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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
21/93

当たって砕けたら接着剤でくっつける②

 シロさんからまた電話が来て、お迎えについて相談する。

 朝になって気分が優れないとか、家から出たくないと思ったら、休みにしてもかまわないからって言われた。

 シロさんは警視庁の近くに住んでるから、私んちまで車で迎えにきてくれるのはすごく遠回りになって、早起きさせることになる。

 なのに無駄足だと悪いから、とりあえず朝起きたら連絡するってことにした。

 ばんごはんを食べながら、昼間のことを簡単に話すと、お母さんにすごく心配されたけど、大丈夫って流した。

 吹田(すいた)さんに言われた通り、ゆっくりお風呂に入って、早めにベッドに入る。

 シロさんに≪もう寝ます。おやすみなさい≫ってメッセージを送ると、すぐ≪おやすみなさい。眠れなかったら、何時でもかまわないから電話してください≫って返事がきた。

 明日のことが気になってたけど、やっぱり疲れてたのか、すぐに寝ちゃって、気づいたら朝だった。

 うーん、私、自分では神経細いつもりだったけど、意外と図太い?

 苦笑しながらも、シロさんにメッセージを送る。

≪おはようございます

ゆうべは一度も起きないまま、ぐっすり眠れました

予定通りお迎えお願いします≫

≪おはようございます

ゆっくり眠れてよかったです

では、予定通り七時半に迎えにいきます≫

≪はいーお待ちしてます≫

 すぐに返事がきたってことは、シロさんはもう起きて待っててくれたんだね。

 ありがたいけど、申し訳ないなあ。

 さっさと朝ごはんを食べて、身支度する。



 七時二十分に、家の前に車が停まった。

 リビングの窓から見ると、やっぱりシロさんだった。

 吹田さんが十分前行動だったから、シロさんもそうじゃないかって、予想してたんだよね。

 早いめに用意終わらせといて正解。

「いってきまーす」

 お母さんに言ってから、玄関を出る。

 門扉に近づくと、シロさんが車から降りてきた。

「おはようございます。

 すみません、少し早かったですか」

「おはようございますー。

 いいえー、ちょうど用意できたとこだったんで。

 こっちこそ、わざわざ来てもらってすみません」

「いえ、では後ろに乗ってください」

「はーい」

 シロさんの車は、黒い乗用車だった。

 後部座席に乗って、シートベルトを締めてから、きょろきょろ見回す。

 これ、吹田さん用の移動車かな。

 昨日のハイヤーほどじゃないけど、この車もお高そう。

「発車してもいいですか?」

「あ、はい、だいじょぶです」

「では、出発します」

 すうっと車が動きだす。

 まじめなシロさんらしく、丁寧な運転だった。



「えっと、運転中におしゃべりしても大丈夫ですか?」

「かまいません。なんでしょうか」

「私を人質にしたあの外国人って、どこの国の人か、わかりました?」

「自称アフガニスタンですが、現在身元を照会中です」  

「あー、不法入国っぽいって言ってましたもんね」

 中近東ぽいって予想は、合ってたみたい。

 ニュースとか、電車の中や街中ですれ違う人の話し声とかまではさけられないけど、そこまで警戒しなくても大丈夫かな。

「……何か、気になりますか」

 気遣うような問いかけに、小さく首を横に振る。

「今のところは、なんともないです。

 ……昨日、自分でもPTSDについて調べてみたんです。

 音とか色とか場所とか、ささいなことが、フラッシュバックのトリガーになる可能性があるんですよね?」

「はい」

「だから、念のため気をつけたほうがいいのかなって、思っただけです。

 ぶっちゃけ、気をつけてどうにかなるとも思えませんけど。

 何がトリガーになるかも、なぜそうなるかも、自分でコントロールできるようなもんじゃないんですよね」 

「……はい。

 トリガーがある程度判明したら、それを避けて行動することはできるでしょうが、そうすると日常生活に支障をきたす場合も多いようです」

「ですよねえ」

 もし【中近東っぽい言葉】がトリガーになったとして。

 それを完全に避けるには、家から一歩も出ず、自分で選んだ音しか聞こえない環境を作るしかない。

 ニュースも、音楽も、近くを歩いてる人の声さえ遮断しなきゃならない。

 そこまで徹底できたとしても、残りの人生ずっと家から出られないとなったら、違う意味でおかしくなりそう。



「吹田さんとの面談の後、カウンセラーに面談していただく予定です。

 犯罪被害者のケアを長年担当しているそうなので、少しでも気になることがあれば、なんでも相談してください」

「え、そこまで手配済みなんですか」

 ちょっと心配性すぎない?

