当たって砕けたら接着剤でくっつける④
「それでも俺とつきあいたいなら、それに見合うリターンを提示してみろ」
「…………え?」
なんか今、変なこと言われなかった?
「俺の時間と体力と気力を使ってもいいと思わせる価値が、おまえにあると示せたなら、考えてやってもいい」
「えっと……」
当たって砕けたと思ったのに、ワンチャンあり?
なんだかプレゼンみたいだけど、感情論じゃなくて理詰めでこいってあたり、吹田さんらしいよね。
うーん。
リターン……。
「……えっと、私となら、カワイイものがあるいろんなとこで、デートできますよ。
カノジョの希望で連れてこられたってフリしとけばいいですし。
カワイイもの持ってて、誰かに何か言われても、私とおそろいで買わされたってことにしとけます」
ぴくっと吹田さんの眉が上がる。
あ、クマのぬいぐるみ選んでる時とおんなじ感じ。
じゃあ、こういう方向性でいいんだね。
「それに、何か知りたいこととかあったら、【同盟】ネットワークで調べて、お手伝いできます。
今のところ手伝ってって言われてないですけど、自主的にお手伝いしますよ。
ケイコ先生が私のことを気にかけてくれてるなら、私とつきあえば、ケイコ先生とのつながりも強くなるはずです」
「…………」
吹田さんは黙って考えこむ。
いけそう?
「他には、そうだ、私はシロさんと友達なので、ずっと一緒だからって、シロさんとの仲を疑ったりヤキモチ焼いたりしないし、シロさんに意地悪もしません」
ヤキモチとか、まだよくわからない感情なんだけど、最近読んだオフィスラブ小説にそういう三角関係っぽいのが出てきた。
新人社員のヒロインと、スパダリ部長と、美人秘書。
ヒロインは部長の優しさに惹かれていくんだけど、秘書が部長の恋人だと思ってるから、素直になれないって話だった。
部下だからって言われたって、自分よりずっと長く一緒にいる異性がいたら、気になると思うんだよね。
ましてシロさんは幼馴染で友人でもあるから、自分が知らない吹田さんをずーっと知ってるわけだし。
そのうえクール系美女となったら、ライバルにしか見えない、はず。
今までのカノジョとそういうことがあったかは、わからないけど。
吹田さんの背後に見えるシロさんが、何か言いたそうなカオをしてたから、にこっと笑って小さく手を振る。
シロさんは、苦笑して手を振り返してくれた。
後はー……うーん、思いつかない。
「……どうですか?」
おそるおそる聞いてみると、吹田さんはゆっくり瞬きしてから言う。
「つきあうとしても、デートは月一回、電話は二日に一回十五分まで、その他の連絡手段は一日一回までだな」
「えぇー?」
やけに具体的な数字は、とうてい納得できない回数だった。
これは、私のプレゼンが足りなかったってこと?
「デートはともかく、電話とかメッセージは、もっと多くてもいいでしょう?」
「電話は、確実に時間が取られるからな」
「それはそうですけど、吹田さんなら、私と電話しながらだって、お仕事できるでしょう?」
吹田さんなら、それぐらいは余裕のはず。
「できなくはない。
だが、ながら作業は、結局どちらも中途半端になる。
おまえは、仕事の片手間に相手をされて嬉しいのか?」
そういう言い方って、ズルイ。
でもまあ、ポジティブに考えたら、ながらじゃなく、ちゃんと相手してくれるってことだよね。
「……じゃあ、電話はそれでいいです。
でも、メッセージとかは、受け取るのは手間かからないし、もっと送ってもいいでしょ?
