友チョコはラッピングに一番気を遣う①
最初にバレンタインチョコを手作りしたのは、小学校四年生の時だった。
市販のお菓子だと、値段がわかるのがイヤだったんだよね。
といっても、ほとんどお母さんにやってもらった。
それ以来毎年手作りしてる。
お菓子作りにも慣れたし、背が伸びてキッチンを使いやすくなったから、中学からは全部自分でできるようになった。
いろいろ便利な道具も増えたから、こどもの頃より楽になったし。
ハート型のシリコントレーは、少しずつ買い集めて、今では大小合わせて十個もある。
推しや友達に合わせてラッピングを考えるのも、すごく楽しい。
特に今年は、初めてシロさんに渡すから、気合が入ってた。
だけど、シロさんは甘いもの、特にチョコが苦手。
苦手なものを押しつけちゃ意味ない。
やっぱり喜んでもらいたい。
だけど、何なら喜んでもらえるかわからない。
迷った末に、直接聞いてみることにした。
二月のはじめ、休みの日に電話で話したいと事前にお願いしておいて、ストレートに聞いてみる。
「もうすぐバレンタインですよね。
私、手作り派なんですけど、どんなのなら食べられそうですか?」
〔バレンタイン、ですか〕
「はい。
シロさん、甘いものもチョコも苦手でしょ?
でも、友達になってから初めてのバレンタインだから、やっぱり友チョコ渡したいんです。
だから、チョコのかわりに食べられそうなものを教えてほしいんです。
クッキーとか、マフィンとか、マドレーヌとか、どうですか?」
自分が作れるお菓子を並べていくと、しばらく沈黙が続く。
あれ、そういうのもダメなのかな。
〔……あの、『友チョコ』というのは、なんでしょうか〕
あ、そこからか。
「友達に渡すチョコ、ですよ。
あー、私は中学から女子校だったんで、友チョコが普通だったんですけど、シロさんのまわりではやってなかったですか?」
〔……わかりません。
吹田さん宛てのものを頼まれたことはありましたが、私自身は、女友達がいなかったので……〕
また重いのがきちゃった。
「じゃあ、今年が初めてですね。
シロさんに初めて友チョコを渡すのが私で、嬉しいです」
わざと軽い口調で言うと、かすかに笑ったような声が聞こえた。
〔私も、初めてもらえるのがミケさんで、嬉しいです〕
照れたように言われて、嬉しくなる。
うーん、尊い。
しばらくの間を置いて、シロさんが言う。
〔クッキーなら、食べれると思います〕
「わかりました。ちゃんと甘さひかえめにしますからね。
あ、シロさんコーヒー好きでしたっけ」
〔はい。よく飲みます〕
「じゃあ、コーヒー味にしますね」
〔ありがとうございます。
…………あの〕
「なんですか?」
〔友達に渡すチョコなら、私からミケさんに、渡しても、かまいませんか〕
緊張したような、おそるおそるの言い方。
あーもー、カワイイなー。
見た目クール系美女で性格カワイイって、完璧だよね!
ベッドに転がってジタバタしたいのを、なんとかこらえる。
「もちろん、もらえたら嬉しいですよ。
でも、チョコはにおいだけでも苦手だって、言ってたでしょ?
無理しなくていいですよー」
チョコ売り場なんて、近づけそうにないもんね。
〔無理は、してません〕
一呼吸置いて、シロさんはまじめな声で言う。
〔いえ、無理してでも、渡したいんです。
ミケさんは、初めての友達、だから〕
「~~~~っ」
ベッドに座ったまま足をジタバタさせて、なんとか叫ぶのは我慢した。
もー、シロさんってば、カワイすぎ。
私が男だったら、絶対惚れてるよ。
スマホを顔から離して、大きく深呼吸して、なんとか気持ちを立てなおす。
「ありがとうございます。
じゃあ、私も、クッキーでお願いします。
そしたら、おそろいになりますし」
チョコじゃないことを気にしないように、理由をつけたす。
それでも範囲が広すぎて、迷っちゃいそうだな。
あ、そーだ。
「味はアールグレイのがいいです。
この間、吹田さんにおごってもらったお店で飲んだアールグレイが美味しくて、今ハマってるんですよ」
自分でお茶っ葉買ってきて飲んでみたけど、淹れ方が違うのか、お茶のランクが違うのか、あの店のとは味が全然違った。
でも私、貧乏舌だから、それなりの味でも楽しめてる。
執事喫茶にハマってるマサコさんは、その延長で紅茶沼にもハマってて、『私の古い道具を一式さしあげますわ! 基本の淹れ方をマスターするだけで、安い茶葉でも格段に美味しくなりますのよ』って猛プッシュされた。
これ以上沼が増えたら、お金も時間も全然足りないから、今のところ断ってるけど。
〔アールグレイ味のクッキー、ですね。
わかりました〕
「お願いします~」
私が行くようなスーパーでも買ったことあるから、探すのは難しくないはず。
「あ、でも、バレンタインのメインは、やっぱり恋人達のイベントですからね。
私のを探すのに熱中しちゃったら、宝塚さんが拗ねちゃいますよ。
だから、宝塚さんのチョコを用意してから、余った時間で探してくれればいいですからね」
懇親会の時のアレを考えると、嫉妬した宝塚さんににらまれるのは、遠慮したい。
〔あ……〕
とまどうような声をもらしたシロさんは、そのまま黙りこむ。
なんだろ。
あ、もしかして。
「もしかして、バレンタインのチョコ、宝塚さんに渡すつもりなかったんですか?」
