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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
22/93

当たって砕けたら接着剤でくっつける③

 紅茶を一口飲んだ吹田(すいた)さんは、まじめなカオになった。

 あわてて私も姿勢を正して、聞く姿勢になる。

「今日おまえを呼んだのは、昨日の事件について話をしたかったからだ」

「はい」

「あの事件に、おまえは無関係だ。

 そう処理したから、おまえもそのように対応しろ」

「…………え?」

 あれ、頭がついていかない。

 私、人質にされたよね?

 匿名にするぐらいならともかく、無関係にできるものなの?

「なんだ」

「警官が二人、いたっていうか、見てましたよね?」

「ああ。無能が二人いたな」

 吹田さんは、さっきやってもらったみたいな、見下す感じの冷たいカオになる。

 こわっ。

 似合ってるけど、こわっ。

 え、なんで?

「無能、って」

「任意の事情聴取とはいえ、凶器の所持に気づかず、逃亡を許し、人質を取られても応援を呼ぶことすらしなかった者に、無能以外の呼び方があるのか」

 そう言われると、確かにアレだけど。

「でも、報告の義務とか、あるんじゃ……」

「無能な者ほど保身に走る。

 自らの不手際をさらし、キャリアの俺の意向に逆らうようなことをするわけがないだろう」    

 そりゃそうか。

 警察は絶対的な縦社会だし、キャリアの吹田さんが言えば、黒も白になるよね。

「……でも、それだと、罪状が変わりますよね?

 食い逃げと傷害未遂じゃあ、だいぶ違ったような……」

 私がいる捜査一課は重犯罪がメインだから、軽犯罪にはあんまり詳しくないけど。

「あの男は不法入国者で、強制送還になるのは確定している。

 ならば、罪状が何であるかはたいして意味がない」

 そうかも、しれないけど。

 うーん。



「なんだ」

「……私、一応警察関係者の自覚はあるので、そういうごまかしって、気が咎めるというか」

 吹田さんは、目元をすがめて私を見る。

「人質として公表され、しつこく事情聴取を受けたかったのか?」

「それはイヤですけど」

「だったら、受け入れろ」

「…………」

 なんだろう。

 何か、気になる。

 キャリアの吹田さんがそうするって決めたなら、事務員の私がいまさら何言ったって、どうしようもないんだけど。

 あ、そうか、そこだ。

「吹田さんが、そういうごまかしするのが、気になるんです。

 だって、私が知ってる吹田さんは、正しいことは正しい、悪いことは悪いって、公平に判断して対応する人だから」

 うん、だからひっかかったんだ。



 じっと私を見ていた吹田さんは、小さくため息をつく。

「半分は、俺自身の為だ。

 非番とはいえ、同行していた女性が人質に取られ、キャリアの俺が救出したことがゴシップ誌にでもすっぱ抜かれたら、面倒なことになる」

「それは、わかりますけど」

 なんでかゴシップ誌って、キャリアのこときらいで、妙な煽り記事が多いんだよね。

「残り半分は、主計(かずえ)課長代理の要望だ」

「ケイコ先生!?」

 え、なんで!?

 今の話の流れで、ケイコ先生が出てくるの、おかしくない!?

「おちつけ」

「あ、すみません……」

 びっくりしすぎて立ちあがっちゃってた。

 座りなおして、深呼吸して、紅茶を何口か飲む。

 うん、一応おちついた。



「ケイコ先生の要望って、なんですか?」

「その質問に答える前に、確認したい。

 昨日俺と買い物に行くことを、主計課長代理に伝えていたのか」 

「あ、はい。

 ケイコ先生から、そう頼まれたんです。

 私と吹田さんが一緒にいるところを【同志】(なかま)の誰かが見かけたら、たぶん大騒ぎになるから、対処しやすいように事前に教えてほしいって。

 だから土曜日に執行部、えっと、ケイコ先生に近い立場の人に連絡しておきました」 

「……そうか」

 紅茶を一口飲んだ吹田さんは、静かに言う。

「おまえ達の組織は、警視庁のデータベースになんらかの細工をしているようだな。 

 おそらく、設定したキーワードがデータベースに新規登録されると、自動的に情報がピックアップされ、通知がいくようにしてあるのだろう。

 所轄署への連絡に俺の名前が入っていたことで通知がいき、事件発生場所がおまえが連絡していた店の付近だったことから、おまえの身を案じた主計課長代理から俺に直接問い合わせがあった」

