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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
19/93

恋ってどんなものだろう

 定時であがって駅に向かい、ちょうど来てた電車に乗る。

 発車してしばらくして、メッセージがきた。

 あ、マキコさんだ。

 最近帰りの時間が一緒になると、よくやりとりしてる。

≪お疲れー 今日も無事仕事を終えて、帰宅中なう≫

≪お疲れ様ですー 私も帰宅中なうですw≫

≪ねえ、明後日またS氏とデートするんでしょ

 休み明けに詳しい話教えてね≫

≪デートじゃなくて、買い物ですよー≫

≪いやいや、キミタチどう見ても恋人どうしだから≫

≪えー、どこがですか≫

≪全部よ全部

 特に先月の名前呼びの話なんか、完全につきあいたてのカップルだよ

 初々(ういうい)しくって、聞いてたこっちが恥ずかしくなっちゃったもん≫

≪全然違いますって。S氏とはお友達みたいなもんです≫

≪そうかなー。『お友達』にしては、ずいぶん楽しそうだけど≫

≪S氏とは好みが似てるから、一緒に買い物するのは、確かに楽しいですけど

 それだけですよ≫

≪それだけじゃないでしょ

 S氏に名前呼ばれて、ドキドキしたんでしょ?≫

≪それはー、本名で呼ばれるの慣れてないからですよ≫

≪そう?≫

≪そうですよー≫

≪でも、イヤではなかったんでしょ?≫

≪それは、まあ……≫

≪異性に名前呼ばれてイヤじゃないのって、かなり好きってことだよ≫

≪…………なんか、誘導尋問にひっかかった気分です≫

≪見事ひっかけた気分w

 でも、マジな話、好みが似てて、名前呼ばれてもイヤじゃないってのは、かなり重要だよ≫

≪そうでしょうか……≫

≪うん。ミケちゃん今まで恋愛経験ないって言ってたから、判断つかないかもしれないけど≫

≪それは、そうなんですけど……≫

≪じゃ、明後日S氏と会う時に、考えてみて≫

≪何をですか?≫

≪他の人ならイヤだったことが、S氏なら平気かどうか

もしそうなら、恋してるってことだよw≫

≪……なんか、暗示かけられてる気がしますけど

 わかりました。考えてみます≫

≪暗示にかかれ~~w 結果教えてね

 あ、そろそろ駅に着くから。またね~≫

≪はいー≫



 メッセージ画面を閉じて、思わずため息つく。

 そりゃ、確かに吹田(すいた)さんと買い物するの、楽しいけど。

 好きってほどじゃ、ないと思うんだけどな。

 好きになるって、なんかこう、一目惚れっていうか、一瞬のことだよね。

 推しにハマる時って、だいたいそうだし。

 二次元の人なら、そんなふうに好きになったことは何度もあるけど、生身の人には、そういうトキメキを感じたことは一度もない。

 そもそも、男の人が苦手だし。

 だから違うと思うんだけど、マキコさんだけじゃなく、マイさん達にも同じように言われたことがあるんだよね。

 客観的に見たら、私は吹田さんを好きってこと?

 でも、自分ではそう思わないんだから、やっぱり違う?

 うーん、わけわかんない。

 あーあ、やっぱりリアルって難しい。


-----------------


 一ヶ月ぶりの、吹田さんとの買い物。

 表通りで待ち合わせして、店に行って、ぬいぐるみを選んで、吹田さんが支払いしてくれて、店の外で私のぶんを受けとって、お礼を言う。

 一昨日マキコさんに言われたことが気になって、おちつかなかったけど、いつも通りにできてた。

「じゃあ、戻りましょうか」

美景(みひろ)