〔…………はい〕
やっぱり。
今まで吹田さんの補佐一筋で生きてきたから、そういうイベントがあると知ってても、自分に関係あると思えなかったんだろうな。
チョコ苦手なら、よけいバレンタイン関係は意識から締め出してただろうし。
「宝塚さんて、甘いものは平気でしたよね。
捜査員さん達の出張土産のお菓子配った時でも、食べてましたし」
〔はい。
吹田さんほど好まれるわけではないですが、苦手でもないようです。
一緒に食事した時に、私が食べられないデザートを食べてくださったりしますから〕
さすがスパダリ、そつがないね。
でも、うーん。
「だったら、たぶん期待してるでしょうね。
バレンタインって、恋人達のイベントとしてはクリスマスと同じく定番だし、しかもつきあいだしてから初めてだし。
あ、でも宝塚さんは、シロさんがチョコ苦手なの知ってるんですよね?」
〔はい〕
「じゃあ、渡さなくても文句は言わないと思いますよ。
バレンタインの時期のチョコ売り場って、けっこうにおいが充満してるから、苦手な人だと気分悪くなるかもしれません。
宝塚さんは、シロさんが無理してチョコを買ってきて渡すよりは、チョコなしでも普通にデートできるほうが喜ぶと思いますよ」
〔…………そう、ですね。
宝塚さんは、優しいですから。
でも……〕
言葉がとぎれて、また沈黙が続く。
悩んでるってことは、つまり。
「シロさんは、どうしたいですか?」
〔…………渡したい、です〕
だよねえ。
私にだって『無理してでも渡したい』って、言ってくれたもんね。
初めての友達のために無理するなら、初めてのカレシのためには、もっと無理しちゃうよね。
でもそれだとシロさんがつらくなっちゃうし。
うーん、どうすればいいんだろ。
においがダメなんだからー。
あ、そうか。
買いにいけないなら、持ってきてもらえばいいじゃない。
「シロさん、今パソコン使えますか?」
〔……私物のパソコンがありますが……〕
「じゃあ、たちあげてア〇ゾンを開いてください」
〔……はい。
…………開きました〕
「じゃあ、『バレンタインチョコ 本命』って入れて、検索してみてください」
〔はい〕
「いっぱい出てきたでしょ?」
〔はい〕
「ネットショップで買えば、売り場を見にいかなくても探せるし、送料取られるかもしれないけど、家まで配達してもらえます。
ア〇ゾン以外にも、楽〇市場とかヤ〇ーショッピングとかもあるので、いろいろ見て、宝塚さんに合いそうなもの探してみてください。
初めてだから、ネタっぽいのはやめて、シンプルな見た目のやつがいいと思います」
〔はい〕
「あ、発送までの日数に注意してくださいね。
今の時期は注文が多いから、ぎりぎりになる場合もあるんです。
休みの日合わせにしておいて、急に出勤になったりしたら、当日までに受けとれないかもしれないし。
あ、それと、生タイプもさけたほうがいいです、持ち運びしにくいので。
後は、量は少なめで……」
思いつく限りの注意事項を並べる。
ちょっとくどいかもしれないけど、少しでもシロさんの負担を減らしてあげたい。
〔わかりました、気をつけます。
ご指導ありがとうございます〕
硬い言い方に、くすっと笑う。
「どーいたしまして。
何かわからないことがあったら、いつでもメッセージくださいね」
〔はい。ありがとうございます〕
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二月十二日から、チョコの準備を始めた。
業務用チョコを溶かして、シリコントレーに流し入れて、固まったらはずす。
手順は簡単だけど、量が多いから時間がかかる。
しかも、渡す相手によってちょっとずつ変えてるから、よけい手間がかかる。
推し用は、直径五センチのハート型で、ミルク味にピンクのアイシングのメッセージ付き。
友達用は、直径三センチのハート型で、ミルク・ビター・イチゴと、クマ型のホワイトチョコ。
捜査員さん達用は、直径三センチのハート型で、ビターとホワイト。
冷ますために広げる場所を確保するのが、一番大変。
今の時期なら使ってない部屋は寒いから、お客さん用の和室の座卓に並べて冷ます。
お母さんに『においがつく』って文句言われたけど、拝みたおして使わせてもらった。
固まったら型からはずして、また次を流しこむ。
日付変わるまでに、なんとか予定の数を作れた。
翌日、定時であがって急いで帰宅して、ささっとごはんを食べて、ラッピングしていく。
合間に、シロさん用クッキーを焼く。
推し用は、ラップをかけて、推し色の皿に載せて、祭壇へ。
明後日になったら、自分でちょっとずつ食べる。
友達用は、小さいハートがいっぱい飛んでる絵柄の食品用チャック付き袋に一枚ずつ入れて、推し色の名前シールを貼る。
推し色を間違えると大変だから、事前に作っておいたリストを見ながら、慎重に。
捜査員さん達用は、透明の食品用チャック袋に、一枚ずつ入れる。
もう十五年近くやってるから、ほとんど割らずにラッピングを終えられた。
でも、一番の難関は、明日持ってく時なんだよね。
かっちりした保冷バッグに保冷剤とプチプチをいっぱい入れて、チョコを慎重に入れていく。
夜十二時前に終わって、ほっと息をついた。