毎回返事くれなくてもかまいませんから」
「おまえの希望は、何回だ」
「え、っと」
制限なしのほうがいいんだけど、それは無理そうだから。
朝昼夜、プラスアルファとして。
「五回ぐらい……?」
「多すぎる」
即答されて、思わず唇をとがらせる。
「ええー、少ないじゃないですか」
送って、返信がきて、それに返信して、ってやってたら、五回ぐらいすぐなのに。
でも、なら完全にダメって言われるのも、イヤだし。
「……じゃあ、三回。
一日三回なら、いいですか?」
まるで、値引き交渉してる気分。
つきあうために、こんな交渉が必要なんだ。
恋愛って、大変だなあ。
吹田さんは、小さくため息つく。
「いいだろう。
ただし、過剰な装飾は控えろ」
「装飾って?」
「絵文字や顔文字だ」
えー、ダメなんだ。
でもまあ確かに、絵文字満載のメールは、吹田さんには雰囲気合わないよね。
「わかりました。
なるべくシンプルにします。
それなら、一日三回、いいんですね?」
「ああ」
よっし!
後確認するのは、なんだっけ。
あ、デートか。
「デートって、吹田さん的には何時間ですか」
「どういう意味だ」
「さっき言ってたじゃないですか。
言葉の捉え方が、吹田さんと私で違うみたいだって。
私が知ってるデートって、ごはんデートとか買い物デートとかおでかけデートとかおうちデートとかですけど、行き先によって一緒にいる時間が全然違うでしょ?
だから、吹田さんが想定してるデートって、何時間ぐらいか教えてください」
「……おまえが希望するのは、どの程度だ」
「えー、そりゃ長いほうが嬉しいですけど、うーん。
早めに朝ごはん食べて待ち合わせして、昼と夜を一緒に食べて解散、だと……半日、十二時間ぐらい?」
友達とアニソン耐久カラオケとか、アニメ一シーズンぶっ通し鑑賞会とかは、そういう感じだし。
「長すぎる。
それでは結局一日をおまえだけの為に使うことになる」
即座に却下されて、むうっとうなる。
「キャリアの人って、お休みはきっちり取らないといけないんでしょう?
最低月八日あるお休みのうち、一日ぐらいはいいじゃないですか」
労基法のからみと、下の者の模範となるべきなんちゃらとかで休まないといけないけど、仕事に支障が出ないよう休むのが大変って、さっき車内でシロさんに教えてもらった。
「おまえと俺では、休日の使い方が違う」
「そりゃそうでしょうけど」
私のお休みって、基本趣味三昧だし。
「……じゃあ、一回のデート時間を八時間に想定したとして。
一回で八時間のおでかけデートが無理な時は、分割して二時間ずつのごはんデートを四回とかにしてくれるんですか?」
こうなったら、とことん交渉しよう。
回数指定なら増やせないけど、時間指定ならなんとかなるはず。
吹田さんは、ちょっと眉をひそめて考えこむ。
「確かに、時間を区切るならそうしないと不公平だな」
そう考えてくれるところが、吹田さんらしい公平さだなあ。
「……一回のデートは十時間まで。
月初に一回目のデートを行い、行き先によって時間が余ったら、同月内に二回目以降のデートを行って残り時間を消化する。
同月内に予定が合わず消化できない場合は、翌月に繰り越しとする。
行き先は相談のうえで選択する。
三ヶ月後に見直しを行い、不具合があるようであれば再度方法を検討する。
これでどうだ」
それもうデートじゃなくて、時間制スクールとかの話だよね。
でもまあ、私の希望も入れてくれてるし。
「それで、いいです」
「わかった」
吹田さんは、静かなカオで私を見る。
「何度も言うが、俺は仕事で忙しい。
仕事とおまえなら、仕事が優先だ」
「わかってます。
私も、趣味優先の生活してるから、吹田さんを最優先にはできないと思います」
小説書きに熱中してる時は、友達からの電話だって出ないし。
「だけど、それ以外では、吹田さんを優先したいです。
同じように、吹田さんのプライベートで、優先してもらえるようになりたいんです」
「……プライベートでも、おまえを最優先にして、甘やかしてやることはできない。
それでも、俺とつきあいたいと思うのか?」
「はい」
ゆっくり深呼吸して、吹田さんを見つめる。
吹田さんは、まっすぐ私を見てた。
いつでも揺るがないその強い視線を、しっかり見返す。
「それでもいいって思うぐらい、吹田さんが、好きです」
きっぱり言うと、吹田さんのまなざしが、ふわっとゆるんだ。
「なら、つきあってやる」
「……ありがとうございます!」
やったー!