「PTSDのケアは、初期対応が大事ですから」

「それはわかりますけど……うーん……」

「……なんですか?」

「なんていうか……自分では平気だと思ってるのに、何度も何度も『平気ですか』『つらくないですか』って聞かれると、平気だと思うほうがおかしいのかなって、かえって不安になるというか、暗示にかけられそうというか」

 マキコさん一人に言われただけでそんな気分になったから、数人がかりで言われると、ほんとに暗示にかかっちゃいそう。

 バックミラーに映ったシロさんが、目を見開く。

「……そう、ですね、確かに。

 すみません、気をつけます」

「あー、いえいえ、心配してくれてるのはちゃんとわかってるんで。

 嬉しいですよ、ありがとうございます」

 にこっと笑うと、シロさんはほっとしたように目元をゆるませた。


-----------------


 その後は、シロさんと宝塚さんのコイバナとか、キャリアの苦労話を聞いて、楽しくおしゃべりした。

 ほぼ毎日宝塚さんから電話がかかってきて、仕事が早く終わった日は宝塚さんが迎えにきてくれてごはんデートして、月に二回ぐらい宝塚さんちでおうちデート。

 キャリアのシロさんと比べると、捜査一課の刑事の宝塚さんのほうが忙しそうなんだけど、超ハイスペな人だから、シロさんのための時間をきっちり作ってくれるらしい。

 むしろシロさんのほうが、仕事が長引いて約束をドタキャンしちゃったことが何度もあるけど、宝塚さんは一度も怒らない、どころかシロさんの体調を気遣ってくれて、申し訳ないぐらい、なんだって。

 うーん、さすがスパダリ。

 シロさんは、ちょっと恥ずかしそうだったけど、それ以上に幸せそうだった。

 うんうん、友達が幸せそうだと、嬉しいね。

 こういう話のほうが、気持ちがおちつくなあ。

 シロさんも、それがわかってるから、恥ずかしがりながらも話してくれるんだろうな。



 そのうち警視庁について、地下駐車場に車が停まる。

 わー、ここから入るの、初めてかも。

 シロさんに先導されてエレベーターで上がり、吹田さんの執務室に向かう。

 シロさんが仕事モードのきりっとしたカオになったから、私もまじめなカオをしてついていく。

 ちょっとドキドキしたけど、時間が早いせいか、すれ違う人がいなくてほっとした。

 キャリアの人達の執務室は、一人一部屋で、ドアは電子錠のオートロック。

 インターフォンみたいなのがついてて、相手を確認してからドアを開ける。

 シロさんは吹田さんの補佐だから、吹田さんの執務室にデスクがあって、当然自分のIDカードで出入りできる。

 でも今は私が一緒だからか、インターフォンを鳴らした。

紫野(しの)です。御所(ごせ)さんをお連れしました」

〔入れ〕

 吹田さんが応じる声がして、ドアがピピッと音をたてる。

 あー、もうこれ写真撮りたい、むしろ動画撮りたい!

 次いつこれるかわからない、キャリアの執務室!

 【徹&祐一シリーズ】で、妄想するしかなかった祐一さんの執務室に入れるようなもんなのに!

 叫びたくなるのをなんとかこらえて、シロさんが開けてくれたドアを通る。



「失礼しま……ぅわあ!」

 中は、広めの縦長の部屋だった。

 うちのLDKが確か十畳で、それより広そうだから、十五畳ぐらい?

 手前に応接セット、奥に執務机、背後の左手に書類棚。

 執務机の右手の脇の、吹田さんのより一回り小さい机が、シロさんの席。

 右手の壁際に衝立、その奥にお茶用ポットとか着替え用ロッカーとかがあるって、さっきシロさんから聞いた。

 私がきょろきょろしてる間に、シロさんは執務机にいる吹田さんに近づいて横に立って、ちょっと腰をかがめて耳元で何か囁く。

 吹田さんは私を見たまま、表情を変えずに小さくうなずいた。

 なに今の!

 なんかすごいカッコイイんですけど!?

 会議中にヤバい知らせがきて、でもエリートらしくポーカーフェイスのまま、頭の中ですごい考えてる、みたいなやつじゃない!?

 シロさんもだけど、吹田さんも仕事モードなのか、すごいキリっとしてて、カッコイイ!

 ああっ、動画、いや写真、それが無理なら心に刻みつけるから、もっかい初めから見たい~~!



美景(みひろ)

 なんだか呆れたような声で呼ばれて、トびかけてた意識が戻る。

「はいっ」

 ダメダメ、呼ばれた理由はアフターケアで、目的は告白なんだった。 

 オタクの欲望に負けてる場合じゃない。

「あ、おはようございます」

 ぺこっと頭を下げると、吹田さんの目元がゆるむ。

「おはよう。

 呼びつけておいて悪いが、今メールの処理中だ。

 後五分ほどかかるから、その間だけなら、室内の写真を撮ってもかまわない。

 ただし、他の者には見せるなよ」

「え、ほんとですかっ、ありがとうございますっ!

