友チョコはラッピングに一番気を遣う②
いよいよバレンタイン当日。
壊れやすくて大きい荷物を持って混んでる電車に乗るのは恐いから、早起きしていつもより早い電車に乗る。
現物を渡せない遠方にいるマキコさんや友達に、ラッピング前に撮っておいた写真を送ると、お礼のメッセージやハートのスタンプが返ってきた。
ほんとはケイコ先生にも渡したいんだけど、執行部から贈り物全般禁止されてるんだよね。
全国の一万人以上の【同志】から送られてきたら、処理しきれないだろうから、しかたないだろうけど。
かわりに、期間限定の課金コンテンツが用意されてる。
商品を購入すると、専用ページのURLが送られてきて、それを開くと動画が流れる。
画面全体にハートが飛びかった後で、ケイコ先生が優しく笑って、『ありがとう。これからもよろしくね』って言ってくれる。
五秒ぐらいしかないけど、もう百回は見ちゃった。
千円で百回以上見れるんだから、実質タダだよね。
代金は、ケイコ先生が主催するサークル【桜田門】の活動資金に使われる。
お布施できるうえに、リターンまであるなんて、最高すぎる。
執行部の人達は、私と同じくケイコ先生の信者だから、ファン心理をよくわかってくれてて嬉しい。
ケイコ先生もだけど、執行部の人達もすごいんだよね。
通常の仕事と、執行部の仕事しながら、創作活動もして、本を作って、オンリーイベントを主催したりしてるんだから。
私もたまに小説書いて投稿したり、イベントにいったりしてるけど、イベントを主催するなんて絶対無理。
尊敬しちゃう。
あ、そうだ、執行部のハマチさんにも、チョコの写真送っとこう。
送ったら、一分もしないでお礼のメッセージがきた。
送ってよかった。
無事に警視庁について、更衣室で着替えた。
始業時刻の三十分前に課室に行って、自分の席に保冷バッグを置く。
【同志】とは昼休みに食堂で交換する約束になってるし、担当の捜査員さん達はまだほとんど来てない。
時計を確認して、庁内用手提げバッグに袋を二つ移して、課室を出た。
待ち合わせ場所は、フロアの隅の、あまり人がこない自販機前。
近づくと、自販機横にそわそわしてるシロさんが見えた。
今日もぴしっと黒いパンツスーツ姿なのに、しぐさがカワイイ。
私の足音に気づいてふりむいて、ふわっと微笑んだ。
「おはようございます、ミケさん」
わー、朝からクール系美女の笑顔って眼福だね。
「おはようございます、シロさん。
お待たせしてすみません」
「いえ、今の時間はたいして忙しくありませんから」
「よかったです」
挨拶をかわして、バッグからクッキーの袋を出す。
「早速ですみません、これ、バレンタインのクッキーです。
甘さひかえめで、チョコは使ってないので」
シロさん用特別製ラッピングは、チャック袋をさらにこげ茶色のシンプルな紙袋に入れて、白いレースのリボンを結んである。
「ありがとうございます」
シロさんははにかむように笑って、丁寧な手つきで受けとってくれた。
それを手元のバッグに入れて、かわりに取りだしたものを私にさしだす。
「これ、私からです。
市販のもので申し訳ないんですが、よかったら食べてください」
「ありがとうございます。嬉しいです」
きちんとラッピングされた小さな箱を受けとる。
「大事に食べますね」
にっこり笑うと、シロさんはほっとしたように微笑む。
「ありがとうございます。
……本当は、自分で選べたらよかったんですが。
気を遣っていただいて、すみません」
あー、シロさんが悩まずにすむように味を指定したの、気づいてたんだ。
「いいえー、嬉しいですよ。
ところで、宝塚さん喜んでました?」
チョコを購入前にこれでいいかって相談受けたし、ゆうべ≪無事渡せました。ありがとうございました≫ってメッセージがきてた。
仕事の都合で、今日渡せるかわからないから、ゆうべ仕事終わりに会って渡したらしい。
ラッピング作業で忙しかったから、≪よかったです≫とだけ返したんだけど、気になってたんだよね。
シロさんはぽっと赤くなって、小さくうなずく。
「……はい」
あーもーいちいちカワイイなあ。
こんなかわいいカノジョがいて、宝塚さんは幸せだよね。
「あ、私、後で宝塚さんに渡しますけど、捜査員さん達全員と同じ、完全な義理チョコなんで、心配しないでくださいね」
前にも言っといたけど、念のためもう一度言うと、シロさんは苦笑してうなずく。
「昨夜、宝塚さんにも言われました。
『断るとカドが立つから一応受けとるけど、心配しないでね。もらって嬉しいのは、シロからのだけだから』って……」
わー、さすがスパダリ、シロさんの不安を見抜いて、ちゃんとフォローしてるんだね。
「そうですよ。
宝塚さんを信じてあげてくださいね」
「はい」
シロさんは、幸せそうなカオでうなずいた。
「それと、シロさんにお使い頼んで申し訳ないんですけど、これ、吹田さんに渡してもらえませんか」
もう一つの袋を取りだしてさしだすと、シロさんは不思議そうなカオをしながら受けとる。
「吹田さんに、ですか」
「はい。
友達じゃないですけど、カワイイもの好きの同志なんで、一応」
ハート型のミルクとビターと、クマ型ホワイトチョコを一つずつ、透明なチャック袋に入れた。
このクマ型のシリコントレー、ちょっと高かったんだけど、すごくかわいくて一目惚れしたやつなんだよね。
吹田さんの好みにも合うはず。
「……吹田さんは、基本的に贈り物は受けとらないんです。
特に手作りのものは、何が混入されているかわからないので……」
シロさんが、申し訳なさそうに小さな声で言う。
「あー、そういえば、『怪しい相手から飲食物をもらっても、絶対口にするな』って、言われてたんでした。
当然ご自分でも気をつけてますよね。
すみません、すっかり忘れてました」
もっと警戒しろって、さんざん言われてたけど、実感ないから、すぐ忘れちゃうんだよね。
うっかりしてた。
もし自分で渡してたら絶対説教だっただろうから、シロさんが教えてくれてよかった。
「じゃあ自分で食べますね、すみません」
返してもらおうと手を出すと、シロさんはなぜか袋と私を見比べた。
ん?