「ケイコ先生が、わざわざ!?」

「そうだ。

 所轄署に到着してすぐにだ。

 情報が早すぎる」

 なぜか苦いカオで言った吹田さんは、また紅茶を一口飲む。

「以前おまえに頼んで実現した非公式の面談の折に、友好的な関係を築いていく証として、主計課長代理とプライベート用の連絡先を交換したが、今まで一度も連絡はなかった。

 それが、昨日突然電話してきて、『御所(ごせ)さんは無事なの』と聞かれた。

 状況を説明すると、おまえの存在を隠匿するよう頼まれた。

 目撃者が日本語がわからない外国人の容疑者と制服警官二人だけで、おまえが所轄署に同行しておらず、取り調べがこれからなら、隠し通すのは難しくない、全力でバックアップするから、と。

 言葉通り、すぐに主計課長代理の【同志】(なかま)だと名乗る女性三人が現れて、手配を進めていった。

 俺も、さっき言った理由でその要望を受け入れた。

 だから、おまえも受け入れろ」

「わかりました!」

 ケイコ先生が、そんなに心配してくれたなんて。

 嬉し~~!

 ケイコ先生がそうしろって言うなら、そうするのが正しいことだよね!



「おまえには、主計課長代理から連絡はなかったのか」

「あー、ハマチさん、えっと、吹田さんとの買い物を連絡した人から、≪大丈夫ですか≫ってメッセージきてたんで、≪なんともないです≫って返事しました。

 やりとりしたのそれだけなんで、そんな話になってるなんて、知りませんでした」

 教えてくれたらよかったのに。

「そうか。

 真白(ましろ)から聞いただろうが、この後でカウンセラーとの面談が予定されている。

 手配したのは、主計課長代理だ」

「えっ」

「おまえが嫌なら受けなくてもかまわないが、どうする」

「受けますっ!」

 ケイコ先生が手配してくれたなら、喜んで!

「……わかった」

 吹田さんは、呆れたようなカオでうなずいた。


-----------------


「俺からの話は、以上だ。

 おまえから何かあるなら、聞こう」

「あー、えっと、頭を整理したいんで、ちょっと待ってくださいね」

「ああ」

 ゆっくり紅茶を飲みながら、順に思い返していく。

 私は、昨日の事件に関係ない。

 それは吹田さんとケイコ先生が望んだことで。

 だから私もそれでよくて。 

 この後カウンセリングを受ける。

 ……あれ?

 急いでスマホを取りだして、時間を確認する。

 八時二十七分。

 始業は八時半。

「ヤバっ」

「なんだ」

「私、今日出勤するつもりだったから、一課には何も連絡してないんです。

 このままだと無断欠勤になっちゃうんで、電話させてください」

 あわててスマホを操作しようとしたら、軽く手を上げて止められた。

「それは主計課長代理が連絡しているはずだ」

「えっ!?

 ケイコ先生が、私のためにそこまでしてくださるなんて……!」

 ああーもう、嬉しすぎておかしくなりそう。

 【同志】(なかま)だからなのか、吹田さんつながりなのかはわからないけど、嬉しいからどうでもいい。

 ケイコ先生に直接連絡するのは禁止されてるけど、ハマチさん経由でなら、お礼を伝えられるかな。



「以前から思っていたが、おまえの主計課長代理への感情は、度を超えていないか」

 不審そうな問いかけに、首をかしげる。

「そうですか? 普通だと思いますけど」

 【同志】(なかま)うちでは、私程度はごく普通。

「『憧れの人』だと言っていたが、それほどなのか」

「うーん、ぶっちゃけて言うと、私、いや私達にとって、ケイコ先生は神様なんです」

「神、か。

 結束力の強さと統率力を考えれば納得だが、そこまでいくと危ういな……」

 吹田さんは眉をひそめて考えこむ。

「だいじょぶですよー。

 ケイコ先生が本気で危ないこと考えてるなら、今頃警視庁はとっくに乗っ取られてますから」

 『警視総監でさえ頭が上がらない女傑』だって、吹田さんが認めてるぐらいなんだから、ケイコ先生が本気出せば、警視庁乗っ取りぐらい軽いはず。

 もしそんな指示があれば、私だって全力でお手伝いするしね。



「……主計課長代理がなぜ警視庁にいるのか、理由を知っているか?」

「前にオンラインイベントで聞いたことあります。

 『オタクが趣味を楽しむには、世の中が平和じゃないといけないから』、だそうです」

 世の中が荒れて、外出制限とかかけられると、不特定多数の大勢が集まるイベントは当然中止させられちゃうし、オフ会すらできない。

 危険な思想を排除とか言われると、自由に創作活動できない。

 それじゃあ楽しくないから、平和を守るために、警察に入ったんだって。

 それと、バディものの取材を兼ねて。

 すごいよね。

 さすが神!