 誰にも見せません、一人で堪能しますっ!」

 わー、やったー!

「あ、ついでにあの、さっきの、もっかいやってもらえませんか!?」

 テンションマックスの勢いで頼んでみると、吹田さんはかすかに眉をひそめる。

「なんのことだ」

「シロさんが吹田さんの耳元で何か言って、吹田さんがうなずいてたやつです!

 マジエリートって感じで、二人ともめっちゃかっこよかったです!」

 私をまじまじ見た吹田さんは、小さくため息をついた。

「メールの処理が終わったらな」

「ありがとうございますっ!」

 やったね!

 今日の吹田さんは、なんだか親切だね。

 これも、吹田さん的にはアフターケアなのかな。  



 吹田さんがノーパソに向かってる間に、あちこち写真を撮りまくる。

 あああもう、嬉しい! すごい!

「シロさん、さっきのインターフォン、中から操作するの、やってみせてくれません?」

 自分の机に座ったシロさんは、ちらっと吹田さんを見てからうなずく。

「……はい。

 インターフォンが鳴ると、仕事用スマホに画像が映るので……」

 シロさんがスマホを手に説明してくれる。

「あー、家庭用のと仕組みは同じなんですね」

 友達の家がこのタイプで、便利そうって思ったんだよね。

「そうですね」

「ありがとうございます。

 あ、仕事中の雰囲気で写真撮らせてもらっていいですか!?」

「……はい。どうぞ」

「ありがとうございます!」

 シロさんを激写してると、吹田さんがぱたんとノーパソを閉じた。

「待たせたな。

 三分だけ、おまえが望むポーズで写真を撮らせてやる」 

「えっ!? ありがとうございます!」

 三分!

 たったそれだけ、ううん、それだけあれば十分!

「じゃあ、まずさっきの、シロさんが耳元で囁いてるのをお願いします!」

「……はい」

 微笑んで席を立ったシロさんは、すぐにまじめなカオになる。

 さっきと同じようにしてくれたから、右から左から撮る。

「ありがとうございます!

 後、シロさんは吹田さんの後ろに控える感じで、吹田さんは目の前の相手を見下すような目線で、そう、それですぅ!」

 ドラマに出てきそうな、いかにも偉そうなエリート!

 リアルなのにフィクション!

 すごい!

 激レア通りこして、SSRだよ! 

 後はえっと、普通に仕事してるポーズと……!

    


「三分経ったぞ。終わりだ」

「あ、はい。

 ありがとうございましたー!」

 思いついたもの全部は無理だったけど、ものすごく濃い三分だった!

 ここまで楽しかった撮影、初めて!

 レイヤーさんの写真撮影にハマってるボンさんの気持ちが、わかっちゃった。

「ミケさん、飲み物を用意しますので、こちらへどうぞ。

 紅茶とコーヒーと緑茶でしたら、何がよろしいですか」

「あー、じゃあ、紅茶お願いします」

「わかりました」

 シロさんに案内されて、応接セットのソファに近づく。

 三人掛けだから、どこに座るか悩んで、結局まんなかに座った。

 わー、すごい、ふかふか。

 うちのとは全然違うなあ。

 衝立の裏にいったシロさんが、しばらくして戻ってくる。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ローテーブルにそっと置かれたのは、シンプルな真っ白のカップとソーサー。

 私にはわからないけど、たぶんお高い有名ブランドだろうから、傷つけないよう気をつけよう。

 添えられてた砂糖とミルクを入れて、スプーンでかき混ぜる。

 吹田さんが私の向かいに座ると、シロさんは吹田さんの前にカップを置いて一礼して、自分の席に戻った。



「満足したか?」

 吹田さんにからかうように聞かれて、にっこり笑ってうなずく。

「はいっ、すっごい楽しかったです!」

「そうか。

 オタクは資料写真を撮りたがるらしいが、何のための資料なんだ」

「何って言われると困りますけど、うーん、意味が違うんです。

 仕事の資料は、必要だから用意するものですけど、オタクの資料は、いつか必要になった時のためにって感じで……す……?」

 あれ?

「なんだ」

「えーと。

 私、『資料写真』って言いましたっけ?」

「直接聞いてはいないが、予想はつく。

 以前行った店ではケーキや店員の写真を撮っていたし、昨日のハイヤーの写真も撮ったと、運転手から報告を受けている」

 そりゃまあ、目の前で撮ってたし、隠す気はなかったけど。

 でも、それだけじゃなくて。

「『オタクは資料写真を撮りたがる』って、なんで知ってるんですか……?」

「以前おまえについて調べた時に、オタクについても調べたからな」

 吹田さんはさらっと答える。

「えぇー……」

 優秀すぎない?

 ここまでくると、感心すればいいのか、ドン引きすればいいのか、わからなくなるなあ……。

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