 歩きだしかけたところで、今日初めて名前を呼ばれて、びくっとする。

「なん、ですか?」

 おそるおそる見上げると、吹田さんは呆れたようなカオをしてた。

「おまえは、学習能力がないのか」

「え」

「おまえは感情がすぐ顔に出るから、隠そうとしても無駄だと、何度も言っただろう」

「……っ」

 いつも通りにできてたと、思ったのに。

 バレバレだった。   

「何を悩んでいるのか、さっさと言え」

 命令口調なのに、声は優しかった。

 気遣ってくれるのは、嬉しい。

 だけど。

 『吹田さんを好きなんじゃないかって言われて、悩んでるんです』なんて、言えるわけない。

「なんでもないです、じゃなくて」

 愛想笑いでごまかそうとしたけど、吹田さんのまなざしが険しくなったから、あわてて言いなおした。

「悩んでることはあるけど、吹田さんに相談できる内容じゃないんです。

 すみません」

「…………」

 じいっと見つめられて、思わず目をそらす。

「行きましょっ」

 すたすた歩きだすと、吹田さんは黙って後ろをついてきた。



 薄暗い路地を、早足で進む。

 いつも吹田さんが先導してくれてるけど、何回も行き来してるから、私もようやく道をおぼえられててよかった。

「相談できる相手はいないのか」

 背後からの静かな声に、一瞬足が止まりかけたけど、がんばって動かす。

「いない、わけじゃないです。

 でも、自分で考えなきゃいけないことなんで。

 ……お気遣い、ありがとうございます」

 相談したら、よってたかってコイバナにされそうだから、したくないんだよねえ。

 それにしても、吹田さんて、どんだけ優秀なんだろ。

 隠しごとなのか悩みごとなのかまでわかるなんて、すごいよね。

 ……いや、吹田さんがすごいんじゃなくて、私がバレバレすぎる?

 だとすると、もしかして、悩んでる内容まで、バレてる……?

 いや、さすがにそれはないよね。

 ない、はず。 

 うん、大丈夫なはずだけど、これ以上一緒にいるとヤバそうだから、さっさと別れよう。



 小走りに進んで最後のカドを曲がる。

 後はまっすぐ行けば、表通りに出られる。

 ほっとしたところで、背後から鋭い声がした。

美景(みひろ)待て、止まれ」

 え、なんで?

 やっぱりバレてる!?

 尋問される前に、表通りに出なきゃ!

 あわてて走りだしたとたん、横の路地から誰か飛びだしてきた。

「あっ」

 どんっとぶつかられて、倒れこみそうになる。

 だけど、それより早く、太い腕で首を抱えこまれて、ひきずりよせられた。

 目の前にナイフを突きつけられる。

 よくわからない言葉で、頭の上で誰かが叫ぶ。

 え、何っ!?

 何が起きてるの!?

「待てっ!」

 叫び声がしたほうを見ると、路地の奥から制服着たオジサン警官二人が走ってくる。

 ようやく理解した。



 私、人質にされたんだ。


-----------------


「おとなしくしろ、そんなことをしても逃げられんぞっ」

 警官の一人が叫ぶのを、吹田さんが前に出て止めた。

「人質がいる。刺激するな」

「な、なんだ君は。民間人は下がって」

 決まり文句を言いかけた警官に、私を見たまま身分証をつきつける。

「警視庁刑事部の吹田だ。

 人質の女性は、私の連れだ」

「な、け、警視殿っ!? し、失礼しましたっ!」 

 警官二人は、あわてて吹田さんに敬礼して、数歩さがる。

 あー、前に想像した通りだね。

 さっき、吹田さんが『止まれ』って言ったのは、走ってきてる男や警官の声に気づいたから、なんだろうな。

 あせってたとはいえ、私は全然わからなかった。

 さすが、エリートはすごいなあ。

 現実逃避にそんなことをぼんやり考えても、目の前のナイフは離れない。



「状況を説明しろ。

 あの男は何をしたんだ」

「はっ、飲食店から無銭飲食の容疑で通報を受けて、任意で事情を聞いていたのですが、どうやら不法入国者らしく、パスポートを見せるよう要求したら、いきなり逃亡をはかりました」

「先に所持品のチェックをしなかったのか」

「は、申し訳ありません」

 会話を遮るように、私を抱えこんでる男が、中近東っぽい言葉で何かどなった。

 意味は全然わからないけど、その声の大きさと激しさに、体がふるえる。

 中学から女子校育ちで、男の人に慣れてないから、大声出されるだけで恐い。

 首を抱えこむ腕に力がこもって、喉を絞めつける。

「ぅっ」

 息苦しくて、けほっと咳きこんだ。

 一歩近づいた吹田さんに、男がまた何かどなった。

 私を強く抱えこみながら、ナイフを大きく動かしてたから、たぶん、『近づいたらこいつを殺す』とか、言ってるみたいだった。



 なんで、こんなことに。

 吹田さんから逃げようとしたから、罰が当たったのかな。

 太い腕でぐいぐい締められて、息がしづらい。

 だけど、目の前をちらつくナイフが恐くて、何も言えない。

 でも苦しい。

 恐い。

 ぎゅっと目を閉じる。

 恐い。

 苦しい。

 恐い。

 恐い。

 恐い……!