「……ですが、ミケさんの疑いは晴れたとおっしゃってましたから、大丈夫かもしれません。
渡してみます」
「え、でも、ダメだった場合は、シロさんが怒られちゃいますよね。
それに、捨てられるのは、さすがに悲しいですし。
無理しなくていいですよ」
「いえ、大丈夫です。
……もし断られたら、昼休みにお返ししますので、預らせてください」
なんだか必死なカオで言われて、首をかしげる。
なんでだろ。
友達だからって、気を遣ってくれてるのかな。
でも、シロさんが、吹田さんの判断に逆らうようなこと言うのは珍しいらしいし。
これは、シロさんの情操教育的な意味で、断らないほうがいいかな。
「わかりました。じゃあ、お願いします。
断られたら、連絡くださいね」
シロさんは、ほっとしたようにうなずいた。
「はい」
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課室に戻ると、捜査員さん達が何人か出勤してきてた。
時計を見ると、始業まで後十五分だった。
いつもは十分前からコーヒーの用意を始めるけど、チョコを配る時間も足すと、今から始めたほうがいいかな。
チョコを入れた大袋を持って、キャビネット裏にいく。
今いる人数より多めにコーヒーを準備していって、トレイにチョコと一緒に載せる。
「おはようございまーす。
今日はバレンタインだから、チョコつきですよー」
わざと軽い口調で言いながら、コーヒーとチョコを配っていく。
「おー、ありがと」
「これ手作り? すごいね」
「お返しって三倍だっけ。何がいい?」
「お返しは、捜査の進展でいいですよ。
残業しないですむのが、一番嬉しいです」
本音だとわかるようにしみじみ言うと、笑い声がいくつもあがる。
「三倍返しより、そっちのほうが難しいな」
「だよなあ」
「かわいい事務員さんのお願いなんだから、がんばれよおまえら」
班長さんの声に、また笑い声があがった。
全部配り終えて、またコーヒーを淹れて、後から来た人に配っていく。
「おはよーございます」
宝塚さんのところにいくと、にこっと笑われた。
「おはよー御所ちゃん」
いつものチャラい感じとはちょっと違う、ほんとの笑顔。
なんでだろ。
疑問が顔に出てたのか、宝塚さんが小声で言う。
「あいつに、アドバイスありがとう」
あー、それで。
「どういたしましてー。
はいどうぞ、義理チョコですよー。
シロさんには、もっとちゃんとした友チョコをさっき渡しましたし、もらいましたけど」
わざと自慢するように言うと、宝塚さんは苦笑する。
「知ってるよ。ゆうべ聞いたから。
明日の朝会って交換するんだって、嬉しそうに言ってた。
あいつ、そういう友達同士のイベント全般未経験だから、これからも色々教えてやってね」
うーん、相変わらず、重い言葉をさらっと言うよね。
でも、シロさんが喜んでくれてたなら、素直に嬉しい。
にっこり笑ってうなずいた。
「もちろんです。友達ですから」
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今日は会議とかの予定がないから、のんびり仕事をする。
十時をすぎて、トイレに行くついでにスマホをチェックした。
私物のスマホは基本的に就業中は見ちゃダメなんだけど、休憩時間でなら黙認されてる。
でもさすがに自席では見れないから、トイレの個室の中で見る癖がついてた。
メッセージを手早く確認していくと、吹田さんからもきてた。
「……え?」
≪チョコを受け取った
美味かった
ありがとう≫
シンプルで、そのぶんストレートな言葉。
なんか、すごく嬉しい。
思わず顔がにやけちゃって、変な笑い声がもれそうになるのを、なんとかこらえる。
そのちょっと後に、シロさんからもきてた。
≪吹田さんに食べていただけました≫
きっと、がんばって私のこと安全だと主張してくれたんだろうな。
シロさんに『ありがとう』のスタンプを返す。
によによしそうになる顔を抑えながら休憩を終えて、課室に戻る。
「ミケちゃん、どしたの?
なんか嬉しそうだね」
まだ顔がゆるんでたみたいで、隣の席のマイさんにこそっと聞かれた。
「え、そ、そうですか?」
「うん、顔ニヤけてたよ。
なんかいいことあったの?」
「あはは、まあ、そんなとこです」
愛想笑いでごまかして、仕事を再開する。
食べてくれたのが嬉しかったのは、私のことをもう疑ってないんだなって、実感できたから。
それだけ。
……それだけ、のはず。