「……なるほどな」

 吹田さんは、なんだか疲れたカオでうなずいた。



 気を取り直して考える。

 出勤連絡は大丈夫。

 となると、後は。

 スマホをバッグに戻して、視線を上げると、吹田さんは静かなカオで私を見る。

「なんだ」

「えっと。

 吹田さんに、話したいことがあるんですけど、時間大丈夫ですか?」

 吹田さんはちらっと腕時計を見る。

「後一時間なら、かまわない。

 それ以上長引くようなら、午後になるが、改めて場を(もう)けよう」

 忙しいのに、わざわざ私のために時間作ってくれるんだ。

 嬉しいな。

 うん、やっぱり、吹田さんが好き。

「お話中に申し訳ありません。

 私は席を外したほうがいいでしょうか」

 近づいてきたシロさんが、遠慮がちに言う。

「いえ、だいじょぶですよ。

 どうせ後で話すから、聞いててくれたほうが助かります」

 シロさんに相談するのは、板挟みになっちゃって申し訳ないかなって思ってやめたけど、告白する段階まできたら、聞いててもらったほうが、手間が省けるもんね。

「わかりました」

 微笑んだシロさんは、自分の席に戻った。



「それで、話とは何だ」

「えーっと、ですね」

 いざとなると、やっぱり緊張する。

「……ちょっと待ってくださいね。

 気合入れるので」

「……ああ」

 両手を拳に握って。

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 よし!

「好きですつきあってくださいっ!」

 言えたー!

 一息で言えた達成感に、ほっと息をつく。

 あー、緊張した。

 脱力した私を見て、吹田さんは眉をひそめる。

 しばらくそのままでいたけど、小さくため息をついた。

「【吊り橋効果】という言葉を知っているか」

「吊り橋を渡ってる時に緊張してドキドキするのを恋と勘違いする、でしたっけ」

「そうだ。

 今おまえが俺に抱いている感情は、そのせいだ」

 諭すように言われて、むっとする。

「違いますよ。

 自覚したのは昨日ですけど、その前から好きだったんです」

「ならば、そう思う根拠を説明しろ」

「根拠、ですか」

 え、どこから話せばいいんだろ。

 えーっと。



「……先月の買い物で、カップル限定パフェを食べにいった時に、吹田さんに、本名を呼ばれたじゃないですか」

「ああ」

「それがなんでかすごく恥ずかしくて、ドキドキしたっていう話を友達にしたんです。

 で、先週の金曜日に、その友達にまた吹田さんと買い物にいくって話したら、『異性に名前呼ばれてイヤじゃないなら、好きってことだよ』って言われたんです。

 でも私、リアルでの恋愛経験ゼロだから、よくわからなくて。

 昨日の悩みごとって、それだったんです。

 『吹田さんを好きなんじゃないかって悩んでるんです』なんて、吹田さん本人に相談できないでしょう?」 

「……そうだな」

 吹田さんは、呆れたような疲れたような微妙なカオでうなずく。

「なのに、尋問されそうだったから、その前に急いで帰ろうとして、あの男にぶつかっちゃったんです。

 人質にされて、すごく恐かったけど、吹田さんが励ましてくれて。

 吹田さんだから、絶対助けてくれるって信じられたし、抱きしめてくれた時に安心できたんです。

 好きって自覚したのはその後ですけど、もともと好きじゃなかったら、吹田さんに何を言われても恐いままだったと思います。

 だから、吊り橋効果じゃないです」

 


「…………」

 しばらく黙ってた吹田さんは、右手で自分の横をぽんぽんっとたたいた。

「こっちへ来い」

「? はい」

 なんだろ。

 吹田さんの隣にいって、体を吹田さんのほうに向けて座る。

「なんですか?」

 同じように私のほうを向いた吹田さんは、私に体を寄せて、ゆっくりと手を伸ばした。

 顎に指がかかって、軽く上向けられて、目をのぞきこまれる。

 え!

 顎クイ!?

 これ顎クイだよね!?

 ああっ、写真撮りたい!