なんか妙な達成感!
ううう、嬉しー!
我慢できなくて、ぴょこんと立ちあがる。
「シロさぁぁあん!」
「え」
自分の机にいたシロさんに駆けよって、その勢いで横からぎゅっと抱きついた。
「やりましたよ、私がんばりました!」
「あ、はい」
「すっごい条件厳しい攻略対象をやっとクリアできた気分です!
嬉しー!」
ぎゅうぎゅう抱きしめると、シロさんは困ったようなカオで微笑む。
「よかったですね」
「はい!
あ、私、恋愛初心者なんで、いろいろ教えてくださいね。
とりあえずデートの時の注意点とか、知りたいです」
「美景」
「はい?」
ふりむくと、いつの間にか吹田さんが背後にいた。
「なぜ真白に抱きついたんだ」
「え、抱きつきたかったからですけど?」
なんか変?
きょとんとして、吹田さんと、抱きついたままのシロさんを見る。
二人とも、どこか心配そうなカオで私を見てた。
なんで?
「今までにおまえと真白が対面して話をしたのは二回で、そういう身体的接触はなかったと報告を受けている。
間違いないか」
「そうですね」
懇親会の時と、バレンタインの時だよね。
どっちも話をしただけだった、はず。
「では、なぜ今、真白に抱きついたままでいる」
「嬉しいからです。
嬉しかったりびっくりしたり興奮したりすると、友達ときゃーきゃーはしゃいで抱きあうんです。
私のまわりではそれが普通だったんですけど、これも女子校ノリ、なんでしょうか。
そういう人、見かけたことないですか?」
共学校出身の友達とか、イベントで会った人とかも、同じようなノリで抱きあったりぴょんぴょんしたりしてたんだけど。
えー、これってそんな珍しいことだったっけ?
二人はちらっと視線をかわして、吹田さんが答える。
「俺の周辺ではそういう行動をする女性をあまり見かけないから、女子校出身だからなのか、性格の違いなのかは、わからない。
だが、おまえにとってその行動は、普段通りなんだな?」
「はい」
「……そうか」
ええー。
これって、吹田さん的には、そんな心配そうなカオで確認するほど異常な行動なんだ。
うーん。
「お二人から見て私って、ほんとに珍獣なんですね」
これは性別の違いより、庶民とセレブの違いかな。
異文化コミュニケーション、難しい。
「……ふ……っ」
シロさんがうつむいて、肩をふるわせる。
あ、ウケてる。
前にも似たようなことあったっけ。
ちらっと見ると、吹田さんはまじめなカオしてたけど、なんとなく目元が笑ってた。
あー、そうか。
「吹田さんが、私のことやけに尋問してくるのも、珍獣だからですよね?」
最初は疑われてたせいもあるかもしれないけど、いまだにしょっちゅう『どういう意味だ』って聞かれるの、たぶんそのせいだよね。
「……珍獣だとは思ってないが、おまえの言動は俺の予測をはるかに超えることが多いから、おまえの考え方をより深く理解したいとは思っている」
なんかかっこよく言ってるけど、つまり、理解不能な珍獣だからもっと観察したい、ってことだよね。
まあ、興味持ってくれたおかげで、つきあうのオッケーしてもらえたなら、いいんだけど。
でも、そんなに心配させちゃうとは思わなかった。
何か、安心してもらう方法、ないかな。
あ、そうだ。
「吹田さん」
「なんだ」
「恋人に抱きつくのは、吹田さん的に『普通の行動』ですか?」
「……まあ、そうだな」
「じゃあ、抱きついていいですか?」
昨日抱きしめてくれたのは、アフターケアだから、ノーカンとして。
吹田さんて、カノジョとでもあんまりベタベタしなさそうなイメージだから、いきなり抱きついたら、いやがられそう。
一応確認すると、じっと私を見てた吹田さんは、ゆっくりうなずく。