美景(みひろ)



 静かなのに強い声が、恐怖に飲みこまれそうだった意識を引き戻す。

美景(みひろ)

 目を開けて、俺を見ろ」

 命じる声に、おそるおそる目を開ける。

 吹田さんは、静かなカオで、まっすぐに私を見てた。

「おちつけ」

「……だって……こわい……」

「恐くない。

 俺が、ここにいる」

 きっぱりした言葉に含まれた自信とプライドに、すうっと気持ちがおちついた。

 そうだった。

 吹田さんは、ケンカも強いんだ。

 初めての買い物の時、チンピラ三人を瞬殺したぐらいなんだから。

 ナイフ持ってるとはいえ、男一人ぐらい、なんでもない。

 吹田さんが、いるんだから。

 大丈夫。

「……はい」



 男がまた何かどなった。

 『勝手に話をするな』とか、そういう感じみたいだった。

 吹田さんが英語っぽい言葉で何か言ったけど、通じなかったのか、わからない言葉でまたどなる。

 吹田さんはちらっと私を見た。

「そいつの右足の向こう脛を、踵で思いきり蹴りつけろ。

 できるな」

「……はい」

 こくんとうなずく。

 大丈夫。

 恐いけど、吹田さんがいるから、大丈夫。

「カウントする。三つめでやれ」

「はい」

 男がまたどなる。

 吹田さんは、私にはわからない言葉で何か言いながら、さりげない動きで一歩近づく。

「一」

 深呼吸して、きもちをおちつける。

「二」

 大きく息を吸いこんで、右足に意識を集中する。

「三」

「えいっ!」

 カウントと同時に、思いきり男の右足の向こう脛を蹴った。

 ギャッて悲鳴をあげた男の腕が、少しだけゆるむ。

 一瞬で距離を詰めた吹田さんに、ぐいっと腕を引かれて、前のめりになった。

 背後で、また悲鳴と、にぶい音。

 ぺたんと地面に座りこんで、ふりむいた時には、もう男は地面に倒れてた。



「確保しろ」

「はっ!」

 警官達が駆けよって、動かない男に手錠をかける。

 吹田さんが私の前に立って、手をさしだした。

「いつまでもそんなところに座りこんでると、汚れるぞ。

 立て」

 目の前の手を、ぼんやり見つめる。

 なんか、前にもこんなこと、あったような……。

 いつだっけ。

 思いだせない。

 ぼけっとしてると、苦笑した吹田さんは両手を伸ばした。

 脇の下に手を入れて、ひょいっと持ちあげられる。

「ひゃっ」

 立たされても、膝に力が入らなくて、かくんと崩れた。

 倒れこむ前に、ふんわり抱きしめて支えられる。

「よくやった」

 静かな声が、耳元で囁く。

「……っ」

 手を伸ばして、吹田さんにぎゅうっと抱きついた。

「こわ、かった……」

 言葉と一緒に、涙がぽろっとこぼれ落ちる。

 吹田さんは、なだめるみたいに、ぽんぽんっと私の背中をたたいた。

「もう大丈夫だ」

 優しい声に、優しい手つきに、また涙がこぼれた。

「…………はい」



 マキコさんの言葉を思いだす。

≪他の人ならイヤだったことが、S氏なら平気かどうか

 もしそうなら、恋してるってことだよw≫



 吹田さんだから、信じられた。

 吹田さんだから、大丈夫だと思った。

 吹田さんだから、安心できた。

 全部、吹田さん、だから。



 今、はっきりわかった。



 私、吹田さんが、好き。

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