 私が二人いたら、横から撮影できるのに!

 なんで私は一人しかいないの!

「写真は後で撮らせてやるから、今は俺を見ろ」

「はいっ!」

 やったー!

 考えてることがバレバレなの、困ると思ったけど、言わなくてもわかってもらえるって、便利でいいかも。



 至近距離で、吹田さんと見つめあう。

 黒髪オールバック銀縁眼鏡の、いかにもキャリアな雰囲気。

 だけど、さっき写真撮影の時にやってもらった仕事モードよりは、やわらかめのまなざし。

 うーん、ドラマだと、主人公を陰で助けてくれるエリートっぽい。

 これはこれで、カッコイイね。

「……………………」

 ところで、これいつまでやればいいんだろ。

「吹田さん」

「なんだ」

「変顔したほうがいいですか」

「どういう意味だ」

「にらめっこなのかなと思って」

「……しなくていい」

「わかりました」

 じゃあ、なんのためなんだろ。

「……美景(みひろ)

「はい」

「今は、名前を呼ばれても恥ずかしくないのか」

 静かな問いかけに、きょとんとする。

 そういえば。

「恥ずかしくない、ですね」

 なんでだろ。

 うーん……?

 先月は、慣れてなくて恥ずかしかった。

 今は、恥ずかしくない。

 ということは。

「慣れたみたいです」

「……そうか」

 


 ため息をついた吹田さんの手が、顎から離れる。

 終わり?

 写真撮ってもいい?

「写真は後だ。

 言葉の定義を確認したい」

「なんのですか?」

「俺とおまえでは、言葉の捉え方に差異があるように感じる。

 認識のすり合わせが必要だ」

「はあ」

 確かに、さっきの『資料写真』みたいに、一般人とオタクで意味が違うことはよくあるけど。

「まず、おまえにとって『友達』と『恋人』の定義はなんだ」

「んー、なかよしと、すごくなかよし、ですかね」

「では、『好き』は」

「……好きは、好きとしか、思ったことないです」

「真白に対する『好き』と、俺に対する『好き』の違いは」

「えーっと、シロさんはぎゅーっとしたい感じ、吹田さんはされたい感じ?」   

「では、『つきあう』は」

「……………………なかよくする?」

 あれ、ふわっとしたイメージを言葉にするの、意外と難しいな。

 淡々と続けてた吹田さんは、またため息をつく。

「恋愛経験ゼロだとしても、フィクションの中ではいくらでも疑似体験できるだろう。

 なぜそこまで情緒未発達なんだ」

 なんだか呆れられてるっぽい?

「うーん、楽しみ方の違いでしょうか。

 私、主人公目線じゃなくて、傍観者として見守る感じで読むので」

 夢女子じゃなくて、壁になりたい派なんだよね。

 祐一さんの執務室の壁になりたいって、読むたび思ってる。



「おまえの言葉をまとめると、俺ともっとなかよくなりたいから、つきあいたい、ということなのか」

「あー、そんな感じですね」

「具体的には、何をしたいんだ」

「……えーと」

 何って、なんだろ。

 『つきあう』の具体的な内容って、なんだっけ?

「……物理的にも、心理的にも、もっと近づきたい、です。

 今までみたいな、月イチの買い物だけじゃなくて、もっと会いたいし、話したいです」

 吹田さんは、なんだか渋いカオになる。

「……俺は、おまえを気に入っている。

 一緒に買い物をするのも、話をするのも、楽しいと思う。

 だが、率直に言って、恋愛対象として見たことは一度もない」

 ストレートな言葉に、こくんとうなずく。

「それは、わかってます」

 恋人への接し方が、宝塚さんがシロさんを甘やかしてる感じなら。

 吹田さんの私への心配とか優しさは、普通だよね。

「もっと率直に言うなら、今は恋愛をしている暇などない。

 恋愛に使う時間と体力と気力があるなら、仕事に使う。 

 息抜きを兼ねた買い物程度ならともかく、日常的に相手をしてやる余裕はない」

「あー……ですよねー……」

 そっか。

 つきあうって、相手の時間やらなんやらを奪うことになるんだ。

 二次元の推しへの『好き』は、基本的に一方通行だから、気づかなかった。

 そりゃ、両想いじゃなきゃ、つきあえるわけないか。

 初恋がうまくいかないって、そういうことに気が回らないからなのかな。

 でもまあ、告白までできたんだから、上出来だよね。

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