「いいぞ」
「ありがとうございます」
シロさんから離れて、吹田さんにゆっくり近づく。
目の前に立って、そおっと手を伸ばして、背中に回す。
わー、オーダーメイドスーツって、生地もいいの使ってるんだね。
すっごいいい手触り。
思わずサワサワ撫でまわす。
「……なんだ」
「手触りいいですねー。
なんていうか、お高い感じがします」
昨日は気づかなかったけど、休日のおぼっちゃま大学生スタイルの時の服も、有名ブランドものっぽいから、手触りよかったのかな。
もっと堪能しとけばよかった。
「……俺からも、抱きしめていいのか」
「いいですよー」
わざわざ確認してくれるの、紳士だね。
ゆっくり手を上げた吹田さんは、昨日と同じようにふんわり抱きしめてくれた。
私も改めて抱きついて、吹田さんの肩に頬を乗せる。
あれ、生地に気を取られてたけど、吹田さん、けっこう硬い。
シロさんに抱きついた直後だから、違いがよくわかるなあ。
「吹田さん、脱いだらすごいんです?」
「……どういう意味だ」
「意外と筋肉質なのかなって」
そういえば、懇親会の時に肩にかつがれて運ばれた時も、小柄でもやっぱり男の人なんだなあって、思ったっけ。
「軽いストレッチとトレーニングは毎日している。
デスクワークでも体力は必要だからな」
「なるほど」
耳元で囁く声は、なんだか優しく響く。
ゆっくり背中を撫でてくれる手も、優しい。
「昨日よりサービスがいい気がします」
昨日は、ナデナデはなかったはず。
「恋人になったからな」
「あー、契約者限定特典なんですね。
がんばってプレゼンした甲斐がありました」
恋人って、お得な特典がいっぱいありそう。
私、よくがんばった。
「……おまえの感性は、やはり独特だな」
「そうですか?
ちなみに私、オタクとしてはライトなほうなんで。
私を理解できても、オタク全般を理解するのは難しいと思いますよ。
同じオタクでも、理解しあえない相手も、いっぱいいますし。
理解しようとするより、そういうもんだと受け流すほうが、いいと思います」
「……考慮しておく」
ほんと、まじめだなあ。
あ、シトラスの香り。
電車で枕になってくれた時と、同じやつかな。
「このシトラスの香り、香水ですか?」
「ああ。ワイシャツをしまってある引き出しに入れておくと、全体にうっすら香るようになる」
「なるほどー。
私、香水のにおい強いの苦手なんですけど、これぐらいだといいですね。
こういうのもセレブ的身だしなみなんですか?」
「まあ、そうだな」
「さすがー。
吹田さん、お肌も髪もきれいですよね。
それも身だしなみの一種ですか?
あ、メンズ用エステとか、行ってます?」
「いや。
おまえは、そういう施設を利用しているのか」
「んー、お試し千円のチラシチケットで一度だけ行ってみたことあるんですけど、勧誘とか物の売りこみとかすごくて、うっとーしくなってそれっきりです」
「そうか」
優しいあいづちが嬉しくて、ふふっと笑う。
「なんだ」
「吹田さんとこうやってのんびりしゃべるの、初めてなのに、なんだかおちつくなーと思って、嬉しいんです」
顔を上げてゆっくり腕をとくと、吹田さんの腕もゆるむ。
でも体は離さずに、吹田さんの顔をのぞきこむ。
「ありがとうございました。
またそのうち、ぎゅってさせてくださいね」
にこっと笑うと、吹田さんは苦笑した。
「ああ」
これで、心配がおさまるといいんだけど。
でもなんか、私が楽しんだだけだったかも。
吹田さん、いやそうじゃなかったから、大丈夫かな。
体を離すと、吹田さんが指先で私の前髪を整えてくれた。
恋人特典、すごい。




