、聞いてみてね。
それでも反対されるようなら、ミケちゃんが折りあえるラインをきっちり相談するのよ。
吹田さんは、理詰めで話したほうがわかってくれると思うから」
「わかりました」




